第二十話 呪言を聞いた大賢者
ヴィオレッタ、ミリア、ユリウスを乗せた王宮の馬車が王都の町を疾走し、王宮へと到着した。
三人はそのまま真っ直ぐ祭壇の間に向かうと、入り口の前に衛兵や宮廷魔術師が右往左往していた。
「……祭壇の間は……そこです、ヴィオレッタ様」
衛兵と宮廷魔術師が、ユリウスに気づいた。
「ユリウス様、どうされました!?」
「……この方々を……お通しするのだ」
ユリウスがヴィオレッタとミリアを手で示した。
「ですが……大賢者様は誰も入れるなと……」
「いいから……お通しするのだ。……でないと……取り返しのつかないことになってしまうぞ」
ユリウスが倒れた。
「ユリウス様!」
衛兵が驚いて叫んだ。
「呪言の力に屈してしまいましたか。ここまで役割を果たしたことは褒めておきましょう」
ヴィオレッタは衛兵たちに向き直った。
「ユリウス隊員……ユリウス殿下を休ませて差し上げなさい。そして殿下のご指示通り、私たちを通しなさい」
「しかし……」
「殿下が命をかけた命令に背くのですか?」
ヴィオレッタは冷たい眼光で衛兵を射すくめた。
ユリウスの命令によってではなく、魔女を思わせるヴィオレッタの眼光に怯え、衛兵たちが道を開けた。
ヴィオレッタは何も言わず祭壇の間に進み、ミリアが後に続いた。
祭壇の間は薄暗く、かび臭かった。
そこに、ローブを身にまとい、目を閉じた若い男が床に座っていた。
それが、若き天才魔術師——大賢者オズヴァルト・ヴァイゼンベルクだった。
ヴィオレッタが扉を開けた音に反応し、オズヴァルトが目を開いた。
「ここには誰にも入れるなと言っていたはずですが……」
ヴィオレッタが蔑むような視線を向けた。
「こんな部屋に籠って隠れているだけなんて大賢者様が聞いて呆れるわね」
「……あなたは何者ですか? ……!? 呪言に冒されているのですか? まさか呪言によってここに導かれてきたのですか……? いや、呪言はクラリッサ嬢の誘拐を指示するものだったはず……。別の指示が発動できるような術式ではないはず……。何度も発動できるほど簡単な術式でもない……。呪言に逆らえば無事でいられるはずがないし……」
「何をぶつぶつ仰っているのかしら。あなたの戯言に付き合っている暇はないですけれど、クラリッサ『嬢』って何? クラリッサ『様』と呼びなさい」
「私の質問に答えてもらえますか? 王国の危機につながりかねないのです」
「大賢者のくせに話も通じないのですか? クラリッサ『様』と呼びなさい!」
「えぇ……」
「できないのであれば、『魔女』の前にあなたを地獄に突き落としますよ」
「何なのだ……あなたは?」
大賢者オズヴァルトは怯んだが、なおもヴィオレッタが迫った。
「クラリッサ『様』!!」
「クラリッサ……様」
「いいでしょう。ようやく話ができます」
「その……あなたに呪言の術式が貼り付いているのが見えまして……つまり呪言に冒されているように見えるのですが……正気を保っていらっしゃいます? いや、これだけ話が通じないということは正気ではないか……。このような凶暴化の副作用があるのか……?」
「大賢者とは名ばかりで、魔力がちょっとあるだけの愚かな人間の言葉を聞いている暇はないの。最初に呪言を聞いたのは、このミリアで、私はミリアから呪言を聞きました。それで、呪言の主を探しています。手を貸しなさい」
「私もそうしたいのですが、すでに呪言を聞いてしまって、この結界内から出たら呪言が私の精神に定着し、呪言の支配下に置かれてしまうのです……。なぜあなたたちは無事なのですか? いや、そもそもどうやってあの呪言を聞いたのですか?」
「役に立たない大賢者ね……。私たちはクラリッサ様の加護に守られているから呪言なんかに支配されないの。ミリアはクラリッサ様に関する言葉に強く反応する耳を持っているの。これに懲りたら、クラリッサ様に帰依することね」
「クラリッサ様の加護……? そうか……。呪言は術を受けた者の心の隙に入り込み、指令を増幅させる……。だから何かを強く信奉する者には通じないのか……? それにしても、まったく心に隙がないなどということがありうるのか……?」
「だからあなたの戯言を聞いている暇はないのよ。あなたがここから出られないなら、『魔女』を見つける方法を考えなさい」
「『魔女』というのは……あなたのことですか?」
「ふざけているの? 呪言の主のことよ」
「失礼しました。『魔女』を見つける方法ですか……。私が外に出られれば、術者の魔力をたどって行けるのですが……」
「じゃあ出なさい」
「申し訳ないですが、先ほども申し上げたとおり、外に出たら私は正気を保つことが難しいので、まともに魔力を追うことはできません」
「役立たずが……」
「……申し訳ございません。ですが、クラリッサ嬢……様ご本人の協力を得られれば……」
「クラリッサ様のご協力?」
「はい、簡単なことです。クラリッサをお連れすれば、呪言が術者のもとに導いてくれるでしょう」
「あなた今、『簡単なこと』って仰いました?」
ヴィオレッタが、オズヴァルトに冷ややかな視線を向けた。
「えっ? あ、はい。簡単ですよね?」
「つまりあなたは、クラリッサ様をお連れして呪言の主に会わせることが簡単なことだと仰るのね?」
「……難しいですかね?」
ヴィオレッタはミリアを振り返る。
ミリアは心から軽蔑するといった視線をオズヴァルトに向けていた。
「ミリア、時間を無駄にしたわ。行くわよ」
「はい、ヴィオレッタ様。私……クラリッサ様を少しでも危険にさらすことが『簡単だ』と言うほどの愚か者が『大賢者』などと呼ばれているこの王国にいることが、心底恥ずかしいです。願わくば、一生この部屋に籠って出てこないでほしいです」
「えぇ……」
「それよりもヴィオレッタ様、先ほどから私の耳にすてきな言葉が届いているのです。早く行きましょう」
うなだれる大賢者に目もくれず、ヴィオレッタとミリアは祭壇の間を出ようと扉を開いた。その瞬間……
その声はヴィオレッタの耳にも届いた。
「『クラリッサ様、世界を支配』」
「『クラリッサ様、世界を支配』」
「『クラリッサ様、世界を支配』」
「『クラリッサ様、世界を支配』」
「『クラリッサ様、世界を支配』」
ヴィオレッタとミリアが顔を見合わせて、笑みをこぼした。
「何なの、このすてきな合唱は……」




