第十九話 呪言を聞いた王太子
グランヴェール侯爵邸に猛スピードでやってきた馬車から、ひとりの男が降りてきて屋敷の中に駆け込んできた。
「ヴィオレッタ様!」
男がヴィオレッタとミリアのいる私室にやってきた。
その男は王太子ユリウス・ヴァルテンブルクだった。
「あら、ユリウス殿下? いえ、ユリウス隊員、なぜあなたひとりなの? 私はあなたに大賢者様を連れて来るように伝えたはずですけれど……」
ヴィオレッタが訝しげにユリウスに問いかけた。
ユリウスは息を整えながら話し始めた。
「それが……。大賢者……オズヴァルト宮廷魔術師長は王都中に張り巡らした結界で呪言を検知し、耳にしたようで……」
「大賢者様も……? ではすでに『魔女』を見つけたの?」
「いえ、呪言の力があまりに強大らしく、操られないよう自らを守るべく、さらに強力な結界を張って王宮の地下祭壇室に籠ってしまいました」
「は? 大賢者がなんてだらしないことを……」
「ヴィオレッタ様、大賢者様をお呼びになったということは、何かご存じなのではないですか? いったい何が起きているのですか?」
ユリウスが真剣な眼差しでヴィオレッタに尋ねた。
「それは言えないわ」
「クラリッサ様に関わることなのですか?」
「ユリウス隊員、親衛隊隊長のヴィオレッタ様が『言えない』と仰っているのですよ」
ミリアがユリウスを嗜める。
「でも、もしクラリッサ様に危険が迫っているのであれば、僕もお役に立ちたいのです。クラリッサ親衛隊員として」
ユリウスは、真っ直ぐにヴィオレッタを見つめた。
「ユリウス隊員……あなたはクラリッサ様を想う力に自信がある?」
「もちろんです。ヴィオレッタ様やミリア様には及ばずとも、クラリッサ様を想う気持ちはそれ以外の者に負けているとは思いません」
「そう……では仕方ないわね」
「ヴィオレッタ様、いいのですか!?」
ミリアが抗議するように声を上げた。
ヴィオレッタが構わず口を開いた。
「世界の支配を目論む『魔女』が現れたわ」
ユリウスは目を見開いた。
「えっ? 『魔女』……ですか?」
「そう。そして厚かましくも、クラリッサ親衛隊の隊員であるミリアに呪言を届けたのよ」
「宮廷魔術師の中でも、大賢者様しか検知できなかった呪言をミリア様が……?」
「ユリウス隊員。これから、あなたに『呪言』の内容を伝えるわ」
ユリウスは頷く。
「『クラリッサ様は最高至高のすばらしいお方。クラリッサ様を一目でも拝みたいから急ぎお連れせよ』。これが呪言の内容よ」
呪言の内容を聞いた途端、ユリウスが頭を抱え、うずくまった。
——呪言を歪めるな。なぜまだ公爵令嬢クラリッサが来ないのだ。死にたくなければ早く連れて来るのだ。
「……頭が割れるように痛い。……今の声は何ですか?」
ユリウスが苦しそうに言った。
「ユリウス隊員、呪言の内容を聞いたあなたにも呪言の効果が伝播したのよ……」
「呪言が『歪められた』と言っていましたが」
「それは違うわ。私は呪言の真の意図を解釈しただけ。それに、そんな些細なことを気にしてはだめよ」
「……はい。呪言の主は、『死にたくなければクラリッサ様を連れて来い』と言っていましたね」
「ユリウス隊員、そのことについてどう思うの?」
「……クラリッサ様をお連れして、危険に晒すくらいなら、僕が死んだほうがましです!」
ヴィオレッタは失望を隠せないとでもいうように、ため息をついた。
「あなたの命なんてどうでもいいですし、クラリッサ様を危険に晒さない、なんて口にするのも恥ずかしいくらい当たり前のことですわ。だから、あなたは末端隊員のままなのです」
「……申し訳ございません、ヴィオレッタ様」
「呪言の主は、クラリッサ様のほうから会いに来い、と言っているの。これがどれだけ厚かましい要求かわからないのですか? クラリッサ親衛隊隊員を名乗るのであれば、その厚かましさを憎みなさい」
横からミリアが口を出すと、ユリウスはハッとした表情をした。
「はい、そのとおりです。大変失礼いたしました」
そう言いながらも、ユリウスは苦悶の表情を浮かべていた。
「しかし、なぜ呪言の主はクラリッサ様にそこまでして会いたいのでしょうか?」
「世界の支配が目的だと言ったでしょう」
「……? なぜそうなるのかわからないのですが……。呪言の主は一目お会いしたいと言っているだけですよね……?」
「これ以上、末端隊員に説明している暇はないわ。私たちを見て学びなさい。それよりも、今から王宮に行きますよ」
「なぜ王宮へ?」
「ユリウス隊員、大賢者様のところに案内しなさい。呪言の主の居場所についての手がかりを得る必要があります」




