第十八話 呪言を聞かせてもらえない剣聖
「ヴィオレッタからお兄ちゃんに用事があるなんて嬉しいな。どうしたんだい? おや、ミリア嬢も来ていたのか」
ヴィオレッタが侍女を使いに出し、呼ばれてやってきたのはヴィオレッタの兄、剣聖アレクシス・グランヴェールだった。
ミリアがちょこんと頭を下げるのも待たずに、ヴィオレッタが口を開いた。
「お兄様、さっそくだけど、今から出かけてもらえるかしら」
「えっ? でもお兄ちゃんは今ヴィオレッタの部屋に来たばっかりだよ」
「そうよ。用事を伝えるために来てもらっただけよ。お兄様は信用できないから詳細は伝えないけれど、今すぐレーヴェンハイト公爵邸に向かって、不審な者がいないか見回ってきてちょうだい。私がいいって言うまで帰ってこないでね」
「えぇ……」
「あ、クラリッサ様がかすり傷でも負ったら、お兄様とは絶縁するから、しっかりね」
「えぇ……」
「早く行かないと、今この場で絶縁よ!」
ヴィオレッタに怒鳴られた剣聖アレクシスは、顔面蒼白になって慌てて侯爵邸を後にした。
その様子を目にした者は、「全速力の馬よりも速く走る人間を見た」と触れ回り、人々の失笑を買ったという。
「これでとりあえずクラリッサ様の周辺は大丈夫でしょう」
ヴィオレッタはそう言いながらも、苛立たしげな様子を隠せなかった。
「私たちは呪言の主を探さないといけないわね。クラリッサ様への不遜な態度をとったことを死ぬまで後悔するくらい説教をしてやるわ」
「はい。ヴィオレッタ様。では、これからどういた……いたっ」
ミリアが声を上げた。
「どうしたの、ミリア?」
「頭がちょっとチクっとしたんです」
——クラリッサを早く連れてこい。もたもたするんじゃない。呪い殺すぞ。
ヴィオレッタとミリアが顔を見合わせる。
「ミリア、聞こえた?」
「はい。ヴィオレッタ様も……? やはりヴィオレッタ様にも呪言が伝播してしまったのですね」
「クラリッサ様を『早く』連れてこい、ですって? ご足労いただくだけでもありえないのに、急かすつもりなの? これは本当に現実なの?」
ヴィオレッタの顔はすでに怒りを通り越し、ただ冷たく硬直していた。
「『死ぬまで後悔』ではもはや許されないわ。死んでもなお後悔するほどの思いをさせてやりましょう……」
「ヴィオレッタ様……呪言の主は『呪い殺す』とか言っていましたね」
「そんなことはどうでもいいのよ、ミリア。余計な言葉に惑わされてはだめ。この呪言がどれだけクラリッサ様に対して不敬なのかを認識することに集中なさい」
「申し訳ございません、ヴィオレッタ様。確かにクラリッサ様への非礼を考えると、『呪い』とか『殺す』とかあまりに些細なことでした」
「いいのよ、ミリア。それよりもこれからするべきことはわかっているわね?」
「はい、呪言の主を見つけて、生きながら地獄にいるような思いをさせて、クラリッサ様への不敬を深く反省させます」
「わかっているならいいわ。けれど、『呪言』を扱うほどだから、おそらく相手は高位の魔術師……いえ、『魔女』と考えていいわ。巧みに身を隠していることでしょう」
「ではどうやって見つければよいのでしょう?」
「……こちらも高位の宮廷魔術師を手配する必要があるわね」
「高位の宮廷魔術師ですか……?」
「そう。大賢者と呼ばれる宮廷魔術師長よ」




