第十七話 呪言を聞いた侯爵令嬢
「急にどうしたの、ミリア」
グランヴェール侯爵邸にて、ヴィオレッタ・グランヴェールは少し驚いてミリアを迎えた。訪問の約束はしていなかったのだ。
「ヴィオレッタ様、私……気味の悪い声が聞こえてしまって……。その声が、クラリッサ様を……」
「まさか、その不気味な声が、クラリッサ様を侮辱するようなことを言っていたわけではないでしょうね」
ヴィオレッタの顔が早くも怒りに歪み始めた。
「ヴィオレッタ様、落ち着いてください。違うのです。その逆で、『クラリッサ様はすばらしい』と言っていました」
ヴィオレッタの怒りはおさまったようだが、その表情は真顔になり、無関心に近いものがあった。
「クラリッサ様がすばらしい? 何を当たり前のことを言っているの? ああ、でも少し正確性に欠けるわね」
ヴィオレッタは少し考え込んだ。
「有史以来の、いえ、人類発生以来、いえ、この世界が誕生して以来の最高至高のすばらしいお方、と言うべきでしょうね。
まあ、それでも、ようやくクラリッサ様のすばらしさを理解する者が増えてきたということは悪くないわ。気味が悪い者にまでそれが伝わっているのなら、クラリッサ信者の裾野が広がっているということで良いではないの」
「それが……その言葉には続きがあるのです」
「続き? あら、クラリッサ様は最高至高のお方だと続けたのかしら?」
「違うのです。その声は、クラリッサ様を『連れてこい』と命令してきたのです」
「何ですって……?」
再びヴィオレッタの顔が怒りに歪んだ。
「クラリッサ様とお会いするだけでも畏れ多いというのに、『連れてこい』ですって……?」
「そうなんです。その傲慢さに私も腹が立ってしまって……。それでヴィオレッタ様にお話を聞いていただこうと思って来たのです」
「その厚顔無恥で傲慢無知な者はどこのどいつなの?」
「それが……頭に直接響いてきたので、誰かわからないのです」
「何、ミリア? 幻聴ということ? 普通に考えれば、そんな厚かましいことを言う者がこの世に存在しているとは考えにくいわよね」
「幻聴というには、あまりにもはっきり聞こえたのです」
ミリアの言葉を受け、ヴィオレッタがまた考え込んだ。
「『呪言』……かしら」
ヴィオレッタの口から出てきた言葉に、ミリアは身震いした。
「……『呪言』……ですか?」
「ええ。以前のアホ王太子のように、おそらくあなたが操りやすいとでも思ったのでしょう。実際にあなたは呪言を伝播するかのように私のところへやって来たことですし」
「そんな……。私は操られているのですか?」
「呪言とはそういうものよ。目的を達するために、呪言を聞いた者を操り、その命令を次々と人々に伝播していく力を持っているの。ミリア、あなたまさか他の者に呪言の内容は伝えていないわよね?」
「もちろんです。最初にヴィオレッタ様にお伝えしなければとまっすぐ参りましたので」
ミリアの言葉に、ヴィオレッタは満足そうに頷いた。
「さすがね、ミリア。最初が私だったのは幸いね。不必要に呪言を撒き散らさずに済むわ」
「でも、なぜクラリッサ様をお連れしないといけないのかしら。呪言の主の狙いは何なのでしょう」
「言うまでもないことじゃないの、ミリア。あれだけ魅力的な方なのだから、誰だってクラリッサ様を手に入れたいと思うでしょう。でも独占させてはだめ。いえ、そもそも誰もがクラリッサ様のものであって、クラリッサ様が誰かのものになるなんてことはありえないわ。もしそんなことが起きたら大変なことになってしまうわ」
「大変なことというのは……?」
「世界がひれ伏すクラリッサ様を手にするということは、世界を支配することと同義よ……。もしそれが邪悪な者であったならどうなると思う?」
「……絶望しかありません。クラリッサ様をそんな者の手には渡せません!」
ミリアの言葉に、ヴィオレッタが深く頷いた。
「おそらく、犯人はどこか安全なところから呪言を放って、耳のいいあなたにその声が届くと踏んだのね。クラリッサ様と私たち親衛隊のことを調べている可能性もあるわね。万が一、他にも呪言を聞いた者がいるとやっかいだわ。念のため、手は打っておきましょう」




