第十四話 公爵家のお茶会と親衛隊員見習い
王太子ユリウス主催の夜会の翌日の午後、レーヴェンハイト公爵家ではお茶会が開かれていた。
そこにはクラリッサ、ヴィオレッタ、ミリアといういつもの参加者に加え、王太子ユリウスと剣聖アレクシスも招かれていた。
「ユリウス殿下、昨日は夜会にお招きいただいて大変ありがとうございました」
クラリッサがユリウスに向かって微笑んだ。
「こちらこそお越しいただいてありがとうございます。帰路もご無事でよかったです。まさか……痛っ!」
隣でミリアがユリウスの足を踏みつけて睨んだ。
「まさか……何です?」
クラリッサが訝しげに尋ねる。
「いえ……。まさか昨日の今日でまたクラリッサ様とお会いできるなんて、とても嬉しくて」
ユリウスが無理やり笑顔を作ってそう答えると、クラリッサが恥ずかしそうに微笑んだ。
「嫌だわ、ユリウス殿下ったら。……でも私もとても嬉しいですわ」
——尊い……。
二人の女性親衛隊員たちは、可愛らしくはにかむクラリッサに言葉を失って見入っていた。
ヴィオレッタとミリアは、お茶会を前に、ユリウスとアレクシスに、昨晩の出来事は決してクラリッサの耳に入れないよう、きつく言い聞かせていた。
昨晩何があったかはいずれクラリッサの耳にも入ってしまうだろうが、それにクラリッサが関わっていたとは微塵も思わせたくなかった。そのことでクラリッサの心をわずかでも曇らせるわけにはいかなかった。
昨晩のこと——夜会が終わる前に、アレクシスは王宮内を巡回し、目に入った近衛騎士を片っ端から問答無用で制圧していった。
そして近衛騎士団長ルドルフ・アイゼンベルクを捕縛し、強引に話を聞いたところ、「王太子レオンハルト派」の王族や貴族、そして聖教会との間で、反乱の計画を検討していることが判明した。
アレクシスはルドルフを引っ立て、その足で国王の間に向かい、事態を報告した。
事態を重く見た国王は、直ちに王族側の首謀者を捕縛した上、オスヴァルドの判断を要するまでもなく、王国騎士団に聖教会大聖堂の武力制圧を命じた。そのため、数十人どころか、百人を超える大部隊となったのだった。
王家と聖教会の戦争である。
国王はその場で剣聖であるアレクシスにも協力を要請した。剣聖アレクシスは、王国騎士団がクラリッサの馬車を先導しながら行軍する条件であれば協力すると申し出た。国王はその申し出に首を傾げたが、それよりも剣聖の協力の方が重要だと判断し、両者は合意した。
行軍する王国騎士団は、道すがら聖教会騎士団の制服を着た騎士を目にすると、その都度直ちに攻撃を仕掛け倒していった。
そして大聖堂に到着すると一気に奇襲をかけ、何の準備もしていなかった聖教会騎士団を圧倒し、瞬く間に大聖堂を制圧、大司教グレゴリウス・ヴァレンティンを含めた神官幹部たちを捕縛した。
こうして王国を揺るがしかねない大きな反乱と混乱は未然に防がれたのであった。
大きな勢力を抑えた後は、剣聖アレクシスがクラリッサの馬車を守ることに何の苦もなかった。
実のところ、その夜に限って言えば、近衛騎士団にも聖教会騎士団にも襲撃の計画自体はなかった。その夜、本当にクラリッサを狙っていたのは、公爵家付近でうろついていた闇ギルドの刺客三人だけだった。
その三人はアレクシスが剣を抜くまでもなく瞬殺で気絶させられ縛り上げられ、一度夜の闇の中に捨て置かれた。
クラリッサを無事に送り届けた後、アレクシスがヴィオレッタを連れて、縛られた闇ギルドの刺客たちのもとに戻ってきた。
叩き起こされた刺客たちは、剣聖を従えた恐ろしい魔女を目にした、と後に証言した。その女は、さながら魔王のような恐ろしい形相で、人外の強さを持つ剣聖ですら尻込みして平伏していたという。
そんな魔女=ヴィオレッタの呪詛のような怨念のこもった罵詈雑言を浴びせまくられた闇ギルドの刺客は、あまりの恐怖に、ことを企てた貴族令息の名前をまったく抵抗することなく吐いた。
そしてこの夜、最も大きな犠牲者となったのは、闇ギルドを使い、クラリッサ誘拐の犯行を企てたエドガー・シュトラウス伯爵令息と、シュトラウス伯爵家の一族であろう。
よほど恐ろしい目にあって精神が不安定になっていたのか、シュトラウス伯爵家の者たちはその夜、王宮にこぞって押しかけ、クラリッサ誘拐未遂を含めた過去の罪を洗いざらい告白した上、「魔王に目をつけられてしまった」「とにかく牢獄に入らせてくれ」「最奥の地下牢で保護してくれ」と言い出したのだった。
彼らは望み通り地下牢に入れられたが、それでも何かに怯え続けていたという。
「アレクシス様も、本日はいらしていただいてありがとうございます。剣聖様に護衛していただくなんて、昨晩は貴重な体験でしたわ。おかげで夜道も何の不安もなく三人で楽しく帰路につけました」
クラリッサがアレクシスにも気をつかい、礼を言った。
アレクシスが応じようと口を開きかけたが、それをヴィオレッタが手で制する。
「愚兄アレクシスも、クラリッサ様親衛隊員見習いとして今後よろしくお願いいたします。まだ見習いなので、直接クラリッサ様にお声がけすることは控えさせてください」
ヴィオレッタには、アレクシスがユリウス以上に不用意な発言をするであろう確信があった。クラリッサの招待の手前、連れて来ないわけにはいかなかったが、決して発言はさせまいと強い決意で臨んでいた。
そして当の剣聖も何の不満も見せずにヴィオレッタに従うのであった。
「もう、ヴィオレッタったら……」
そう言いながら、クラリッサもその様子が何か微笑ましく思えた。
「僕は末端ながら正規の親衛隊員ですから、剣聖様よりは、上ですよね? クラリッサ様とお話ししてもよろしいですよね?」
王太子ユリウスが、ヴィオレッタとミリアにお伺いを立てる。彼は王家の中で揉まれてきただけあってアレクシスよりも聡く、この場での権力関係をしっかり把握しているのだった。
「ええ、もちろんですわ。ですけれど、まだまだユリウス殿下も学ばないといけないことがたくさんありますからね」
そう答えたのはミリアだった。彼女は口では笑いながら、目はユリウスをきつく睨んでいた。
余計なことを言おうとして、クラリッサの心に少しでも不安を抱かせかけたことをまだ怒っているのだ。
そんな茶会での会話を隅で聞いていた、公爵家の執事が思わずぽつりと呟いた。
「王太子が末端の隊員で、剣聖が見習いとは……。なんと恐ろしい組織なのだ……」
その声が耳に入ったミリアは、魔界の王のように威風堂々としたヴィオレッタを見て尊敬の念を強めつつ、今度はクラリッサを見てデレるのであった。
第二の伝言「夜会での噂」をお読みいただき、ありがとうございます。
このお話の後の構想も考えていたのですが、少しの間、別作品の書籍化の執筆作業に集中しなければならず、いったんここで完結とさせていただきます。(たぶん1ヶ月以内には戻ります。。)
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