第九話 これは序章にすぎない ②
結婚が、決まってしまった。
しかも、その相手は……
「婚約した仲なんだ、そう緊張するな」
「……」
客間のソファーに座っていらっしゃる、この国の王族の一人、ディオン・リラ・ブランシス大公殿下。
確かに、結婚相手は探していたわ。そう、探しては、いた。ロランではなく、他の上位階級の殿方を。それなのに……まさか、上位階級で一番上の大公家、王族の方から釣書が来て、すぐに成立……? いや、成立ではなく強制……?
確かに、王太子やオーシャイン公爵家に脅かされるようなことは……ない、と、思う。地位的に。そうね、地位的に……
でも、一番の目標は私と両親の幸せ。これで本当に、幸せになれるのかしら……旦那様となるらしい大公殿下に脅かされる日々を送り一生を遂げるのは……一番勘弁してほしいところね……
それに、下位貴族の令嬢が上位貴族の大公家へ嫁入りしたのなら、きっと周りの上位貴族達が騒ぎ出すはず。社交界を重要視するリトナ夫人がどう思うか、と考えると……胃が痛い。
そんな動揺を悟られぬよう平然を見繕い、私はスッとソファーから腰を上げた。そして、スカートをつまみ頭を下げた。
「……先ほどは、きちんとご挨拶出来ず申し訳ございませんでした。そして、昨晩はお助けいただきありがとうございました」
「別に気にするな。私は未来の夫なのだから、かしこまった挨拶など無用。そして、昨晩の件は至極当然の行動だろう? 目の前で妻を害する者を止めるのも、夫の役目。違うか?」
なら、あの時点で殿下は一体どういうつもりだったのだろうか。あの時点でもうすでにこのつもりだったのかどうかは分からないけれど……今はもう結婚するつもりだという事。はぁ、困ったわね……
「……ですが、私は下位貴族の子爵家令嬢でございます。王国憲法では王弟の結婚相手は上位貴族でなくてはならないとは記されておりませんが、世間の目というものがございます。殿下の結婚相手であれば、上位貴族の、由緒正しいお家のご令嬢が好ましいかと存じます」
「王国憲法に記されていないのであれば問題はないだろう?」
殿下が常識知らずという事は噂で聞いていたから、これを言ったとしても意味がないのではと思っていたけれど……その輝かんばかりの満面の笑みに腹が立つのは、どうしてかしら。
殿下は無駄に顔が整っていらっしゃるから余計よね、はは……
「今、社交界では不穏な空気が漂っています。そういった時に下位貴族の令嬢をお選びになられてしまっては、国政に響いてしまいます。他国からも、疑いの目を向けられてしまう事でしょう。ですから殿下、結婚相手は慎重にお選びになられた方が良いかと存じます」
「ほぅ、一目惚れしたのは一体どこのご令嬢だったかな、未来の大公夫人?」
うっ……確かにそうは言ったけれど……
あれは本当の事ではないし、殿下もそれは分かっている事。であれば、もう殿下の中では結婚する事は決定事項という事、よね。逃がさないとでも言っていらっしゃるような視線が、痛い……
「……殿下とお会いしたのは、昨晩が初めてのような気がしますが」
「ほぅ、君はご両親に偽りを告げたのか」
「……いえ、記憶違いだったようです」
「だろう?」
……そして私は、それを覆すことは絶対に出来ない、という事ね。流石、王族……
となると、これは単なる新しい遊び? 私達は、その遊びの道具にされたと、そういうことかしら。
……冗談じゃない。
とはいえ、相手はこの国の王族。子爵家なんて片手……いや、指で潰せるくらいの方。まぁ、殿下のお考えはどうなのかは分からないけれど……いや、頭のおかしな方だから、恐らく一生理解出来ないと思うわ。
「ローズ」
気が付けば、殿下は私の隣に立っていた。そして、さっきまで私が座っていたソファーにお座りになる。座れ、と腕を引っ張られ強制的に座らされた。
……王族の方と同じソファーに座るだなんて失礼な事をさせるとは。でも、ご本人がそうさせたのだからいいのか。それに、最初に人払いをさせられ周りには誰もいないから視線は気にしなくていいし。
「私はお前に選択肢をやった。そして、お前は鶏ではなく私を選んだ。そういう事だろう?」
「……おっしゃる通りです」
いや、おっしゃる通りではございませんよ。あんな選択肢なんてあってないようなものよ。更には脅迫まで。これのどこが選択肢だと?
私の中では、あの鶏を選ぶつもりは全くない。でも、あのラユース辺境伯嫡男との繋がりが持てたのだから、もし縁談まで持っていけたら、と思っていたのに……全部潰され殿下との結婚を強制された。
せっかくのチャンスだったというのに、どうしてくれるのよ……
「安心していい、私は一途だ。可愛い妻を放っておくなんて事はするつもりはない」
「……」
頬に手を添えられ、耳元でそう囁かれる。一途、とは一体どんな意味を込めてその言葉を使っているのだろうか。絶対に遊び道具は逃がさないと?
「それに、私以上に紳士な男がいるとは思えないしな。こんな優秀な旦那は他にはいないぞ? 光栄に思ったほうがいい」
紳士? この人が、紳士? 昨晩は暴行されるところを助けていただいたけれど……優秀な旦那様ではなく、最悪な旦那の間違いじゃないかしら……?
これはまさしく、死刑執行猶予、という事なのね。結婚という名の無期懲役……
私、本当に幸せになれるのかしら。
「どうした? 嬉しくて声が出ないか?」
自意識過剰にもほどがある。その自信は一体どこからくるものなのかしら。
……それより、離れてもらいたいのですが。顔が、近い……
「なら、楽しい結婚生活が期待出来そうだ」
囚人生活の間違いでしょ。
まぁ、鶏と結婚して一生家族共々辱められるのと、私の囚人生活が始まるの、どちらがいいと言えば……後者だ。私が我慢すれば、いい。けれど、実家のお父様達に手を出されるのだけは避けないといけない。
そして、私の幸せも勝ち取らなければならない。となると、離婚になるのかしら。でも、この頭のおかしい大公殿下に離婚を突きつけるとなると、一筋縄ではいかないわね。
もちろん、諦めるつもりは毛頭ない。
……けれど。
「ローズ、お前はもう私の妻だ。そんなかしこまった態度を取られては困るのだが?」
「申し訳ご」
「ローズ」
「……失礼いたしました」
「ローズ」
私の名を呼ぶたびにどんどん顔が近づいてきて、つい殿下とは逆の方へ少し離れてしまった。
「……すみませんでした」
殿下の求める答えを出せたのか、満足気な顔を浮かべていたけれど……何故か上半身が追いかけてくる。
……私、殺されるのかしら。と、思っていたら……頭を撫でられてしまった。
「あぁ、私の妻は偉いな」
「……」
……思いっきり、殴り飛ばしたい。
無駄に整ったこの顔を。
これがもし子供扱いをされているという事であるのなら、足蹴りも追加しましょうか。




