第八話 これは序章にすぎない ①
リトナ夫人のパーティーから次の日。昨日何があったのかとお父様の執務室に呼ばれた。
お父様達には今回のパーティー主催者を伝えていなかったからか、きっとリトナ侯爵家の馬車で帰ってきた事に危機感を持っている事でしょうね。心配をかけてしまって申し訳なかったけれど、仕方のなかったことでもある。
椅子に座る目の前のお父様と、隣に立つお母様の表情は……だいぶお困りのようだ。けれど、目の前のテーブルに並べられた手紙に目がいく。この二枚の手紙は、今朝届いたものかしら。
「これが何か、分かるか」
一枚は緑色の封筒で、もう一枚は……黒に、金色の装飾。レターセットは階級によって色分けされている。そして、緑色のレターセットは侯爵家が使うもの。それは、予想の範囲内。けれど、問題は黒い封筒。
「こっちは、ベルナール侯爵家からだ。昨日、パーティーで揉めたそうじゃないか」
「……」
あら、意外と早かったわね。本人が今日か明日にでも来るんだと思っていたけれど。さては、侯爵の耳に入って止められたかしら。そのままこの縁談を断ってくれるといいんだけれど。
「……はぁ。まぁ、私達も娘を家の為に利用するなんて事はしたくないと思っている。だが、親戚間での揉め事はいただけない」
「あのリトナ夫人の主催したパーティーにロランと一緒に参加したのでしょう? ロランからなの?」
「……はい、ロランさんからです」
「はぁ……手紙と食い違いではあるが、ローズが嘘を吐くなんて事はしないと私達は思っている。それに関しては、こちらからも訴えるつもりではあるが……いかんせん、こちらとは立場が違う。出来るだけの事はするつもりではあるが……難しいな」
確かに、親戚間での揉め事は避けた方がいい。特に、ロランの母親は私のお母様の姉であっても上位貴族の侯爵夫人。子爵家の私達ではどうすることも出来ない。
けれど、今回のパーティーでロランは侯爵家に泥を塗り、昨日の事ではあってももう社交界に広まってしまった事だろう。それだけではなく、ラユース辺境伯の嫡男との繋がりが切れつつあったものが、今回の件で恐らく完全に切れてしまった可能性もある。
そして、対するアルベール子爵家側はそのラユース辺境伯嫡男と繋がりを持つことが出来た。とりあえず、まずは仲良くしてくれるらしいアダン子息にお手紙でも送りましょうかね。
「そして、こっちだ」
お父様が指さしたのは、黒い封筒の手紙。これが何だか分かるか、と聞かれ……いえ、と答えた。
この封筒……金色の装飾がされている、という事は王族からの手紙だという事になる。けれど、国王陛下や王太子殿下が送ってくる封筒は赤だ。となると……
「大公殿下からの、釣書だ」
大公殿下からの、釣書……?
釣書という事は、縁談話、という事、よね? アルベール家には、令嬢は私しかいないから……私への、縁談?
「しかも、殿下自ら送ってきた。ローズ、殿下と最近会った事はあるか」
み、自ら、私に……?
大公殿下と面と向かってお会いした事は、あるはずがない。そもそも、大公殿下は公には全然出てこないのだから。以前お姿をちらりと見た事は何回かあるけれど……昨日のパーティー会場でも、その前にあった断罪パーティーでも見かけなかったし……
大公殿下は、小説ではあまり出てこない人物。そしてエンディングまでずっと独身だったはず。それなのに、私に縁談話を持ち掛けてきた。しかも、あの婚約破棄事件が起こり社交界が乱れてしまっているこの時期に。
一体どうなってるの……?
そんな時、この部屋に近づいてくる足音が聞こえてきた。私達三人はそれに気が付きドアに視線を向けると、ノックもなしに開かれる。
部屋の主に声もかけずにドアを開ける、そんな非常識な事をする人。それは……
「久しいな、アルベール子爵。邪魔してるぞ」
「でっ殿下ぁ!?」
金色の短髪に、赤黒い瞳をした男性。この国では、金髪は王太子とあともう2人いらっしゃる。一人は、この国の国王陛下。そしてもう一人。
今まで私は遠目からしか見た事がなかったけれど、すぐに分かった。
「大公殿下っ! 一体どういったご用件で……!」
この方は、国王陛下の弟君である……――〝ディオン・リラ・ブランシス大公殿下〟だ。
そういえば、この人からの釣書、来てなかったかしら……?
目の前にいたお父様は勢いよく椅子から立ち上がった。お母様と同じく顔は真っ青だ。私も、硬直して身体が動かず口を開けずにはいられなかった。まさかの大公殿下のご登場に内心だいぶ混乱、というよりかは……危機感を覚え、小説で登場する大公殿下のシーンをすべて強引に頭から引っ張り出していた。
確か、エンディングくらいでしか出てこなかったはず、よね……?
一体、どうなっているの……?
「用件、か……」
そう呟きつつ私達の方に歩いてくる。けれど……私を見つめ、口角を上げてきた。顔を強張らせたのも束の間、私の隣に立ち反対側の肩に手を置いてくる。突然の事に驚き肩を上げてしまったけれど……
「結婚のお許しを貰いに来た」
「「結婚っ!?」」
お父様とお母様は綺麗に声を揃えていたけれど、私は絶句してしまった。あの、縁談の話を手紙で送ってきただけ、ですよ、ね……?
けれど、私の心情など知ったこっちゃない殿下はいい笑顔で私にこう言ってきた。
「約束、したよな?」
「……」
……約束をした覚えは、どこにもございませんが。そもそも、殿下とお話をする事さえ、今が初めて……初めて?
何となく、殿下のお声に聞き覚えがある。そう、それは確か……昨日? 昨日……昨日……
聞き覚えのある声に、隣に立つ殿下のこの身長……と、いう事は……
そんな時、耳元で囁かれた。
「鶏と私、どちらを選ぶ方が利口か、分かるな?」
「っ……」
一瞬、身震いした。昨日の最後の言葉が頭をよぎった。昨日、ロランに叩かれる寸前に助けてくださった、あの方だ。それを理解し、寒気を覚えた。
これは、選択だなんて生ぬるいものではない、もうすでに私の取るべきものがこの方によって用意されている。
相手は、私たち下位貴族にとって雲の上のような存在。王族という名の、逆らってはいけない存在。
なら、この家を守るために私が取るべきものは……
「だっ、黙っていて、申し訳ございませんでした……」
「え……」
お父様達に向かって、私は頭を下げた。そして、頭を上げると隣に立つ大公殿下が肩に手を乗せた。その手は、ただ肩に乗っているだけのはずなのに、とても重く感じる。
「……以前、殿下をお見かけした際に……一目惚れをしてしまい……我慢出来ず想いを伝えたら……答えてくださって……」
「ほ、本当かい……?」
「はい……」
一目惚れなんて馬鹿馬鹿しいと思いつつ言い訳を作っているけれど、お父様達への罪悪感で押しつぶされそう……
信じてもらえるかどうか分からないけれど、今はこれしか出てこない……
ちらり、と隣の大公殿下の顔を見れば、満足げな表情でこちらを見ていてすぐに視線を前に戻した。これでよかったのかどうか分からないけれど……後が怖い。
「私は……下位貴族の令嬢ですから、大公殿下とは身分が違いすぎます。ですから、この恋は諦めようと思ったのです。けれど……殿下に、今回のロランさんとの縁談に気付かれてしまって……」
「昨日の事を知り、今朝釣書を送ったんだ。来ただろう?」
「は、はい。こちらに……あの、殿下、本当に、ウチの娘を……?」
お父様の焦りと危機感がだいぶにじみ出ている……
彼は国王陛下の歳の離れた弟君であるため、まごうことなく王族。そして、社交界ではこう言われている。頭のおかしい横暴な方、と。だから、あまり関わらないようにしている者達が多い。
10歳の頃に、「こんなものに縋りつく兄上たちが可哀そうでなりませんね」と皮肉を言いつつ簡単に王位継承権を破棄してしまったのは有名な話だ。国王陛下と大公殿下には他にも兄弟がいたが、命を狙われ今は国王陛下と大公殿下のみとなっている。
そして、もちろん大公殿下も幼い頃から何度も命を狙われた。けれど、「もっとマシな暗殺者を寄こせ」と、暗殺者を用意したらしい側室の催すパーティー中に血しぶきを浴びた服で暗殺者をお返しに来たりと、色々と有名な方なのだから。
「あぁ。こんなに可愛らしく魅力的なご令嬢が私を想っていてくれていたんだ。自分の手で幸せにしてやる他ないだろう?」
「そっ、そう、ですか……そこまで、おっしゃってくださるなんて、親として、光栄です……」
お父様とお母様は、顔面蒼白で顔が引きつっていらっしゃる……気持ちは、分かります。
でも、それを分かっていてそんな笑みを見せる大公殿下は一体どういうおつもりなのかしら……恐ろしくて仕方ないわ……
「では、次からはお義父上と呼んだ方がいいか」
「えっ、いえ、そんな……」
「結婚が決まれば当たり前の事だろう。これからよろしく頼むよ、義父上、義母上」
一体何をどうよろしく頼むのか、聞きたい……けど、恐ろしくて聞けない。とりあえずそのまま早急にお帰りいただきたい……
「こっ、光栄でござい、ます……」
「ふっ、不束者では、ありますが、ど、どうか娘を……よろしくお願い、いたし、ます……!」
今まで、王太子とオーシャイン公爵家に目を付けられてしまうのではという危機感を持っていたけれど……生ぬるかった。
我がアルベール子爵家、最大の危機、ということ、よね。お父様、お母様、本当に、申し訳ございませんでした……




