第七話 運命の分かれ道 ④
ロラン、そして伯爵夫妻が会場から立ち去ると先ほどのような静けさから一変、ざわざわと周りの招待客達の話し声が広がった。
上位貴族である侯爵家の次男がこんな事態を引き起こした。しかも、不倫まで。となると、明日にはもう社交界に広まる事でしょうね。
伯爵夫人が不倫していた事、その相手であるベルナール侯爵家の次男は夫人と他ご令嬢3人の愛人を作っていた事が。
「リトナ夫人、先ほどは騒ぎを起こしてしまい申し訳ございませんでした」
「その点に関しては目をつぶりましょう。それよりも、我が国の社交界に『上位貴族夫人の不倫』というとんでもない事実を晒した者達の始末の方が先決。全く、数日前の婚約破棄で社交界がざわついているというのに、困ったものね」
リトナ夫人は小説でもよく出てきていた。そのおかげで私はよく彼女の事を知っているから、リトナ夫人のこの態度はよく分かる。
この方は、我が国の社交界という場を重要視している。社交界は女性社会であり交流の場ではあるけれど、この国の政治と繋がっている。そのため、社交界の品格を落とすべきではないと厳しく取り締まっている。
リトナ夫人は侯爵家。その上の階級となる公爵家の三家であるが、夫人となると一人は領地に向かい療養、もう一人は亡くなっている。そして最後のオーシャイン公爵家の夫人は、あまり社交界が得意ではないため顔をあまり出さない。
そして、この国の今は亡き王妃殿下は王太子殿下がお生まれになさった際にお亡くなりになられた。
それもあって、この社交界ではリトナ夫人の影響力が大きい。今回のこのタイミングでのパーティーを開催させてしまうのだから、肝の据わったやり手という事でしょうね。
「馬車の準備が出来たわ。さぁ、おかえりなさい」
「お気遣い感謝いたします」
そんな方と喧嘩だなんてとんでもないわ。目を付けられないよう好印象とまではいかずとも変に思われないように行動するつもりではあった。彼女が重要視する社交界の為を思えば、タイミングは悪くとも伯爵夫人達の事は早く片付けねばならない事でもあった。
今回は、こちらの都合でこのタイミングとなってしまったけれど、馬車を用意してくださったという事は、敵対心を抱いているというわけではないという事かしら。
結果的に上手くいったのだから、今日は良しとしましょう。
ふと、ロランの友人であるアダン子息が私に向かって手を振っていた事に気が付いた。とはいえ、せっかくリトナ夫人が馬車を用意してくださったのだから、小さく会釈しそのまま会場を後にした。
小説通りに行くのであれば、これから色々とイベントが待っている。だから、またどこかで顔を合わせる機会が来るわ。あちらは私と仲良くしたい口ぶりではあったけれど、本心はどうなのか分からない。
まぁ、これでロランはアダン子息との縁は切られたでしょうね。ロランはこのパーティーで侯爵家に泥を塗り、貿易事業と国境を守る辺境伯との繋がりも消してしまった。今回の件でロランは重要なものをいくつも失ってしまったという事になる。
小説では、ロランは国外追放になり、メルリアナ嬢の脇役である私は両親達と共に後ろ指を差され王太子達の顔色をうかがいながら苦しい一生を過ごすことになる。
今回ロランとの結婚を断る理由が出来たけれど、結婚を完全に回避出来たというわけではない。となれば、まだまだ油断は禁物よ。相手は侯爵家なのだから。この縁談をしっかりと断らなきゃ。
お父様とお母様には幸せになってほしいし、私も幸せな未来を描きたいと思っている。だからここで油断していられない。
これから小説通りに進むのであれば、エンディングはハッピーエンド。とはいえ、全員が全員ハッピーエンドになるわけではないけれど、平和な国になると書かれているのだからその方がいい。
小説のラストシーンはちゃんと覚えているけれど、私がこの小説の中に入ったという事は、あのラストシーンの先を見ることになる。……メルリアナ嬢のように退場させられてしまうようなことがなければ、の話ではあるけれど。
でも、もうすでに小説とは違った展開に進んでしまっている。リトナ夫人が小説のヒロインであるカロリーヌを王太子と共に招待するはずだったのに、彼女達は登場しなかったのだから。
これから先どうなるかは、なってみなければ分からない。とはいえ、人間誰しもこれからの事は分からないのは当たり前。神のみぞ知る、というやつね。
「ローズっ!!」
玄関を出たあたりで、大きく荒げた声が私を呼んだ。外は暗く、明かりが設置されている。そして、暗闇から出てきたのは、ロランだ。先ほど、痴態を晒されリトナ夫人に強制退場をさせられた。
私に近づくロランの表情からして、怒っている、のかしら。まぁ、そうよね。醜態を晒す原因となったのはこの私なのだから。
私の目の前に立ったロランは私の腕を掴むと引っ張り来た道を戻り始めた。振りほどこうにも力が強くて出来ず、ようやく止まったかと思ったら私を冷ややかな視線で睨みつけた。
さっきの痴態のせいで正面玄関前では話しづらいから、暗がりに移動したという事ね。暗がりでも、近いからその歪む顔がよく見えるわ。
「……いかがなさいましたか」
「君はいいのかっ! この縁談を成立させなければ、君の家はどうなるか。忘れたわけじゃないだろう……!」
「それが何か?」
「はっ、強がるのはやめた方がいい。君の今の状況は分かっているだろう。オーシャイン公爵家の令嬢と懇意にしていたがために家を危険にさらす羽目になった。それもこれも全てお前のせいだろう! それを助けてやろうと僕が縁談を了承してやったというのに……」
了承して、やった……?
確かに、この縁談はこちらから提案したものだ。けれど、成立なんて全くしていない。それなのにこの言いざま。何様のつもりだ、この男は。
「オーシャイン令嬢の脇役でしかなかったお前が! 僕の縁談を破棄してしまってこれからどうなるか分からないのか! はっ、今までずっと令嬢の顔色をうかがっていたくせに、黙って僕の斜め後ろに立っていればよかったものを!」
「……は?」
脇役で、顔色をうかがっていたのは理解してる。けれど、黙って斜め後ろに立つだなんて……この男は一体、何様のつもりなのかしら。
堪忍袋の緒が切れる、とはこの事を言うのね。
「不倫に愛人を3人も作るだらしない男が何を言い出すかと思えば、侯爵家の当主にでもなったつもりなのかしら。家も継げない〝次男〟のくせに」
「っお前!!」
「自分勝手で無駄に気取る頭の中お花畑な鶏と結婚だなんて願い下げだわ。所詮次男は次男、貴方の兄をもっと見習ったらどうかしら」
「このっ!!」
ロランは、私の腕を掴んでいた手を解き振り上げた。彼は〝次男〟と呼ばれる事と嫡男である兄と比べられることを嫌う男。それを知って煽ったのだから、手を出すと分かっていた。これで暴行罪にもなるでしょうね。
……と思っていた、その時だった。
つい目をつぶってしまったけれど、痛みがやってこない。代わりに、ロランの呻き声が聞こえてきた。そっと目を開けると……私の背後に、誰かが立っていることに気が付いた。だいぶ密着していて、そして手の位置からしてとても背の高い人だということが分かる。
そしてその手は、ロランが振り下ろそうとしていたはずの手の手首を掴んでいたことに気が付いた。
「確か鶏、だったか。君は一度レディーに対する接し方を一から学び直した方がいいぞ。自分の品位を下げているのだと気が付いた方がいい」
聞いたことのない男性の声が、頭上から降ってくる。
止めてくださった、という事かしら。そして、掴まれていた腕を押されてロランは尻もちをついていた。
「――失せろ」
たった一言のその言葉に、重圧を感じた。
私に向けての言葉ではないはずなのに、つい身体を強張らせてしまった。確かに、先ほど話していた声よりトーンは低かった。けれど、それとは違う……まるで、高貴な権力者の言葉のような……
ロランもその重圧を感じたのか、肩を上げた後舌打ちをしつつも私を睨みつけその場を去った。
一体この方は誰なのかしら。リトナ夫人が招待した招待客のようだけれど……ここは、潔く去ったほうがいい。
私は、その方から離れ振り向いた。暗闇で顔が見えないけれど、ドレスのスカートをつまみ頭を下げた。
「お助けいただき感謝いたします。おかげで怪我せず済みました。では、私はこれで失礼いたします」
早急に、ここから去りたかった。鶏、を聞いていたという事は恐らく全部聞いていた。つい頭にきてしまったとはいえ、今更ながらに恥ずかしい。
相手がどなたなのか分からないけれど、一応ロランとの言い合いは別に聞かれてマズい事ではない。もうすでに、あの会場でロランの痴態は晒してしまったのだから。
そして、すぐにスカートを翻し馬車の方へ。速足になってしまった事は……大目に見てほしいわ。
ひとまず、お父様とお母様にどう説明させた方がいいか考えないと。リトナ侯爵家の馬車で特別に帰宅させていただいた事できっと驚かせてしまうだろうから。
あとは……またロランがこちらにやってくることがあるはず。なら、まずは対策を立てた方がいい。




