第四十七話 菓子に隠された秘密 ⑤
バリエ侯爵が拘束され連行された事により、ガーデンパーティー会場には静けさが訪れた。これは、明日には社交界にこの事が広まっていく事でしょうね。ここに参加しなかった者達の耳にも入るのは早いと思うわ。
バシュラール伯爵がどうなっているのかは気になるところではあるけれど……エリサベトの毒を盛られてしまったのだから、どれくらい服用したのかで今どういう状態なのかは分かれるわ。
まぁ、彼も今回の事件の容疑者の一人。一応生きていてもらわないと、取り調べが出来ないわ。
「では、これにて失礼いたします。ブランシス夫人、身柄引き渡しの件に関しては後ほどお伺いいたします」
「はい」
ワレトミー侯爵の捜索、そしてワレトミー侯爵の脱獄についてもあとで報告してくれるらしい。まぁ、ワレトミー侯爵が王城の牢屋から一人で脱獄できるとは思わないし、そもそもエリサベトをどこで手に入れたのかもまだ分からない。
調べる事が沢山あるから、騎士団達はこれから大仕事ね。
「近衛騎士団長」
そんな時、オーシャイン公爵が私達の方へ歩いてきた。そして……
「バリエ侯爵邸、バシュラール伯爵邸にはすぐに我が騎士団を送ろう。監査官も派遣するようこちらで手配する」
「感謝いたします、オーシャイン公爵。後ほどそちらに騎士を数人送らせていただきますので、よろしくお願いいたします」
「あぁ」
さすが、王族とずっと関わってきた家系ね。今ワレトミー侯爵の捜索に王城騎士団達は出払っている状態だから、人手が足りない状態。だから、オーシャイン公爵は公爵家の騎士団達を派遣させてくれるという事。
上位貴族の、王家の血も混ざる公爵家の騎士団だ。優秀な者達ばかりが集められた集団の為、王宮騎士団にも匹敵する事でしょうね。
「ブランシス夫人。僭越ながら此度の件、事後処理は我がオーシャイン家にお任せくださいますでしょうか」
いきなりの事に私も驚いたけれど、この光景を見ている周りの貴族達も驚愕しているように見える。
王族派の筆頭ともいえるオーシャイン公爵家が、中立派のブランシス大公家に手を貸すのだから。
「我がオーシャイン公爵家は、ブランシス大公殿下、そして大公妃殿下のお力の一つでございます。お二人の行く先には我々も共に。ですから、進む道に障害がある様でしたら、どうぞ我々にお申し付けください」
「……そう言っていただけてとても助かりますわ。では、お任せいたします」
「光栄でございます」
公爵のこの言葉で、これは政治を揺るがす出来事が今起きるのではと悟ってしまった。
それだけ、この方の発言の一つ一つが、影響力のあるものなのだという事。私も大公家の夫人となっているけれど、まだまだ新婚。元子爵令嬢という方が抜けていない。
だから、オーシャイン公爵家が中立派となった事の重大さを感じられた。
政治において、貴族派と王族派のバランスはきちんと保たないといけない事は分かっているけれど……もし、中立派が大きくなってしまえば、どうなってしまうのか。新たな勢力が現れてしまったら、どうなるだろうか。
きっと、王太子は夜も眠れぬ事でしょうね。
……と、思っている時だった。
気が付けば、私の足は地面に付いていなかった。おかしい、何故ディオンに抱き上げられてしまっているのだろう。先ほどまでずっと黙り込んでしまっていたけれど……
何とか事が済みはしたけれど、これ以上ガーデンパーティーを続けることは出来ないからと、私達二人は客間に案内される事になったのに……私は歩いてはいけないのかしら。
「オーシャイン公爵。あとは任せていいか」
「かしこまりました」
まぁ、オーシャイン公爵に全て任せれば何とかなるでしょうけれど……まずは、降ろしてくださると助かるのですが。周りからの視線が、恥ずかしい。
「と、いうことだからここで失礼する。困ったことに私の妻は強がりで我慢強くてな。だから、すぐにでもこの事件現場から退散させたい。それに……うるさいネズミもいることだしな」
そのまま歩き出したけれど……私は一体彼にどう思われているのかしら。まぁ、愛妻家ごっこ中だけれど。
それにしても、うるさいネズミ……カロリーヌのことじゃないと思いたいところではあるわね。
「……歩けます」
「我慢はしなくていい」
案内役の使用人に聞こえないよう小さな声で伝えたけれど、そう返されてしまった。
我慢なんてしていないけれど……眩しすぎる笑顔に、どうやっても勝てる気がしない。ルニ達も置いてきてしまったし……
でも、それより謝らなければならないことがあることを思い出した。
「……ごめんなさい」
「謝ることはあったか?」
「……旦那様を毒見役にしてしまったから……」
「あぁ、そんなことか」
いや、そんなことで終わらせていい事ではないと思うのですが。里に行った時にも、ディオンに毒見役をさせてしまった事も、結構申し訳なかったのに……また毒見役をさせてしまうなんて。
小説では毒殺なんてなかったから、油断した。それに、小説とは違うものが出てきてしまって少し動揺した、というところもある。
……いや、これは言い訳に過ぎない。この前襲われたばかりなのだから気を抜かない事が必要のはずだったのに。それに、私は令嬢ではなく王族。毒だなんて盛られても不思議ではないのだから。
それなのに……
「言っただろう、私には毒の耐性があると。それに、即死するような猛毒であれば見ただけで分かる」
「……」
確かに、それは聞いた。
けれど……本当かしら。見ただけで分かるなんて。無味無臭で見ても分からない毒もあるかもしれないし……
もし、ディオンがあのバシュラール伯爵のように血を吐いて倒れてしまったらと思うと……いや、そんなところを想像しても、これはたらればなのだから意味がない。
の、だけれど……恐ろしく感じる。
「……そうか、泣いてくれるのか。可愛い妻の毒見役で死んだとしても、それなら本望だな」
「……馬鹿なこと、言わないでください」
せっかくそっぽを向いたのに、視界がうるんでしまっている事に気が付かれてしまって恥ずかしくなってしまった。絶対に流すものかと何とか力を入れたけれど、これをひっこめるにはだいぶ時間がかかりそう。
「はは、悪かった。まぁでも、嘘ではないからな。それに……妻を残して死ぬつもりは毛頭ない。そんな腰抜けと一緒にされては困る」
「新婚になってすぐに未亡人だなんて笑えませんよ」
「あぁ、分かってるさ。だが、今は両手がふさがっているから泣かないでくれないか。涙を拭いてやれないからな」
そんな事を言って、本当にそうなってしまったらカッコ悪いですよ。でも、いつもの調子のディオンに何となく安心感を持てたような気がする。
帰ったら、毒の知識を頭に突っ込もうかしら。自分のためと……ディオンのために。
その時、ふと廊下ですれ違った使用人がいた。こんなところを見られては、と思うけれどなかなか難しい。けれど……見覚えのある、使用人だった。ブランシス大公邸に勤務している者。それに気が付いた私を見た彼は、一つ微笑みディオンの方に視線を向けては小さく頷いた。
そして一つ頭を下げこの場を離れる。私は、ディオンの方に視線を向けたけれど……
「どうした?」
そう言われてしまった。
もしかして……この事態になる事を、予測して潜り込ませていた……?
その後、案内された客間でまた取り調べとなり、数時間待たされた後に帰宅することを許された。
「さ、私たちの愛の巣に帰ろうか」
とりあえず、この男の口を誰か縫い付けてくれないかしら。
……先ほどのことがあって、気を遣ってくれてるのかもしれないから何も言えなかったけれど、恥ずかしいにも程がある。
そんな時、ふと思った。
ディオンは自分に用意されたチョコレートケーキには一切手をつけなかった。代わりに私のケーキを食べたから。その後すぐにバシュラール伯爵が倒れ、ディオンのケーキは手を付ける事はなかった。
なら、もしディオンのケーキに同じ毒が盛られていたとしたら……
けれど、ディオンはウチの使用人を潜り込ませていたから、きっとその事も調べたのだと思う。なら、ディオンに聞けばそれは解決するのではないだろうか。
とはいえ、それを聞いたところで何になる。もし盛られていたら……王族だからという事で終わりにされてしまいそう。数日前だってそう。近衛騎士団が探しても尻尾すらつかめなかった暗殺ギルドのギルド長を簡単に捕まえてしまった。
自分の首を狙いに来たから捕まえた、とのことだったけれど……それは、本当だろうか。
私の知らない事が、まだ沢山ある。けれど、知ってはいけないとも思う。
本人に聞いて、答えてくれるだろうか。
「ん? どうした」
「……いえ、何でもありません」
「帰ったら何か温かいものを飲もうか。それとも、甘いスイーツがいいか」
……よく言えますね。さっきの事件ではケーキのチョコレートソースに毒が入っていたのに。
まぁ、そういう人だと知っていたけれど。
気が付けば、涙は流れず引っ込んでいた。安心感も、あった。はぁ、早く帰りたい。我が家に。




