第四十六話 菓子に隠された秘密 ④
悲しげに私に視線を向ける、犯人のメイド。けれど……ん? 水色の、肩辺りの長さの髪をした……黒の瞳をした女性。……小説に、いた、よう、な……? そう、ね……どこかで、出てきた、ような……
その時だった。
「おい、足も押さえておけ」
その声は……私の護衛として連れてきたルニのものだった。
王族の場合、護衛とメイドは会場の端に待機させることが出来る。だから、今日はアレットとセザール、そして使用人服を着せウィッグを被せたルニを待機させていた。
「女ではあっても力は強い。特に足はな」
近衛騎士達に止められようとしていたけれど、それを振り切り私のところへ。
「いいか」
「……私のペットの頼みなら、許すわ」
「あぁ」
ペットの頼みなら。それは、やりすぎはないように、という釘を刺した言葉だ。戦闘民族族長のルニが感情のままに暴れ出したら止めるのが大変。ここには、自分の里の子供達を苦しませたバリエ侯爵もいるのだから、殴りたくてそわそわしていた事だろうし。
そんな事を思っているであろう彼は、メイドに近づいていった。近衛騎士団員達が制止したが、いとも簡単に避け……メイドの腕を掴んだ。そして、メイド服の左肩辺りを掴み……破り捨てた。
「なっ……」
彼女の肩には、包帯が巻いてある。ルニがそれも破ってしまうと……驚愕の声が響いた。大きな一輪の花が描かれた、刺青が現れたからだ。
このメイドは……この女性は、暗殺ギルドの一人だ。小説で、カロリーヌに毒を盛って暗殺するよう……ワレトミー侯爵が依頼した暗殺ギルドの暗殺者。
なら、何故今こんなところに……?
そう思っていると、ルニはウィッグを取ってしまった。
「久しぶりだな」
「お、まえ……アルビーナの……!?」
……やっぱり、そうなるのね。確か、いつぞやの護衛の仕事中に暗殺ギルド員達が依頼人を襲おうとしていた時、半殺しにしたのよね……
読者であった私は、かっこいいなと思い読み進めていたけれど……暗殺者らしいメイドの顔面蒼白な様子を見ると、少しヒヤッとしてしまいそうね……
「俺のご主人の名前を気安く口にするとは、余程死にたいらしいな」
「っ……」
「誰に言われたんだ? 仲間を抱えて帰れないだろうとお前の足を折らないでやった思いやりは、覚えているだろう?」
ルニのその言葉で、ひやりとした空気が漂った。近衛騎士団達は危険だと感じたらしく、ルニに剣を向けているけれど……ルニ本人はその何本もの剣先に見向きもせず、彼女の首を掴んだ。
「――言え」
たったの一言であっても、至近距離でその言葉を突き刺された彼女には恐ろしく感じたのだろう。恐ろしい化物でも見ているかのような様子だ。
……これは、強者だからかけられる圧力だ。王者とはまた違った、重圧。
「ブランシス大公夫人」
そんな空気を一瞬で変えたのは……近衛騎士団長。私に視線を送っては、この者を止めろとでも言いたげである。
けれど、これは彼女の尋問なのだから、これからやることをルニが代わりにやっているのと同じ。どこもおかしくない。
「犯人をここに連れてきたのは、尋問のためでしょう? 〝うちのペット〟していることにおかしいことはないではありませんか」
「っ!?」
「アルビーナ民族の族長が相手なら申し分ない。そうは思いませんか?」
アルビーナ民族。周りの貴族達は戦闘民族と知っているだろう。だから、その族長を自分のペットと言ったことに驚きを隠すことが出来ない。
けれど、思い出したことだろう。最初、ルニは変装し私の従者としてここに来て、そしてこの犯人に、私の事を俺のご主人と言った。
……ルニの放つオーラの鋭さに恐ろしさを感じている人もいるけれど。
ペット、という事に関しては……雇い主と勘違いさせないため。彼は何でも屋であり、その事実は周りも知っている事だろうから。
「……ワっ、ワレっ……トミ……うぐっ……」
「ワレトミー……最近お縄に付いたやつだっただろ」
ルニは彼女の首を絞めつけていた手を離す。彼女はむせているようだった。首には……くっきりと手の痕が残っている。だいぶ強い力で締め付けられていたのね。
「身を……隠し、ながら……ゴホッ、ウチに、来たんだ……」
「……なるほど。そのエリサベトというやつは?」
「そいつにっ、渡された……これで、被害者を出して、そのローズってやつを犯人にしろって……」
ルニは私に視線を向けた。どうする? と言っている視線だ。
ワレトミー侯爵がバシュラール伯爵に毒を盛り、その犯人を私に仕立てた……まぁ、私を襲うよう依頼したのはバシュラール伯爵だ。動機は揃っている。私に毒を盛ればいいのでは? と考えるでしょうけれど、誰が犯人なのか調べ上げられてしまえば自分に行きつく可能性がある。
まぁ、今行きついているけれど。ルニを連れてきたのは正解だったわね。
けれど、何故バシュラール伯爵を被害者に?
「ワレトミー侯爵を総動員で捜索いたしましょう。ですがその前に、ブランシス夫人。彼についての説明をしていただきたい。尋問官としての役目を果たした者ですから、必要でしょう」
なるほど、近衛騎士団長の質問はおかしくない。これは元々自分達の仕事だったはずが、外部の者に任せてしまった。国王代理としていらっしゃる王太子殿下の目の前で職務怠慢を行ってしまったのだから、これは重要な事ね。
私は、ルニに視線を向けた。自分で説明しろ、と。私の言葉より本人の言葉の方が信憑性がある。
「俺達の主人はブランシス夫人ただ一人。俺達アルビーナは恩はきちんと返すことは当然の事だと考える。そして、自分達の主人も自分達の意思で選ぶからな」
アルビーナは恩を返すことを重要とする。小説通りだ。けれど……主人を選ぶに関しては、里の者達には相談一つせず、私がただペットにしたいと言い出しただけではなかったかしら。
まぁ、その後ルニは了承したけれど。
「もちろん……危険な火薬を港まで運ばせようとし、毒で大事な家族を脅かすような奴はもってのほかだ」
ルニはそう言いつつ、視線を他に向けた。その先には、用意されていた一つの丸テーブルに座る……バリエ侯爵。
なるほど、もう我慢の限界という事ね。
ルニとバリエ侯爵は、ずいぶん前からあまり仲が良くなかった。それは、バリエ侯爵がルニに依頼をした時がきっかけだ。荷運びを頼んだのだが、これが火薬だという事をルニが見抜いてしまった。火薬の匂いを消したようだけれど、里一鼻の良いルニにはそれは無意味だったという事だ。
火薬を運ぶだなんて危険が伴う仕事だ。しかも、定期的に運んでほしいとの依頼でもあったため、ルニは直前に断ったのだ。そこから、わだかまりが起き、少しずつ強くなっていった。
「だ、そうよ。バリエ侯爵」
私の一言で、周りの者達は彼に視線を向けた。対する彼は……にこやかに、そして鋭く視線を私に向ける。
ここで自分が呼ばれる事を予測していなかったのかしらね。
「……一体何のことですか?」
「実は、バシュラール伯爵とお友達になりましたの。だから、色々と見せてもらいましたわ。帳簿にはない額の金貨が別で保管されていた事、これから貴方に送るはずだったお手紙も」
彼は、席を立ちこちらに出てきた。焦りの色は全く出さず、笑顔でこちらにやってくる。余程の自信がおありのようね。
「ほぉ……火薬は、国の許可を得て取引をする事となる。そして、鉱山などで使用される事となります。ですが、火薬はバシュラール伯爵領で製造している事は社交界では周知のことでしょう。それなのに、何故私が? 手紙も、私には見当もつきませんね。一体バシュラール伯爵は私に何を伝えようとしたのでしょうね」
「確かに、火薬を製造しているのはバシュラール伯爵家ですわ。鉱山を所持していらっしゃる貴族の方々と取引されている事も知っています」
私もシャンパンガーネット鉱山を所持しているから、火薬を取引している。まぁ、別のところではあるけれど。
「ですが、鉱山はいつか枯渇いたしますわ。それに、この国では鉱山は他国と比べると少ない。となると、事業を長く続けるためには輸出という手段を取る事になりますわ」
「……」
「けれど、外国との取引となると、火薬は規制がいくつもありますし、需要もあまりありません。関税も見直しされていますし、近辺諸国では国内生産されていらっしゃる国がいくつもありますから」
「そうですね。バシュラール伯爵も頭を抱えていらっしゃることでしょう」
「えぇ。となると、鉱山以外で使い道のある、大量に必要となる事というと……武器」
戦争をしている国は、確か海を跨いだ先にある。戦争となると、火薬が沢山必要となる。けれど、この国では戦争においての火薬提供は禁じている。取引をしたと知れば、この国が相手側の標的になりかねないから。
「確か、最近密輸しお縄に付いた方がいらっしゃいましたわね。彼は、海賊と手を組み毒物となる宝石を輸出していらっしゃいました。今回は積まれていませんでしたが、その火薬も売っていた事に調べがつきました。輸出先は、海を跨いだ先にある戦争中の国です」
「それはそれは。でしたら、バシュラール伯爵は罪に問われる事でしょうね。ワレトミー侯爵と共に悪事を働いていた、ともなれば一大事ですから」
今回、バシュラール伯爵を毒殺したのはワレトミー侯爵。口封じ、という事でこの手段を取った事になると周りは考えるでしょう。
「ですが、取引をなさるにしても相手とどうやってコンタクトを取ったのかしら?」
海を跨いだ先にある国と取引をするとなると、至難の業。船を用意する必要もある。海賊とのコンタクトも取らなければならなくなる。けれど、ギルドに依頼したらどうだろうか。
「ほぉ、だいぶ遠い国ですから、難しいですね」
「海を跨いだ先ではありますが、ギルドを買い取り取引するよう仕向けたのはどこのどなたかしら」
「私が、と言いたいのですか」
「えぇ。どうしても、港を使ったルートが欲しかったのですよね? そのために準備をして、二人に声をかけた。取引材料にするために。それに、ワレトミー侯爵領の港であれば、見つかったとしてワレトミー侯爵に擦り付けられますから」
「ほぉ、証拠は?」
「証言者がウチにいますよ。旦那様のおもちゃになっていますけれど」
そのギルドの名前を出した時、彼は眉を動かした。そして、周りも驚愕する。
そのギルドは、今騎士団達が探している指名手配認定をされたギルド。汚れ仕事ばかりを請け負うギルドであるため、指名手配をしているものの……旦那様が簡単に捕まえてしまった。
私の首には10億ソルの懸賞金がかかっていたらしいぞ、と笑って牢屋に向かっていたが。私の首はそれだけ安いものだったのかと少し拗ねてはいたけれど。さすが、小さい頃から狙われる王族ね……と納得したけれど。
そして、バリエ侯爵は戦争している国とバシュラール伯爵たちの取引の仲介人としてだいぶ儲け、色々と繋がりも作った。その他にも……
「武器提供に隣国暗殺ギルドのパトロン、隣国奴隷商との関わりもあったわね。海のルートを手に入れた途端にここまでとは、だいぶ楽しんだようですわね?」
「っ……」
だいぶ手を伸ばしていたというところにも、丸洗いしてどんどん出てくるものだから呆れを通り越して賞賛を贈りたいわ。
「近衛騎士団長、あとでそちらに引き渡しますわ。旦那様が飽きてから、ですけれど」
「……感謝いたします」
「もうしばらくは遊べそうだからな。引き渡すにはまだもったいない」
「……承知いたしました」
あぁ、周りがドン引きしているわ……私も呆れてものも言えないけれど。
「と、いう事で近衛騎士団長、お仕事をなさってくださいな」
「かしこまりました。バリエ侯爵、身柄を拘束させていただきます」
何も言えなくなってしまったのか、苦虫を噛み潰したように私を睨みつけ、そのまま近衛騎士団達に身柄を拘束され会場から連行されていった。もちろん、暗殺ギルドのこの女性も一緒に。




