第四十四話 菓子に隠された秘密 ②
その後、私達は会場であるこの庭にとどまり取り調べとなった。
被害者となってしまったバシュラール伯爵は、すぐに運ばれ医師の治療を受ける事となった。何故彼が狙われたのかは……調べてみないと分からない。
血を吐いていたけれど……生死については、見ただけでは分からない。ディオンのお遊び相手後にこんな事になるとは……同情しそうだわ。
けれど……私達がバシュラール伯爵邸に出向いてすぐに、命を狙われた。無関係、とは考えられないわね。
思い浮かぶ犯人は……バリエ侯爵。口封じ、という理由がある。けれど、決めつけるには早いわ。
「太公殿下、大公妃殿下はこちらへ」
「あぁ」
その後、私達は王城の客間に通される事となった。一応取り調べをするらしい。ディオンが立ち上がり手を貸してくれたので重ねて立ち上がった。
けれど、それにはカロリーヌがいきなり立ち上がり口を出した。
「ローズさんが犯人と繋がってるだなんてあるわけないでしょう! なら取り調べなんて必要ないわ!」
「カロリーヌ、これも規則なんだ」
「でも、あんな場面を見てローズさんはきっと心を痛めたはずでしょう? それなのにそのまま取り調べだなんて酷いわ!」
……何を言っているのかしら、このお馬鹿さんは。しかも私を巻き込むなんて、迷惑極まりない。
分かってるような口を聞いてくるけれど、私とあなたがそこまでの仲というわけでもない。それを分かっていてのその発言なら……呆れてものも言えないわ。
それに、彼女は今王太子殿下の婚約者となって妃教育を受けているはず。それなのに、いきなり立ち上がっては大きな声を出すだなんて……淑女らしからぬ行動だわ。
王妃はこの国の母となる存在。それを分かっているうえでそうしているのであれば、頭がおかしいとしか言いようがないわ。これを目の当たりにした周りの貴族達も、マナーすら身に付けていないだなんてと思っているでしょうね。
ほら、すぐそこにいらっしゃるリトナ夫人の顔を見てみなさいよ。鬼の形相よ。
「ベルトラン嬢、あなた……」
「おい、小娘」
指摘するはずが、違う声に止められた。それを言い出したのは、ディオン。はぁ、超絶機嫌が悪い事が見え見えね。こうなると分かっていてそんな事を言ったという事は、余程空気の読めない、周りを見ることが出来ない天然さんなのかしら。
小説でのカロリーヌは、そんな事はなかったはずだけれど……今までの事を見るに、明らかに別人。私が小説の未来を変えてしまったがために起こった事なのかしら。……いや、そうとは言ってもカロリーヌの性格まで変わるものなの?
けれど、大きく変わっている人物はもう一人いる。リトナ夫人も、カロリーヌを指示するはずがここまで反発してしまっている。となると、それだけ変えるたびに影響力があるという事かしら。
……いや、そんな事を考えている前に、これを何とかしなくては。ディオンが爆発したらとんでもない事になると予測出来る。
「いつまで、私の妻を侮辱するつもりだ?」
「ぶ、じょくだなんて……」
「ローズの名前を気安く呼ぶなと言ったのはこれで何回目だ? 記憶喪失にも程があるぞ。あぁ、3歩歩いて忘れる鶏なら何度言っても意味はないか。気付かなかった私が悪かったな」
……いつも以上にお怒りね。圧が、オーラが凄い……私でも身震いしそうだわ。
さて、どう止めた方がいいかしら。
「……あの、ディオン」
「ローズは黙ってろ」
「はい……あ、いや、でも……」
「悪い口はこれか?」
こ、怖っ……と、思っていたら……あろうことかまたキスをしてきた。一瞬顔が火照りはしたけれど、「黙ってろ」と言いたげな視線を至近距離で向けられヒヤッと火照りは収まった。そしてカロリーヌと王太子に向き直っては睨みつけてしまっている事に恐ろしさを感じてしまう。
この猛獣を誰か止めてちょうだい。お願いだから。
「大公殿下のお怒りはごもっとも」
その時、声をかけてこちらに近づいてきたのは……ラモシス伯爵。にこやかに、こちらを見てくる。こんな猛獣化した大公殿下にそんな顔をして声をかけられるとは、肝が据わっていると言った方がいいのかしら。
とはいえ、彼は王太子派であっても、王族のあり方や決まり事、しきたりを重んじるため、もちろん王族であるディオンとはたびたび衝突しているのだからこれは慣れているのかしら。
けれど、一体何を言う気……?
「ですが、その前にご確認する事がございますね」
彼は、伸ばして整えている髭を撫でてはにこやかに私を見た。
待って、まさか……
「確か、毒はチョコレートケーキに仕込まれていましたね。規則では、一番位の高い方が手を付けてから周りが食するのが決まりです」
「……」
「ですが、夫人。あなたは夫君である殿下に自分のチョコレートケーキを食べさせた。もしや、このケーキに毒が仕込まれていたことを知っていたのではありませんか?」
笑顔ではあっても、挑発するかのような視線を向けてくる。ということは、私が仕組んだことだと、言いたいのかしら。
私が、バシュラール伯爵の命を狙った犯人だと。
「手違いで自分のところに毒入りのケーキが運ばれてしまったという可能性があるため、隣にいらっしゃる夫君に食べさせ確認をした」
なるほど、それもあり得るわね。
ラモシス伯爵がわざわざ私達の前に出てきては、貴族達が集まるこのガーデンパーティーで、しかもここ王城でこんなことを言い出す。となると、彼は私のことが気に入らないということね。
……けれど、言わせてほしい。食わせろと言われて食べさせただけ。ただ、それだけ。そのはずなのに、まさか疑われるだなんて……はぁ。
「ほぉ、私の妻を犯人呼ばわりするか」
「旦那様」
今にも飛びかかりそうな猛獣……旦那様の腕を掴んでは後ろに引き、私は前に出た。
「……そうですね、確かにその可能性もありますわ。ですが、それは旦那様を侮辱するも同然の発言」
「……」
「旦那様は王族で、今はご兄弟は国王陛下のみ。お生まれになられてから今まで、何度もお命を狙われた事でしょう。そんな方が、ただの子爵家の令嬢の企みに気が付かないわけがありませんわ」
結婚後、ディオンは毒の話をいくつかしてきた。毒の耐性も身につけているということも。
「……私の旦那様を侮辱することは、私が許しません」
「ほぉ……」
「今回の件に関しては、結婚後に旦那様が仰ってくださったのですよ。王族の仲間入りをし、命を狙われる可能性は十分にある。時には毒殺もあることだろうから、毒見役は自分にさせろ、と」
正確には言われていないけれど、先ほど食わせろと圧をかけられたのだから間違いではないし。
「自分の命を守るために旦那様を毒見役にするだなんてとんでもないことですわ。でも、それでも食わせろと言ってくるのです」
「……」
「困った方でしょう? ですが、とっても男らしくて素敵な旦那様に恵まれて、私は幸せ者ですわ」
そして、訪れた静寂。私、間違ったかしら。というか、恥を忍んでこんなこと言っているのだから、滑ったなんてことはやめてほしい。
と、思っていたら、ゆっくりな拍手が聞こえてきた。それは、ラモシス伯爵の拍手。
「はっはっはっ、大公殿下は随分と奥方にご執心と見ました。なるほど、新婚はいいですねぇ。ですが……奥方にかまけていると足を掬われる、ということを念頭に置いていただきたい」
そしてラモシス伯爵は、一瞬王太子の方にも目を向けた。すぐディオンに戻したが、これは王太子にも言っているということ。
カロリーヌは、男爵令嬢。となれば、もちろんラモシス伯爵もよくは思っていないでしょうね。
そして、隣に立っていたディオンは……私の肩を抱き、顔を近づけてくる。
「それはもちろんだ。可愛い妻にみっともない姿を見せるわけにはいかないからな」
「それは安心しました」
もしかして……狙ったのかしら? 王太子への忠告をするために。まぁ、ラモシス伯爵はディオンとは衝突することが度々あったようだけど……それを利用して、ということでしょうね。国王代理人である王太子には公衆の面前ではっきりと言う事は難しいから、と。
恐ろしいご老人ね。確か、70代だったかしら。怖い怖い。
けれど、それでは終わらなかった。
「ローズ・ブランシス夫人。バシュラール伯爵殺人未遂の犯人として拘束させていただきます」
……私が、犯人?




