第四十話 思わぬ助力者 ②
女性の胸ぐらを掴むディオンは、人一人殺せるのではないかというくらいの眼光だ。
「ローズ、お前は飲んでいないな」
「あ、はい……」
「誠意を見せるなどと言っておいてこれとはな。戦闘民族とも言われるお前達がこんなこざかしい真似をするとは思わなかった」
「離せ」
すかさず、ルニがディオンの腕を掴もうとするも、それは私の護衛として後ろに立っていたセザールに止められる。主人を守る事は護衛として当たり前の仕事だ。
「こざかしい真似だと?」
「この私が気付かないわけがないだろう」
「さっさと離せよっ!! このっ!!」
弟が怒りをあらわにし立ち上がりこぶしを作っても、またセザールが間に入り止めた。
「……まずはその手を離してくれないか」
「……」
「離してくれ」
ピリピリとした、冷たい空気。睨み合う、ディオンとルニ。これはやばい、首を掴まれている女性もだいぶ苦しげだ。
私は座ったまま、立ち上がっているディオンのローブを引っ張った。私に視線を向け、小さくため息をつき手を離した。
首を掴まれていた女性が解放され、ルニが抱き止めゆっくり降ろす。ゲホゲホと咽せてはいるから、大丈夫そうね。首に痕が残ってるけど。
「ローズ」
「は、はい……」
立っていたディオンは、また私の隣に座り肩を抱いてきた。……悪い顔をしていらっしゃるが、一体何をなさるおつもりだろうか。
「お前の好きにしていい。ペットの主人はお前だ。当然、躾のなってないペットには罰を与えるだろう?」
「……」
……なるほど、全て私に投げると。そういう事かしら。
「ペットって言ったか、おい。それは兄貴の事か?」
はぁ、また気に障った事を言い出す……ほら、弟が青筋立てているじゃない。セザールが止めているけれど。
でも、好きにしていい、ね……
「本当に、好きにしていいのですね?」
「あぁ、お好きにどうぞ。ブランシス夫人?」
ブランシス夫人。その言葉に弟は目を見張っている。まぁ、兄の受けた依頼の内容は知っているわよね。それか、私の変な噂とか。
「なら、私の夫である旦那様も好きにしていいですわよね? 妻のお願いなんですもの。たとえ、ディオン殿下へのお願いであっても」
「くくっ、あぁいいぞ。妻を残して一人で帰れと言わないのであればな」
「あら、寂しがり屋ですのね」
「夫の事は妻であるローズが一番よく知っているはずだが?」
……愛妻家ごっこの好きな、意地悪すぎる鬼。それしか知りませんが?
まぁ……ルニ達の視線は気になるけれど。
「で、旦那様のお口に合わなかったこのお茶ですが……何か問題でも?」
「あぁ、つまらぬ茶だったな」
その意味に何を思い立ったのか、ルニは自分にも出されたそのお茶に口をつけた。
「何か変えたか」
「い、いえ、何も……いつもの、ルポ茶です……」
分からなかったらしい、ディオンに視線を向けると……彼は懐から何かを出した。それは、銀の棒。小さなボールペンぐらいのサイズの棒の先端を、お茶につけた。私もそれを持っているけれど、やはりディオンが出さないと不審がられるわ。
ディオンが持つ銀の棒は……黒く、変色してる。と、いうことは。
「毒……?」
「これを淹れたのは!!」
「わ、私です……」
「調理場だな」
「は、はい……!」
ルニが家を飛び出し、私も立ち上がろうとするとディオンが先に立ち上がり手を貸してくれた。けれど、ルニが一人で走っていってしまったため、残っていた弟に案内を任せた。
「殿下っ!」
騎士がこちらに走ってくる。持っていた水筒を口を開けてからディオンに渡すと、袋のようなものを広げた。ディオンはそのまま水を口に含むとうがいをしてからそこに吐き出した。
さっき毒入りのお茶を飲んだからでしょうね。吐き出していたけれど、口の中には残っている。
そして、その後弟により案内された。ぶすっとしていたけれど、素直に案内をしてくれる辺り、毒が入っていた事の重大さを理解しているのね。
調理場のあるらしい建物を覗くと、たくさんの調理器具のようなものが並んでいる光景があった。その中に、ルニを見つける。茶葉の入れ物なのか、臭いを嗅いでいるようで……
「水を寄こせ」
ディオンは、そうルニに指示をした。一緒に来ていた、私達に給仕をしてくれた女性がいそいそとコップに汲んだ水をディオンに渡す。
そして、すぐに中身を口にし……水道に吐き出していた。まだ持っていた水筒でうがいをする。だいぶ手際がいいわね。流石だわ。
「この水は?」
「近くの川から汲んでる」
「なるほどな。これだ」
やっぱり、水か……これも、小説通りだ。早く言いたいところだったけれど、それでは怪しまれる。すぐに分かるであろうディオンを連れてきてよかった。
とはいえ……ディオンに毒を飲ませるなんて事はあまりしたくなかった事は事実だから心が痛むけれど……
「全員に何も口にしないよう伝えろ。食事中の奴らには吐き出しうがいをするよう言え。水は俺が持ってきたやつを」
「分かりましたっ!!」
分かってはいたけれど……やっぱり、毒があると思うと不安になる。
それに、里の人達だってそう。自分達は今まで毒素のあるものを口にしていたと知れば、不安になるに決まってる。
「あ、あの、もしかして、子供達が熱を出しているのは……」
「熱だと?」
私達にお茶を淹れてくれた女性が、今子供達が何人も寝込んでいる事を教えてくれた。それは最近の事らしく、高熱に嘔吐まで症状が出ているそうだ。
「上流を調査し監視しろ」
「これは故意だと?」
「ここ最近というのならその可能性が高いだろう。無臭であり濁らずに水に溶ける毒素。そして、お前達に気付かれず上流まで辿り着き川に毒を入れるとなると、少量で川に流しても十分に効果を出すことが出来るものとなる」
この毒は、お茶に使われても毒素が消えなかった。という事は、熱にも強い毒だという事。
「俺達は身体が頑丈だ。風邪もあまりひかない。だが、子供達は違う。それに、川の水となると畑の水やりに調理に風呂にと使っているから、大人である俺達でも時間が経てば効果が出る」
「一応煮沸はしてるけど、お茶に毒素があったって事は意味はなかったってことか……」
「あぁ」
弟の彼も、この事実に顔を強張らせていた。それもそうね、自分が最近食べていたものに毒が含まれていたのだから。
ルニはすぐに、汲んでおいた川の水を全て川に捨てるよう指示を出した。他の者達、特にまだ毒の症状が出ていない子供達に、川には近づかないようよく言っておくようにと。一番かかりやすい子供達を最優先した方がいい。
「ディオン」
「ん?」
ディオンに向き直り呼ぶと、顔を近づけ聞いてくる。すぐに私はディオンの額に触れ、自分の額にも手をやり熱を測った。うん、熱はないわね。
「おかしいところはありませんか? 気持ち悪いとか、そういう事は……」
「……」
少し驚くような顔を見せ黙り込んでしまったディオンに、もしかして何かあったのかと焦りが出てくる。
だって、毒を飲んだんですもの。吐き出してうがいをしたけれど、多少なりとも飲んでしまったかもしれない。さっき熱を出している子供達がいるって言っていたし……
けれど……
「ふはっ」
吹き出すように笑い出した。どこかおかしかっただろうか、というより真剣に答えてくださいっ!
「ディオン!」
「あぁ、悪いな。どこもおかしなところはないから安心してくれ」
「……本当ですか?」
「あぁ。私がローズに嘘をついた事はあったか?」
「……」
それについては今は関係ない。それよりも毒よ。顔色も悪くないし……熱もないし……けれど、即効性がないのかもしれない。
顔色を観察していたのに、嬉しそうに軽く抱きしめてくる。
「風邪を引けば看病はしないと言っていたが、毒を飲めばここまで心配してくれるのか」
「……風邪とこれとはわけが違います」
「そうか。心配してくれるのは嬉しいものだな」
だって……毒を飲むよう仕向けたのは私なのだから。毒に耐性はあるとはいえ、罪悪感で押しつぶされそうなのだから。これはただの自己満足ではあるけれど……それでも、心配は心配。
けれど、毒を飲んだというのにどうしてこんなに嬉しそうなのかしら。
「……はぁ、何か異常があれば言ってくださいね。絶対ですよ」
「もちろんだ。ローズがここまで心配してくれるのだからな」
はぁ、冗談はやめてほしいわ。本当に心配してるんだから。




