第三十九話 思わぬ助力者 ①
アルビーナ民族は、とある山奥にある。ブランシス大公邸のある首都から少し離れた場所にあり、馬車での移動となった。もちろん、お忍びであるため茶色の何も描かれていない馬車で向かう。
途中から馬という事になるのだけれど……私は一人で馬に乗れないので、ディオンと一緒に乗る事となる。
こうなるなら、あらかじめ馬に乗る練習をしておくべきだった。とはいえ、昨日乗ったけれどだいぶ難しそうではあった。となると……まずは、馬と仲良くなるところからかしら。
それにしても、久しぶりのパンツで中々落ち着かないわね。前世ぶり、かしら。まぁ、山登りにスカートは不向きよね。しかも貴族という事を隠さないといけないから、平民の服でもある。
こんな体験、普通ならする事はない。だから、何となく新鮮でもある。つい先日命を狙われたというのに。
……そして、今馬車で私の横に座る旦那様。彼も平民の服を着ていらっしゃるけれど……それを着ても意味がないような気がする。一応頭を隠すフード付きローブを着るけれど。でも、王族の気迫? オーラが、抜けない。連れてくるべきではなかった、とは言えないけれど……
「ん? どうした」
「……いえ、何でもありません」
誰にも、気付かれませんように。……と、祈る事しか出来ないわね。
そして、何事もなく無事に里のある山の麓まで来たのだけれど……だいぶ、険しい傾斜では? ここを、登れと?
「ここを馬で登るわけだが……俺達しか知らない道を通れば登れる。だが険しい道であるのは確か。俺は慣れているから女神様は俺の後ろに乗ってくれ。アンタらは見失わないよう後ろから付いてきな」
「ローズ、まさか自分の夫を差し置いて他の男の馬に乗るなんて事は、ないよな?」
「……もちろんですわ」
……初めて通るのに? ディオン、大丈夫ですよね……?
「お前は自分の馬に乗るわけではないのだから、自分の心配をした方がいいのではないか?」
「強がっては命を落とすぞ?」
「誰に言ってるんだ?」
……私、セザールの馬に乗っていいかしら。板挟みだなんてごめんよ。
なんて事は口が裂けても言えず、結局旦那の馬に乗る事に。
「よしよし、頑張ってね」
「いつからそんなに仲良くなったんだ。夫を嫉妬させる気か?」
ただ、ディオンの馬を撫でただけでしょ。頑張ってもらわないと私達傾斜を転げ落ちるわよ。それか落馬。それは勘弁してほしい。
それにしても、主人は意地悪なのに馬は素直なのね。普通に頭撫でさせてもらえるし、嬉しそうだし。しかも毛並みが黒々としていてかっこいい。はぁ、少しは見習ってもらいたいわ。
「ローズ」
「お願いします」
内心ドキドキしつつも、ディオンの前に座らせてもらった。……大丈夫よね。本当に、大丈夫よね……?
ルニの案内の元、私達はアルビーナ民族たちの住む里を目指した。思った以上に、というわけではないけれど、細く歩きづらい道を進んだ。入口も分かりづらいところにあり、曲がり道や分かれ道がいくつもあった。これでは、知っている者しか通れない。
もし知らない人が里を目指すとなれば、険しく急な傾斜を足で登らないといけなくなるから……結構大変ね。
「……ん?」
随分と登ってきたわね、と思っていた時だった。何やら声が聞こえてきた。とても大きく、荒げたような男性の声。その声に、ルニは馬の足を止め、ディオン達もそれに習い静かに止まった。
息を殺し、この声の主を観察する。
「……お前達はここにいろ。決して出てくるな」
そう言いつつ、馬を降りたルニは静かに向かった。
内容は、何となく聞こえてくるくらいだから詳しくは分からない。まぁでも、何を言い争ってるのかは……小説を読んだ私になら分かる。
「なるほど。アイツが散歩を要求した理由がこれか」
「……でしょうね」
アルビーナ民族達が住むこの山は、族長であるルニの所有物となっている。先々代の族長が国から買い、族長が管理する事となっている。けれど、この山の隣にある領地を治めるバリエ侯爵が、ここも自分の領地の一部だと主張し出した。
これは国から正式に買った山だと主張してはいるものの、相手は貴族。こちらはこの国の国民であっても民族、平民と同じ扱いをされる。だから、国に訴えようとしても侯爵が妨害しているため難しい。
「出てきていいぞ」
もうその男は他の者達を率いて立ち去ったらしい。ルニが私達を呼んだ。
それにしても……この傾斜、降りるの大変よね。大丈夫かしら。そう思いつつ、里に目を向けた。木のような、頑丈そうなもので囲いがされている。背が高いから中は分からないけれど……入口は木であってもとても立派な門ね。
中に招かれると……ログハウスかしら。いくつもの建物が並んでいる。テントのようなものもいくつかあるけれど……小説の通り、とても立派だわ。
「おかえりなさいっ! 族長!」
「客を連れてきた。丁重にもてなせ」
民族の者達も、ルニと同じような服を纏い、濃い赤髪に緑の瞳の者が多い。顔も似ている者が何人かいるかしら。人数が少ないけれど、あまり外部と触れ合う事もないから当たり前ね。
家族を大切にする。それがこの里での掟のようなものになっている。
ルニに他の者達はどうしたのかと聞いている者達がいる。ルニは、遣いを頼んだと言っているけれど……その遣いが人質とは言えないわよね。
「それで、客ってどういう事?」
それは、奥から出てきたルニとそっくりな男性が言ってきた言葉。私達に向ける視線からして、あまり歓迎している様子ではない。まぁ、ディオンがいるからそうよね。髪が金色。金色は王族を意味するのだから、私達が王族、または貴族だという事がよく分かる。
「王族ではあるが、俺の客人だ。行儀良くしろよ」
「ふぅん、美人じゃん。兄貴が好きそう」
「女神だ」
「ふはっ、兄貴がそう言うかっ! 指輪してるけど?」
小説通り、この兄弟はとても仲が良いのね。見ていて新鮮だわ。
……ディオンの機嫌が悪くなる前に、その女神というのをやめてほしいところではあるけれど。
そして、私達はとある建物の中に招かれた。椅子に座り、向かい側にはルニとその弟が座った。
「で、さっきは見苦しいところを見せてしまったな。悪かった。だが、まずはあれを片付けないと俺も離れられない。里の者達の事があるからな」
「……おい兄貴、それどういう事だよ」
「お前は黙ってろ。ややこしくなる」
その言葉で口を閉じたけれど、疑っているような視線を私達に向けている。まぁ、ペットだなんて言葉を出したら大問題だから、それを分かっていての行動というわけね。
そして、あの男たちの説明がされると思っていたのに……
「お茶をどうぞ」
「ありがとう」
里の一人が、私達にお茶を出した時だった。ディオンが口を付け、そのままコップに戻したかと思うと力強くコップを机に置き……立ち上がっては持ってきた彼女の首を掴んだ。
「ディオンっ!?」
「おいっ!!」
一瞬にして、この場が凍り付いた。




