第三十八話 暗闇の密談 ⑤
頂いた髪飾りはそのままスッと箱に戻しふたを閉めさせていただいた。
そして、そのタイミングでアレットが台車を押して部屋に入ってきた。台車に乗せられた軽食が、目の前のローテーブルに並べられる。そういえば、昨日のブティックで食べたちょっとした昼食からずっと食べてなかったわね。
用意してくれたスープを口にする。……はぁ、温かい。お腹が空いていたから、いつも以上に美味しいわ。
「ディオン、そろそろおままごとでもしませんか?」
「ん? 疲れているのだろう? 明日でもいいぞ」
おままごと、という言葉で昨日襲ってきた者達の取り調べだと分かったらしい。
確かに疲れてはいるけれど、気になって気になってしょうがない。
「料理には仕込みや下準備も必要でしょ? 早くしないと鮮度が落ちてしまいますわ」
「くくっ、確かにそうだ」
食事後にすぐ会いに行くらしい。護衛のセザールに準備しておくよう指示をしていた。護衛は自分がいれば必要ない、と。
つい昨日襲われたばかりだというのに……いいのかしら。
そう思いつつ、小さなサンドウィッチを味わった。
ブランシス大公邸には、地下に罪人を収容する牢屋がある。私は初めてこの邸宅の案内をしてもらった際に、扉を開けてこの先が牢屋ですとだけの説明のみだった。
けれど、いざ入ってみるとこの牢屋の広さに驚いてしまった。少し暗めだから一番向こうまでは見えないけれど、だいぶ広く感じる。それに、気温が低くも感じる。罪人が収容されているからあえてそうしているのかもしれない。
「……静かですね」
「ずっと黙秘しているらしいぞ。きりがないからそのままにしてろと指示をしておいた」
なるほど……黙秘、か。一体何人捕まえたのかしら? それなのに、全員黙秘?
そんな疑問を持ちつつ、薄暗い道をディオンと進む。すると、ここから先は右側の壁が鉄格子になっている事に気が付いた。そして、鉄格子の向こう側には……
「戻るか?」
「いえ?」
「そうか。行くぞ」
がっしり椅子に縛りあげられ目隠しをされている人達が並んでいる。一人ずつ壁で仕切られているのね。
けれど……あぁ、やっぱりそうね。
そして、とある場所で足を止めたディオン。私も一緒に足を止め、鉄格子の中に視線を向けた。鉄格子の前に立っていた二人の騎士達は、私達にお気を付け下さいと声をかけてくる。
中にいたのは……ガタイのいい男性。
「起きてるか」
ディオンのその声に、中に入った騎士がどこかから持ってきたバケツのようなものを、椅子に縛り上げられている男性の頭の上に。中に水が入っていたようで、上からかけられてしまっていた。そして、目隠しを取ると……あぁ、やっぱりそうだと内心呆れてしまった。
濃いめの赤で少し長めの天然パーマの髪に、暗がりで光る青みがかった緑色の瞳。腕には黒い刺青。そして……
「貴方は……女神か……?」
低音の声……ん?
今、何と言った……?
「貴方のような美女を俺は今まで見た事がないっ! もしや、月から降り立った女神なのかっ!!」
……どこかの小説で読んだような、セリフなのだけど……これはどういう事かしら。
今回捕まった者達は、全員濃いめの赤い髪。両方の前腕黒いに入れ墨。そして、この男には何となくで見えるけれど右の二の腕に狼の刺青。
しかも、一語一句違わないこのセリフ。
小説で、カロリーヌを襲ったあの男で間違いない。
でも、おかしい。襲われたのはカロリーヌではなく私。そしてこのセリフは……カロリーヌが馬車に乗っている際に襲われ、この男が馬車の扉を開き対面した際に言ったはず。
一体、どういう事……?
「真紅に輝く髪がとても美しい……我が一族も赤い髪の者が多いが、比べ物にならないくらいの美しさだ……!」
「黙れ」
……隣のディオンはだいぶお怒りね。どすの利いた声にひやりとしそう。
「私に向けてくれるその宝石のような瞳も美しい……ここまで美しい女神がこの世に存在していたなんて……俺は幸運だった……!」
……この人、怖いもの知らずなのかしら。それとも、肝が据わってる?
「黙って」
「……」
私のその言葉に、目を輝かせ口を閉じた。私の話は聞くのね。……ディオンが余計イラつき出したけれど。
「貴方は何者?」
「アルビーナ民族の族長ルニ」
「盗賊?」
「いいや、何でも屋だ。今回は盗賊を装っただけであって、依頼を受けただけだ」
「……その依頼者は?」
「バシュラール伯爵」
……なんでも話すのね。しかも笑顔で。私達が来るまでずっと黙秘だったのよね?
彼の答えは全て真実だという事は、小説を何度も読んでいる私になら分かる。だから、呆れてものも言えないわ。依頼主との契約とかあるはずよね? 普通口外しないって契約書に書いてあるわよね? 平気で破ってしまっていいのかしら……
確か小説では、王太子がルニと手を組み問題を解決して、友好関係を築くのよね?
でも、ここで疑問が生まれる。
確か、カロリーヌは襲われた時にルニに気に入られてしまいアルビーナ民族の里に連れ去られてしまう。王太子が付けた王宮騎士の護衛の者達は全く歯が立たないほどの身体能力を持つ者達、いわゆる戦闘民族、と言ったところかしら。
そして一番厄介なのは、族長のルニ。この国の騎士団長に匹敵するほどの力を持つ。小説では話し合いで和解するのだけれど……今、ルニはこの牢屋に入れられている。
私が昨日連れていた護衛はセザール他3人の護衛達。ディオンは、セザールがディオンのところへ一人行かせたと言っていたから実質3人でこの人数のアルビーナ民族たちを相手にした。
普通に考えても、数を見れば絶体絶命よね。だって、簡単な計算で一人で3〜4人を一気に相手しないといけない。ディオン達が来るまでの時間稼ぎが必要だった。
更にはその中にルニまでいた。小説では、ルニ相手に3人の王宮騎士で立ち向かい時間稼ぎが出来るくらいだった。
普通に考えて、やられて当然の状況。
けれど、こちらに怪我人はいなかった。私は椅子の下に隠れてやり過ごし、怪我をする事もなかった。アレットも、怪我をしている様子はなかった。
……それだけ、ブランシス大公家の騎士達は強者ばかりで戦いに慣れているという事?
ちゃんと見ていたわけではないけれど……どうなのかしら。
とはいえ、ここで考えたところで分からないものは分からない。それは置いておいて、それよりも今はこのルニをどうするか……
もうすでに小説通りの進み方とは違ってしまっている。ルニの事だってそう。……カロリーヌに押し付け……るのは無理ね。牢から逃がすなんて事、ディオンが許すわけがない。
けれど、ディオンに任せてしまえばルニの命が危ない。ルニに死なれてしまうのは、後々面倒ごとになってしまう。
と、なれば……
「……旦那様、私、ペットが欲しいですわ。すぐに壊れないくらい頑丈で、暇つぶしになる、絶対に主人を裏切らないペットが」
「……」
……ですよね。さっきから、この人のおかげでディオンは不機嫌なのだから。
内心ため息を吐きつつも、隣のディオンの腕に抱き着いた。
「ダメですか?」
「……お前が主人であるならば、夫の私も主人だろう?」
「私のペットを横取りするつもりで?」
ディオンを主人にしたら、何を命じるかたまったもんじゃない。
「そのつもりはないが……新しいおもちゃにかまけて夫を放置しないのであれば、許そう」
「ありがとうございます、旦那様」
その時だった。
「ペットか……」
そう呟いたルニは……頑丈に縛られていた縄を最も簡単に引きちぎり、座っていた椅子を破壊し自由の身となってしまった。
そして、牢の中から私の目の前に立ち、跪く。
「女神のペットという名誉を与えてもらえるなんて、実に光栄だ。なら、俺の身も心も全て捧げよう」
このセリフも、小説通りね。カロリーヌと王太子の前で跪くのも。ペット、というところは違うけれど。
けれど……
「だが、まずは一度散歩をさせてほしい。ペットには散歩が必須だろう?」
「ほぉ、主人の元を離れるという事か」
……ディオン、抑えてちょうだい。ここで剣なんて抜かれたら大変な事になるから。
「俺は里の族長という役目を背負っている。お前達は、何も言わずに役目を放り出すようなペットは必要か?」
「……」
「主人に可愛がられたいのであれば、まずは信頼を得る事が大切。絶対に裏切らないペットだと認識してもらうには、誠意を見せる事が一番だ。なぁに、あいつ等は置いていくし、俺には監視でも何でも付けてくれていい」
「……なるほど。族長としての役目を全うするのであれば、仲間は見捨てるつもりはない」
「あぁ」
となると……この後に起こる小説でのイベントが始まるという事。けれど、今回は誘拐という形で里に招かれるカロリーヌがいない。
この後起こる事、そして今里で起こっている問題。ルニをちゃんと言う事を聞くペットにするのであれば……里での問題を解決する事は必要不可欠。
「……旦那様、確かに可愛いペットには散歩をさせるのは必要かと思いますわ」
「リードは付けるのか?」
リードは付けるのか。普通に考えてリードを付けるのは当たり前。けれど、あえてディオンはそう聞いた。逃がすつもりはないな? という釘を刺しているという事かしら。
「もちろん。主人である私がしっかりと握らなきゃ。ね?」
「ほぉ……私の妻は美しい程に強かだ。なら、妻が留守にするのであれば、夫も付き添うのが筋だろう」
そう言いつつ、キスをしてくる。……ルニの目の前でするという事は、見せている、という事かしら。
けれど、やっぱりディオンも行くと言い出すわよね。今回は、ディオンが来てくれないと解決するのが難しいわ。私では不審がられてしまうし、もし昨日のように殺されかけようとしても防いでくれるはず。
ルニの仲間達は丁重に扱うよう命じ、私達は牢から戻った。まだ、牢から出してあげるほどの信頼は全くないとディオンが言い出したため、出発する次の日まで牢にいてもらう事となった。




