第三十七話 暗闇の密談 ④
目が覚めると、いつもより固い上で寝ていた事に気が付いた。……違う、ベッドじゃなくて……と昨日の事を思い出し飛び起きた。
そうだ、昨日オーシャイン夫人と密談して、帰りに襲われて……ディオンに助けられた。
「ふっ、くくっ」
そんな、吹き出す笑い声が耳に入り、その方向に目を向けると、笑いを堪えるかのように口を手で抑えるディオンの姿があった。今更ながらに、ちょっと必死だったかしら。そう考えると、少し、いや、だいぶ恥ずかしい。
そして、私にコップを渡してくれた。ちゃんと服を着ているわね。……私も。一体誰が着せたのかと考えるのは、やめたほうがいいわね。
「雨は止んだぞ」
「あ……」
外が明るい。次の日の朝、になったのね。……今更ながらに、よく寝たわね私。いろいろと考えすぎて疲れていた、というところもあるのでしょうけれど。
「腹は減っているだろうが、まだ我慢だ」
「……旦那様の方こそ、ここで腹を鳴らしたら笑いますからね」
「元気はあるようで安心した」
行こう、とそのまま私を抱き上げてこのログハウスを出た。もう馬は準備済みだったらしく、そのまま馬の上に乗せてくる。鍵をかけてからすぐに馬に乗り、出発した。
昨日は暗くて見られなかったけれど、森の中にあったのね、このログハウスは。
昨日とは打って変わってゆっくりと歩き出す馬に揺られ、昨日の事をゆっくりと思い出しつつも頭を動かした。あれは本当に、ただの盗賊だったのかしら。
「昨日の輩の件だが、今頃ウチの地下牢にでも転がっている事だろう」
「……」
「帰ってからあいつらをどう料理しようか楽しみだ。ローズは何がいい? 火あぶりか? 水に沈ませるか? それとも野獣に喰わせるか?」
「……いい性格してますね」
「今日の妻は素直だな。朝から褒め言葉を言ってくれるのは夫として嬉しい事だ」
「……」
これを褒め言葉と言って喜んでしまうのはいかがなものか。まぁ、そういう方と思ってしまえば納得してしまうのだけれど。
けれど、あれは本当に盗賊だったのかしら。もし、盗賊でなかったとしたら……ずっと、監視されていた、という事になる。家紋のない馬車に乗っていたのだから。
じゃあ、一体誰が?
私は王族、そして傍観者である中立派であっても少しずつ力を付け始めている派閥。そんな私を邪魔に思うのは、一体誰だろうか。
そんな事を考えていると、ブランシス大公家の家紋が入った馬車が迎えに来てくれていた事に気が付いた。
「奥様っ!」
「アレット!」
アレットと、あとセザールも来てくれていたらしい。私達が馬から降りると、セザールに馬を任せそのままディオンと共に馬車に乗りこんだ。
……けれど、何故、私の膝に頭を乗せてくるのかしら、ディオンは。隣に座るまでは別によかったのだけれど、まさか膝に頭を乗せてくるとは。
「動くな」
「……」
もしかして、昨日寝ていらっしゃらない? 火を付けていたから、そう、よね。私はすぐに寝ちゃったし……となると、申し訳なかったわ……
なら、これくらい我慢しないといけないわね。後で何か言われそうだし。
アレットは、この馬車の御者の隣に座っていた。格好は、昨日と同じくメイド服。怪我をしたのかどうかは分からない。けれど、セザールも怪我をしたという格好ではないし、戦って雨に打たれたような汚れ具合もなかった。着替えたのかしら。
確か、セザールは襲ってきた奴らを追うよう言われていたけれど……一晩で見つけ、処理をし着替えてここに来たという事。もしかしたら身柄は誰かに任せたのかもしれないけれど……
ならアレットは? お遣いを頼んだと言っていたけれど、こんな雨の中お使いだなんて……馬車でそのまま行ったのかしら。私達のことを待っている家紋の入った馬車を持ってくるよう伝えに行って。
なら、私達もそのまま馬車に乗って帰ればよかったのでは? こんな面倒なこと、せずともよかった。
いや、また襲われるかもしれないという懸念があった。だから、アレットに任せた。これが、お遣い?
……これは、私の考えが甘かったという事よね。王族とはどういうものなのか、という理解も甘かった。
私の失態、かしらね。
そんな時、私の手が温かくなった。膝に頭を乗せているディオンが、握ってきた。
この行動の意味は、分からない。けれど、何かを悟られてしまった、ということに間違いはないのかもしれない。ディオンの洞察力は相当なものなのだから。
内心ため息をつきつつ、体を少しだけ傾け、壁に頭をこつんと付けた。
疲れた、わね……
少しずつ、外の景色の緑が減っていくのを、ただボーッと眺めていた。
……待って。ちょっと待って。
ブティックからの帰り道だった、襲撃に遭ったあの場所。そして、あの近くの森の中にあったログハウスのような建物。
そして、ちらりと見えた、襲撃者たちの……髪色。
……まさか、よね。そんな気持ちを抱きつつ、膝に乗せている彼の頭をぺちぺちと軽く叩いた。
「まさか、楽しい楽しいお料理の時間を妻抜きでするつもりは、ありませんよね?」
「ふふっ、自分の妻を差し置いてお楽しみを独り占めするほどのろくでなしではないからな。安心しろ」
そう言いつつ、嬉しそうに頭を上げては椅子に手を付き私にキスをしてきた。
愛妻家ごっこは、一体どこまで続くのかしら。
ようやくブランシス大公邸に到着し、安堵のため息を吐くことが出来た。湯浴みの準備をしてくれていたらしく、これから行こうと思っていたけれど……
「一緒に入るか?」
「寝言は寝てからどうぞ」
「恥ずかしがっているのか? もう見るところは全て見た仲だろう?」
「……」
……勝手に服を着せたんでしょうが。
それに、私は恥ずかしがり屋というわけではない。ディオンがいつまでも一緒にいると休めないというだけよ。
その意味を込め満面の笑みを残し、放置して湯浴みに向かった。絶対に入れるな、とアレットに命じて。はぁ、今日はもう勘弁して。
「はぁ……」
気持ちいい湯舟。ようやく我が家に帰ってきたからか、だいぶ気が抜ける。
昨日は帰ってこれずにログハウスで夜を越したんだから、当然湯浴みをしていないわけだし。ベッドではなく床で寝たから身体もバキバキね……
まさか、あそこで襲われるとは思わなかった。オーシャイン夫人と密談した内容だって、考える事がいっぱいなのに……やってくれるわね。
はぁ、面倒事はもうごめんね……このままずっとお風呂にいたい……
……いや、のぼせるからやめておいたほうがいい。
そして、湯浴み後に私室のソファーに埋まり背もたれに体重をかけた。
「はぁ……」
「遅かったな」
天井に向けていた視線の中に、ディオンが入ってきた。そのまま私の隣に座ってくる。同じく湯浴みをしたらしく服が変わっている事に気が付いた。
「……どうして、助けに来られたんですか?」
「あぁ、嫌な予感がしただけだ」
「……」
……なるほど、本当のことは言わないようね。昨日、ディオンはどこにいたのかしら。屋敷から事件現場まではだいぶ距離がある。となると、襲われてから護衛の一人がディオンに知らせに行って連れてくるには時間がかかりすぎる。
襲われてディオンが来るまでの時間はどれくらいだったのかは分からないけれど……そこまで長い時間ではなかった事は分かる。
となると……近くにいた?
「そう不審がるな」
「え?」
ディオンが楽し気に懐から出したもの。それは……細長く小さな箱。リボンがかかっているから、プレゼントボックスだろうか。
「これを受け取りに出かけていてな。その店がちょうど近くだったんだ。それを知っていたセザールが遣いを寄越した。それだけだ」
開けてみろと渡されて、中身を確認すると……
「……これ、髪飾りですか……?」
「あぁ、髪に刺すらしい。襲われたらこれで相手を刺せるらしいぞ」
「……」
思いっきり、かんざしでは……?
とっても素敵な水色の花々が咲いているのに……反対側の先端は鋭利な刃物になりうるもの……
これ、髪に刺していいやつ、よね……まぁ、何かあった時に役立つものが手元にあるのはありがたいけれど……使えるかしら、この私が。
「……ありがとうございます。ですが……間違って旦那様に刺さないよう気をつけないといけませんね」
「くくっ、あぁ、そうだな」
……ご満悦ですね。楽しそうで何よりです。




