第三十六話 暗闇の密談 ③
動く馬に振り落とされないようビビりつつもディオンの服を結構な圧力で握りしめていた。雨もどんどん強くなってくるから地面ぬかるんでるわよね……!? これ本当に大丈夫……!? 私マーメイド服だから落とされたらちゃんと着地なんて出来る自信ないわよ……!
いきなり視界が暗くなり、馬の速度も落ちてくる。そして……
「降りるぞ」
「え……?」
馬が止まり、服を掴む手をディオンが外し降りてしまった。そして、私に手を伸ばし「来い」と言ってくる。これ、ちゃんと降りれるわよね……
えいっ、と降りると、ちゃんと受け止めてくれたけれど……少し蹴ってしまってごめんなさい、馬さん。
そして、抱っこするままに進み、降ろされると……あれ? 雨は……あぁ、屋根ね。
とあるログハウスのような建物の前にいたらしい。暗くて分からなかった。ディオンは、乗ってきた馬を屋根のある場所に繋いでは、ポケットから何かを取り出した。そして、ドアの前に。
「入れ」
「えっ……」
鍵、持っていたのね……じゃあ、入っても大丈夫?
雨で濡れて重くなってしまったディオンの上着を脱ぎ、少し絞ってから中にそっと入った。明かりを……ときょろきょろしていたら、知らず知らずにディオンに火のついたランタンを目の前に出されていた。これを持て、という事かしら。
ランタンを受け取り、出来るだけ高く上げてみると、何となくこの部屋の中が見えた。テーブルがあり、あと暖炉がある。
「ディオン……」
「今暖炉に火をつける。そこで待ってろ」
……そもそも、何をすればいいのか分からないからここに立っている事しか出来ないのだけれど。社交界では上の地位にいるらしい私も、こんなところに来てしまえば何も出来ない小娘になる。実にもどかしい……
でも、こんな時ではいつものようにからかう事をしないディオンが、何となく頼もし……
「ひとまずお前は服を脱げ」
「……」
前言撤回。そんな言い方はないでしょう、もっと優しい言葉をかけていただけませんか、旦那様。
まぁ、濡れた服を着ていると身体が冷えるのは分かっているけれど。それでも自分の奥方なのだからもう少し言い方を考えてくださいませんか。
部屋が明るくなり、私の方に向き直ってはこちらに近づいてくるディオン。文句を言ってやりたいところではあるけれど……
「何だ、脱がしてほしいのか」
「……」
「髪を上げろ」
どこかから持ってきたらしい大きなタオルを私に手渡し、後ろに回ってくるディオン。これは自分で脱げない事を分かっていたのね。はぁ……悔しいというか、何というか。
「……あとは自分で出来ますからあっちを向いてください」
「夫婦なのに?」
「はい」
クスクス笑ってあっちを向いてくれたけれど、このくだりどこかでやったわよね。結婚式の後、だったかしら。
まぁいいや、と思いつつ下着を残したままタオルに身をくるめ、脱いだものを畳んではどこかで絞れないかときょろきょろしていたけれど……取られてしまった。そして、椅子に掛けられてしまう。
「っ!?」
暖炉の近くに、と思っていたら……いきなり脱ぎだしたディオンに視線をバッと外した。……一言言ってほしい。ちらり、と盗み見たら……ズボンまで脱いでるし……まぁ、しょうがないけれど……
「今更旦那の裸ぐらい見たところで何ともないだろ、奥方?」
「……」
……パンツまで脱いでないでしょうね。それだけはやめてほしいのですが。
わざと大きくため息を吐き、暖炉の前で膝を立てて座り込んだ。膝を立て、ぎゅっとタオルで身を包むと、暖炉の温かさもあって冷えた体が温まる。けれど、安心してしまうと思い出してしまう。あの金属音を。
中にいねぇじゃねぇか、と言っていたけれど……ただ馬車を襲うだけの盗賊だったのかしら。それとも、私を狙って待ち伏せていた? 王族なのだから命は狙われる事は分かっているけれど……もし今、またこの建物に誰か近付いていたとしたら……
その瞬間、外が強く光り窓から光が差し込んだ。その後、大きな音が耳をつんざいた。これ、もしかして……雷!?
「遠いな。なら心配ない」
そうは言ってくるけれど……雷だけは、勘弁してほしい……ビビっている、というわけではなく……いや、小さい頃から、というより前世から、苦手というだけであって……
外から誰か入ってくるかもしれない不安と、大きな雷の音で安心なんてものは消し去られてしまった。はぁ、早く帰りたい……
そう思っていたのに……後ろから、抱きしめられた。
「え……」
「小さくていいな、温かい」
私の座る後ろに、座ってる……? 私の両側に、旦那様の膝が見えるのですが……?
冗談は、もうやめてほしい。あと、小さい、は余計。小さくて悪かったですね。ディオンが私ごとタオルにくるまっていて温かいけれども。
……けれど、心臓のバクバクが止まらない。恥ずかしい、というか……顔が、火照る。いや、きっとそれは、目の前の暖炉のせい。
「何だ、自分の夫に風邪を引けと?」
「……ディオンは風邪を引かなそうですね」
「そうか? なら、もし私が風邪を引いたら、ローズは看病してくれるか?」
「しません」
「私の妻は照れ屋だったな」
「……」
照れ屋……というわけではないはずなのですが。馬鹿は風邪を引かないらしいですよ、と言いたいところではあるけれど……面倒になりそうだから言わないほうがいいかもしれないわね。
風邪、か……
「……ディオンは、小さい頃は風邪を引きましたか?」
「知りたいか?」
「……」
「一応普通の人間だからな。風邪は引いたし怪我もしたさ」
一応……一応……自分で言ってもいいのかしら。
けれど……確か、ディオン殿下はお生まれになられてから王城の奥にあるルビー宮にいらっしゃった。そして、成人前にルビー宮から王城の敷地外に自分で用意した屋敷に住み始めたんじゃなかったかしら。
なら、ルビー宮にいらっしゃった頃は……王宮医師に診ていただいたのよね。
……いや、さすがに。
オーシャイン夫人が、王室の奥にいる蛇と、体調管理に気を付けろと言っていたから……
「どうした? 心配するな、ローズが風邪を引いたら片時も離れないつもりだ」
「いえ結構です」
「自分の夫なのだから気を遣わなくていいぞ」
「……私は風邪を引きませんのでご安心ください」
気を遣うつもりも全く、本当に、全くありませんのでご安心ください。
はぁ、本当に……ディオンは一体何を考えているのか全くもって分からない。まだ愛妻家ごっこを続けるつもりなのね。
そして……どうしてこうもタイミングよく来てくれたのだろう。そもそも、私はオーシャイン夫人とお茶をするとしか言っていない。まぁ、使用人に聞けば分かるでしょうけれど、さすがに偶然過ぎるわ。
オーシャイン夫人の最後の言葉の意味も分からないし、襲ってきた奴らも分からない。そして、ディオンがどうして来たのかも分からない。
……はぁ、疲れたか、も……っ!?
いきなり、また大きな雷の音が響いた。結構驚いてしまいつい肩を上げてしまうと、後ろから抱きしめていたディオンが、腕に力を入れてきた。
「雷は遠いから近くに落ちる事はない。安心しろ」
「……雷じゃないです。セザール達です」
「ほぅ、大公家の騎士達はやわじゃないから安心しろ。もし、また襲われるなんて事があるのではと思っているのであれば、私がいるから心配ない」
ディオンは一体どれくらい強いのかしら。剣を握っている姿は見た事がない。さっきは返り血を浴びてしまっていたけれど……
……ディオンの腕、結構筋肉付いてるわね。しかも、切り傷がいくつかある。まぁ、小さい頃から命を狙われていたのだから、当たり前かしら。
「……その格好で戦うつもりで?」
「ん? そうだな、それで妻が守れるのであればこれでも行くぞ」
「……冗談はやめましょう」
はぁ……もうこの人には何を言わせても意味がないわね。どうせ本気で言っていないでしょうし。
「……そういえば、アレットは……」
「遣いを頼んだから心配はない」
遣い……さっき、セザールに「追え」って指示していたから残党がいるって事よね。それなのにお遣いを頼んじゃっていいのかしら。
大丈夫、よね。
そんな不安感を抱いていることに気付かれたのだろうか。また、大きな手で目を塞がれてしまった。
「もう寝ろ。明日、すぐに屋敷に戻ろう」
「……」
よく分からない安心感と、手の温かさ。そのせいなのか、段々と眉が重くなってくる。そして……
「おやすみ」
その声と共に、意識が落ちていった。




