第四話 運命の分かれ道 ①
「お嬢様、本当にこちらのドレスで向かわれるのですか?」
「えぇ、こっちの方が落ち着くし、疲れなさそうだから」
いとこ殿との縁談話が舞い込み、その後私は仮病をかましてブティックデートを回避出来た。
けれど、お見合いの時彼はリトナ夫人のパーティーのパートナーにしてくれとお願いしてきたからか、私にドレスを送ってきた。パーティーで着てくれとのことだったけれど……その選択肢は最初からないため自分でドレスを用意した。
案の定、迎えに来たロランは……
「……僕の送ったドレスは届いていなかった?」
「あのドレスは、私にはちょっと大人っぽくて、恥ずかしいのでこっちにしました」
「……そっか、恥ずかしがり屋なところは変わらないね」
笑顔ではあったけれど、目は笑っていなかった。でしょうね。だって、今日のロランの紳士服は送ってきたドレスとお揃いになっているのだから。
それより、私って恥ずかしがり屋なのね。知らなかったわ。教えてくれてありがとう。
「でもきっと君に似合うと思うんだ。待っているから着替えておいで」
「……でも、せっかくパートナーになってくれたロランさんの為にちゃんとパートナーを務めたいので、これで行きます」
パーティーに遅れてしまっては、せっかく招待してくださったリトナ夫人の機嫌を悪くさせてしまいますから、と笑顔を向けておいた。やっぱり彼は、ペアのドレスを着てほしかったらしい。まぁ、目的は分かっているのだからその選択肢は全くない。気分的にもごめんだ。
内心一緒の馬車に乗りたくなかったけれど、パーティーのパートナーになってしまったのだから仕方ない。それに……――私はこの馬車に乗る必要があった。
「大丈夫、リトナ夫人は侯爵家の方だけど僕がいるから安心して」
「……ありがとうございます」
安心なんてものは全くない。
今回のパーティー主催者であるリトナ夫人は、今は亡き王妃殿下と仲の深かった方だ。
この前婚約破棄事件があり、今社交界では上位階級の貴族達の様子を探っている状態だ。周りがどう出るか皆うかがっている事でしょうね。
そんな中、リトナ侯爵夫人はパーティーを開いた。となると、彼女が招待した参加者で意見が示される。王族派か、貴族派か、それとも中立派か。パーティーを開いて意思表示をする事にした、と言ったところかしら。
さすが上位階級の夫人ね。堂々としている。
今回、私のところに招待状が届き、ロランには届かなかった。私達の違いは、貴族階級もあるけれど、恐らく一番は実家がどちらの派閥にいるか。我がアルベール子爵家はずっと王族派。対してベルナール侯爵家は貴族派だ。
王族派を招待しているという事なら、リトナ夫人は王族を支持する可能性がある。
けれど、おかしなことにこの招待状はお父様やお母様ではなく、私の名で届いた。私がメルリアナ嬢と仲良くしていたのは知っているはずなのに、招待状を送ってくるとは……
ご令嬢であれば、こういう時は普通大人しくしているはず。私みたいなメルリアナ嬢のお友達なら余計。それなのにパーティーに引っ張り出そうとするなんて、本当に怖い人ね。
会場は、リトナ侯爵邸。とても華やかな玄関ホールが出迎えてくれて、鮮やかな会場が待ち受けていた。
「参加者が少ないな。まぁ、あんなことがあったんだから、当たり前だね」
そうでしょうね。
周りを見回してみると、メルリアナ嬢と交流があったご令嬢達の姿は全くなかった。端にいる可能性はあるだろうけれど、ずっとメルリアナ嬢の顔色をうかがって小さくいたご令嬢達が堂々と参加するような度胸を持ち合わせているだろうか。
……私の場合、一応前世で強化された鉄の心臓を持ち合わせているから、ただの19歳の小娘ではない。
「ご招待いただきありがとうございます、リトナ夫人。ローズ・アルベールでございます」
「来てくれてありがとう。それで、そちらは今夜のパートナーかしら?」
リトナ夫人は、優雅でありとても淑女らしいたたずまいの女性。確か、50代くらいだろうか。いつも手にしている扇子がとても似合う方だけれど……色々と怖い方でもある。ズバッと毒舌をストレートに言う厳しい人だから。
下位貴族の令嬢である私は遠目からしか見た事がなかったけれど、こうして挨拶する機会が来るとは思わなかった。
小説では、リトナ夫人は王太子の新しい婚約者を支持する立ち位置にいた。そのため、断罪後に開いたこのパーティーで王太子殿下とカロリーヌ嬢を招待し、自分は二人の婚約に賛成だと意思表示した。
まだその二人が入場していないけれど、きっとこの後来るはず。
「いとこのロラン・ベルナール侯爵子息です」
「お久しぶりでございます、リトナ夫人」
「……」
リトナ夫人は目は笑っているけれど、扇子で隠した口元はどうなっているのかは分からない。呼んでいない人が来てしまったのだから、彼女はロランをどう扱うかで私の対応も変わってくる。
まぁ、私が勝手に連れてきてしまったという事ではあるけれど、私はロランより下の立ち位置であり、今の社交界の現状からしてロランが勝手に来たと悟ってくださる事でしょうね。
「実は、そろそろ婚約する予定なのです」
こんな事を言い出すという事は、ロランはこのパーティーで私達の縁談を強制的に進めるつもりなのね。だから、パーティーに私と一緒に参加して外堀を埋めたかった。あの時点では婚約破棄の件で周りはパーティーを開かなかったから、リトナ夫人が開くと聞きつけ私に招待状が来ていないか聞いてきた。
まぁ、分かってはいた。送られてきたドレスも、ロランの今身に付けている紳士服とお揃いのデザインだったのだから。
「あら、そうなの」
けれどリトナ夫人は、そう言いつつ私に視線を向けてきた。一瞬身構えてしまったけれど、私はただ微笑むだけにしておいた。
私の口からは、婚約の件は一切出すつもりはない。
「二人がこうして並ぶと、とてもお似合いだわ」
「ありがとうございます」
今回、彼女は私に招待状を送ってきた。メルリアナ嬢と何度も交流していた私に。もしかしたら他のご令嬢達にも送っていたのかもしれないけれど、私はちゃんと参加した。どんな理由で呼ばれたのか分からない以上、油断は禁物。
それに、リトナ夫人はきっと気が付いた。婚約する予定と言いつつ、ドレスはお揃いの色ではない。そして、私のこの態度。
「あぁ、確か……ご夫人方が姉妹だったかしら」
「はい、その通りです」
「そう……なら、幼少期から仲が良かったのかしら」
「そうですね。私達は――」
ロランは得意げに話し出したけれど、黙っていた私に見せてくる夫人の笑顔が……恐ろしく感じる。その視線は、なるほど、とでも言いたげだ。
リトナ夫人は鋭い洞察力を持ち合わせていて、作中でもカロリーヌ達にとってとても心強い存在であった。もしかしたら、私達の事ももう全て見抜いてしまっている可能性もある。
敵にはしたくない、とはこういう人の事を言うのだと思う。怒らせたくはないから、早くロランのお喋りを止めたいところだ。
ロランはきっと、この縁談を絶対に進めたいと思ってる。彼は侯爵家を継ぐことが出来る嫡男ではなく、次男。家を継ぐことが出来ないとなると、どこかに奉公に出るか婿入りしてその家を継ぐかくらいしかない。
となると、きっと彼はアルベール子爵家を継ぎたいと思っているはず。プライドの高い彼なら奉公に出て誰かに仕えるなんて最初から選択肢に入っていない。それに、例え下位貴族であっても実家が侯爵家なら爵位を上げる事も簡単だ。小説ではそうだった。
今日ここに付いてきて、婚約する予定だと言い張ったのだから、もう自分の中では縁談は成立したとでも思っているはず。私達は絶対にこの縁談を断れないと確信してるから。
とはいえ、私は御免だ。ロランと結婚すればどうなるかを分かっていてそれを選ぶ馬鹿ではない。それならいっその事結婚前にさっさとカロリーヌに手を出させて国外追放してほしいくらいね。
まだこの縁談の答えを出していないというのに、せっかちだわ。……本当に、ね。
「確か今日は、お嬢さんくらいの若い女の子は貴方だけかしら? 今回、皆さんお忙しいのか欠席者が多くって……」
「そうでしたか。確かに、数日前の――」
けれど……私は、耳を疑った。リトナ夫人の、先ほどの発言に。
若い女の子が、私だけ?
確かに会場を見渡す限り、私くらいのご令嬢はいない。けれど、カロリーヌは確か私と同い年よね。この言い方だと、カロリーヌは来ないと言っているようなものよね?
小説では、参加していたはずなのに。
夫人は欠席者が多いと言っていたけれど、王太子殿下達ならリトナ夫人に呼ばれれば絶対に参加するはず。せっかく婚約したのだし、何より他ならぬリトナ夫人からの招待なのだから。
となると、リトナ夫人はそもそも招待していなかった。そういう事になる。王妃殿下の息子である王太子殿下の事を、今までずっと支持していたはずなのに。そしてこれからも、小説通りであれば彼女は心強い味方となるはず。
そう、そのはず、なのに……
一体、どうなっているの……?




