第三十四話 暗闇の密談 ①
ブランシス大公邸での晩餐会が行われた次の日には、瞬く間に情報が広まっていった。ウェルディエ・ワインズの所有者が私である事。そして、ディオンがワイナリーに投資した事。
さすがに信じがたい事ではあるけれど、上位階級の貴族達が皆見ているのだから信憑性が十分にある。
お父様の噂は、そんな私達の噂でデマだったことが証明された。よかったよかった。
あと、もう一つ。私がマーメイドを着ていたことも。
この社交界では、一番上にいらっしゃる方が着ているものがいわゆる流行。となれば……マーメイドドレスが流行となってしまった。まぁ、戸惑うでしょうね。
さて、ブティックに足を運んだ時にイチオシとして並ぶドレスは何かしら。
……ディオンは、本当にいい性格してるわよね。
「今日はどこに行くんだ」
「オーシャイン公爵夫人とのお茶会です。……あの、このままでは遅れるので離してもらえませんか」
「旦那を置いていくのか?」
「招待状にディオンの名前は書かれていましたか?」
「妻が呼ばれたなら付いていくのが普通だろう?」
「……行ってきます」
一体どうしたというんだ。今日はずっと磁石のように引きついて離れず、準備が出来ない。強引に置き去りにして何とか出発出来たけれど。
とはいえ……これをするとあとから面倒ではあるからすぐに帰ってこよう。
今回は、非公開のお茶会。いわゆる密談。だから、ブランシス大公家の家紋が入った馬車で途中まで進み、その後何も書かれていない馬車に乗り換える予定となっている。そして、お茶会の会場はとあるブティック。
首都の外れにあるそのブティックは、表ではごく一般的な洋服店ではあるけれど、個室が用意されており事前に予約をすれば防音の個室に通され密談が出来るらしい。もちろんスタッフは個室内で交わされる事は全てノータッチ。
知っている人は知っている、密談場所にぴったりの場所らしい。
まさか、オーシャイン公爵夫人にその場所で話がしたいと提案されるとは思わなかった。一体何を思って私を呼んだのか分からないけれど……娘であるメルリアナ嬢の事も話に出てくる可能性もある。
今回、オーシャイン公爵邸ではなくブティックに会場を指定したのは……オーシャイン夫人と私が交流しているところが噂されては面倒な事にもなるかもしれない。それに、私をメルリアナ嬢と会わせないように、というところもあるのでしょうね。
彼女は邸宅で謹慎中で結婚相手を探している最中だったかしら。小説では、遠くの国となっていた。きっと隣国ではないもっと遠くになると思うわ。
カロリーヌに怪我をさせたことは事実であっても、小さい頃から決まっていた王太子との結婚を破棄させられ、遠くの国に嫁がされる。本人は一体どんな気持ちでいるのかしら。きっと悔しい事でしょうね。
そして、それを送り出さないといけないご両親は……
到着し、帽子をかぶり馬車から降りた。そして、一緒に来ていたアレットがブティックのスタッフに手紙を一枚見せるとすぐに中に案内してくれた。
ブティック内は、とても上品な内装で、首都の真ん中にある人気のブティックにも負けないくらいではないだろうかと思ってしまった。そして、奥に招かれとある部屋に。ドアが開かれると、大きなソファーに誰かが座っているのが分かった。
ではごゆっくり、とスタッフはすぐに下がってしまった。
「本日はご足労頂きありがとうございます、ブランシス大公妃殿下」
オーシャイン公爵夫人が、もう到着していた。私が来て早々に立ち上がった彼女は、美しいカテーシーを見せてくれた。
私が彼女と二人きりで話す時は今まで一度もない。結婚する前も、その後も。だから、緊張はする。彼女はどう考えているのか、何故私と話がしたいと誘ってきたのか、全く分からないのだから。小説だって、公爵はたびたび出てくるけれど、彼女は出てこない。
彼女はいつも微笑んではいるけれど、読めない。今もそう。そして、ソファーに座るよう促されると……私の前に立つ。
「恐れながら、我が娘のこれまでの態度への謝罪をさせてください。娘に代わって、まことに申し訳ございませんでした」
そして、頭を下げた。
……なるほど。謝罪、ね。
「そして、我がオーシャイン公爵家は王族派を抜け、ブランシス大公家への忠誠を誓いますと共に、大公妃殿下のお力の一つとなる事をお許しください」
オーシャイン公爵家は、我が国の公爵家の中では一番影響力のある家。その理由は、王族の血が流れているから。だから、長年王族派だった。そして今回も、メルリアナ嬢というオーシャイン公爵令嬢が王族に入るはずだった。
けれど、今、オーシャイン家の夫人が我がブランシス大公家へ忠誠を誓った。という事は、中立派に入るという事。
ブランシス大公家、ラユース辺境伯家、そして数日前に入ったベルナール侯爵家。
今まで中立派は社交界では息をひそめて静かに黙秘していた派閥。それが今、どんどん力を付けてきてしまっている。なら、他の派閥の者達、そして王太子はどう思うかしら。きっと懸念する事でしょうね。
それを見越して、オーシャイン公爵家は傍観者側に寝返った。
「……許さなかったら、どうなさるおつもりで?」
「大公妃殿下の望むものは何なりと」
微笑み、そう言ってくるオーシャイン夫人が……恐ろしく感じる。底知れぬ恐怖、というものでしょうね。
もしここで、娘を差し出せと言ってしまえば……首を切られる、というところかしら。
「……冗談ですわ。オーシャイン夫人がいきなりそんな事をおっしゃるから、言いたくなってしまったのですよ」
「ふふ、殿下も意外とお茶目なお方なのですね」
……お茶目なのはオーシャイン夫人、あなたでしょう。
「……ですが、冗談で返すのは失礼だったようですわね。夫人、そして公爵の娘への愛情。とても素敵な家族ですわ」
「そう言っていただけて光栄でございます」
王族派を抜け、中立派に入るという事は、メルリアナ嬢を政治のために嫁がせる事を防ぐことになる。我が大公家が関わってしまえば王族派は下手な事は言えないからだ。
結婚。
長年その言葉に振り回されてきた娘には、幸せになってほしい。カロリーヌに危害を加えた事は事実。けれど、メルリアナ嬢という婚約者がいながら別の女にかまけていたのは王太子。なら、怒るに決まってる。
親はどこまでいっても親。小さい頃に大人達によって婚約が決まり、メルリアナ嬢は妃教育に勤しんだ。きっと、努力した事でしょうね。それなのに、男爵令嬢によって簡単に切り捨てられた。
だから、もうそんな扱いはさせない。
そういう事よね。
隣国より遠くの国となると、選び方には気を遣うわよね。もし候補があるのだとしたら、密かにではあるけれど、押してあげるのもいいかもしれない。
親から受ける愛情。
それは、とても素晴らしいものだと身をもって知っているから。
さ、お座りになってください。と私の目の前のソファーに座るよう促した。
それにしても……
「……マーメイド、なのですね」
「もちろんですわ。今の流行ですもの。ですが、大公妃殿下のように着こなす事は出来ませんわ」
「……」
やっぱり、流行になってしまったのね……申し訳ない。何か違うものを、と思っていても、ディオンが笑顔で用意してしまうから断れないのよね……
次、社交界に顔を出した時どうなっているか、恐ろしくもあるわ……
オーシャイン夫人と、社交界の話に花を咲かせ、そして帰る時間となった。
けれど、最後にオーシャイン夫人は笑顔を崩し、真剣な眼差しで私を見据えた。そして……
「……大公妃殿下、どうかお気をつけくださいませ」
「……」
「王室は蛇の巣窟。奥に何が潜んでいるのかを確かめた方がよろしいかと存じます」
蛇の巣窟、ね……
それは、小説の中ではなかった。王室に入り、試練が待ち受けていた。ただ、それだけ。
なら、潜んでいるものは一体何なのかしら。
「それと……お身体にはお気をつけください」
「……ご心配、ありがとうございます」
身体に気をつける。体調管理を怠るなという事。
確かに、王族ともなれば毒殺などで命を狙われることがある。でも、彼女の言うそれは、少し違う気もする。
今の王族は、大公妃の私と大公のディオン、そして王太子と国王陛下の4人。
数年前に病に倒れた国王陛下。
臨月を迎えた頃からずっと体調不良だったと噂されていた王妃殿下。彼女は、王太子を出産する際に亡くなった。
何だろう……この、嫌な予感は……




