第三十二話 岐路の晩餐 ④
そうして、晩餐会は静かに進んでいきデザートの手前まで終わった。皆、満足しているようね。
「いかがでしたか? 今、ウェルディエ・ワインズは大変好評をいただいていますから、皆さんのお口に合えばと思ってご用意したのですが……」
「えぇ、とても美味しかったです。さすがですね」
「それはよかった。ワイナリーの者達も喜びますわ」
そんな、私の言葉のおかしな点に気が付いた者がちらほら。それは、まるでワイナリーが自分の事業だと言わんばかりの言葉だと。
「……夫人、その言い方ですと、まるでウェルディエ・ワインズのオーナーがご夫人のように聞こえますわ」
そう指摘したのは、リトナ夫人だ。けれど、いつものような鋭い視線は感じなかった。不思議に思いつつも、彼女に笑みを見せる。
「はい、そうですよ」
そして、そう答えた瞬間の周りの貴族達は、驚きを隠せていなかった。
いや、まさか。
でも数ヶ月前まで子爵家のご令嬢だったはずじゃ。
なんて言葉が飛んでくるけれど……
「実は、旦那様からもらい受けたのです。プレゼントって」
ね? と隣のディオンに視線を向けると、微笑をいただいた。はい、ずっとそのままでいてくださいね旦那様。
とはいえ、これは脅されたの間違いでもある。これを受け取らなければ権利書は紙くずになり全員職を失うぞと言われた事は今でもよく覚えている。なんてものをプレゼントしてくれるんだこの人は。
そして、奥に座っているお父様とお母様は気まずそうな顔を浮かべ目を逸らしていた。気持ちはよく分かります。
「で、ですが大公殿下がワイン事業をなさっていたとは聞いたことがありません!」
「投資してやったんだ。そうだな、確か……5兆ソル程だったか」
そんなディオンの口から出てきた金額に、周りはまたもや驚きを隠せないでいた。目が飛び出そうになっている人もちらほら。
まぁ、そうでしょうね。私も今聞かされて驚いていますから。そこまで投資しただなんて思いもしなかったわ。
そして、使用人に私が目くばせすると退出し、男性を連れて戻ってきた。彼は、ワイナリーの責任者だ。
すでに顔見知りの方がちらほらいる事でしょうね。そこにいる王太子もそう。
「ワイナリーを立ち上げここまで成長させることが出来たのは、他ならぬブランシス大公殿下のおかげです」
その言葉で、信憑性が出たことだろう。私が言っただけでは怪しむ人がちらほら出てくるのは分かっている。
そして……
「では、ウェルディエ・ワインズの新商品をご用意いたしましたので、どうぞご賞味ください」
そうして、とあるワインがデザートと共に招待客全員に配られた。明るめの赤色をしたワインだ。これは、赤ワインとは全く違うワイン。
「こちらは、さくらんぼワインでございます」
「私の実家であるアルベール子爵家の領地で栽培しているさくらんぼを使用しております。いかがですか?」
それは、結婚前にこのワイナリーをもらった時の事。ディオンにこう言われた。君の領地で作ってるさくらんぼでワインを作るのもいいな、と。それを聞いたお父様は血相を変えてそのワイナリーに向かいさくらんぼワインを作り始めた。
そう、脅迫していたのはお父様じゃなくてブランシス大公殿下だった。
そして、お父様は脅迫ではなく命がけの仕事だった。
「ワインは、必ずしもブドウで作らなくてはいけないというわけでないのです」
「なるほど……」
「お、美味しい……!」
「ワインはぶどうから作るものだと思っていたのですが、まさか他の果物から作れるとは……驚きました」
ワイナリー責任者の説明を聞きつつも、さくらんぼワインを楽しむ人達ばかり。お父様達も、安心してワインを飲んでいるように見える。よかった。
今日の晩餐会は、成功でいいかしら?
そう、思っていた時だった。
「そういえば、エリク」
「……はい、叔父上」
「昼間、うちにネズミが一匹入り込んだんだ」
ネズミ、ですって?
けれどその時、思い出した。まさか、それって……
「来るなと言えば勝手に入り込み妻を邪魔しては馬鹿にし、つつけば泣きじゃくるうるさい奴だった」
「……」
「エリク、お前はもっと人を見る目を持ったほうがいいぞ」
「……はい」
ぴしゃり、とこの場の空気が変わってしまった。寒気すら感じる。
せっかく何事もなく無事に終わるはずだったのに、なんて事を言ってくるんだこの人は……
そうして、大公邸での晩餐会を終了することが出来た。
……何事もなく、とは言い難いけれど。
「大公殿下、妃殿下。本日はご招待いただきありがとうございました。とても有意義な時間を過ごせました」
「とても美味しかったです。先ほど、ウェルディエ・ワインズのさくらんぼワインをすぐに購入しようと夫と相談していたのですよ」
「気に入っていただけて良かったです」
オーシャイン公爵夫妻は、とても喜んでくれていた。他にも、さくらんぼワインを買いたいと言っていた方が何人もいたから、きっと良い売り上げを出してくれるはず。
けれどあの時、リトナ夫人は「……夫人、その言い方ですと、まるでウェルディエ・ワインズのオーナーがご夫人のように聞こえますわ」と私を指摘したけれど、もしかして知っていたのかしら? 答えた後のあの反応がそんな風に見えたように思う。本当に恐ろしい人ね。
「大公妃殿下」
「ラユース卿、今回の食事はお口に合いましたでしょうか?」
「えぇ、それはもちろんですとも」
だいぶ満足したのか、いつもよりも緩んだ表情を見ることが出来た。ご夫人とお二人で来ていらしたけれど、夫人の姿が見えないわね。お手洗いかしら。
「有名なワイナリーの所有者でいらした事もそうですが、まさかさくらんぼワインまで持っていらっしゃったとは驚きました。さすが、大公妃殿下ですな」
「いいえ、旦那様が我儘だっただけですわ」
いつもならそんな事は口には出さないけれど、近くにもいないしお酒も入っているからかつい口がすべってしまった。これはやってしまったか、とも思ったけれど……ラユース卿は高笑いしていらっしゃるから大丈夫ね。
「これで、ようやく理解しました。妃殿下が私にお声がけしてくださった理由を。近々またお会いしたいのですが、よろしいですかな?」
「えぇ、もちろんですわ。アルベール子爵にもお声がけいたしましょう」
「それはありがたいですな」
これで、ラユース辺境伯にウェルディエ・ワインズのワインを外国に輸出したいという考えが伝わった事でしょうね。だから、私が列車計画に加わらせてほしいという提案をしたのだと。
これからも、ラユース辺境伯とは仲良くしてほしいわ。
けれど、私は気付かなかった。私達がここで話しているところを、ディオンとリトナ夫人が遠くから見ていた事を。
「奥方をだいぶお気に召されているようですね、大公殿下」
「彼女の百面相がどうも可愛らしくてな。ついからかってしまう。そういうお前はどうなんだ?」
玄関ホールの端に立ち、玄関前で話すローズ達を見ていたのは、大公殿下とリトナ侯爵夫人。
「大公妃にふさわしいかどうかと言えばまだ足元にも及びませんし、これでは簡単に足元をすくわれかねませんわ。正直、あの茶番後にパーティーを開き彼女を招けと命じられた時には驚きました」
「そうか?」
「裏側を見張っていらっしゃるあなた様の奥方でいらっしゃいますから、標的にされかねません。ですが……今となれば、理解出来なくはありませんわ」
「お前にそう言わせるとは驚きだな」
「……一体何をお考えで?」
「さぁな。それよりも、これからローズの仕置きが待っているのでな。ここで失礼する」
「……はぁ、やりすぎますと後が面倒なだけですよ」
「そうか? 可愛い妻をめいっぱい可愛がるのは夫の務めだろう?」
「……では、失礼いたします。〝閣下〟」




