第三十話 岐路の晩餐 ②
便りなしにいきなり来ては忙しいと言っているにもかかわらず会うまで帰らないと玄関を陣取る始末。さらには、礼儀も見せず不敬ばかり。
王太子殿下の婚約者なのだから将来はこの国の王妃。私よりも上の地位に立つのだから我慢はしてきた。けれど、さすがにやりすぎではないかしら。
「それで、ベルトラン嬢」
「え?」
「前から言おうと思っていたのだけれど、そのローズさんはやめた方がいいと思うわ」
「でも、私達は……」
「貴方は王太子殿下の婚約者ではあるけれど、まだ男爵家のご令嬢。貴方は私が誰なのか知らないの?」
「ご、ごめんなさい……でも、本当に〝ローズさん〟と仲良くなりたくて……」
……まだ言うのね、ローズさんと。
馬鹿にするのも大概にしてほしい。その意味を込めて、カロリーヌを冷ややかな目で見つめた。その視線に彼女は一度びくつき、驚いた顔を見せた。
「……次、またそんな不敬な名前で呼べばどうなるか、分かるかしら」
「え……でも……」
「でも、何? 来訪時は事前に便りを送る事も、許されていないのに勝手に名前を気安く呼ぶ事も失礼な事だと気付かないお嬢さん。貴方はまず、こんなところに来る前に家庭教師でも雇いなさい。ちゃんと教えてくれるわ。貴方が今までどんな不敬を働いていたか」
「っ……」
「あぁ、男爵家でしたわよね。なら、家庭教師を雇う余裕はないかしら? なら、私が特別に送ってあげるわ。すぐにベルトラン男爵に手紙を送ってあげる。貴方のお嬢さんがどんな振る舞いをしたのか丁寧に伝えてあげるわ」
「あっ、いえ、そんな事は……」
「あら、仲良くなりたいのではなくて? なら、この親切心をそのまま受け取ってちょうだい?」
これはさすがにマズい、と思ったのかしら。焦り出すカロリーヌに、さすがにやりすぎたかとは思ったけれど……後悔はしていない。舐められて馬鹿にされるのはこちらとしてはたまったもんじゃないわ。
そんな時、大きな音がこの部屋に響いた。それは、このドアが勢いよく開かれた音。ドアのノックもなく。
そんな無礼な事をするのは、ただ一人。
「ローズ」
「旦那様……」
カロリーヌが帰ってから帰ってきてほしかった。……今更ではあるけれど。
彼は、カツカツと足を速めると私の座るソファーの後ろに立ち、後ろから私の肩を抱きしめてきた。
「お前は鶏か?」
「えっ」
「人にやめろと言われた事をすぐに忘れるなど、3歩歩いて忘れる鶏と同じだな。それとも、分かっていてやっていたら相当なクソガキだ」
……でしょうね、そう言うと思ったわ。だからもっと遅めに帰ってきてほしかった。タイミングが悪すぎるわ。
「ローズ、お前は甘やかすな。こんな男爵家の令嬢にそんな事をする義理はあるか? それに、大公妃であるローズに向かって『ローズさん』などと呼ぶとは、馬鹿にしているとしか思えんな」
……それ、もう言いましたが。と、言いたいところではあったけれど……圧をかけてズバッと言ってしまったディオンに、カロリーヌは……泣いた。
ぽろぽろと目から涙を流している。はぁ、これだから……と呆れつつディオンを覗き見ると、彼女に向かって冷ややかな目を向けていた。
「この程度で泣くなど、それでも大人か? 成人していてもその程度ならただのべそをかく子供と同じだ。さっさと帰れ」
「ご、めんな……さ……」
「謝罪など無意味。おい、つまみ出せ」
「かっかしこまりましたっ!」
……だいぶ怒っていらっしゃるわね。
涙を流すカロリーヌは、最後に私に懇願するかのような視線を見せてきていたけれど、私はただ目を逸らしてディオンの顔色を窺う事しか出来なかった。これから、絶対に説教があると分かっていても覚悟はなかったから。
「おい、ローズ」
その声と同時に、右肩を力強く掴まれる。
「はい……」
「お前は何をしている。晩餐会の準備をしていなかったか」
「はい、でも……会うまで帰らない、と言われてしまったものですから……」
「聞いた。で?」
ディオンの声に刺々しいものを感じ、視線が合わせられず泳がせてしまう。
「これからお客様が来るので、さすがに門の前を陣取られてしまうのは、困るので……」
「だから会ったと?」
「はい……」
私はただ、対応しただけよね? さすがにあのまま玄関に馬車を置かれたままにされてしまえば招待客にご迷惑が掛かってしまうし……
「なら、それは何だ」
「……」
指を差してきたのは、ローテーブルにある食べかけのチョコレートケーキ。
「ベルトラン嬢が、持ってきた、チョコレートケーキ、です……」
「食べたのか」
「はい……あっ、毒見は使用人にさせま……」
言い切らないうちに、ガシッと顎を掴まれた。そして……キスをしてきた。
「そういう話ではない」
「……」
だいぶ、怒っていらっしゃる。青筋すら見える。
そんなに、駄目でした……?




