第二十九話 岐路の晩餐 ①
王太子主催の婚約祝いパーティーでの騒動は、瞬く間に社交界に広まった。本来の目的であったはずの婚約祝いどころではなくなってしまった事に関しては……ラユース卿の仕事がだいぶ早かったことを理由にしましょうか。
そもそも、あのパーティーで断罪するなんて一言も聞いていないのだから。それなのに、私の仕業だと社交界に広まってしまっているから困ったものね。これでは、王太子とカロリーヌの婚約は反対するとでも言ってるみたいじゃない。
けれど、そのおかげでお父様のワイナリーを脅したという噂は薄れてきている。それに関してはよかったけれど……これは今日で完全に消すつもりだから必要はなかった。
今日は、王太子や上位貴族達を迎えての晩餐会。そして、お父様とお母様もお呼びして参加してもらう事になっている。
居心地が悪いとは思うけれど、二人は快く参加すると言ってくれた。
……で。
「これは、ディオンの仕業かしら」
「はい」
アレットの手には、今回の晩餐会で着るために用意された服。……派手な赤ではなく茶色のチェック柄、という点はいい。けれど……また、マーメイド。
「鼻歌を歌いながら楽しそうに選んでいらっしゃいました」
「でしょうね」
見なくても分かるわ、それくらい。
以前の王太子主催の婚約祝いパーティーで用意されてしまって仕方なく着たけれど、もう絶対着ないと言っておいたのに……はぁ、そうよね。旦那様はそういう人よね。
……着られるかしら。あの後ケーキ食べたけれど……というより、食べさせられた。思う存分食え、と言われて用意されてしまった。あの時ニヤニヤと満足気に見ていたけれど、こういう事だったのね。
「……まさか、サイズ小さ目にされてないわよね」
「さすがにそんな事はなさりませんよ」
「……」
本当かしら。今すぐ私のドレスルームに向かって他の服を用意したい気分だけれど。でも、もしそんな事でもした……ご不満になりそうね、ディオンが。今日は晩餐会なのだから大人しくしてもらいたい。となれば、着るしかない。仕方ないわね……
……と、思っていた矢先のことだった。
「奥様っ。ベルトラン家のご令嬢が、奥様にお会いしたいと門の前にいらしておりまして……」
「……え?」
使用人が、血相を変えた様子で私に報告してくれた。ベルトランのご令嬢、という事はカロリーヌって事よね。そっと窓から外を覗くと……遠くから茶色の馬車が見えた。きっとベルトラン男爵家の馬車よね。
本当に、来てるのね……
けれど、今夜晩餐会があってまだ準備が終わってないから、正直言ってそれどころじゃない。それに、彼女は忘れたのかしら。ディオンにパーティーで二人でのお茶はやめろって言われていたわよね。
「……悪いけど、今日は忙しいからまた後日にしてちょうだいって伝えて」
「かしこまりました」
はぁ、ディオンが出かけていてよかった……もしいたら何を言い出すか、たまったもんじゃないわ。まぁ、ディオンが言った事を守らなかったカロリーヌも悪いけれど。
でも、どういう理由で私に会いに来たのかしら。小説にはなかったわよね。そもそも、大公殿下はエンディングにしか出てこなかったのだから。
それより晩餐会の用意よ。
と、思っていた時、焦った使用人がまた私のところへ。そして……
「会えるまで帰らないですって?」
「はい……奥様は今お忙しくいらっしゃいますから、と申しても少しだけでいいからと……」
会うまで帰らないなんて……また後日という事で帰るところでしょう。そもそも、どうして事前に便りも出さずに来るのよ。どこかの誰かさんと一緒? 釣書を便りだと思い込んでるあの人と、あとベルナール侯爵夫人。
「はぁ……分かったわ。客室に案内してあげて」
「かしこまりました」
とりあえず、全員に指示は出してあるから晩餐会の準備は大丈夫でしょう。さすが大公家の使用人とあって皆優秀だし、最後に私がチェックすればいいだけの事。
仕方ないわね、と内心呆れつつも、すぐに帰ってもらえるようさっさと要件を聞いて対応しようと客間に急いだ。
「ローズさん! こんにちは!」
「……ごきげんよう、〝ベルトラン嬢〟」
なんとまぁお元気そうな女神が客室にいらっしゃるわね。でも、【ローズさん】に【こんにちは】ね。私達は友達ではないのだからちゃんとした挨拶をするべきだと思うのだけれど。いや、もし友達だったとしてもちゃんとした挨拶はするはずよ。
婚約破棄後のお茶会で、カロリーヌ本人が皆さんとお友達になりたいだなんて言ってきたけれど、私達は了承していない。それに、彼女は未来の王妃なのだからそういった振る舞いは気を付けるべきだわ。
周りの使用人達も、こんなカロリーヌの態度に驚いているよう。これが普通の反応よね。
「お忙しいところ、お会いしてくださってありがとうございます!」
忙しいって分かってるなら来ないでちょうだい。
「それで、用件は?」
「ローズさんと仲良くなりたくて来たんです!」
「……」
……は?
仲良くなりたくて、来た?
ここまで会いたげだったから、急用でもあるのだろうかと思っていたけれど……仲良くなりたくて?
「あ、そうそう。実は、これを持ってきたんです!」
カロリーヌの突然のおかしな言動に置いていかれている時に、彼女は自分の隣に置いていた大きなかごを目の前に出した。その中に入っていたのは……
「チョコレートケーキを焼いてみたんです! どうしてもローズさんと一緒に食べたくて、頑張って焼いてきたんですよ!」
「チョコレートケーキ……」
「あっ、甘いものは苦手でした?」
「いえ、大丈夫よ……」
まさかの、チョコレートケーキ……
……何故私に持ってきたのかしら。
と、遠い目をしていた私を他所に、カロリーヌはお皿とフォークを貸していただけますか? と聞いてきた。断れず、仕方なく使用人に指示をした。もうさっさと食べてお帰りいただきましょう。それがいいわ。
「失礼いたします」
「あ……えぇ……」
お皿に乗せられた、カロリーヌ特製のチョコレートケーキ。私の分を用意され、隣に立ったアレットが毒見役として一口。疑ってはいないにしろ私は大公妃だからこれは必要な事。
知らなかったのか、カロリーヌは驚いているように見えた。貴方王太子の婚約者でしょう、と返したいところではあるけれど、面倒な事になりそうな予感がしその言葉は飲んだ。
使用人から、問題ありませんと合図をされフォークを手に取った。まさか、私がこれをここで口にする事になるとは思わなかったわ。
そして、平常心で口にする。口の中に広がるのは、チョコレートの味と、そして……
「どうですか? お口に合いました?」
「……赤ワインかしら?」
「そうです! 一口で分かってしまうなんて、さすがですね!」
小説の中でたびたび出てきたこのチョコレートケーキ。これには赤ワインが入っている。これは、あの上位階級のご夫人達を交えたお茶会の後に生み出されるお菓子。
アルコールやワインが苦手な方達のためにお菓子作りが得意なヒロインが作り出し、王太子の開いたパーティーで振る舞われる。
その時のチョコレートケーキが大好評となり、カロリーヌはそのレシピを惜しみなく皆に伝え流行する事になる。
小説でヒロインが使用した赤ワインは、ウェルディエ・ワインズの赤ワイン。だから、皆真似をするようにそのワインでチョコレートケーキを作るようになり、ウェルディエ・ワインズも売り上げが上がる事になる。
そんなチョコレートケーキを、まさかここで食べる事になるとは思わなかった。
「あっ、もっと持ってきたので、どうぞこっちも食べてください!」
「……ありがとう」
「ふふっ、ローズさんからお礼をもらえると嬉しいです……! 頑張って作った甲斐がありました!」
「あ、そう……」
一人で喜んでしまっているカロリーヌを、私はどうしたらいいのかしら。つまみ出しましょうか?
ディオンにパーティーで二人でのお茶会をしないように言われ、更には上位階級夫人達のお茶会であそこまで指摘された。それなのに、私と仲良くなりたいだなんて、どういう事?
もしかして……私って、舐められてるのかしら。




