第二十七話 遊戯 ①
目の前の姿見に映る自分の姿に、私は遠い目をしてしまった。
「あぁ、よく似合ってる。綺麗だ」
「……光栄です」
「何をそうむくれているんだ?」
「いえ……」
だから言ったのよ。赤じゃなくて大人しい青にしたいですって。今着てるこの赤いドレス、やっぱり派手すぎる。
しかも、今回のドレスはあろうことかマーメイドドレスにされてしまった。身体の形がバッチリ出てしまうから、あれから食事は全てダイエット食ばかりにして、今日は朝から何も食べていない。
しかも、今日はディオンがクスクス笑いつつも何でも食べさせようと構ってくるから本当に腹が立った。食べなかったけれど。
「帰ってきたらローズの好きなケーキを食べようか」
「……」
「ははっ、私の妻は美人だから何でも似合ってしまってこちらが困るな」
「……大公殿下こそとてもお似合いですよ。おひとりで会場入りなさってはいかがですか?」
「そんな意地悪を言わないでくれ」
意地悪? 意地悪なのはどっちよ。そっちでしょ。
赤だなんて派手なドレスだからパーティー会場に向かえば絶対に非難を受ける。それなのに、そこにマーメイドドレスですって? ふざけるのも大概にしてほしいのですが?
そもそも、マーメイドドレスは以前ブティックで登場しても人気がなかったドレス。身体の形がこうもばっちり出てしまうのだから当たり前よ。
そのため、Aラインドレスやプリンセスドレスがよく着られているのだから、きっと会場では私一人だけがマーメイドドレスになるでしょうね。
これは嫌がらせ? 絶対に嫌がらせよねこれ。
「とってもお似合いですよ、奥様」
「……ありがとう、アレット」
「メイドには素直に感謝の言葉を言うのか。さては照れ隠しか?」
な訳ないでしょう。
「……とってもお優しい私の旦那様は、会場で私を一人にするなんて事、しませんよね? 今日は絶対に離れないでくださいね?」
私一人を非難の的にしないでくださいね? 道連れですからね? そんな意味を込めて満面の笑みを向けた。
けれど、彼は私の笑みに満足げな顔を向けて軽く抱きしめてきた。
「ようやく素直になったな。言っただろう? 自分の可愛い妻を放ったらかしにするなんて事はないと。だから安心してくれ」
「……」
言質は取った。けれど、その眩しい笑顔がすっごく腹立つ……
安心してくれだなんて、出来るわけないでしょう。頭おかしいんじゃないの? ……そういえば、もうすでにおかしかったわね。
内心呆れつつも、旦那様のエスコートの元馬車に乗りこんだ。マーメイドドレスだから慎重に段差を登ったけれど、意外といけるのね、これ。
そうして向かった、王城のクリスタル宮。ついこの前私達はここで結婚披露宴を開いた。けれど、会場に入ってみると全然様子が違かった。
結婚披露宴の時よりもだいぶ煌びやかで輝いている。と言っても、私達の披露宴をそんなに豪華にしたわけではないけれど。
シャンデリアがいくつも吊り下げられているし、会場内は水色で統一されている。カロリーヌの瞳の色と一緒だ。
「こうも見栄を張るとは……我が甥ながら呆れるな」
でもそれはきっと、その叔父様が意地悪をしたから、ではないかしら。準備をしていたのに、披露宴に使うからこの場所を開け渡せなんて言っちゃうんだから。
でも、まぁセンスはいいと思う。さすがヒロインの王子様ね。
予想していた通り、私に視線が集まり、ヒソヒソ話が聞こえてくる。このドレスの事もあるのだろうけれど、きっとお父様の噂の件でしょうね。
今回、お父様達には欠席するよう私から言っておいた。だから今日この場にはお父様達の姿はない。こんなに騒がれているのだからわざわざ注目の的になる必要はない。
……いや、もし来ていたとしてもこんなドレスと紳士服を着ている私達の方が目立つかしら。
「招待いただきありがとう、エリク」
「叔父上、ご夫人、今日は足を運んでいただきありがとうございます」
そして今回の主催者である王太子は、当然のことながらパートナーとなった新しい婚約者であるカロリーヌを連れて私達のところへやってきた。
二人は、私達の装いに多少は驚いた事だろう。婚約を祝うためのパーティーなのに主役より目立つ装いをしてきたのだから。
カロリーヌのドレスはAラインのオレンジ色のドレス。流石ヒロイン、とてもよく似合っている。……私もAラインのドレスが着たかったわ。
けれど、目を見張りそうになってしまった。
「実は、そろそろカロリーヌとの婚約式の準備を進めようと考えているのです」
王太子から、『婚約式』という言葉が出てきたから。そして、王太子の隣にいるカロリーヌも驚きの表情を浮かべていたから。
婚約式は、小説ではまだ先の話ではなかったかしら……?
「……エリク様、その話はもう少し経ってからの方がいいってお話したと思うんですけど……」
「いや、婚約はしたのだから婚約式もしてしまおう。叔父上達もご参加いただけますか?」
「婚約式か。もちろん、家族なのだから参加しよう。招待状を待っている」
「ありがとうございます」
小説では、婚約式はだいぶ後のはずだった。それなのに、どうしてこのタイミングで?
気になる事はもう一つ。カロリーヌのその表情。驚きの他に、焦りもにじみ出ている。王太子は、カロリーヌはもう少し先と言ってもそのつもりのように見える。一体二人の間に何が起きているのかしら。
少しずつ、少しずつ、小説の内容が変わっていっている。それなら、これからどんな事が起こってしまうのだろうか。小説とどこまで変わってしまうのだろうか。
とはいえ、それを変えた原因はきっと私も含まれているでしょうね。
今回このパーティーで振る舞われたワインは私の所有するウェルディエ・ワインズのワイン。それだって、私がディオンと結婚したことによって小説と変わったことなのだから。このパーティーの時期がずれた事だってそう。
「あぁ、そうそう。実は今度、ウチで晩餐会を開こうと思っているのです。殿下もいかがですか?」
私のこの話に、談話をしつつ聞き耳を立てていた周りの貴族達は口を止める事でしょうね。結婚して初めての、私が主催する晩餐会なのだから。周りは私の行動をだいぶ気にしていらっしゃるようだから。
そして、それは王太子も同じ。普通であれば、結婚して初めて自分が主催する交流は友人達を呼んだ小さなお茶会くらい。それなのに、王太子まで招待する晩餐会ときた。
しかも、晩餐会となればブランシス大公家当主である旦那様も参加する事になる。旦那様はそういった場に全く顔を出さなかったようだから、気になるでしょうね。
「そうですか。では、カロリーヌと二人でお伺いいたします」
「わぁ、とっても楽しみです!」
「それはよかった。ですが、今回ご招待するのは上位階級の方々なのです。それでもよろしいでしょうか?」
それを聞いた王太子は、一瞬表情を止めた。私が言った上位貴族の中にはオーシャイン公爵も招待客に入っていると思った事だろう。オーシャイン公爵の娘は、殿下の元婚約者でありカロリーヌをいじめてきた人物。
パーティーならまだしも、晩餐会となると席が決められているため招待客達との距離が近くなる。しかも、上座から手前に階級が上の者から順番に決められている。きっと王太子はカロリーヌを自分の隣にしてほしいと要望する事だろう。けれど、それではオーシャイン公爵夫妻が隣となってしまう。
となれば、例えメルリアナ嬢がいなくとも、王太子はカロリーヌとオーシャイン公爵達を近づけたくないがために参加を見送ると考える。
「……そうでしたか。カロリーヌはまだ妃教育で忙しい身ですから、その日は私が伺います」
「えっ」
けれど、自分は王太子であるから、王族である叔父の妻が主催する晩餐会には参加しなくてはいけない。そのため自分一人での参加をするべきだと判断するでしょうね。
「分かりました。では、晩餐会の人数はそのままでご用意いたしましょう」
「……招待状、お待ちしています」
そのまま、というのは……私は最初からカロリーヌは招待するつもりはないという事。私達ブランシス大公家は中立派。だから、カロリーヌに対しての意見は出さないつもりだった。
けれど、数日前のお茶会で私はカロリーヌを参加させた。これについても、社交界では「ブランシス大公夫人は今の王太子の婚約者については反対ではないのかしら?」と言われているらしい。
とはいえ、あれで追い返してしまえば王太子の新しいこんやくしゃをあまりよく思っていないと意思表示する事にもなってしまう。だから、この手を使わせてもらった。
王太子と私のこの会話に、カロリーヌはだいぶ驚いているように見える。どうして自分が晩餐会に誘われたのに出席出来なくなってしまったのだろうと。しかも、それを決めたのは自分の婚約者である王太子。
本人である自分に何も意見を聞く事なく、決められてしまった。その事に彼女は一体何を思ったのか、私に笑みを見せてはこう言ってきた。
「……では今度、お茶会に誘ってもいいですか? ローズさん!」
「カロリーヌっ!」
「エリク様は駄目ですよ、これは女の子同士のお茶会ですからね」
「カロリーヌ、そうではなくて……」
またローズさんね。王太子は彼女を止めようとしているけれど、彼女のその態度ではこれは悪い事だと思っていないように見える。王太子の説教はただの意地悪とでも思っているのかしら。
けれど、何と返そうか考えていた時だった。私の腰に、手が添えられたのだ。隣にいる、今日のパートナー。
「二人きりか……それはやめてほしいな」
「えっ」
「妻を独占出来るのは私だけだからな。もし茶をしたいのであれば、妻に招待された時だけにしてくれ」
「もっ、申し訳ありません……!」
二人きりであるなら、私が招待しなければならない。けれど……これを言われてしまえばほぼ不可能という事になったわね。
さっきローズさんと呼んでいたから? でも、ディオンなら遠回しではなくどストレートに言いそうではある。
これもまた、愛妻家ごっこというやつかしら。一体どこまで続ける気かしらね。
とはいえ、そんな愛妻家ごっこに付き合わなければならない私の身にもなってほしいところではあるけれど、それを利用してしまっている私も私だが。
そんな事を思いつつ、離れていく王太子達を見送った。




