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全知の脇役令嬢は不幸な未来をぶっ壊す  作者: 楠ノ木雫


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第二十五話 嵐の前の静けさ ②


 使用人に二人を案内させると、客間は静寂に包まれた。



「はぁ……」



 私は今までイシス嬢と同じ立場だった。けれど、今はイシス嬢が私に頭を下げている。それを目の当たりにしてしまったせいで、迷いが生まれてしまった。


 まるで、あの婚約破棄後の私を見ているような気分だった。命がかかってる。だから、生き残るために必死だった。あれから、全ての原因となったロランを切り、計画通りではなかったとしても、今大公妃としてここにいる。小説とは、全く違う道を歩いている。


 同情。


 大公妃に、今の私にそれは許される事なのだろうか。


 その時、この部屋のドアが開かれた。ノックも声掛けもせずに部屋に入ってくるのはただ一人。



「ローズ」



 ディオンは、さっきの奴らは? と聞きつつも私の隣に座った。来ていたことを知っていても、私たちの話には全く参加しなかったのはどうしてだろうという疑問はあるけれど……もしかして、面倒だから、とか?



「用意しておいた部屋に案内させました」


「そうか。あぁ、面白いものが届いたぞ」



 そう言いつつ、懐から手紙を出してきた。それを私に手渡してきて、受け取ると……呆れてしまった。宛先は私だというのに、勝手に開封されているのだが。面白いものという事は、もうすでに中身は確認済みという事ね。


 まぁ、私としては別にいいんだけれど。それに、全くディオンに関係ないものというわけでもないし。


 でも、不思議に思った。この手紙は、ウェルディエ・ワインズからのもの。毎月売り上げなどの報告書がこちらに送られてくるけれど、今月の分は一昨日に届いていた。ならこれは? そう思いつつ、便箋を取り出し目を通した。



「えっ……」



 つい昨日王太子がワイナリー本店にやってきた、ですって?



「お義父上の噂を聞いて慌てたようだな。我が甥ながらに呆れる」


「……」



 それは、ワイナリーを買い取りたいという内容だった。お父様がウェルディエ・ワインズを狙って脅しているという噂が流れているから、なのでしょうね。


 この後婚約祝いパーティーがあるためか、数日前に王太子がウェルディエ・ワインズの赤ワインを大量購入したことは報告されている。それについては驚かなかったけれど……まさか、丸ごと買い取りたいとは。


 こんな事、小説にあったかしら? なかった気がするのだけれど。



「金は惜しまないと言ってきたらしいが、果たしてその金はどう用意するつもりなのだろうな」


「……へそくりですかね」


「王室は国民から取った税金で運営しているからな。まぁ、そのワイナリーをどうするつもりなのかは知らないが、甥は誰かからお小遣いでも貰っているのか?」



 不敬ですよ、と言いたいところではあるけれど……彼もまた王族。私も王族ではあるけれど、これは聞かなかった事にしてスルーしておこう。


 報告書によると、その所有者の名は教えなかったらしい。たとえ相手が王太子であっても秘密は()らさない。流石、ディオンが選んで投資した責任者ね。


 王太子はそのまま仕方ないなと帰っていったみたいだけれど、きっとまた来るかもしれないと責任者は言っている。そこまでして、このワイナリーが欲しいのね。


 もしかして、あのお茶会が原因? 本来なら、カロリーヌがあの場で飲みすぎちゃった事を話しに出して周りが便乗し、とある一言でワイナリーがもっと一躍有名となる。となると、カロリーヌが王太子の前でそれを言ったのかしら?


 王族の情報網については分からないけれど、もしそうだったとしたら、このワイナリーの所有権を持っているのが私だという事実に辿り着くかもしれない。


 もし、王太子本人にワイナリーを譲ってくれと言われたら、私はどう答えたらいいかしら。相手は王太子なのだから渡してしまうのも一つの手ではあるけれど……



「ん? どうした、ローズ」


「……いえ、なんでもありません」



 きっと、ディオンが許さないわよね……


 ディオンはお茶会の日、行き先を全く言わずに出掛けていった。軽く聞いただけではあるけれど、さらっと流されてしまった。


 彼はいつも私と一緒にいてはからかったりと仕事をしているところを見たことはない。貴族の当主の仕事であるの領地経営は、そもそも領地など持っていないからしなくていい。


 大公という地位にいらっしゃるのにどうして領地を持っていないのか。それは王室に強制的に押し付けたから、が正解。これも有名な話ね。


 邸宅や使用人の管理などの仕事は、全て執事に押し付けている。私のことに関しては自分でやると初日に伝えて任せてもらったけれど、他はすべて執事が担っている。


 けれど、彼は鋭い観察眼もあり頭も切れる人だと思う。あの婚約破棄事件の最中に私を見つけ、そして私の視線の先まで見抜いた。


 結婚式後の初夜だってそう。なら何故、私と結婚し、ミラージス侯爵とラモシス伯爵の名前を出し私を問い詰めたのか。


 一体、この人は何を考えているのかしら。それが分からないから、あまり怒らせたくない。


 となると、ワイナリーの所有権は王太子に渡さない方向で所有者のみ明かしたほうがいいかしら。私が所持している、と分かれば同じ王族である叔父、大公殿下がそばにいる。しかも、元々の所有者は叔父なのだから、下手に手は出せない。


 それに、お父様の努力もあるし……と苦笑いで荷物を見つめてしまった。


 その時だった。ディオンの手が、私の頬に添えられた。



「ローズ」


「……」


「お前は私の妻だ。なら、お前の好きにしていい」



 と、キスをしてきた。予測通りの返答、ではあったけれど……期待のまなざし、何かを期待している視線が、私の瞳を見据える。視線が、外せない。


 私に、何を期待しているの……?


 この意味は、ワイナリーの事でもあるだろうし、イシス子爵家の事でもあるのだと思う。


 なら、ディオンの期待を裏切らない行動をしなくてはいけないという事になる。自分は彼の妻なのだから、裏切るなんて事は、絶対にしてはいけないと警告音まで聞こえてきそうな気分だ。



「……好きにしていい、という事は……私が家出をしても黙ってここにいてくださいますか?」


「ははっ、今日のローズは意地悪だな」



 意地悪なのはディオンの方でしょ。そんな意味を込めた視線を向けたが、クスクス笑いつつもまたキスをしてくる。分かっていて言ってるんでしょうね。


 今まで、私のいる場所の中心にはメルリアナ嬢が立ち、そして周りの私達は脇役として存在していた。自分達を守るためでもあった。それが今、こうなった。


 私は大公妃となって、メルリアナ嬢と同じような分類の人物になってしまった。であるならば、私はどう振る舞えばいい?



「……アレット、レターセットを用意してちょうだい」


「かしこまりました」



 壁の近くで待機していた彼女にそう指示をすると、私の手を握ってきたディオンに目を向けた。もうそろそろ離れてほしいのだけど、それは無理そうでもあるわね。私が手紙を送る相手が気になるのかしら。



「どこに送るんだ?」


「……最近出来た友人です」


「ほぉ、男か」


「はい」


「それは妬けるな」



 妬ける……本当にそう思ってるのかしら。そちらはただの愛妻家ごっこなのだろうけれど、一体どこまで続けるつもりなのかしら。



「そうですか?」


「お前は私の妻だろう。夫をいじめないでほしいな」



 ……いじめているのはそちらでは?



「私は浮気という言葉が一番嫌いですから、安心してください」


「そうじゃない」



 ……そうじゃない、とは。


 浮気はしないとはっきり言っているし、私のこれまでの事を考えれば分かる事でもある。それなのに、ご本人は不満気な表情を見せてくる。一体何を思ってそう言い出したのかしら。



「私のいないところで妻にベタベタ触られるのが嫌なだけだ」


「まぁ、とっても模範的な旦那様ですね」


「そう思うなら、そんな男より私に構ってほしいのだが?」


「……そうですか」



 構ってほしい、だなんて……四六時中一緒にいるというのにまだ足りないと? どれだけこの愛妻家ごっこを楽しんでるのよ、この人は。そんなに楽しいのかしら。全くもって理解不能だわ。


 ……まぁ、私もその場ででっち上げた旦那様の惚気話を利用してはいるけれど。恥ずかしくはあるけれど、使い勝手がいいのよね。



「……構ってほしい、という事は……私からのお願いも聞いてくれる、という事ですか?」


「ローズからのお願いであればいくらでも聞いてやる。さ、言ってみろ」



 私は幸せになりたい、両親と一緒に。ヒロイン達の愛の試練の為に、誰かの都合の為に利用されるなんて事ははなからごめんだ。幸せ、それが一番望んでいる事。でも、この立場になってしまい本当にそうなるだろうかと思ってはいる。ならば、その道を切り開く必要がある。


 なら、大前提として……この泥臭い社交界で生き残らなければ、意味がない。


 そのためならば、使えるものはすべて使わせていただくわ。



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