第二十四話 嵐の前の静けさ ①
そろそろ王太子が主催する婚約祝いパーティーが催される。
けれど目前だというのに、新しい噂が社交界に飛び交いざわついていた。
お茶会の終わりにリトナ夫人が教えてくれたイシス子爵の密輸疑惑、そしてワレトミー夫人の王族に対する不敬。そして……もう一つ。
〝我が実家であるアルベール家の当主、アルベール子爵が、とあるワイナリーに目を付け脅迫して手に入れようとしている。
という噂が流れている。
最近大公家に嫁いだ大公夫人の実家だから皆大きな声で言えないみたいだけれど、皆実家の方に注目しているようね。
「娘が大公夫人になったから、調子に乗ってる、ね……」
あとは、爵位を上げ上位階級入りを企んでいる、だったかしら。ウチは子爵家だから下位貴族の中で一番上。一つ爵位が上がれば伯爵となり上位貴族の仲間入りとなる。
とはいえ、お父様の事をよく知っている私としては、そんな事を企んでいない事は一目瞭然。イシス子爵家兄妹が持ってきてくれたお父様からの手紙にもその事が綴られていたからこれは確実ね。となると、誰かが何らかの目的で社交界に嘘の情報を流した、という事になる。
まぁ、あのお茶会の後ではあるから、ワレトミー夫人の可能性は高いわね。だいぶ悔しがっていたから。
ワレトミー夫人はお茶会に出向けなかったとしても、彼女と縁のある、そして侯爵より身分の低い女性達に命じれば社交界にその噂を広める事は出来る。
「お父様は、心配いらないって言うけれど……」
手元にあるお父様の手紙には、この件に関してはこちらで何とかするから心配はいらないと綴られている。とはいえ、実の娘なのだから心配するに決まってる。
きっと、大公夫人となって忙しくしているだろうから負担をかけないように、と思っているのかしらね。
この噂については調べてみないと分からないけれど、もし犯人がワレトミー夫人だったとしたらその原因は私にある。だから、私のせいで実家を攻撃される事は黙っていられない。
「奥様、こちらのお荷物はいかがいたしましょう」
「そこに置いておいて」
「かしこまりました。それと、こちらのお手紙も届いておりました」
お父様は、たくさんの贈り物の中にとある物を入れてくれた。心配するな、という意味を込めて贈ってくれたのだろうけれど……親に守られるだけの娘ではいたくないわ。
そう思いつつ、別の送り主の手紙を受け取った。
手紙を持ってきてくれたのは、私の専属メイド『アレット』。私より一回り年上の、スカイブルーヘアーがとても似合う女性。特に、私を見つめる同じくスカイブルーの瞳がとても素敵だと第一印象で思った。
彼女は私と同じ下位貴族のご令嬢でもあり、今回の社交界で広まっている噂を聞きつけて伝えてくれたのも彼女。だから、彼女はとても頼もしいと思っている。
そしてディオンはもう一人、専属護衛騎士の『セザール』を付けてくれた。彼もアレットと同じような歳で、だいぶガタイの良い見た目強そうな騎士。
大公家で当主が王族であるから、命を狙われることがあるかもしれない。そう考えるととても頼もしいわね。
とはいえ、フレンドリーで仕事の出来るお姉さんのようなアレットとは違い、セザールはだいぶ無口な人。仕事は……護衛中を見て過保護のような気がするけれど、戦っているところを見たことがないからどうなのかは分からない。
とはいえ、大公家の騎士なのだからきっと強い人なのだろうけれど。
「奥様、お連れしました」
「えぇ、入ってちょうだい」
私のいる客間に、とあるお二人が来訪者として使用人に連れられ入ってきた。とある子爵家の兄妹、でも実家の使用人が着用する制服に身を纏った姿で入ってきた。
「お許しをいただき、身に余る光栄に存じます」
「ありがとうございました、大公妃殿下……」
「お気になさらず。どうぞお座りください」
彼らは、今密輸疑惑が浮上しているイシス子爵家の嫡男と、令嬢だ。
お二人とは、最後に会ったのは私達の結婚式の披露宴。そして、妹である令嬢とは、その数日前に行われた王太子主催のカロリーヌを交えたお茶会でも顔を合わせた。
そんな二人が、今ここに使用人に変装してやってきたのだ。
それは、数日前。とある一通の手紙が届いた。その送り主はお父様であり、とあるお願い事が綴られていた。私はそれを了承し、すぐに私宛の荷物がブランシス大公邸に送られてきた。
それを持ってきたのは、実家の使用人一人と彼ら二人だった。
今、イシス子爵は密輸疑惑で囚われの身となった。領地にある邸宅が抑えられたけれど間一髪で二人を逃がしてくれたらしく、二人は隣の領地であるアルベール子爵家のお父様達に助けを求めた。その事をお父様が私に手紙で伝え、そして私が承諾し二人を使用人として変装させこちらに送ってきた。
「手紙で事情は聞いていますよ。大変だったことでしょう。それで、私に話がしたいという事でしたが……」
「はい、我々イシス子爵家は密輸などしておりません。これは我が領地の隣に領地を構えるワレトミー侯爵が仕組んだ事なのです。ですが、訴えたとしても階級があまりにも違いますからこちらが何を言ったところでワレトミー侯爵に握りつぶされてしまいます」
「大公妃殿下! どうか、我々を助けてくださいますでしょうか! 何でも致します! 何でも致しますから……どうかお助け下さい……!」
二人は、座っているソファーから腰を下ろすと、そろって土下座をしてきた。貴族としてみっともない事ではあるけれど、それを承知でしている行動だという事が、二人の必死さで理解出来た。
密輸となってしまえば子爵は一生牢屋、そして領地は返上となり家族達は路頭に迷う事になる。
やってもいない罪で脅かされるなんて、冗談では済まない。
これに関しては二人の言葉は正しい事だと小説を読んだ私には分かる。けれど、私は大公妃殿下。となると、どうしたものか。
「そう、ですね……その密輸疑惑が仕組まれた事だという証拠はここには全くないという事を前提に置きましょう」
「「っ……」」
二人の様子を見るに、それを承知で捨て身の覚悟でここにやってきたという事ね。
「あぁ、お二人を今すぐ王城の牢屋に送るなんて事は思っていませんから安心してください。この件に関して、まずは旦那様と相談する時間をいただきたいですわ。ですから、部屋を用意しますからお二人はまずゆっくり休んでください」
時間が欲しかったのは本当の事。ディオンに相談する事も必要ではあるけれど、どうせ好きにしろとでも言うのだろうなと分かり切っている。だから、私の気持ちの部分で時間が欲しかった。




