第二十三話 サロンに潜む毒蛇 ③
そうして、ようやく恐ろしいお茶会は幕を下ろした。
何回か肝を冷やしたり恥ずかしくもあったから、さっさと帰りたい。帰って美味しい紅茶が飲みたいわ。
そう思っていた時だった。
「ブランシス大公夫人」
「……はい?」
私とすれ違うはずだったリトナ夫人が、私の横で足を止めた。視線は、そのまま。
「つい昨日、イシス子爵に密輸の疑いが浮上しましたわ」
「えっ……」
「このままいくと、近々お家潰しとなるでしょう。夫人も、お気をつけあそばせ」
「……ありがとうございます」
「いえ、侯爵夫人として、大公妃殿下にご報告をさせていただいただけですわ」
イシス子爵、ね……密輸の疑い……
そんな事を思いつつ、リトナ夫人に一言吹き込む。
「……今日の事は、きっとすぐに社交界に広まる事でしょう。王族が上位貴族の侯爵夫人に、階級を忘れたおもてなしをされた、と」
「違いありませんわね。後の事を考えず感情で動いてしまうとは、同じ侯爵夫人として呆れますわ」
その一言を残し、リトナ夫人は足を進め離れていった。
イシス子爵の令嬢は、私と同じくメルリアナ嬢の脇役。気を付けろ、というのは……メルリアナ嬢の件に関してなのかしら。となると、このままでは実家も危うくなる。これに関しては、もう少し考える必要があるわね。
今回のお茶会に関しては、ワレトミー夫人が決められたルールを破り王族に不敬な行動を取ったせいで、リトナ夫人は怒っていらっしゃるでしょう。そして、それはすぐ社交界に広まる事でしょうね。となると、他の方はワレトミー夫人に近づくようなことは出来るのかしら。
ワレトミー夫人が社交界に顔を出すのは……全員参加となる王太子殿下主催の婚約祝いパーティーかしら。
さて、どうなるかしらね。
そんな時、後ろからカロリーヌの声がした。
「ローズさん!」
「……」
振り向くと、笑顔で私に駆け寄るカロリーヌがいた。けれど、またローズさんですか。
「先ほどは申し訳ありませんでした。でも、ローズさんの大人の対応に私感動してしまいました! 歳は同じくらいなのに、私とは全然……」
「ちょっとあなた、無礼よ!」
「あっ……」
今度は何だ、と思っていたら、カツカツとヒールの音を鳴らしながら近づいてくるご夫人が一人。さっきの声の主だ。
その相手とは、私の叔母であるベルナール侯爵夫人。
「この子を誰だと思っているの。この国の大公妃殿下よ。男爵家の令嬢風情が、きやすく話しかけていいわけないじゃない! 分を弁えなさい!」
私の隣に立っては、カロリーヌを睨み散らす。声が大きいからもうちょっと音量を下げてもらえると嬉しいのですが。
それより、この前あなたの息子の浮気を暴露しその後全裸で追放した張本人の味方になっていいのかしら。きっと屈辱的だったでしょうから今日は私に声をかけられないようさっさと帰ると思っていたのに。
ベルナール侯爵がこちら側に付いたから分からなくはないけれど、この態度はやめてほしい。
「あっ、ご、ごめんなさい……」
「ごめんなさい? 違うでしょ。教えてもらわないと出来ないのかしら?」
「あ、申し訳ございませんでした……」
「はぁ、これだから下位貴族の男爵令嬢は。誰かに言ってもらえないと出来ないなんて、一体どんな教育を受けたのかしら。それに比べてローズは素晴らしいわ。先ほどの対応も的確なもので感心しちゃったわ。叔母として誇らし……」
「ベルナール侯爵夫人」
満面の笑みで、彼女の言葉を遮った。その言葉に、彼女は口をつぐみ、そしてぴたりと動きを止め顔をこわばらせた。
「今はプライベートではございませんよ」
その言葉で、彼女は理解したらしい。すぐにスカートの両端をつまみ頭を下げた。
「も、申し訳ございませんでした……大公妃殿下……」
訳、カロリーヌに強く言っているけれど、あなたも出来ていませんよ。他人に上から目線で指摘するより、自分を見直した方がいいのではなくて?
自分の親戚が王族に嫁いだとなれば、自分の立場の事も考えてゴマすりをしておいた方がいい、そう考えているようね。とはいえ、悪いけど親戚に構っていられるほど暇じゃないわ。
「大した要件がないのでしたら、ここで失礼致しますね」
大公夫人としての仕事や、ディオンやカロリーヌ達の事で精いっぱいなのに、これ以上苦労を増やさないでほしいわ。
これから婚約祝いパーティーが待ち受けてるし、さっきリトナ夫人から教えてもらったイシス子爵家の密輸疑惑もある。
早急に、対処しなくてはいけないわね。




