第二十二話 サロンに潜む毒蛇 ②
序盤から問題発生ではあったけれど、ようやくお茶会が始められた。
今回のこのお茶会でカロリーヌの登場に周りは驚いた事でしょうね。けれど、私はこの事を予測していた。小説で、婚約祝いパーティー後のこのお茶会にカロリーヌが参加したからだ。
お茶会早々にこんな事になるとは思っていなかったけれど。
けれど、困ったわね。話が進んでいくけれど、小説で出てきた内容がこの会話の中で出てくるとは思えない。さっきの事が原因でだいぶこの場がピリピリしてしまっているのだから。
小説通りなら、ここで今有名なワイナリーの話が出てくる。
「そういえば……皆さんは今巷で有名なワイナリーのワインはもうお飲みになりました?」
「【ウェルディエ・ワインズ】の事よね」
私が待っていたものが、カロリーヌの口から出てきた。ようやく出たわね。
……ディオンから貰った、ワイナリーの名前が。
「もちろん、毎日夕食で旦那様と楽しんでいますわ。どんな食事にも合ってお気に入りなんです。特に、赤ワインの方が好みですの」
「ウェルディエ・ワインズのワインはどれも口当たりの良いものばかりですからね。風味も素晴らしいですし」
けれど……こんな状態で、あの話が出るかしら。
いや、そもそも出たとしてもその展開になるかどうかは、この状況からして分からないわ。
「私もウェルディエ・ワインズのワインをエリク様と一緒に頂いたことがあるんです。とっても美味しいワインでした。とっても飲みやすくて、お恥ずかしながら少し飲みすぎてしまいました」
「殿方の前で貴重なワインを飲みすぎるなんて、淑女としては失格だわ。しかも、そのお相手はこの国の王太子殿下。すぐにその悪い癖を治した方が身の為よ」
そんなヒロインの発言に、ぴしゃりと一刀両断をしたのは、リトナ夫人だった。
怖っ……
「あっ……申し訳ありませんっ……」
「リトナ夫人、言いすぎですよ。彼女はまだご令嬢なのだから、そこは大目に見てあげなくては……」
「大目に? そこのお嬢さん、貴方まだ自分が令嬢だから許されるとでも思っているのかしら」
そうして、リトナ夫人とワリトミー夫人の言い合いが始まってしまった。いや、そうじゃない、そうじゃないの。
本来なら、ここで確かにそうよねと皆口々にそう言うはず。そこで、ふとカロリーヌが口にしたことがきっかけでそのウェルディエ・ワインズが急激に売り上げを伸ばす出来事となり、国内外でも一躍有名となる。
……はず。
「そういえば、つい先日までご令嬢だった方がここにいらっしゃいますね」
これでは無理ね。ワレトミー夫人が話を変えてしまったし。
しかも、今は知られていないけれど、そのワイナリーの所有者は私だなんてことが分かってしまえば……どうなるか分からない。
「先日の結婚式に参列させていただいたのだけれど、確かウェディングドレスの色が黒だったかしら。皆さまも思いませんでした? 黒だなんて不吉な色でしょう? それなのにその色をウェディングドレスに選ぶだなんて。それでも大公家の夫人としての立場を分かっておいでなのかしら?」
ワレトミー夫人は先ほど私にお茶会の参加を禁止されたからか私に攻撃的になっているようね。私は大公夫人にふさわしくないとでも言っているかのような発言だわ。
けれど……私としては本当の事を暴露したいところではある。あれは旦那様が勝手に用意しただけであって、私は白が着たかった。きっとそれをお伝えすればここにいらっしゃる方々はすぐに納得してくださることでしょうし。大公殿下の変人ぶりは皆ご周知の事でしょうし。
けれど、それを言えばワレトミー夫人はどう返すかしら。あれだけ攻撃的な態度を取るのだから、大公妃の資格はないわと社交界に言いふらし離婚を突きつける事でしょうね。
……ディオンが何を言い出すかは別として。
となれば、私は大公夫人として振る舞うしかなくなる。面倒なことになる前に、黙らせるに限る。
「……あら、白でないといけないなんて決まり、あったかしら?」
「まぁ! 私が悪かったわね。元下位貴族のご令嬢なのだからこれだけではご理解いただけないわよね」
……カチンと来たわね。こんなに大げさな揚げ足取りを身分が上の方になさるだなんて、上位階級の侯爵夫人がやっていていいのかしら。
けれど、やられっぱなしは癪に障るわね。
「大公殿下は王族。結婚なさったという事は夫人である貴方も王族の一員となった。その意味をちゃんとご理解なさっていないから、黒のウェディングドレスをお選びになられたのではなくて?」
「白でないといけないと、王国憲法の何ページに記載されているのかしら」
「……書かれている書かれていないではなく、王族の一員となったのだから国民のお手本にならなければなりませんと言っているのです。それなのに黒のウェディングドレスだなんておかしいわ。お手本であるなら白であるべきでしょう?」
……なるほど。確かに今の国王陛下と王妃殿下の結婚式では、白のウェディングドレスとタキシードを着ていらっしゃった。それに従え、という事かしら。
「お手本? となると、この国では白のウェディングドレスしか着てはいけないと言っているようなものだわ。国民から自由を奪うのがあなた方の理想とする国のあり方なのかしら?」
「っ……」
王国憲法において、白いウェディングドレスしか着てはいけないという事は書かれていない。むしろ、最近はピンクや水色など綺麗な色のウェディングドレスが流行っている。
確かに、黒は不吉な色と思っていらっしゃる方はいるけれど、黒が不吉だと思わない方だっている。
「結婚式とは、人生において一番の晴れ舞台。夫婦の思い描く幸せな第一歩を踏み出せる大切な日に、あなた方のようなお堅い考えを押し付けるなんて、私はごめんだわ」
「ですがっ……」
「ですが、何かしら」
ワレトミー夫人は、悔しがるような表情を見せた。これは言い返せないのね。
……それよりも、夫婦の思い描く幸せな第一歩、だなんてよく私の口から出てきたわね。
「ですが、婚約式すら行わなかったではありませんか!」
「旦那様が、早く私との結婚生活を送りたいとおっしゃったのですよ。そんな事をお願いされて否定なんて出来ないでしょう? ですから、仕方なくです」
「ですが、婚約式は決まりとして……」
「決まり? 一体誰がお決めになったのかしら。やむを得ず婚約式を省略する事だって出来るはずよ? あなたのおっしゃる王族のあるべき姿を言うのであれば、幸せな姿を国民に見せるのもその内の一つではなくて?」
「っ……」
ワレトミー夫人は言葉を詰まらせた。そして、「失礼いたしました」と口を閉ざした。
……恥ずかしい。だいぶ恥ずかしい。披露宴でも恥ずかしい思いはしたけれど……これもこれで恥ずかしい。
けれど、そのやむを得ず、というところにはかぶりついてこなかったわね。……ディオンがわがままを言ったから、がやむを得ずなのだけれど。
とはいえ、もしここにディオンがいたら……もっと恐ろしい事になっていたかもしれない。だから、いない事が幸いなんだからこれくらい我慢出来るわ。
ディオンの耳に入らない事を祈って。




