第二十一話 サロンに潜む毒蛇 ①
「お出かけ、ですか」
「あぁ、急用が出来てな」
今朝、珍しくディオンが朝から出かけていった。彼は私が結婚してからずっと私と一緒にいて、仕事をしているようには見えなかった。
本当に遊んでいるだけなの? と思ったけれど……たまに執事から報告が上がり指示をしているように見えた。声は小さかったから、仕事なのかどうかは分からないけれど。
小説では出てこなかったから内容は全く予測出来ない。一体どんな事をしているのかしら。でも、本人には聞けないし……
「そう寂しがるな。今日中に戻ってくる」
「……お気をつけていってらっしゃいませ」
けれど、一言も言わずにキスをしてくるのは本当にやめてほしい。そして、寂しがっているなんて事は微塵も思っていません。そんな意味を込めて満面の笑みを向けた。対する彼は、いつものように笑いつつも玄関を出ていった。
……私、これからお茶会なのだけれど。寂しがるなんてそんな余裕はないし、そもそも寂しがるようなことすら全くない。むしろ解放されて安心出来るが。
まぁそれよりも、これから行われるお茶会に専念した方がいいわね。
小説で出てくるイベントの一つである、上位階級のご夫人達を交えたお茶会。
『白薔薇の茶会』
……そう、上位階級のご夫人達を交えた、お茶会。
「……はぁ」
そりゃ、ため息もつきたくなるわね。
上位貴族の夫人達は、定期的に集まりお茶を楽しむ。それは、小説の中でもたびたび出てきては情報交換が行われた。
そして今回、私もこのメンバーの一人となった。
私は大公夫人であるから、その中で一番上の階級となってしまう。けれど、まだ19歳と若い年齢であり、良い噂のない大公のご夫人なのだからあまりよく思われていない事でしょうね。あの披露宴での事もあるから当然だわ。
だから、今回どうなるか、少し恐ろしくもある。
「本日はご足労いただきありがとうございます、ブランシス夫人」
「ごきげんよう、ワレトミー夫人」
お茶会は、たびたび会場が変わる。主催する担当が順番で回ってくるらしく、今回はワレトミー侯爵夫人だった。小説での夫人はカロリーヌの良き理解者であり、カロリーヌが困っている時には進んで手を貸すほどの仲だった。
「ごきげんよう、ブランシス大公夫人」
「ごきげんよう」
会場は、ワレトミー侯爵邸の温室。流石侯爵家とでも言わんばかりの豪華な造りね。
私は一番上の階級だから、最後の会場入りとなる。温室に案内され、私の席に。もう皆さんお揃いのはずなのだけれど、見えない顔が一人。
「オーシャイン公爵夫人は欠席なさいました。その代わりに、ゲストを一人お呼びしていますの」
小説ではオーシャイン公爵夫人は今回と同じように欠席していた。そして、ゲストが来た事もその通りだ。
ワレトミー侯爵夫人はそう言いつつも、視線を温室の入口の方に。そして、現れた。
「いらっしゃい、カロリーヌ」
この小説のヒロインである、カロリーヌが案内人によってこの温室に連れられた。
この様子に、驚く者や喜ぶ者、そして静かに見ている者と様々。けれど、その中で一番鋭く冷ややかな視線を主催者に向けていた夫人が一人。
「ワレトミー夫人、これは一体どういう事かしら。白薔薇の茶会は上位貴族が参加するお茶会だと理解しているわよね?」
「えぇ、それは十分理解していますわ、リトナ夫人。ですが、先ほども言ったでしょう? ゲストだと」
冷ややかな鋭い視線をワレトミー夫人に向けるリトナ夫人。だいぶ、お怒りなように見える。
小説ではそのまま何事もなくお茶会が始まったけれど、彼女の性格と今回の婚約の件に関する意見を見れば、この様子も分からなくもない。
「彼女は王太子殿下の婚約者であってもまだ男爵家のご令嬢に過ぎないわ。勝手な事をされては社交界が乱れると分からないのかしら。上位貴族の夫人は社交界でどうあるべきか。それを忘れたとは言わせませんよ」
「あら、それは失礼しました。私はただ、今回の主催者として場を盛り上げたいと思って参加させただけですわ。でも、悪いことをしてしまったのであれば……それ相応の処罰が必要ですわね」
そう言って、ワレトミー夫人は私に視線を向けた。
……私?
「これは上位階級の集まりです。ならば、このお茶会を管理なさるのは階級が一番上である大公夫人ですわ。でしたら、その処罰を与えるのもあなたです。どうなさいますか?」
なるほど、ワレトミー夫人は私にどう処罰をするか決めろと、そう言ってきたという事よね。
確かに、ワレトミー夫人の言い分は正しい。この中で一番身分が高いのは私だ。けれど今回初めての参加になり、しかもまだ19歳とここでは最年少、しかも元子爵令嬢にその判断をさせるとは……思い切った事をしたわね。
けれど、その目。嘲笑うかのような視線を向けてくる。どうせこんな小娘なんだから、ちゃんとした判断は出来ないでしょうとタカを括っているということよね。
……馬鹿にされている、という事がよく分かるわ。なるほど、ワレトミー夫人が私をどうお考えなのか、よく分かったわ。
「そうですね……今日は参加を許しましょう」
「大公夫人」
リトナ夫人の、私に刺さる鋭い声が痛いけれど、小説通りに進めるのであればこれが一番最適。
ここできっぱりと彼女を追い出すようなことをすれば、私が王太子とカロリーヌの婚約に反対していると示してしまう可能性がある。ワレトミー夫人の思惑は分からないけれど、そんな事をすればある事ない事尾ひれを付けまくる事でしょうね。
とはいえ、彼女の参加を許可したことによって王太子と新しい婚約者の婚約に賛成したと思わせる事はするつもりはない。私の旦那様である大公殿下は中立派なのだから。
それに、やられっぱなしは癪に障るわ。
「ですが、このお茶会は上位貴族の夫人達の特別な集まりです。そんな場所に下位貴族のお嬢さんを連れてくるなど、言語道断。彼女には今後の参加を禁止するのはもちろんの事。それと同時に、彼女を参加させたワレトミー夫人も今年中のお茶会全て参加を禁止します」
「なっ……!? そこまでする必要はないでしょうっ!!」
このお茶会は、一年に何度も開催される。その度に主催者が代わり、今回はワレトミー夫人の番となっていた。
彼女はこれはやりすぎのように言ってくるけれど、来年からは参加していいわけだし、他にもお茶会は開けるのだから問題はないわ。
とはいえ、今回の件が社交界に広まり、大公妃がこの処罰を下したのだから自分達もお茶会などに呼ぶべきではないと考える上位貴族もいるかもしれないけれど。
ワレトミー夫人が催したお茶会でも、行くべきではないと何か理由を作って不参加にする人もいる可能性はあるわね。
まぁでも、そこら辺は私には知ったこっちゃないわ。処罰をしろと言ったのはそっちなのだから、素直に受け入れるべきよね。
「今回の主催者を任されたにもかかわらず、事前の報告もなしに勝手に参加させたのはどこのどなたですか?」
「っ……」
「このお茶会は、上位貴族夫人の交流を深めるとともに、優良な情報交換や意見交換をする特別な場となっています。そんな貴重な場に、一番下の身分であり、しかもご令嬢であるお嬢さんをゲストとして参加させる。そんな行動を簡単な処罰で許すことは出来ません」
王太子殿下は、国で定められた法律、王族の伴侶は上位貴族または王族と定められていたものを無視し彼女を選んだ。小説であるならばそれは許されることだろう。けれど、この国の政治としては誉められたものではない。
だから、ここで引くわけにはいかない。私はこの国の王弟の妻となり王室に入り、中立派であるブランシス家の夫人となったのだから。
「ですがっ……彼女は王太子殿下の婚約者ですわっ! 将来はこの国の王妃として国王を支える立場になるのですから、今のうちからこういった場に慣れさせた方がいいと思いませんの!?」
「ですが、まだ男爵令嬢でしょう?」
「っ……でもっ」
「違いますか?」
「っ……」
「皆さんはいかがです?」
社交界は、政治にかかわる大事な場所でもある。それは、リトナ夫人もよく分かっていらっしゃる。だから、管理をし厳しく取り締まってきた。けれど、私が大公となってしまったがために彼女が徹底的に管理する事が難しくなった。
この国は階級に重きを置いているのだから当たり前の事。
となれば、私も同じく甘い気持ちでいるわけにはいかない。
思った通り、周りに意見を求めると、皆戸惑いの顔を浮かべている。
「わたくしは大公夫人の意見に賛成いたしますわ」
「リトナ夫人っ!」
「他ならぬ大公夫人の意見です。階級が一番上の方に従うのは当然のことでしょう。階級を重要視するのも、貴族にとっては当たり前のこと。そして、わたくしも夫人の対応はそれ相応であると思いますわ。ですから、私は賛成いたします」
「っ……」
リトナ夫人のその意見に、周りは戸惑っているように見える。とはいえ、周りと顔を合わせては頷いている夫人達もいる。
それだけ、リトナ夫人の意見は大きな影響力を持つという事。
「本来であれば、そこのお嬢さんはすぐに追い出されてしまっていたでしょうけれど、大公妃殿下のお心遣いに感謝なさい」
お心遣い……そんな事は一切思っていなかったとは口が裂けても言えないわね……ワレトミー夫人の思惑もそうだけど、ただ小説通りにした方がいいのではという気持ちもあったし。
「私も賛成です」
そう静かに発言したのは、ミラージス侯爵夫人。さっきまで静かに場を探っていたようだけれど、私の意見に賛成してくれるとは思わなかったわ。
「少し生ぬるい気もしますが」
少し冷ややかな視線をこちらに向けたミラージス夫人。生ぬるい……ね。
ミラージス侯爵家は王族派。けれど、カロリーヌに対して厳しい態度を取った。それは、このお茶会の重要さを思っての発言か、新しく迎えた婚約者への意見があってのことなのか。
「私も賛成ですわっ……!」
次に賛成したのは、ベルナール侯爵夫人。私の叔母であり、ロランの母親だ。けれど、顔には焦りを見せている。きっと、以前に行われた披露宴での事があっての表情でしょうね。
謹慎開けでしょうから、今回この場に来る事だってきっとためらった事でしょうし。
そして周りも「わたくしも……」と賛成の意を示してきた。きっと、リトナ夫人の意見と、私の階級を見て否定するのは得策ではないと思ったのでしょうね。
けれど、視線を感じた。それは、カロリーヌだ。だいぶ驚いているように見える。一体何を思っているのかしら。
ワレトミー夫人はカロリーヌの一番の理解者。けれど、彼女がこのお茶会に来られなくなったところでカロリーヌがヒロインだということに変わりはないし、カロリーヌには他にも理解者や同情する夫人達がいる。
だから、この処罰を与えたところで何の問題もないはずだ。
カロリーヌにこのお茶会の参加を禁止したけれど、別にそうなったところで何も問題はない。王太子妃になれば自分からお茶会を主催し呼ぶことが出来るのだから。
「さ、お茶会を始めましょうか」
そんな私の一声で紅茶が私達の目の前に並べられた。
……本当に、冷や冷やしたわね。けれどリトナ夫人が賛成してくれたのだから、この選択はよかったようね。リトナ夫人がいてくれて助かったわ。




