第二十話 いびつな新婚生活
暑い。
そして、苦しい。
昨夜まで、結婚後の初夜はどうしたらいいのかと悩みに悩み、結局本人がその気じゃなかったみたいでホッとし眠りに落ちた。
はず、なん、だけど……どうして正面からこんなぎゅうぎゅうに抱きしめられているのよ。殿下……いえ、ディオンに。
「……あの、起きていらっしゃるようでし……」
「ローズ」
「……起きているなら離してください」
そういえば、かしこまった敬語を使うと不機嫌になるんだったわね……まぁ、一応昨日私達は夫婦になったから、そんなものを使う意味はないけれど。
そう、私は昨日大公妃殿下になり、王族の仲間入りをした。信じられないと言いたいところではあるけれど、この現実を早く受け入れないといけない。生き残るために。
けれど……助けてほしい。
「眠い。動くな」
「……」
……抱きしめるなら私じゃなくて枕にてくださいますか。それか大きなぬいぐるみ。ディオンの着ているローブがはだけて胸板が目の前なのですが。目のやり場に困るし、息が胸に当たりそうで恥ずかしい。せめて後ろからにしてほしかった。
朝から心臓に悪い事はやめてほしい、本当に。
「何だ? 恥ずかしがって。夫婦なんだから遠慮はいらないぞ」
いや、頭の上にディオンの頭があるのだから、私の表情は見えるわけないでしょう。勝手な事言わないでくださいますか。
というか、遠慮はいらないって言うけれど、逆にディオンは遠慮がなさすぎる。もうちょっとこっちの事を考えて……いや、期待しても無駄な気がする。はぁ、これからの事を考えると気が重いわ……
そうしているうちに、何故かまた寝てしまい、次に起きた時には目の前にディオンの顔があった。
……寝顔をバッチリ見られた、って事よね、これ。これは、だいぶ恥ずかしい。
「可愛い妻の寝顔を堪能出来るのは夫の特権だな」
「……そうですか」
としか、言いようがない。というか、だいぶ楽しそうに見えるのは何故?
けれど、昨夜の事が気になる。私はこの結婚であの最低な浮気男を撃退し、実家の後ろ盾を得た。それに対してディオンは、何故私と結婚したのかが分からない。最初はお遊びだと思っていたけれど、昨日の質問に何か関係があるのかしら。
彼は小説にはあまり出てこないし、そもそも社交界に出てこなかったのだから分かるはずもないか。私だって、大公殿下と直接話したのはウチに来訪された時が初めてだもの。一応リトナ夫人主催のパーティーから帰る際にもお会いしたけれど、あれはカウントされないわよね。
一体、この方は何を考えているのかしら。なんて思いつつも上半身を起こした。抱きしめてきていたディオンの腕からほぼ強引に逃げ出すと、すんなりと離してくれた。
「……まだ起きないのですか」
「起きてもつまらん」
「……」
……けれど、手を掴まれ引っ張られそのまま戻されてしまった。
起きてもつまらないなんて、むしろここにずっといる方がつまらないのでは?
とりあえず、強引に手を離して脱出した。……ディオンの姿が目に毒だから、思いっきり布団をかけてあげたが。クスクス笑い声が聞こえてきた事に関しては、何も聞かなかった事にした。
私の旦那様となったブランシス大公殿下は王族の一人。王族の結婚式となると、国内はもちろん周辺諸国にもその知らせは広まる。結婚式には、国内の上位貴族や王族のみ招待した。そのため参列していなかったからか祝辞の綴られた手紙と、お祝い品もこの大公邸にいくつも送られてきた。
これは多すぎるのでは? と、思ったけれど、王族ならこれが普通なのでは? と自分に言い聞かせることにした。
「ほぼ招待状、ね……」
「奥様、こちらにもございますよ」
「……」
贈り物の他には、色とりどりの封筒が何枚も。いろんな階級の貴族、そして他国からの手紙が勢ぞろいね。一体何枚あるのよ、これ。
そして、その中には……
「やっぱり、来るわよね……」
赤に金色の封筒。これは王族の方が使う事を許されたもの。王族である王太子殿下からの招待状。その中身は見なくても分かる。王太子とカロリーヌの婚約祝いパーティーだ。
ディオンが、このパーティーの準備中に全て片付けてこの会場を披露宴に使わせろと言ってしまったけれど……一体、どんな気持ちでこれを私達のところに送ってきたのやら。まぁ、少なくともいい気はしなかったでしょうね。
しかも、結婚披露宴の時にだってディオンは王太子をだいぶ煽っていた。私は聞かなかったことにしていたけれど。巻き込まれるのはごめんよ。それに、カロリーヌに「ローズさん」と呼ばれてしまった事に驚いていてそれどころではなかったし。
でも、さすがにこのパーティーを断るわけにはいかない。結婚してばかりの、新婚大公妃。社交界の一番上に立ってしまったのだからやる事をやらねば周りから批判が飛び交ってしまう。
荷が重くはあるけれど、やる事はやらねば、実家のお父様達にも飛び火しかねない。それは一番避けたい。
「……これ、参加しますか?」
「ローズが行くなら、もちろんパートナーは夫の私だろう?」
「……はい」
それで、このくっつき虫のディオンを何とかしてほしい。ちょうどソファーに座って手紙の確認をしているけれど、その隣にディオンが磁石のように身体をくっつけて座ってしまっているのだから邪魔で邪魔で仕方ない。
しかも、楽しそうに私の手や頬や腰を触ったりしてくる。心臓に悪いからやめてほしい。
さっきも、仕事はどうしましたかと聞くと「私の今日の仕事はお前とずっと一緒にいる事だが?」と至極当然のように返されてしまった。
この方の事は本当に、よく分からない。だから、お遊びでこんなふうに私をからかっているのか、それとも本人自体がこんな性格なのか全く分からない。昨日の彼だってそうだったもの。
とはいえ、まだ結婚生活1日目なのだからお互いを知らない事は当たり前よね。
でも、これは我慢すればいいだけ。私の幸せ計画なんてものは結婚した時点で道を外してしまっているけれど、というか崩されかけているけれど、とりあえずおばあちゃんになるまで何事もなく生きたい。さすがに牢屋で老後生活は送りたくない。
なら、無事に幸せで長閑な老後生活を送るためには、どうしたらいいのか。
「参加するとなると、ドレスが必要だな」
「え?」
隣のディオンは、そう言いつつ私の手にある王太子からの招待状を取った。楽しそうなのは、この前意地悪をしたからなのかしら。だいぶいい性格してますね。
「そうだな……ローズは赤が似合いそうだ。結婚指輪も赤だから、ちょうどいいだろう」
「……派手なような気がするのですが」
「派手なドレスのどこが悪いんだ?」
このパーティーは婚約した二人を祝うために催されたもの。それなのに私が目立っては意味がない。というか、絶対に何か言われる。昨日の黒いウェディングドレスの事もあったのだから、もう勘弁してほしい。
けれど、ディオンは言い出したら聞かない人だという事は身をもって知っている。だから、もう赤いドレスはこの時点で決定されたも同然。
「旦那の紳士服とお揃いの色で仕立てれば、きっと注目の的だな」
「……いい性格、してますね」
「ん? 褒め言葉か?」
「……」
つい、そう言ってしまった。
さすがに、主催者より目立っていいわけがない。分かっていてそれをやるなんて、本当に意地の悪い変人ね。
そもそも、今まで私達脇役令嬢はメルリアナ嬢を目立たせるように落ち着いたドレスばかりを着ていた。だから、そんな派手なものを着るのは落ち着かないに決まってる。あの黒いウェディングドレスの時だってそうだったんだから。
赤なんて、生まれてこの方一度も着たことがない。黒だってそう。
はぁ、また痛い視線の的になれって事ね……胃に穴が開きそう。もうすでに変態認定をされている身ではあるけれど。
けれど、気になる事が一つ。この婚約祝いパーティーの日付けが思ったより遅い。まぁ、私達の結婚式後にパーティーの準備のやり直しとなったからかしら。しかも豪華なパーティーになるし。そう思うと、当たり前ね。
……その原因となる張本人が私の隣にいらっしゃるという事は、考えないようにしましょうか。
これだと、小説よりもだいぶパーティーが遅くなっているから、本来パーティー後にあるはずのイベントが先に来てしまった。もっと先になるだろうからと忘れていたけれど……
たくさんある手紙の中にあった、緑の装飾がされた白い手紙。中には、とある招待状。
……断って、いい?




