第二話 舞台に引き込まれたエキストラ ②
王太子殿下とメルリアナ嬢の婚約破棄の件、そして王太子殿下の新しい婚約者がカロリーヌ男爵令嬢となった件は、社交界を揺るがした。それは、政治に関しても。
「はぁ、殿下もやってくれるな……」
私が呼ばれた自宅の執務室には、頭を抱えるアルベール子爵家当主のお父様と、夫人のお母様の姿があった。
きっと、この件に関しては他の貴族の方々もお父様達と同じように頭を悩ませている事でしょうね。
「王太子という称号を陛下からもらい受ける事はすなわち、いずれこの国の王となる事を約束されたという事。あの男爵家の娘が婚約者になったとなれば、あの娘が王太子妃、そしていずれは王妃という地位に立つことになりかねない」
「殿下は一体何をお考えなのかしら……正気の沙汰ではありませんわ」
小説では、王太子殿下が王位を継ぎ、王太子妃となっていたカロリーヌが王妃となりラストを遂げる。周りに祝福され幸せなエンディングを迎えるはず。読者だった時の私はそこまで問題に思わなかったけれど……今の私なら、これは大問題だという事が伝わってくる。
「このままでは国内政治は混乱し周辺諸国や同盟国からも指摘されかねない。さらには他国との友好関係にまでヒビが入る可能性だってあり得る」
「……王族は上位貴族か他国の王女としか婚姻は結べないはずですよね?」
王族は、上位貴族の令嬢か他国の王女と結婚するという決まりがある。帝国憲法によって定められているのだ。だが今回、あの王太子はその決まりを破った。上位貴族の令嬢ではなく、男爵令嬢であるカロリーヌを選んだ。
とはいえ、小説ではそれが問題なく通っていて国も争いなく平和であったのだから、きっと何事もなく進むはず。
そう、そのはずなのだけど……こういった政治に関する問題はそんなに深刻に書かれていなかった。
ということは……小説の、書かれていない部分。行と行の間にある余白にも、絶対に時間は存在するという事。
「殿下が強引に通したそうだ。陛下は今床に伏しているため、殿下が国王代理となっている。周りも大きな声では言えないんだ」
「……」
「だが……オーシャイン公爵は違う。王太子派だったオーシャイン公爵家が、娘の婚約破棄を機に退き、貴族派にでも入った瞬間……――派閥のバランスが崩れる」
公爵家。上位貴族の中で大公家の次に力を持つ階級。公爵家の中でもオーシャイン公爵家は特別影響力が高い。この国で唯一の大公であるブランシス大公家は長年社交界には関わってこなかったから、実質オーシャイン公爵家影響力が一番大きな家となる。
けれど、王太子殿下の婚約者であった娘が婚約破棄された今、王太子派を退く可能性は十分にある。
小説では、この断罪イベント後メルリアナ嬢はすぐに遠い国へ嫁ぐ事となる。その後オーシャイン公爵はたびたび出てくるけれど、そこまで重要な事はしていない。そもそも、そういった場面に登場しなかった。
第一幕のエンディングである悪役令嬢メルリアナ嬢の退場後、第二幕のヒロインと王太子殿下のラブラブ展開が繰り広げられる。今までの事を思い出すと、恐らくこれからも小説通りに進むのだと思う。
そして、私もこのまま進めば幸せなエンディングを迎えることが出来なくなる。周りを気にし、王太子達の顔色をうかがいながらの生活が待っている。
今までメルリアナ嬢の顔色をうかがってきたというのに、今度は王太子達の顔色をうかがい、周りには指を差されて一生を終えることになる。
「お前はオーシャイン家のご令嬢と懇意にしていただろう。このままでは、うちも目を付けられかねん。王太子殿下から、そしてオーシャイン公爵から、という可能性もある。下位貴族である子爵家ともあれば、何を言われたとしても従う他あるまい」
「だから、ローズ。申し訳ないのだけれど、貴方の縁談を積極的に進める事になったわ」
私は一人娘。兄弟は一人もいないし、婚約者もいない。
この状態を打開するとなると、お相手は上位貴族の子息となる。今、我がアルベール家は危ない立場にいるのだから、その結婚相手に助けてもらう事しか出来ない。
けれど、私は知っている。この後、私達アルベール子爵家がどんな道を辿る事になるのか。たったの数行で簡単にしか書かれていなかったとしても、ちゃんと書かれていたのだから。
「任せなさい。ちゃんと私がお前の結婚相手を見つけてやる」
「ローズが幸せになれるよう尽力するわ」
「……」
本当なら、ここで待ったをかけたいところではある。けれど、私達全員が助かるための方法が今の私では思いつくことが出来ず「はい」としか言えなかった。
変な事を言って、お父様達に心配をさせてしまうのは、嫌だったから。
小説で私達一家を不幸な道に導いたあの張本人を、一体どうしたらいいのだろうか。私としては、会ってすぐに顔面を殴り飛ばしたいくらいだけれど。いや、それでは足りないわね。
さて、どうしたものか。




