第十八話 仮面を被った猛獣 ①
結婚披露宴を終えると、すぐさま馬車に乗り込み大公殿下のお住まい、ブランシス大公邸に向かった。
一応王城にも一つお住まいがあるのだけれど、ほぼ足を運んでいないらしい。
『そんな胸糞悪い場所で、腹黒な奴らと同じ空気を吸いたくないからな』
なるほど、とすぐに理解した。その後、王城の方がいいか? と聞かれて私もNOを出した。さすがに王城を住まいにするのは気が引けるというか、何と言うか。
それに、披露宴であんな変人ぶりをご披露した後なのだから、あまり貴族の方々と顔を会わせたくない気持ちがある。今更ながらに、恥ずかしいにもほどがある。
そして今回も。
「食事まであいつらに付き合ってやる必要がどこにある?」
と、いう事だった。
王族の結婚式では披露宴後に他の王族や上位階級の貴族達などを交えた食事会を行うのが普通。けれど、本人は嫌らしい。
まぁ、私としてもそんな食事では緊張で喉を通らない気がする。多分、料理の味も分からないと思うわ。これからそういう場面がいくつもあるのだろうけれど、今日は勘弁してほしい。
感謝します、大公殿下。
……いや、元はと言えば結婚を持ちかけた大公殿下が元凶な気もするけれど。でも、それを言ったらキリがない。
結婚式で誓いを立てたその日の夜、夫婦になった二人にはやらねばならないことがある。
「……さっさと寝たい」
なんて言いつつ、ソファーに身を沈めグラスに注いだ水を一口飲んだ。ローテーブルに用意されていたのはワインと二つのワイングラス。けれど殿下がいない時にワインを開けてもいいものかと迷い、結局向こうに用意されていた水差しの水を飲んでいた。
変に緊張してしまって、喉が渇いてしまっていたから。
今着せられているネグリジェはスケスケ。こんなんじゃ風邪引くわとクローゼットを思い切り開けて上着を引っ張り出して着ている。一体これは誰が用意したのかしら。趣味を押し付けられるのは困るわ。
「はぁ……強引にもほどがあるわ……」
湯浴みから上がり手伝ってくれた使用人達にこれを出された。これを私が着るの? と聞いてもそのまま強制的にこれを着せられてしまい、ストップと言えなかった。
けれど、ちょっと待って? 今だったら、普通の寝間着に着替えられるのでは? 誰もいないのだから、着替えよう。
……と、寝間着をクローゼットから引っ張り出して上着を脱ぎネグリジェを脱ぐところまではよかった。
「やけに積極的だな」
「……大変失礼いたしました。着替えている最中ですので、申し訳ありませんがあちらを向いてださいますでしょうか」
「夫婦なのに?」
「はい」
何とも絶妙なタイミングで大公殿下が来てしまった。気配を消して後ろから顔を出さないでほしいのですが。
平然を保ちつつ、背中に視線を感じる中さっさと寝間着に着替えた。スケスケネグリジェは一人用ソファーの背もたれにポイっとかける。
「何とも気合いの入った服だな。お前のチョイスか」
「……違います。使用人達が気を利かせたみたいです」
「それは残念だ」
その残念はどういう残念なのかと聞きたいところではあるけれど、嫌な予感がするからやめておいたほうがいいかもしれない。
はぁ、と内心ため息を吐きつつもさっきまで座っていたソファーに座り直した。
「水か? ワインは飲まなかったのか」
そう言いつつも私の隣に座ってきた殿下は、何とも色気のある姿をしている。今着ていらっしゃるローブはやめた方がいいのでは?
「……開けるのが苦手だったので」
「おこちゃまだな」
「ちゃんと飲めますよ」
まぁ、開けられるには開けられるけれど、中々開けられなくもたもたするのがオチなのよね。ちゃんと飲めるのは飲めるし、下戸というわけでもない。人並みには飲める。
そんな中、殿下はワインボトルを手にすると栓がされているコックを観察し始めた。何をしているのだろうか、と思ったら……
「毒は入っていないな。飲もうか」
「……」
毒、なんて言葉が出てくるとは思わず寒気を感じた。私、この水平気で飲んでいたけれど……もしここに毒が入っていたら、殿下に会う事なくお陀仏していたという事……?
慣れた手つきでワインボトルの口を開けているけれど、毒に慣れてしまっている殿下にも恐ろしさを感じた。慣れているって事は、何度も毒を盛られた事があったという事よね……?
「あぁ、ここは王城じゃないからそこまで警戒しなくていい。毒見は私がしてやる」
「……普通、逆では?」
「せっかくもらった奥方を毒見役にするとは、何とも冷たい旦那だな」
「……」
……冗談にしてほしくないのですが。
そうよね、私は王族の仲間入りをしたのだから、そういうところに気を付けないといけないわよね。そう思うと、恐ろしくて夜も眠れない気がする。住まいを聞かれた時王城の方を選ばないでおいてよかった……
早急に離婚届けを出したいところではあるけれど、きっとサインしてもらえないでしょうね……
ほら、と注いでくださったワインが入ったワイングラスを受け取った。受け取ると、彼はもう片方のワイングラスを軽くぶつけて音を鳴らした。
毒の話をしていたのに、隣の殿下は良い飲みっぷりで半分も飲んでしまった。……何とも勢いのある飲みっぷりね。さすが、毒に慣れていらっしゃる。
私、これ飲んでいいのかしら。殿下が信用出来ないというわけではなく、気分的な問題で。精神的にお腹を壊したり熱を出したりしない?
けれど、さっさと飲め、とでも言わんばかりの笑顔を見せてきた殿下に、唾を飲み込み、一口だけ、口に流し入れた。……うん、とても美味しいワインね。さすが大公家。それにちゃんと味もする、よかった。
「別に怖がらずともいいだろ」
満足したのか、またグラスを煽り口に流した殿下に苦笑いしか出なかった。
怖がらせたのはどこのどいつよ、と言いたいところではあるけれど、ここは我慢した方がいい。また何か言われたらたまったもんじゃないわ。
内心ため息を吐きつつも同じようにワインをもう一口。さすが大公家で出てくるワイン。とても口当たりがよくて高級感のありそうな味ね。これ、もしかしてあの有名なワイナリーのワインかしら?
……私が権利書を持ってる、あのワイナリーの。
「今日は本当につまらない余興だったな」
「……余興、ですか」
「あぁ。本番はこれからだろ」
気が付けば、手にワイングラスがなかった。そして、肩を押されてソファーに倒れた。一体何を、と思っていたら……殿下が上に覆いかぶさってきた。
待って、本番って……しょ、初夜……? そ、そういう事……?
そう理解すると、サァァァ……と、血の気が引いてしまった。
「さ、ローズ。私はお前に聞かなくてはいけない事がある」
「えっ……」
微笑んでくるけれど、顎をがっしり掴まれ逃がさんぞとでも言いたげに感じた。
殿下の赤い瞳がギラリと光り、恐ろしさから身震いしてしまう。
「以前あった、王太子の馬鹿げた茶番劇を覚えているだろう?」
それは、メルリアナ嬢との婚約破棄の話……?
どうして今、その話が出てくるの……?
「オーシャインの娘が婚約破棄された後、お前はあの会場でミラージス侯爵とラモシス伯爵、どちらを見ていた?」
えっ。
どちらを見ていた、ですって?
どうして殿下からこの話が出てきて、その二人の名前まで出てきたの……?




