第十七話 魔の道への第一歩 ④
「……大公妃殿下、お下がりください」
そんな声をかけてきたのは、先ほど話をしていたラユース辺境伯。けれど、ここで下がってはまた来る事でしょう。……いや、来られるかどうかは分からないけれど、王城内であるこの会場に来るためにどんな手を使ったのか分からない。だから可能性はある。
……ちょっと待って。こんなセキュリティーの頑丈なこの場所にどうしてロランが入り込めたのかしら。協力者がいた、とか? 大忙しだから衛兵達が見逃した、とか?
嫌な予感が、する。そうでないことを祈りたい。
「どんな手、ね……私がとある浮気野郎に結婚を迫られ手を上げられそうになった時、助けてくださった方がいたの。どこかの誰かさんと違って、とても紳士的で素敵な方で、一目惚れしてしまって……」
……半分は間違っていない。そう、半分は。だから嘘ではない。
それよりもだ。
この会場にいる貴族達はこの結婚についてこう思うだろう。
『大公殿下がお相手とあれば、お遊びでの結婚なのではないかという可能性が高い』
……と。
となれば、毎日脅かされる生活が待ち受けているご令嬢に優しい声でもかけてあげれば、利用出来るのではないだろうか。
今回の披露宴で大公殿下は私に対して優しい一面をいくつも見せてきた。この結婚がお遊びだという可能性が高くなったはずよ。
「けれど、その方は王族の方だったようで、こんな下位貴族の令嬢にとっては雲の上の存在。だから、諦めようと思ったの。家族のために、例え4股までしてる相手でも、目をつむって自分のすべき役目を全うしよう。そう思っていたのに……」
下位貴族の令嬢がいきなり大公妃として社交界の一番上に立ってしまった。もしその令嬢を操ることが出来れば、その魅力的な地位を手に入れたも同然となる。
当然、そんな事になれば私は幸せなど手に入れることは出来ないし、誰かのために利用されるなんて、もうこりごりだわ。
そもそも、ヒロイン達の愛の試練の為に用意され不幸な道を歩む事を拒んだのに、今度は他の貴族に利用されるですって? そんなもの、ごめんよ。
「絶対に言わないと肝に銘じていたのに、私の想いが殿下に気付かれてしまったの」
もうすでに変人と結婚してしまったのだから、もう腹を括るしかない。なら、自分も自ら変人になるくらいの覚悟がなければ生き残りは出来ない。
相手は王族、そしてあの時の重圧と寒気を思い出せば、これくらいなんて事ないわ。お父様とお母様には申し訳ないけれど……手出しはさせない。付け入る隙は絶対に作らないわ。
「殿下は本当にお優しい方よね……こんな身分の低い私の事も見てくださっていただなんて、私は本当に幸せ者だわ。だから、身分の低い私でも、勇気を出して侯爵家の子息との縁談を切ることが出来たの」
結婚を迫られ手を上げられた事と、縁談を切った事。私がさっき言った事と真実とは順番が逆になっているけれど、その事実を知っているのはこのロランだけ。
もう勘当までされているのだからロランの話なんてちゃんと聞く人はいないでしょうし、真実を知るのは……あの場にいたもう一人、大公殿下だけ。これくらいの嘘なら、むしろ大公殿下は喜ぶかもしれないわね。
それにしても……
「今、とても幸せだと感じているわ」
……私は、結婚せずどこかの劇場の舞台の上に立っていた方が良かったかもしれない。前世はただのOLではあったけれど、そんな私がここまで演じられるだなんて思いもしなかったわ。
とはいえ、ロランの浮気に不倫相手にとその噂は十分に広まっているから、それもあって同情の視線がいくつも向けられてくる。
まぁ、他にも「大公妃は結婚して頭がおかしくなったのではないのか?」「大公殿下の近くにいれば頭がおかしくなるという事よ」という声も小さく聞こえてくるけれど。
「さ、あとは何が聞きたいのかしら。いとこ殿?」
「っ……このっ!!」
そして、わなわなと怒りをあらわにして顔を真っ赤にしていたロランは、手を振り上げ、私に向かって振り下ろした。
けれど、パチンと叩かれる音は全くしなかった。完全に予測していたのだから、たとえ相手が男であっても何とか避けられる。そして……
「んぐっ!?」
思いっきり、ロランの頬に平手打ちをきめた。不意打ちだったから気が付かなかったようだけど、こうでもしないと綺麗に平手打ちがきまらないわ。
ふぅ、スッキリした。今日結婚した花嫁、しかも王族の頬に叩かれた跡があっては最悪でしょう。
「これは正当防衛。そして、私と、私の家族、貴方が手を出した四名の女性達の分も含まれていますわ。まだ足りませんか?」
「ぐっ……」
悔しがるような顔が見ものだけれど、そろそろ退場させないといけないわね。騒ぎになってしまってるわ。そして、彼がここに来てしまったら……
「動物をこの会場に入れたのは誰だ?」
あぁ……来てしまった。私の背後から、お腹に腕を回してそう言ってくる……大公殿下。まさか、あの恥ずかしい作り話は聞いていないわよね。
「鶏を招待した覚えはないぞ」
「に、にわっ……」
もしかして、リトナ夫人主催のパーティー後、叩かれるところを止めてくださった相手を知らなかったのはロランも一緒なのかしら。鶏呼ばわりされて、もしかしてと顔を真っ青にしてるよう。
けれど、待って。あの、大公殿下……その笑顔、まさか……ロランが乗りこんでくることを、悟っていた……? いや、違う。こんな頑丈なセキュリティーをかいくぐる事なんて一人じゃ無理に等しい。なら……これは、わざと?
「怪我はないか?」
「……ただの鶏に怪我をさせられるような妻ではございませんわ」
恐ろしい事をする方ね、本当に。
私、これから本当に大丈夫かしら。
「その強かさも私の妻の魅力の一つだが、夫なのだから心配の一つでもさせてくれ」
……貴方の脳内辞書に《心配》という言葉が存在するとは思いもしませんでしたわ。なら、《普通》と《常識》の二つも追加してくださるとこちらは大変助かるのですが。
「私の妻である大公妃に手を上げようとしたのだ。牢にでもぶち込んでおけ。そうだな、猛獣のエサにでもしてやろうか」
……なるほど、それが目的だったと。そういう事ね……
はぁ、王族、いや、殿下のする事は全くもってよく分からないわ……
「……身ぐるみ剥がして国外追放なんていかがでしょう」
「ほぅ、それもいいな。それにしよう」
……流血沙汰はやめていただきたい。身ぐるみ剥がして国外追放もだいぶ酷……いいえ、小説で読んだ私達家族の未来を思えばそれくらい生ぬるいものよ。
顔を青ざめ静かになったロランは、王城の衛兵によって牢に連行された。
「煩くしてしまって申し訳ありません。どうぞこの後も披露宴を楽しんでいってください」
顔を引きつらせている方々もちらほらいるけれど……これで何とか、といったところかしら。とはいえ、これで私の頭がおかしくなったという噂が広まるでしょうけど。でも構わないわ。腹は決めてるもの。
それに、お父様とお母様ならきっと私の今の心情を分かってくださるわ。あのパーティー後に大公殿下がいらっしゃった時の事を知っていらっしゃるお二人なら。
さて、この後この噂にどんな尾ひれがつくかしら。そこが一番気になるわね……




