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全知の脇役令嬢は不幸な未来をぶっ壊す  作者: 楠ノ木雫


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第十四話 魔の道への第一歩 ①


 ついに、来てしまった。


 結婚式が。


 以前、大公殿下から提示されたスケジュールに、私や両親は言葉を失った。流石に早すぎる。準備を急がなければと覚悟を決めていたけれど、ほぼ全部大公側が対応し今日実現してしまった事に驚きすぎてむしろ呆れてしまうくらいだった。


 これが、権力とお金の力というものだと私達家族は身をもって実感してしまった。


 大公殿下は結婚生活が待ち遠しいからと言っているけれども、流石にこれは早すぎる。王族がこんな事をしていいのかと思うと……あぁ、もう今から胃がキリキリするわ……


 しかも、今私が身にまとっているウェディングドレスは……



「はぁ……王族の結婚式に黒のウェディングドレスなんて……聞いてない……」



 全身黒。前世でも、わが国でも一般的に白が比較的多いはずなのだけれど……王族であるならば当然白を選ぶはずでは? いや、そもそも、大公殿下の脳内辞書に《普通》や《常識》という言葉は一切入っていらっしゃらなかったわね。今更何を言っているのかしら、私は。


 黒のウェディングドレスは一応国家憲法では触れられてはいない。王族に対してもそう。けれども、きっとこれを見た参列者は絶対に戸惑い、更には批判する者まで出てくる。


 ただでさえ、クリスタル宮で婚約祝いパーティーの準備をしていた王太子に、全て片付けてその会場を開け渡せと言ってしまったのに。王太子は一体どう思っていらっしゃるのかしら。


 きっと殿下は今、タキシードを着ながら私の反応を予測して笑っていらっしゃることでしょうね。忙しいスケジュールに、王太子主催のお茶会まで入ってしまったからちゃんと確認が出来なかったのだから自業自得だとでも思ってるのかしら。


 採寸する時、色のないデザイン画を見せてもらい、サテン生地が使われる事しか知らなかった。それで当日来てみたら黒のウェディングドレスが私を出迎えてくれた。しかも、これは大公殿下の指示だと聞かされてしまえば私は文句すら言わせてもらえない。


 私で遊ぶのもほどほどにしてほしい。



「もったいなさすぎるわ……」



 Aラインのオフショルダーで、キラキラの飾りがいくつもあしらわれたとっても素敵なウェディングドレス。それなのに、黒だなんて……


 もしこれが白だったら、とっても素敵なドレスになったでしょうね。これを製作してくださった方々に申し訳がつかないわ。


 黒いウェディングドレスだなんて思いもしない人は多くいらっしゃるはず。けれど、変人で横暴な大公殿下に文句を言える人なんているのかしら?


 でも、絶対私には言ってくるはずよ。大公殿下には言えずとも、元下位貴族のご令嬢である私には言いやすいでしょうし。まさに格好の獲物ね。


 きっと今、お父様達は上位貴族の方々に囲まれ参列なさっているから居心地が悪いでしょうし、鋭い視線を浴びているはず。そんなお父様達と私の幸せを確立させるには、この危機を乗り越えなくてはならない。


 そして、これから始まる囚人生活(結婚生活)から抜け出すとなると……結構骨が折れるわね。殿下が私で遊ぶことに飽きてしまえばいいのだけれど……



「……はぁ」



 一体いつになるのやら。


 遠い目で窓の外を見ていると、地獄に向かう時間がやってきてしまった。


 一歩、また一歩と、式場へ向かう足取りが重く感じる。今手にしている最高級の赤薔薇ブーケも、恐ろしさと危機感からか握りつぶしてしまいそうになる。悪寒もして身震いまで。


 そして、地獄へ続く扉の前まで、辿り着いてしまった。教会の者達によって、大きな扉が開かれる。


 地球ではバージンロードを家族と二人で歩くけれど、この国では新婦一人で歩く事になる。孤独の中参列者の痛い視線を全て引き受けてしまう事になり、緊張やら不安やら危機感やらで足が震える。


 けれど、これが地獄の始まりであっても押しつぶされる気はさらさらない。


 今、向こうで待っているのはロランではないのだから。という事は、小説通りの道から外れた。これが正解なのかは分からないけれど、この結婚だって小説通りではない。


 これから先どうなるか分からないけれど、でも諦める気はない。


 小さく深呼吸をし、勇気を振り絞って重い一歩を踏み出した。途端に起こる小さな騒音。皆、私のこの姿に戸惑いと動揺を隠せていない。


 ヴェールで隔てているからよく見えないけれど、きっとこの事を知らないお父様とお母様も動揺しているはず。一人娘の晴れ舞台がこんな事になってしまい、申し訳ないわ。


 一人で歩くバージンロードは、視線がだいぶ痛い。でも、これから先の事を考えればこんなものどうってことはない。式が始まるまでのお父様達は、きっとこれ以上に文句を言われた事だろうから、むしろこれからは全部私が引き受けるくらいの覚悟はある。



「やっと来たな」


「……お待たせしました」



 ……時間通りのような気がするのですが。


 というツッコミを入れたいけれどここは我慢しましょう。


 ここには上位階級の貴族達が参列なさっている。そして、王族の一人である王太子殿下が一番前の席に。本来なら、大公殿下の兄君に当たる国王陛下も参列するべきではあるけれど、ベッドから出られないため欠席となった。


 そして、婚約者であるカロリーヌはまだ男爵令嬢だから参列していない。


 そんな中、殿下の隣で背筋をまっすぐに伸ばした。これ以上文句を言われるような事が起こってしまうのは困るもの。これから、私は上位階級で一番上の大公妃となる。覚悟を決めなくては飲み込まれる。堂々としているべきよ。


 そして、順調に式は進み、神父の問いに私達は「誓います」と答えて向き合った。殿下によって、ヴェールアップされる。


 頭からかけていたヴェールが上がったことによって、隔てられたものがなくなり殿下と視線が重なった。


 私と同じく、黒のタキシードを身にまとう殿下は……とても綺麗だった。驚くほどに。


 タキシードが黒いと喪服みたいに見えてしまうのではないかと思っていたけれど……そんな事はなかった。この人が着ると、そんなものは感じさせないくらい美しいタキシードになる。


 そして、殿下によって結婚指輪という名の恐ろしい手錠を付けられてしまった時、思い出した。


 地球で言われていた、黒いウェディングドレスの意味を。白は、貴方の色に染まります。


 そして黒は……――貴方以外には染まりません。


 そう思うと、なんだか恥ずかしくなってきてしまう。



「おい、こっちを見ろ」



 つい目を逸らしてしまったけれど、そういえば誓いのキスだったわね、と思い出した。


 式中に行われる誓いのキスに関して、今までは恐ろしさを感じていたけれど……今は恥ずかしさを覚えてならない。


 心の準備なんてものは与えてもらえず、いきなり顎を掴まれ、前を向かされキスをされた。


 いきなりの事で顔が火照ってしまったけれど、大公殿下の表情を見て、あぁ、この顔は私を馬鹿にしてるなと思ってしまった。けれど、あろうことかもう一度キスをされた。



「ん? どうした?」


「……」



 こいつ……とつい睨んでしまいそうになったけれど、平然を装い笑顔を張り付けた。すぐそこに王太子がいらっしゃるのだから、こんなところで睨み散らしてなんていられないわ。


 そう思いつつも、用意された婚姻届に殿下がサインをし、続けて私がサインをした。……殿下って、字は綺麗なのね。まぁ、王族なのだから当たり前なのかしら。そう感心していた時だった。



「……飽きたな」



 大公殿下の口から、とんでもない言葉が出てきてしまった。つい、バッとお隣の彼を凝視してしまったけれど……本当に、飽きていらっしゃるようなご様子。


 いやな予感が、するのですが。



「もういいか」


「えっ」



 あっ……



「もう婚姻届にサインもしたんだ。それ、必要か?」


「で、殿下、これは、神への祈りを……」


「神など信じない私からしたら、無駄な時間だと思うが?」


「殿下っ!!」



 ……一体何を言い出すんだ、この方は。せっかく、綺麗な字に感心していたというのに。台無しよ、これ。


 あと少しなのに、もう我慢出来ないと、そう言いたいのですか。



「……模範的で優秀な私の旦那様であれば、例え無神論者であっても寛大なお心で神への祈りをお聞きくださると思うのですが」



 呆れを含みつつ隣の殿下に視線を合わせずにお伝えした。後で何か言われてしまうだろうけれど、今はそれどころじゃない。ここで終わらせてしまっては披露宴で騒ぎが起こるに決まっている。それだけは、やめてほしい。ここまで何事もなく穏便に式が進んでいたというのに、台無しにされてはこっちはたまったもんじゃないわ。



「ほぅ、だが残念な事にその広い心は愛する妻を受け入れるためにあるんだ」


「その妻のお願い事であれば、聞いてくださいますか?」


「妻の願いか……それなら仕方ないな。可愛い妻がそう言うのであれば聞いてやろう」


「……ありがとうございます、旦那様」



 ……可愛い妻、というのはやめてほしい。でも、落ち着いてくれてよかったわ……もしここから出て行ってしまっては大変な事になるもの。


 きっと、大公殿下の結婚式の様子は社交界にすぐに広まる。黒いウェディングドレスとタキシードという件に関してはもう諦めているけれど、ただ飽きたという理由で式を途中で終わらせてしまった、だなんて……流石に笑えないわ。


 ……私、この方と結婚して長生き出来るかしら。どんどん寿命が縮んでいって若いうちに亡くなるなんて、冗談じゃない。そうならないためにロランとの結婚を回避したというのに。


 今回は大人しくしてくださっているけれど、これからの対策を考えないといけないわね。


 けれど、それよりも……この後行われる披露宴を何とかしなければ。……まさか、また披露宴が飽きたって言い出しはしないでしょうね。何が何でも最後までいてもらいますからね。


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