第十三話 立場の脅威 ②
いきなりお茶会に顔を出した大公殿下に、周りは驚き、そして青ざめていた。
そして、私の肩に手を置いては後ろから首を伸ばして私を覗く殿下は……満面の笑みを浮かべている。対する私は、言葉を失い顔を引きつらせてしまった。
……何故、こんなところにいらっしゃるのかしら……?
「何故、こちらに……?」
「あぁ、聞きに来たんだ」
聞きに、来た……?
一体何を聞きに来たのかしら……王太子殿下が主催したお茶会に参加している最中の私に聞きに来るほど、重要なことなのよね……?
「結婚式のブーケの色は何色がいい?」
その一言で、我に返った。
……なるほど。そうよね、この方はそういう方よね。言伝なしにいきなり屋敷に赴いては結婚させろだなんて言い出す方なのだから、不自然なことではないわよね。
……納得していいのかしら。
それよりも、こんなところに来てこの方は暇なのかしら。……いえ、そもそも何故私がここにいるのを知っていらっしゃるのかしら。
「たっ大公殿下にご挨拶申し上げますっ……!」
「ごっご機嫌麗しゅう……!!」
あぁ……ご令嬢達の、顔面蒼白で一気に立ち上がっては頭を下げる姿に申し訳なさでいっぱいね……公の場だからご挨拶をしたいところではあるけれど、「ご機嫌麗しゅう、大公殿下」と言ってしまえば恐ろしい事を言いかねない。
さっさとブーケの色を伝えてご退場いただいた方がいいのだろうけれど、この方が素直に帰ってくださるだろうか。いや、それなら私が一緒にこの方を引っ張って退場した方が早そうね。
けれど……あら? カロリーヌ……?
「大公殿下ですね! お会い出来て光栄です!」
ぱっと明るい笑みを浮かべるカロリーヌに、驚いてしまった。椅子を用意して! と周りの使用人に指示をするけれど……使用人達に指示を出来るのは王太子殿下ですよとツッコミをしたいところではある。
……ではなく、変人で横暴だと有名な大公殿下にお会いすれば、周りのご令嬢達のようなリアクションが普通だけれど、カロリーヌは怖いもの知らずなのかしら? いいえ、そんな事はない、はず……
「帰るぞ、ローズ。もう用はないな?」
「えっ」
手を取られ引っ張り上げられてしまった。帰る、ぞ? 今、殿下の席も用意されたのだけれど……いや、こんなに女性が参加なさっている席に座ってくださいと言われて大人しく座る方なのかは分からないけれど。
もう用はないな? と聞かれて答えていないのけれど、これは仕方ないわね。他の皆さんを置いていってしまう事になるけれど……ごめんなさい。心苦しいけれど皆さんの方へ向き直った。
「お迎えが来てしまいましたので、私はここで失礼いたしますね」
「えっ……」
とりあえず……大公殿下の事は今聞かないでいただきたいわ。王城で殿下の好きなようにされるのは、嫌な予感がするから。だからさっさと殿下をお連れして逃げたほうがいいわ。
「大公殿下! こちらへどうぞ! 美味しい紅茶もご用意しましたよ!」
カロリーヌ……本当に、怖いもの知らずなのね……
対する大公殿下は……カロリーヌの事は全く気にせず私の方へ笑みを向けている。さ、さすが王族ね……
「さぁ、行こうか、ローズ」
「えっ」
「大公殿下っ!」
そんなカロリーヌを、殿下は何も聞こえなかったかのように握っている私の手を引っ張り、その場を去った。
こ、これは、本当に良かったのかしら……だ、大丈夫よね……?
このお茶会の意味が分を弁えろという牽制であるのであれば、これはマズいのでは……? それに、置いてきてしまった他のご令嬢達に矛先が向いてしまっては大変よね……だ、大丈夫かしら……
けれど、その理由がブーケの色だなんて……も、申し訳ないわ……
「あの、大公殿下」
「何だ」
「……ブーケの色は、水色でよろしいでしょうか……」
「水色か……分かった、花は何がいい? 王城の庭から摘もうか?」
「……いえ、流石にそれは……」
「私が誰だか、忘れたか?」
……王族でしたね、そういえば。
けれど一体、何故大公殿下はここにいらっしゃったのかしら。さすがにブーケの色を聞くだけが理由というわけではないわよね。
そして何故、カロリーヌは大公殿下を引き留めたかったのかしら。
そんな疑問の中、大人しく殿下に付いていった。王城の中を大公殿下と歩いていると、ここに来た時よりも寒く感じた。周りの者達は視線をこちらに向けず、逃げてしまっている。
殿下は、こんな景色を見ていらっしゃるのね……
「たっ、大公殿下……!?」
「こ、ここにはどんなご用件で……」
もちろん、先ほどまでいた後宮の庭ではなく、正門と王城の間に広がる庭に連れてかれた。王城を入ってすぐに見える、いわば王城の顔とも言われる素敵な庭。そんなところから摘んでしまっていいのかしら。
とはいえ、今日は選ぶだけ。今摘んでしまっては結婚式ではしおれたブーケを持つことになってしまう。
「ローズ、これはどうだ?」
「赤いバラ、ですか」
「赤、好きだろ」
この王城に咲く薔薇は格別なものらしい。そんなものをブーケに使っていいのかしら。
それと、先ほど水色とお伝えしたような気がするのは、私の記憶違い?
ブーケを赤にしてしまえば、ウェディングドレスと合わせて紅白になってしまうような気がするのだけれど……大丈夫かしら。
でも、大公殿下に何を言っても意味がないということは分かっているから、仕方なく赤薔薇にすることとなった。
そして、王城の門に着くと……大公家の家紋が描かれた黒い馬車が停まっていた。私が乗ってきたアルベール子爵家の馬車は? と探したけれど見つからず……
「さ、乗れ」
その言葉と一緒に手が差し出され、大人しく乗ることにした。もうさっさと帰って休みたい、と内心思いつつ席に座ると殿下も続いて乗っていらして……というところで、今度は手が引っ張られる。
そして、気が付けば私は大公殿下の膝に座ってしまっていた。王族の膝に座るだなんてそんな恐ろしい事を!? と焦りつつも立とうとしたけれど……腰を抑えられてしまい、立てなかった。
「……あの、殿下。手を離してくださいませんか?」
「何故?」
とても良い笑顔でそれを言われてしまうと……逆らえない。それに、腰を引かれてより密着してしまった。ち、近い……
私の反応を見て面白がっているようだけれど、遊ばないでほしい。私は新しいおもちゃ、なのかもしれないけれど……こっちの身にもなってほしい。
本当に、大公殿下の事は全くよく分からない。
その後、そのままアルベール邸に送ってくださった。そして、そのまま帰っていってしまった。はぁ、恥ずかしかった……
「ローズっ!!」
「大丈夫だった!? 殿下の馬車が見えたのだけれど……」
お父様とお母様には、殿下が迎えに来てくれたことと、何事もなかったとだけ伝えておいた。だいぶ深い安堵のため息ではあったから、心配させてしまった事に申し訳なさを感じてしまった。
一体殿下は、何故あの場にいらっしゃったのかしら。そして、どうして私の居場所を知っていたのかしら。確か殿下は王城ではなくここから離れたところに屋敷を構えてそちらに住んでいらっしゃるわけよね……
もしかして、監視……というわけではないわよね。さすがにそれはないわよね。けれど、恐ろしい事は変わりないわね……




