第十二話 立場の脅威 ①
ベルナール夫人が来訪なさってから次の日、恐ろしい招待状が我が家に舞い込んできた。しかも、私の名前で。
「本当に、大丈夫……?」
「大丈夫です。だから安心してください、お母様、お父様も」
「安心出来るわけないだろう、王太子殿下が主催する茶会なのだから。きっと何かあるに決まっている」
顔面蒼白で私を心配する両親。きっと、メルリアナ嬢の件で処罰されてしまうのではと思っているはずだわ。
けれど……これは私が招いた事であるはずなのに、両親二人は決して私自身の問題だと思っていないような様子を見せてくる。だから、それだけで勇気をもらえる。
より一層、両親二人を幸せな未来に導きたいと思う。なら、ここで怖気づく暇はないわ。
王太子主催のお茶会。小説ではこんな事はなかったはずだけれど……また変わってしまったのかしら? リトナ夫人のパーティーもそうだった。小説と違う方向に向かっているのであるなら、この先に何があるのか分からない。小説の内容だけに頼るのはやめておいたほうがいいわね。
これがメルリアナ嬢の件での私達の処罰なのかどうかは、私の他に参加する方達を見れば分かる事。
これは、覚悟して参加しなければいけないわね。
アルベール子爵家の家紋が刻まれた馬車で向かった、王城。メルリアナ嬢と王太子殿下の婚約破棄事件が行われたのも、この王城の会場。馬車から降りると、いつも見ているはずの王城を前に、唾を呑みこんでしまう。
王城に入ると、周りからの視線は痛いものもあるけれど、意外と歩きやすかった。メルリアナ嬢と仲良くしていた事は皆知っている事だけれど、リトナ夫人主催のパーティーでの事件が広まっているからかしら。ロランが4股し、不倫まで。そして私は被害者の一人。当たり前の事ね。
そして、王城の廊下に差し掛かった時だった。前方に、私の視界に入ってしまった。
その人物を見たその瞬間、ふと、心臓が大きく脈打った。
冷や汗が、悪寒がした。進む一歩一歩が、重くなってくる。息が、詰まりそうになる。
平然としていないと、きっと不審がられてしまう。悟られないようにしなければ、命が危ない。そう言い聞かせられているかのように、脳内に警告音が鳴り響いた。
「っ……ごきげんよう、ミラージス侯爵」
目の前に差し掛かった時。スカートをつまみ、そして挨拶を。手が震えそうになってしまったけれど、絶対に、駄目。
悟られるな、絶対に。
「……確か君は、アルベール子爵家のご令嬢か」
その瞬間、身体がこわばりかけた。
何故、私の名前を知っているの……?
「……はい、ローズ・アルベールでございます」
青い短髪の、60代くらいの、ガタイのいい男性。この国の侯爵家の一つであるミラージス侯爵家の当主。小説ではたびたび出てきた方で……最終回で、とんでもない事実が判明する。
そんな方が、どうして私の名を知っているのかしら……こうして面と向かってお会いした事はなかったのに。
そのまま私とは逆方向に歩いていってようやく息が吐けた。
彼は、確か王城勤めではない。それなのに、まさかここでお会いするとは思わなかった。もしかして、招待客かしら。でも、逆側に歩いていったのだから違うのかも。では、何故?
そう考えつつ会場である後宮に足を進めた。そして、こちらへどうぞ、と庭の入り口に立つ使用人に案内された。辿り着いたのは、いくつかある東屋の一つ。まだ誰もいらっしゃらないという事は、今回の招待客は子爵家から下の階級の方はいらっしゃらない。
その事にホッとしていたのも束の間、招待客の一人がやってきたその瞬間、緊張が走った。対するご令嬢も、顔をこわばらせる。
「ロ……ローズ嬢……」
「っ……」
メルリアナ嬢の婚約破棄事件で、彼女が退場した後に話した……私と同じ、メルリアナ嬢の脇役の一人。
貴方がここにいるという事は、王太子殿下主催のお茶会の招待客の一人という事。脇役だった私と、同じく脇役だった令嬢。
彼女は顔面蒼白になり、決められた席に静かに座ろうとしていた。その時、またご令嬢が東屋に。その方に、またしても私達は驚いてしまった。
また、私達と同じく、メルリアナ嬢の脇役。
その後、もう一人、そして最後のご令嬢と会場に集まった。皆、考えている事は同じ。王太子殿下が、メルリアナ嬢の脇役を招待なさったという事は……我々にも、処分を下されるのでは……?
全員が、揃ってしまった。全員、メルリアナ嬢と共に社交界に何度も顔を出していた令嬢達。そしてお茶会などでいじめられるカロリーヌを静かに見ては便乗していた令嬢達。
一体これから、どうなってしまうの……? 皆、それを考えては身体を震わせ、顔を青白くして口を閉ざしている。きっと、皆祈っている事でしょう。何事もなく、無事に家に帰れますように、と。
こんな展開、小説にあったかしら。いいえ、なかった。たったの1行も、たったの一言も。
「皆さんお揃いですか?」
そして、静寂を消した声の主の方へ、皆目を向けては顔を見張った。そのソプラノの綺麗な声の持ち主は……王太子殿下の新しい婚約者。この小説の、ヒロイン。カロリーヌ・ベルトラン。
彼女は笑顔を浮かべ、席に着いた。
けれど、おかしい。どうして、カロリーヌが? 本来、こうした席では階級が下の者から順番に会場入りをする。私よりも下のカロリーヌが、私が来る前に到着していなければならなかったのだから、私が最初で安心していたけれど……うかつだった。
それに、一番は……席が、残り一つで、カロリーヌが座り空席がなくなったこと。このお茶会は王太子殿下が主催者のはずなのに、その主催者がいらっしゃらない。
「皆さんにお会い出来て嬉しいです。エリク様にお願いして皆さんを招待してもらったのですよ。驚きましたよね」
「そ、そうでしたか……」
なるほど……カロリーヌは王太子殿下の婚約者であってもまだ男爵家のご令嬢。だから、彼女本人が招待状を出したとしてもきっと理由を作っては不参加になる事でしょうから、王太子殿下にお願いをした、という事かしら。
そして、紅茶とケーキが配られ、お茶会が静かに始まった。けれど、皆目を見張った。カロリーヌが、最初に紅茶に口を付けた。
基本的には、この中で一番階級が上の方が口を付けてから、周りが付ける事がルール。けれど、カロリーヌが最初に手を付けたという事は……この中で一番階級が上なのは自分だと言っているようなもの。
会場に現れた順番もそう。今回、最後にこの東屋に来たのはカロリーヌ。
……自分はもう王太子妃よ、と言っているのかしら。
「皆さん、召し上がらないのですか? とっても美味しいですよ?」
これは牽制。そして、分を弁えろと私達に行動で示している。……そういう事ね。
この中で一番上の階級にいらっしゃるのは、私の斜め前に座っていらっしゃる侯爵令嬢。それなのに、そんな事は全く気にしない様子。
今日呼ばれた目的は、そういう事……?
「実は、皆さんとお友達になりたいってずっと思っていたのです。ですから、これを機に仲良くしましょうね!」
「は、はい……お友達……」
「わ、わたくしも、仲良くしたいと以前から……」
周りの皆は、ひきつった笑顔を見せてはカロリーヌに合わせていた。これでは、以前と同じね。以前にも、メルリアナ嬢の顔色を見つつ、話を合わせてはゴマすりをしていたもの。
この国にとって、階級はとても重要視される。階級の違いで、ここまで違ってしまう。
けれど、その現実を破ったのが、ここに座っていらっしゃる小説のヒロイン、カロリーヌ・ベルトラン男爵令嬢。
下位貴族の中でも一番下である男爵令嬢。それでも人生を諦めず王太子殿下に寄り添い、そしてこの国の母となる存在、王妃となった。そう、小説ではそれでハッピーエンドとなり平和が訪れた。
「いかがですか? とっても美味しいでしょう? このケーキ、私とっても好きなんです」
「と、とっても美味しいですわ……」
「私も好きです、このケーキ……」
けれど、それでも昔からの風習は拭い切れない。本が世界の全てであるならば、ページ一枚一枚の余白に隠れているのは、文字以上の莫大な時間。小説に出てくる一人一人には自身の人生がある。だから、小説を読んだ私が知らない事もこの世界には沢山広まっている。
「ここにいたか、ローズ」
だから、最後にしか出てこないこの人も、私はよく知らない。
私の座る椅子の後ろから、声をかけてきた……――大公殿下の事を。




