第十一話 上位貴族の品格 ②
そして、使用人に案内され屋敷の玄関フロアに。近づくにつれて、聞き慣れた3人の声が聞こえてきた。お父様と、お母様と、ベルナール夫人。声量からして、言い争っているようね。
けれど、背中を向ける両親達の向こうに立つ夫人は私が来ていた事に気が付いたらしい。さも勝ち誇ったかのような表情を見せ、それに気が付いた両親達は振り向いた。
「ようやく来たわね。待たせないでちょうだい」
「ローズっ」
使用人に私がここに来ないよう指示をしていたから、私は来ないと思っていたのね。でも、それは聞けないわ。ごめんなさいね、お父様、お母様。
その気持ちを込めて、お父様に「お母様と一緒に、殿下をお任せしてもよろしいですか」と耳打ちをした。渋っていたようではあるけれど、頷き二人はその場を去った。
それを見ていたベルナール夫人は、だいぶ気分がよさそうだ。扱いやすい小娘だから、と思っているのでしょうね。
「……大変失礼いたしました。夫人が本日ご来訪なさると聞かなかったものですから」
「私の実家なのだから、言伝など必要ないでしょう?」
なわけないでしょう。確かにお父様は婿養子でここは貴方の実家ではあるけれど、親しき仲にも礼儀あり、という言葉は夫人の辞書には全く記載されていないのかしら。
今までもそうだった。自分は侯爵家の人間で、こちらは下位貴族の子爵家だからと実家を馬鹿にしていた。とはいえ、何でもしていいわけでは全くない。むしろ、上位貴族であるならばより一層礼儀を守るべきだ。
……これから上位貴族の一番上の夫人とならなければいけない夫人がここにいるけれど。でも、この方を見本にだなんて一切思わないわね。
「それで、今日はロランとの婚約式について話に来たの。結婚は決まっているのだから、婚約式は早い方がいいわよね?」
なるほど、その話をするためにわざわざ足を運んだというわけね。昨日の今日で、という事は昨日の痴態でリトナ夫人含め目撃者の大勢いる中婚約破棄を告げられてしまった事に焦った、という事かしら。
そして、上位貴族の結婚相手が早急に必要なはずの私が婚約破棄をしたという事は、あのパーティーで別の候補を手に入れたかもしれないという可能性があるかもしれないと考え、早めに決めてしまった方がいいと急いだ。
まぁそんなところでしょうね。
「お断りしたはずでは?」
「こちらが縁談に応じた時点で成立したも同然でしょう? そうねぇ、大事な息子の晴れ舞台だし、実妹の娘との結婚式なのだから婚約式も結婚式も経費は全てこちらでもってあげるわ。下位貴族の子爵家ではとても厳しい額になってしまうものね」
「……」
「そうね、ドレスはあの有名なブティックにしましょうか。我がベルナール侯爵家の息子の結婚式なのだからつまらないものになってしまってはメンツが潰れるというものよ。平凡なあなたでも豪華なドレスを着れば、まぁ何とか見られるでしょう」
……このご夫人は、一体何を言っているのかしら。
私の事についてはいい、けれど私の家を侮辱した事は黙っていられない。だってここは、ベルナール夫人、貴方の実家でもあるのだから。夫人は一体何様のつもりなのかしら。貴方の息子とそっくりですこと。
「あらまぁ、ご夫人はご子息をとても大切になさっていらっしゃるのね」
「当たり前でしょう? 実の親なんですもの。どこかの誰かさんのように、可愛げのない平凡な子にならぬよう愛情を込めて育てたんですもの」
「でも、教育は上手くいかなかったようですが」
「……何ですって?」
その瞬間、鋭い視線が突き刺さる。
「もしかして、昨日のパーティーの事を言っているのかしら? ありもしない事をロランに突き付けて辱めた貴方に、仕方なくお咎めをなしにしてあげようと思っていたのに、これ以上その話を出すのであれば、ただじゃ置かないわよ」
小説では、これを機にベルナール侯爵家は貴族派から王族派に寝返る。となると、リトナ夫人には睨まれたくないところではある。けれど、ロランへの婚約破棄宣言はリトナ夫人の主催するパーティーで行われ、すぐに社交界に知れ渡ってしまう事になる。
社交界の秩序を重視するリトナ夫人でも、これは黙っていない。当事者に、上位貴族の夫人までいるのだから。
だから、代々王族派であったアルベール家にロランを置きたいと思っている。
「なら、昨日のパーティーでお止めになればよかったではありませんか。あぁ、もしかして夫人……貴方あのパーティー会場にいらっしゃらなかったのかしら」
「っ……」
「今は亡き王妃殿下と親しく、そして今の社交界の秩序を守っていらっしゃるリトナ夫人に、招待状をいただけなかったなんて事、ございませんよね?」
「っ……令嬢の分際でっ」
「令嬢の分際で? なら、何故リトナ夫人は私の名で招待状を送ってくださったのでしょうね」
「っ……え?」
そう、今回の招待状はアルベール子爵家当主であるお父様ではなく、私に来た。
きっと、ロランやベルナール夫人はお父様に送られてきて私が代わりに参加したと思っているのでしょうけれど、それは違う。
「ロラン子息は私のパートナーとして付き添ってくださいましたので、彼は参加いたしましたが、夫人は招待状をいただけなかったようですね」
「……」
「まぁ、それもそうでしょうね。昨日のパーティー参加者は全員王族派の方々でしたもの。貴族派であるベルナール侯爵家の方々には、送りませんわ」
これは、王族派ではあるけれど婚約の件については反対だと周りに伝えたという事。
そしてパーティーの次の日、しかも早朝である今の時点では、昨日参加なさった招待客しかリトナ夫人がご招待した方々を知らないという事になる。婚約破棄事件からリトナ夫人のパーティーまでの数日間、社交界は静まり返っていたから、招待客以外誰が招待されたのかは知らない。
「私達は王族派、そしてリトナ夫人は私に招待状を送ってくださいました。それでもし、貴族派のロラン子息との結婚が成立したとすれば、リトナ夫人はどう思われますか?」
「っ……」
「もし、ロラン子息がアルベール子爵となり爵位を上げ上位貴族の仲間入りをしたら?」
小説では、結婚後ベルナール侯爵家の力でアルベール子爵家が伯爵家になる。それは全て、侯爵家の力で成し得た事。
そして、ベルナール夫人とリトナ夫人の階級は同じだけれど、社交界での影響力は断然リトナ夫人が上。だから、ベルナール夫人はリトナ夫人の前では強く出られない。
「昨日、私はどうやって帰ってきたと思いますか?」
「……リトナ夫人が馬車を貸してくださったと、そう言いたいのかしら」
「さぁ? ですが、今回のパーティーはとても勉強になりましたわ。ご招待するお客様選び、そして……お客様へのおもてなしは最後まで」
これで、私が最後までもてなしをされたと伝わるはずだ。貴族派の子息を勝手に参加させ、騒ぎを起こしたにもかかわらず、最後までもてなされた。
果たして、リトナ夫人はロランをどう思っただろうか。まぁ、良い方向には行っていないことは確かね。
「さ、おかえりください」
「っ……この小娘がっ!!」
ベルナール夫人はそう声を荒げた。興奮し顔を真っ赤にしては私を睨みつけるけれど……全くもって怖さを感じられない。それどころか、呆れてものも言えないわ。これでも上位貴族の夫人かしら。きっと、ここにリトナ夫人がいれば睨みつけられていた事ね。
そんな時だった。
「――私を抜きに楽しむとは冷たいではないか。混ぜてくれてもいいだろう」
そんな声が、ここ玄関ホールに響いた。私達は揃って、声のする方へ視線を向ける。
その声の主は、先ほどまで客間にいたはずの人物。大公殿下だ。彼は、私の後ろから歩いてきては私達にそう言ってきたけれど……対するベルナール夫人は顔面蒼白、私はまたもや呆れてしまった。
……ちょっと待って、確か、お父様とお母様が対応なさっていたわよね。お二人はどうしたの……?
お二人に何かあったのかしら。大丈夫、よね……?
そんな寒気を感じていると、私の後ろに立ちいきなりお腹に手が回され後ろに引かれた。……何故、そんなところに……?
「ローズ、この煩いハエは誰だ?」
煩い、ハエ……
そんな言いように、ベルナール夫人はカチンと来たように見えるけれど……流石に言い返せないでしょうね。そもそも、殿下は王族なのだから。
「ベルナール侯爵夫人でございます。私の、叔母です」
「ベルナール侯爵夫人……あぁ、あの鶏の産みの親か」
ハエの次は、鶏……あ、まぁ、鶏呼ばわりしたのは、私ではあるのだけれど……大事な息子を鶏呼ばわりされたのだから、怒るのは当然。
思った通り、夫人は大公の言いようにわなわなと怒りを見せていた。
「あの、殿下、何故、このような場にいらっしゃるのでしょうか……?」
顔を引きつらせた夫人に対し、大公は笑いつつもこう言った。
「ん? あぁ、放ったらかしにされたのだから迎えに来るのは当たり前だろう?」
大公は満足そうに笑うと、ローズの髪に顔を寄せ、囁く。
「な?」
「……もうしわけございません、殿下。少々手間取ってしまったものですから。ではベルナール夫人、もうお帰りになられてはいかがでしょうか」
「っ……失礼、致します」
苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、一度キッと私を睨みつけては洋服のスカートを翻し玄関から帰っていった。
はぁ……ようやく、ね。それより……
「……殿下、戻りましょう」
そう言いつつ、私のお腹に回している腕を軽く掴み剥がそうとすると、意外と素直に離してくださった。けれど、今度は手を握られてしまう。
こちらに向ける満面の笑み。この表情の意味は、私にはまだよく分からない。一体殿下はどうお考えなのかしら。
そして、先ほどまでいた客間にはお父様達はいらっしゃらなかった。一体どこへ? と思ったけれど、結局殿下がお帰りになるまでこちらには来なかった。一体何が……
「王族との結婚となると、下位貴族はすべきことが山済みだな……はは……」
……お父様、お母様、顔面蒼白ね。
何も教えてもらえなかったけれど……何となく分かったような、ないような。




