第15話 何でもできる箱は、何もできない(挿絵有)
つくも、15話の投稿前に推敲というか、地の文の調整というか余白の有無を考えたい
以下の貼り付けた文章はみてみんへのリンクもあるからそれは調整後も残す
まずは貼り付け
あれから、一週間が過ぎた。
魔導PLCは、空箱ではなくなっていた。
良樹はこの一週間、寝る間を削って魔導盤を詰めた。
リシアの魔力を読み、カレンに動いてもらい、クラリスに負荷を見られながら、何度も条件を組み直した。
止めた。
やり直した。
また止めた。
そして、またやり直した。
その結果、良樹の携行盤は二種類になっていた。
一つ目は、斥候盤。
インバータ付きの脚力モータ。
PLC制御の魔導レーザースキャナ一基。
味方識別。
味方反応を薄く残した透過。
不明魔力反応の検知。
接近警告。
危険方向での回転減速。
手動停止。
良樹の感覚では、九割近くまで詰められている。
ただし、まだ最終段階の一つ手前だった。
訓練場で、リシア、カレン、クラリスの三人を相手にするだけなら、かなり安定している。
既知魔力は拾える。
奥も見られる。
接近中の不明反応も警告できる。
だが、現場はそんなに綺麗ではない。
二つ目は、攻撃盤。
良樹自身は、その呼び方をあまり好んでいない。
だが、PLCとPID制御を組み込んだ水蒸気爆発弾。
さらに、鍛冶屋に作らせた筒と弾頭を使う蒸気ランチャー試作。
そこまで積んでおいて、攻撃盤ではありません、は通らない。
認めない方が危ない。
だから良樹は、嫌々ながら、それを攻撃盤と呼ぶことにした。
現在、保持できる盤は二枚。
ただし、便利なことばかりではない。
同時展開は、基本一枚。
盤の切り替えには、約一分。
具現化するにも、一呼吸以上はかかる。
戦闘中に、都合よく盤を選び直すことはできない。
出す前に、決めなければならない。
そして、出した盤で生き残らなければならない。
そこまでは分かった。
技術面では、進んでいる。
問題は、技術面ではない方だった。
この一週間、リシア、カレン、クラリスの三人からの距離は、明らかに近くなっていた。
リシアは、当然のように良樹の隣へ座る。
肩が触れそうな距離で、魔導盤を覗き込む。
カレンは、良樹の前へ立つことを少しずつ遠慮しなくなった。
怖がりながらも、視線を逸らさず、良樹の見たい危険を見ようとする。
クラリスは、負荷確認という名目で、良樹の手首、肩、呼吸、心拍を見る。
見るだけで済まない時も、まあまあある。
年下の、綺麗で、若い女の子たちだ。
しかも三人とも、自分に好意を向けている。
嬉しくないはずがない。
嬉しくないはずがない、のだ。
だが、良樹の理性という名のブレーカーは、ここ数日、定格電流を明らかに超えていた。
だから良樹は今、一人でギルドの集会所にいた。
逃げたわけではない。
斥候盤の人混み実験の許可を取りに来ただけだ。
逃げたわけではない。
重要な手続きだ。
決して、三人から少し離れて呼吸を整えに来たわけではない。
そう自分に言い聞かせながら、良樹はガレスの前に立っていた。
◇
「つまり、ここでその探索魔法を試したいってことか」
ガレスは太い腕を組み、良樹を見下ろした。
ギルドの集会所は、昼前からすでに騒がしい。
依頼を見に来た冒険者。
荷を運ぶ職員。
受付の奥で書類を捌く者。
奥の卓で朝から酒を飲んでいる男。
壁際に積まれた木箱。
魔石の入った袋。
保存用の魔道具。
訓練場とは違う。
人が多い。
反応が多い。
動きが雑だ。
良樹は頷いた。
「探索魔法って言い方が正しいかは分からんが、近い」
「見るだけだ」
「人に何か撃つわけじゃねえ」
「危なくねえんだな」
ガレスの声が低くなる。
良樹は即答しなかった。
「危険な出力は繋いでない」
「警告は出る」
「ただ、攻撃出力には繋がってない」
「荷崩れの時に使った探索みたいなもんだと思っていい」
ガレスは、しばらく良樹を見る。
荷崩れの時。
倉庫の荷が崩れ、木箱と袋が連鎖して落ちかけた。
その時、良樹は先に人を退かした。
荷ではなく、人を。
崩れる向きと止める場所を見て、誰が巻き込まれるかを先に確認した。
ガレスは、それを覚えていた。
「荷崩れの時の探索魔法みてえなもんなら構わん」
ガレスはそう言った。
だが、そこで指を一本立てる。
「ただし」
「ああ」
「お前が怪我して帰ってきた時のような魔法は、絶対に駄目だ」
良樹は口を閉じた。
覚えている。
無理な出力確認をして、腕と肩を痛めて戻った時のことだ。
クラリスに見つかり、リシアに怒られ、カレンに本気で心配された。
ガレスにも、後で釘を刺された。
「今日は斥候盤だけだ」
「攻撃盤は出さねえ」
「絶対だな」
「絶対だ」
「ならやれ」
「ただし、誰かが騒いだら止めろ」
「酒樽にも当てるな」
「酒樽は関係あるのか」
「ある」
「酒が漏れたらギルドが荒れる」
「そこは妙に現実的だな」
ガレスは豪快に笑った。
良樹は苦笑し、集会所の端へ移動した。
◇
良樹は胸の前に手を置き、斥候盤を呼び出す。
すぐには出ない。
一呼吸。
それより少し長い。
胸の前に、半透明の盤が形を取る。
光の線が繋がり、小さな箱型の魔導PLCが盤の中央で淡く灯る。
即時発動ではない。
奇襲された瞬間に、都合よく出せるものではない。
良樹はそれを改めて確認する。
「起動」
魔導レーザーが細く伸びる。
それを魔導モーターが回す。
インバータで回転を絞る。
一定速度ではない。
危険方向で減速できるよう、PLCへ条件を渡す。
集会所の中の反応が、一気に入ってきた。
多い。
訓練場の比ではない。
人の魔力。
魔石の反応。
魔道具の反応。
酒樽の保存符。
歩く者。
止まる者。
急に立ち上がる者。
荷を持って横切る者。
近い。
遠い。
動いている。
止まっている。
近づいてくる。
離れていく。
それを全部、生で読もうとすれば、良樹の頭が詰まる。
だから、PLCに条件を噛ませる。
近いだけでは警告しない。
接近速度を見る。
向きを見る。
一定時間動かない反応は固定ノイズに逃がす。
魔道具らしい反応は、人間の魔力とは別枠にする。
それでも、警告は出すぎた。
酔った冒険者が急に立ち上がる。
それだけで、接近反応が立つ。
荷物に入った魔石が横切る。
弱い魔力反応として引っかかる。
受付の奥で魔道具が起動する。
固定反応だと思ったものが、わずかに揺れる。
「……なるほどな」
良樹は低く呟いた。
ガレスが横から聞く。
「駄目か」
「駄目じゃねえ」
「ただ、訓練場よりよっぽど汚い」
「汚い?」
「情報がな」
「現場の入力は、綺麗に並んでくれねえ」
良樹は、盤の中の条件を少しずつ修正する。
警告を絞る。
固定反応を逃がす。
速度だけではなく、向きも見る。
人の反応と魔石の反応を分ける。
短時間だけ跳ねた反応を、すぐ危険扱いにしない。
見落としは怖い。
だが、警告が多すぎても意味がない。
鳴りっぱなしの警報は、現場では無視される。
それは、設備でも人間でも同じだ。
しばらく試した後、良樹は斥候盤の回転を止めた。
魔導レーザーが細く消える。
「どうだ」
ガレスが聞く。
「九割じゃ足りねえな」
「失敗か」
「いや」
「入口には入った」
「でも、現場の一割はでかい」
良樹は胸の前の斥候盤を閉じた。
「訓練場でできたから完成、って言ったら事故る」
「人混みは、思った以上にノイズが多い」
「ただ、方向性は間違ってねえ」
「なら上出来だ」
ガレスは短く言った。
「現場で駄目なところが見つかったなら、試した意味はある」
「……そうだな」
良樹は少しだけ笑った。
その時だった。
「良樹」
背後から声がした。
振り返るまでもなかった。
リシアの声だ。
「あ、あの……良樹さん」
次に、少し控えめな声。
カレン。
「良樹くん」
最後に、柔らかい声。
クラリス。
良樹は、ゆっくりと目を閉じた。
「……何でいる」
◇
リシアは少し不満そうだった。
「実験するなら呼びなさいよ」
「人混みのノイズ確認だ」
「危ないことはしてねえ」
「それでもよ」
リシアは、まだ納得しきっていない顔で良樹を見る。
カレンは心配そうに、良樹の腕や肩を見ていた。
「良樹さん、大丈夫でしたか?」
「見るだけの実験だ」
「でも、良樹さんは見るだけでも無理をする時があります」
「俺への信用が薄いな」
「信用しています」
「だから、心配しています」
言われて、良樹は返しに詰まった。
クラリスは、当然のように良樹の右手首を見た。
「手首は痛くありませんか?」
「痛くねえ」
「肩は?」
「大丈夫だ」
「呼吸は少し浅いですね」
「今浅くなった理由は、お前らだ」
「では、原因確認もできました」
「納得するな」
ガレスが腹を抱えて笑った。
「やっぱり囲まれてんじゃねえか」
「うるせえ」
良樹は額を押さえた。
やはり逃げ場はなかった。
◇
その後、ガレスは攻撃盤のことを聞いた。
「斥候盤は今ので分かった」
「で、もう一枚の方はどうなんだ」
良樹は少し顔をしかめる。
「攻撃盤か」
「お前がその名前で呼ぶのは珍しいな」
「言いたくはねえよ」
「でも、他に呼びようがねえ」
「何が入ってる」
「PLCとPID制御の水蒸気爆発弾」
「それと、蒸気ランチャーの試作」
ガレスは少しだけ黙った。
「攻撃盤だな」
「攻撃盤だよ」
「そこは認めるのか」
「認めないと危ねえ」
良樹はそう言った。
リシアが隣で少し真面目な顔になる。
水蒸気爆発弾。
それはこの一週間、何度も見てきた。
小型魔物程度なら、蹴散らせるだけの出力がある。
ただし、大きな出力にすると危ない。
正面から受け止めるのではなく、逃がす。
そのためには、リシアの風遮膜が必要だった。
「水蒸気爆発は強い」
「小型なら散らせる」
「でも、トロルの時の引っかかりが消えねえ」
良樹は言った。
「面で叩くだけじゃ、芯まで止まらねえ相手がいる」
「拡散する威力だけじゃ、駄目かもしれねえ」
「だから、蒸気ランチャーか」
ガレスが言う。
「ああ」
良樹は頷いた。
「俺の頭に浮かんだのは銃だった」
「でも、俺は銃なんか作れねえ」
「火薬も、銃身も、弾道も専門じゃねえ」
「だから今作ってるのは、精々、蒸気ランチャーだ」
場所を移すことになった。
集会所で攻撃盤は出さない。
それはガレスとの約束であり、良樹自身の安全判断でもあった。
◇
町外れの訓練場。
そのさらに奥にある岩場。
人は少ない。
ガレスが立ち会い、周囲に他の冒険者がいないことを確認する。
良樹は鍛冶屋に作らせた短い筒を取り出した。
片側が塞がれた金属筒。
精密な銃身などではない。
内側も完全には整っていない。
ただ、圧を前へ逃がすための筒だ。
次に、短い金属の塊を取り出す。
「それが弾頭?」
リシアが聞く。
「ああ」
「飛ばすための塊だと思っとけ」
カレンは、それを見てもよく分からなかった。
危ないものだということは分かる。
筒の中で爆発を起こして、何かを前へ飛ばす。
それくらいなら分かる。
けれど、良樹が本当に何を作ろうとしているのかは、分からない。
クラリスもまた、危険性は分かった。
筒が裂ければ危ない。
横へ抜ければ近くの者を傷つける。
反動で腕や肩を痛める。
手元で破裂すれば、治せるかどうかも怪しい。
だが、良樹がその先に何を見ているのかまでは、掴みきれなかった。
良樹は筒を固定し、魔導盤を開こうとした。
その時。
「……私なら、それ、できるかも」
リシアが、ぽつりと言った。
良樹の手が止まる。
「何がだ」
「それ」
リシアは、片側を塞いだ筒を指さす。
それから、弾頭を見る。
「その筒と、飛ばしてる石みたいなもの」
「あと、後ろから押すところ」
「弾頭だ」
「石じゃねえ」
「うん。それ」
リシアは、少しだけ眉を寄せる。
「風で、筒を作る」
「中をまっすぐ通すようにして、横へ逃げないようにする」
「土で、弾を作る」
「ただの石じゃなくて、前だけ硬くして、後ろは押されやすい形にする」
「火と水で、良樹の水蒸気爆発みたいに後ろから押す」
「それから、風で少し回す」
「まっすぐ飛ぶように」
良樹は、しばらく黙った。
「リシア」
「何?」
「今の、絶対に一人で試すな」
「またそれ?」
「またそれだ」
「お前が今言ったのは、魔法で筒と弾と推進圧を同時に作るって話だ」
「失敗したら、前じゃなく横に裂ける」
「手元で破裂する」
「風の筒が崩れたら散る」
「土の弾が砕けたら散弾になる」
「火と水の圧がズレたら暴発だ」
リシアの顔が、少しだけ引き締まる。
「……分かった」
「一人ではやらない」
「絶対だ」
「うん」
「絶対」
良樹は、それを聞いてようやく頷いた。
「やるなら、俺が見る」
「ガレスさんも見る」
「カレンは周囲と前を見てくれ」
「クラリスはリシアの身体を見てくれ」
「はい」
カレンが頷く。
「分かりました」
クラリスも静かに頷いた。
「リシアさんの肩、手首、呼吸を見ます」
「私は実験台じゃないんだけど」
リシアが少しだけむくれる。
良樹は真顔で返した。
「今回は出力源だ」
「だから余計に見る」
「……言い方」
「悪い」
「でも、真面目な話だ」
リシアは少しだけ息を吐き、前へ出た。
◇
リシアは右手を前へ向けた。
最初に生まれたのは、風だった。
透明な筒。
目にはほとんど見えない。
だが、良樹には分かった。
空気の流れが、一本に揃えられている。
逃げ道を作っている。
いや、違う。
これは、バレルだ。
「……風で筒を作ってるのか」
「うん」
リシアは短く答える。
次に、土の魔力が集まった。
小さな弾。
石というより、芯。
先端だけが硬く、後ろは圧を受けやすい形。
良樹が鍛冶屋に作らせた弾頭を、リシアは魔力と土で再現していた。
火が灯る。
水が集まる。
その二つが、弾の後ろで触れた。
爆ぜる。
だが、広がらない。
風の筒が、爆発の逃げ場を前だけに絞る。
弾は、風に巻かれながら細く回った。
音は、爆発というより、破裂に近かった。
ぱん、と乾いた音。
次の瞬間。
離れた岩に、小さな穴が開いた。
岩は砕けなかった。
派手に割れもしなかった。
破片が飛び散ることもない。
ただ、穴が開いていた。
向こう側まで。
良樹は、しばらく声を出せなかった。
「……通った」
リシアが、小さく呟いた。
良樹は、貫通した岩を見ていた。
砕いたのではない。
吹き飛ばしたのでもない。
通した。
水蒸気爆発弾は面で叩く。
これは違う。
点で抜く。
砕くのではなく、穿つ。
トロル戦で残っていた引っかかりに、一本の線が通った気がした。
だが、その直後だった。
「きゃっ」
リシアの身体が、後ろへ流れた。
風の筒がほどける。
撃ち出した反動が、遅れてリシアの腕と肩を押し返す。
踏ん張ろうとした足が、土を少しだけ削る。
だが、止まりきらない。
リシアはそのまま、ぺたん、と尻餅をついた。
「リシア!」
良樹は反射的に駆け寄った。
腕。
肩。
手首。
腰。
魔力切れ。
反動負荷。
姿勢崩れ。
見るべきところは多い。
多かった。
多かったのだが。
リシアは、膝をくっつけたまま、足先だけが左右へ外に流れるような座り方になっていた。
反動で崩れ、慌てて上体だけ起こした姿勢。
撃った直後の風が、まだ少し残っている。
訓練用のスカートは、動きやすい代わりに、こういう座り方には強くない。
良樹の視線が、一瞬だけ止まった。
止まってしまった。
「……」
「……良樹?」
リシアが、不思議そうにこちらを見る。
次の瞬間、自分の姿勢に気づいた。
くっついた膝。
外へ流れた足。
乱れた裾。
良樹の視線。
リシアの顔が、一気に赤くなる。
「み、見た?」
良樹は、即座に視線を逸らした。
「反動を見た」
「今の間は何!?」
「反動と、姿勢崩れと、装備の挙動を見た」
「最後!」
「悪い」
「悪いってことは見たのね!?」
「安全確認上、視界に入った」
「言い方!」
リシアは慌ててスカートを押さえた。
顔が熱い。
耳まで熱い。
たぶん、真っ赤になっている。
見られた。
いや、見えた、というべきなのだろう。
良樹はわざと見たわけではない。
それは分かっている。
分かっているが、見えたものは見えた。
今日は、クラリスさんに対抗して白にしたのに。
そう思った瞬間、リシアはさらに顔を赤くした。
何を考えているのだ、自分は。
見られたいわけではない。
断じて違う。
確認期間だからといって、そういう方向に寄せたわけではない。
ただ、もしもの時に備えただけだ。
戦闘訓練では装備の挙動確認が必要だ。
スカートは動く。
風も使う。
反動もある。
だから、仕方ない。
仕方ない、はずだった。
「あ、あの……」
カレンが真っ赤になりながら、小さく呟いた。
「さ、参考になります……」
「参考にしないで!」
リシアが叫ぶ。
クラリスは、口元に手を添えたまま穏やかに微笑んでいた。
何も言わない。
だが、見ている。
完全に見ている。
「クラリスさんも何か言いたそうな顔しないで!」
「いえ」
クラリスは微笑んだ。
「まだ何も」
「まだって何!?」
良樹は額を押さえた。
「……俺は、反動確認をだな」
「良樹が見たんでしょ!」
「見えたんだよ!」
「同じよ!」
「違う!」
◇
ひとしきり騒いだ後、カレンは静かに岩を見た。
穴が開いている。
砕けたのではない。
割れたのでもない。
小さな穴が、向こう側まで抜けている。
派手な爆発ではなかった。
地面を揺らすような衝撃でもなかった。
だからこそ、怖かった。
爆発なら、広がる場所が見える。
炎なら、避ける方向が分かる。
斬撃なら、剣筋が見える。
けれど、今のリシアの魔法は違った。
細い。
速い。
見えた時には、もう通っている。
カレンには、良樹が作っていた筒の意味が分からなかった。
片側を塞いだ金属の筒。
短い金属の塊。
水と火で生まれる爆発。
それを前へ逃がすという説明。
聞けば、何となく分かる。
危ないものだということも分かる。
でも、良樹が本当に何を作ろうとしていたのかは、分からなかった。
けれど、リシアは違った。
良樹の説明を聞いて。
筒を見て。
弾頭を見て。
水蒸気爆発の流れを見て。
自分ならできるかもしれない、と言った。
そして、本当にやった。
カレンは、木剣の柄を握る。
前に立つことなら、自分にもできる。
怖い場所を見ることなら、自分にもできる。
でも、良樹が見ているものを同じように見て、形にすることはできない。
リシアは、それができる人だった。
後ろで支援するだけの魔法使いではない。
後ろから戦場を貫ける人。
心強い。
そして、少し怖い。
カレンは、自分が前に立つなら、リシアの射線も背負うことになるのだと理解した。
クラリスも、岩に開いた穴を静かに見ていた。
綺麗な穴だった。
余計な破壊が少ない。
周囲を砕かず、裂かず、ただ一点だけを抜いている。
つまり、力が散っていない。
人の身体に当たれば、どうなるか。
皮膚。
筋肉。
骨。
血管。
臓器。
どこを通るかで、結果はまるで変わる。
腕なら、治せるかもしれない。
肩なら、後遺症が残るかもしれない。
胸や腹なら、間に合わないかもしれない。
頭なら、祈る時間すらない。
クラリスには、良樹が作っていたものの危険性は分かった。
片側を塞いだ筒。
中に入れる弾頭。
後ろから押す圧。
失敗すれば、手元で裂ける。
横へ抜ける。
反動で肩や手首を痛める。
その程度の危険は、身体を見る者として理解できた。
けれど、良樹がその先に何を見ていたのかまでは、分からなかった。
拡散ではなく集中。
面ではなく点。
砕くのではなく、穿つ。
それを、リシアは理解した。
風で筒を作り、土で弾を作り、火と水で後ろから押す。
さらに風で回転を与え、弾道を安定させる。
リシアは、良樹の発想を魔法に翻訳した。
ただ強いのではない。
ただ器用なのでもない。
良樹が見ていた形を、別の言葉で実現できる人。
それは、隣に立つ者の力だった。
クラリスは、穏やかな表情を崩さない。
けれど内心では、はっきりと線を引いていた。
あの魔法を撃つ時、私はリシアさんを見る。
良樹くんだけではない。
リシアさんの肩、手首、呼吸、魔力の抜け方。
撃った後に崩れる場所。
止めるべき人が、一人増えた。
◇
良樹は、貫通した岩を見ていた。
砕けていない。
割れていない。
ただ、向こう側まで抜けている。
鍛冶屋に作らせた筒では、まだ届かなかった形。
水蒸気爆発だけでは、広がってしまう力。
それを、リシアは魔法で束ねた。
風で筒を作り。
土で弾を作り。
火と水で圧を生み。
風で回転を与えて、真っ直ぐに通した。
良樹の頭の中にあった、未完成の線。
面ではなく、点。
砕くのではなく、穿つ。
それが、目の前にある。
「リシア」
良樹は、思わず言った。
リシアは、まだ頬を赤くしたまま振り返る。
「……何?」
良樹は、貫通した岩を見た。
そして、リシアを見る。
「お前は、俺の理想だ」
空気が止まった。
カレンは、何も言えなかった。
理想。
良樹さんの理想。
その言葉が、頭の中で何度も響く。
リシアさんが。
良樹さんの。
理想。
胸の奥が、すっと冷えた。
自分は、良樹さんの前に立ちたいと思った。
怖くても、前に出たいと思った。
良樹さんは、それを見てくれた。
けれど。
理想、とは言われていない。
カレンの指から、木剣の柄を握る力が抜けかけた。
クラリスも、息を止めていた。
理想。
その言葉は、重い。
あまりにも重い。
けれど、良樹くんの目は、リシアさんだけを見ていたわけではなかった。
岩の穴。
風の筒。
土の弾。
火と水の圧。
反動。
貫通した先。
良樹くんが見ていたのは、リシアさん自身だけではない。
リシアさんが形にした魔法。
良樹くんが作ろうとしていたものの、完成形に近い構造。
そこまで見て、クラリスはようやく呼吸を戻した。
まだ、大丈夫です。
たぶん。
おそらく。
ぎりぎり。
「良樹くん」
クラリスの声は、いつも通り柔らかかった。
ただし、ほんの少しだけ硬い。
「今の言葉は、リシアさんご本人ではなく、リシアさんの今の魔法が、良樹くんの考えていた理想形に近い、という意味ですね?」
良樹は、救われたように顔を上げた。
「そう!」
「それだ!」
「それが言いたかった!」
カレンの肩が、わずかに戻った。
完全ではない。
完全には戻らない。
それでも、木剣を落とさずに済んだ。
「……でも、最初は」
リシアは、真っ赤な顔で小さく言った。
「お前は、って言ったわよね」
良樹が固まる。
「言った」
「言ったのね」
「言った」
「けど、意味は今クラリスが言った通りで――」
「分かってるわよ」
リシアは、口元を押さえた。
「分かってるけど」
「最初に聞いた言葉は、消えないから」
カレンの木剣が、少しだけ震えた。
クラリスの微笑みも、ほんの少しだけ深くなる。
「覚えておくわ」
「これは、私の記憶だもの」
良樹は、自分がまた何かの主幹を入れてしまったことを理解した。
「……言葉って、怖えな」
「良樹が怖くしてるのよ」
「返す言葉もねえ」
クラリスが静かに言う。
「今は、あまり返さない方がよいと思います」
「安全停止か」
「はい」
「安全停止です」
良樹は黙った。
今度ばかりは、止められて正解だった。
◇
良樹は、どうにか技術評価へ戻した。
「威力は十分だ」
「いや、過剰かもしれねえ」
リシアは、まだ赤い顔のまま良樹を見る。
「過剰?」
「ああ」
「岩を砕くんじゃなくて貫いた」
「つまり、力が散ってない」
良樹は、岩に開いた穴を見る。
「でも、だから危ない」
「抜けた先まで確認しないと撃てない」
「味方が後ろにいたら論外」
「町中では絶対に撃つな」
「反動もある」
「発動時間もある」
「連射も無理だ」
「リシアの負荷も見る必要がある」
「条件、多すぎない?」
「多いから強いんだよ」
良樹は即答した。
「これは、一人で撃つ魔法じゃねえ」
リシアが少し黙る。
良樹は続けた。
「リシアは撃つ」
「カレンは前で時間を稼ぐ」
「ただし、射線を邪魔しない位置を取る必要がある」
「クラリスは、撃つ前と撃った後の身体を見る」
「肩、手首、腰、魔力の抜け方」
「俺は、撃っていい条件を見る」
「後方、貫通先、味方位置、停止条件」
良樹は、リシアを見る。
「四人で使う技だ」
リシアは、少しだけ表情を変えた。
一人で完成した魔法ではない。
良樹の発想。
自分の魔法。
カレンの前線。
クラリスの身体監視。
全部が必要になる。
それは少し悔しくて。
それでも、少し嬉しかった。
ガレスは、貫通した岩を見ていた。
「今のは使える」
実戦屋の声だった。
「だが、場所を選べ」
「町中では撃つな」
「後ろに味方がいる時も駄目だ」
「撃つなら、撃つ前に周りを見ろ」
「分かってる」
良樹は頷く。
「分かってるならいい」
ガレスは、良樹とリシアを見た。
「だが、トロル相手なら話は変わるかもしれねえな」
その言葉に、良樹の表情が少しだけ硬くなった。
やはり、そこに戻る。
トロル。
水蒸気爆発では止めきれなかった相手。
面では届かなかった芯。
そこへ通す一本の線。
良樹は胸の前に、存在しない魔導盤の感触を思い出した。
斥候盤は、人混みでの課題を見つけた。
攻撃盤は、水蒸気爆発だけでは足りない場面への答えを見つけた。
だが、どちらもまだ完成ではない。
そして、どちらも良樹一人では完成しない。
斥候盤には、三人の魔力識別が必要だった。
人混み実験には、ガレスの許可と場が必要だった。
四魔素穿弾には、リシアが必要だった。
実戦で撃つには、カレンとクラリスも必要になる。
良樹は、小さく呟いた。
「……何でもできる箱は、何もできねえな」
リシアが首を傾げる。
「何か言った?」
良樹は首を振った。
「いや」
「まだまだ現場が足りねえって話だ」
リシア、カレン、クラリスは、それぞれ少しだけ違う顔で良樹を見る。
良樹の魔導盤は、強くなっている。
けれどそれは、良樹一人が強くなったという意味ではない。
四人で動く現場が、少しずつ形になってきたということだった。




