0章 第3話
「で、ここが食堂。あっちが医務室ね」
俺の前を行く「正義」という少年は、あちらこちらの部屋を紹介して歩く。
外は白だが内側は水色の髪が、歩を進めるたび跳ねるように動いた。
「……牢屋ってこんな軽い感じで歩けるのか?」
「僕が看守役だからじゃないかな?権限をたくさん持っているんだ」
君もそのうち鍵とかもらえるよ、と、彼はまた俺に微笑んだ。
「聞きたいことは山ほどあるけど――この監獄って、無実の人が多いのか?」
理不尽な独裁者のことを思い出し、顔を顰めながら問いかける。
「そうだね。……二十二人の中には、本当に何かしちゃった人もいるみたいだけれど」
「正義」が急に足を止め、こちらを振り返る。
赤いカーペットに影ができて、彼の影が濃くなったように見えた。
「――大変だったね、愚者。」
「……侮辱か」
あの皇帝と同じように呼ぶな、と睨みつけると、正義は慌てたように手を振った。
「違う違う!ここでの君の呼び名なんだ――零番『愚者』」
意味が分からず首を傾けた俺に、正義は言葉を続ける。
「僕が正義って呼ばれてるのと同じだよ。分かりやすく言うとあだ名、かな」
「ふーん」
……俺が「愚者」なのは、正義と比べて格好悪いような気がする。
「さ!次の部屋に行こうか」
*
想定外に広かった監獄は、回るだけで半日もかかってしまった。
部屋に帰った俺たちは、倒れこむようにしてベッドに身を任せる。
「お疲れ様、愚者」
「……ありがとう。正義もな」
天井を見上げたまま言葉を交わすと、少しだけ心が休まるような気がした。
「君とは仲良くなれる気がする。――僕の勘だけど」
「俺もだ。今日一日でたくさん話せたしな」
不意に小さな音がして目を開ける。
俺の顔を覗き込んでいた正義は、こちらに向かって手を差し出した。
「僕は君の監督者だ、でも友人でもある」
その言葉が頼もしくて、俺の頬は勝手に緩んだ。
「ああ、これからしばらくよろしくな!」
「――約束するよ。君は僕が責任もって守り抜く」
逆光でよく見えない正義の顔が、少しだけ暗く感じた。
*
囚人たちの食事は基本的にバラバラらしく、俺が他のメンバーと顔を合わせることはなかった。
正義と二人、或いは俺一人での行動ばかりで、本当に二十二人もいるのか怪しくなってくる。
美味しい飯に寝心地のいい布団。すっかりここでの生活に慣れた俺は、自分が死刑囚だということを忘れかけていた。
「愚者。ちょっと大事な話があるんだけど」
正義に手招きされて、牢の隅まで進む。首を傾げる俺に、彼はこう耳打ちした。
「ここの生活に不満はある?」
「……いや、特に?どうした、何の話なんだ?」
「声が大きい」と咎められて口を閉じると、正義は人差し指を唇に添える。
「囚人たちに会ったことはないでしょう?」
「ああ、ないな。本当にそんなにたくさんいるのか?この監獄」
正義は真面目な顔つきになり、声のトーンをさらに落とす。
「――彼らは一人ずつ減っているんだ」
「……は?処刑ってことか?」
「いや、違う。なぜかは知らないけれど、釈放だ」
――釈放。
長らく望んでいたその響きに、俺は目を見開いた。
「希望があるってことか!嬉しいな」
うん、と一度うなずいたあと、正義はまた顔を曇らせる。
「その条件が分かるのが先か、僕たちの処刑が先かだね」
「処刑なんて本当にあるのか?」
「あの偽善者は気まぐれなんだ、いつでもおかしくない。実際君の前の――いや」
何でもない、と言う彼の睫毛が震える。
「……とにかく、君に一つ提案がある」
「いいぞ!なんでも来い」
彼の口から放たれたそれは、新鮮で、かつ危険な響きを纏っていた。
「――一緒に、脱獄しよう。愚者」
……そして、その言葉を境に。
なぜだろう、俺の意識は深く沈んでいった。




