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第五話 さつき(前編)

挿絵(By みてみん)

「今日は大安吉日だし、行動を起こすには最適な日だわ」

 私は独り言をつぶやき、ベッドから跳ね起きた。寝起きでいきなり激しく体を起こすのはよくないというが、昔、部活の朝練のため早起きするとき気合を入れるために跳ね起きるのが癖になっており今でも、今日はやるぞって、いう日にはついやってしまう。最近はちょっと腰が痛むこともあるのでいい加減ほどほどにしなくては。


 母親には昔から色々と心配をかけてきたという自覚はある。大学時代にマッテオと付き合っていることも内緒だったし、結婚報告のときもサプライズ感があった方がいいかと思い、先に籍を入れてしまったのは今でもちょっと悪いことをしたと思っている。

 その後、イタリアに移住した後も殆ど日本には帰ってこられなかった。向こうの生活になじむのに必死だったしこともあるけど、何となく顔を合わせづらい気持ちもあった。さすがに子供が生まれたときは報告もかねて家族で日本に帰ってはいるが、あとはおじいちゃんの墓参りに数回帰ってきたくらいだった。それが、に近所に引っ越してきたわけなので、おかあさんもさぞかしびっくりしたことであろう。


 ここで重要な役割を果たしたのは夫のマッテオだ。マッテオとは大学時代に友人の紹介で出会った。私はイタリア人というと陽気で女好きという確固たる偏見を持っていたが、マッテオはシャイだった。友人も男勝りでサバサバした私であれば意外とかみ合うと思ったようだ。実際マッテオなりには日本におけるイタリア人のイメージを守るため(かどうかは知らないが)と時々ぎこちないジョークを言ってきたりしたが、言った後、必ず顔を真っ赤にしていた。

「こうゆうのは照れちゃだめよ。誰も笑わなくても自分で笑って完結すれば、明るい人だな、って思われるから、大丈夫」

 特に根拠はないがそうアドバイスしたら、それから彼はその通り自分で笑って完結するようになった。そもそも見た目は悪くない。というかイケメンの部類に入ると思うので、無理に笑いをとる必要もないと思うんだけど。

 また、彼は人との関係性を良好に保つことを大事にしており、そのためには努力を惜しまない人だった。そうゆう彼のことをいつしか愛おしく想うようになり、やがて交際に発展。出会って一年ほどで結婚を意識するようになった。というか、彼に会うまでずっと好きな異性などいたことがなかった私にとっては、好きになった人とは結婚したいと思うのが普通のことだと思っていたのだ。


 彼は親の意向もあり、大学卒業後はイタリアの会社に就職することが決まっていたため。結婚したらイタリアに住むことになる。そのことも母親への報告をする覚悟を決めるのに時間がかかり、サプライズ報告になってしまった原因となった。

 かくして半ば勢いで、強引に結婚を進めイタリアに住むことになったが、いつか母親の家の近くで住みたいという想いもこのときすでに持っていた。

 マッテオもそういう想いには気づいていて、いつかイタリアの親への義理を果たせたら日本に行こうと言ってくれていた。特にちょっと気まずい関係の娘の希望よりも自分が強く希望したということにすれば私の顔も立つと考えて、実際日本に帰ってきて母親にあいさつしたときもそうゆう体で説明をした。

 今思うと情けない話だがここまでの人生、二人の姉と違ってあまり母親とコミュニケーションをうまく取れていなかった。しかし、自分が人の親になってみて子育ての難しさを痛感するとともに親のありがたみが身に染みてわかるようになった。

 息子は比較的素直に育ったがそれでも思春期といわれる時期にはひと悶着あった。あれは息子のマッティアがイタリアで中学校に通うようになった頃の事であった。


「あら、マッティアおかえり。帰ってたんなら一声かけなさいよ」

 家のトイレから出てきたマッティアに声をかける。

「いいだろ、別に」

「なによ、その言い方。今日のご飯にあなたの嫌いなスイスチャード多めに入れるからね」

 マッティアは無駄にカラフルと言う理由でスイスチャードが嫌いだ。パプリカは好きなのに訳が分からない。

「勝手にすれば!」


 マッティアはそう言って自分の部屋に戻って行った。

 どうも最近の息子は反抗的だ。二か月前に中学校に入学してからずっとこんな感じだ。もう反抗期なんだろうか? 私も親とギクシャクしだしたのは中学校ぐらいからだったかしら? マッテオが帰ってきたら何か知らないか聞いてみよう。

 夕食の後リビングのソファに座るマッテオに声をかける。ちょうどマッティアは自分の部屋だ。

「ねえマッテオ、最近マッティアがやけに突っかかってくるんだけど、何か心当たりある?」

「うーん、そうだねえ……多感な時期だから色々と……」

 なんだか、奥歯にモノが挟まったような言い方をするマッテオに少しイラっとする。

「その色々がなにかを聞いてんのよ」

「まあまあ、話すからそんなにぐいぐい来ないでよ。せっかちなんだから」

 マッテオはもたれかけていたソファから背中を起こし、体の前で両手組んで話し出した。

「これは最近マッティアの友達に聞いた話なんだけど、中学に上がった時、僕と一緒にいる所を同級生が見て、黒髪と黒い目をからかわれるようになったらしいんだ。親父は金髪で目も青いのになんでお前の髪は黒いんだ。って」

「そんな!」

「話を聞いた友達は小学生の時からマッティアと仲が良かったから、味方してくれてるんだけど、当のマッティアは言い返せなくて」

「そんなこと言ったのどこの誰よ! 私がそいつの家に行って、私の髪と目を見せて私の目と髪も黒いですけどなんか文句あんのか、って言ってやる!」

「ちょっと声が大きい……」


 バタン! リビングの扉が開いてマッティアが入ってくる。

「やめてよ! 余計絡まれるだろ!」

「でも……」

「これは僕の問題だからほっといて!」

「それは違うぞ、マッティア」

 マッテオが穏やかに、しかしはっきりとした口調で言う。

「君の美しい黒髪と黒い目はさつきからのギフトだ。それを馬鹿にされるのはさつきを馬鹿にされるのも同じこと。君はその黒い髪や目が恥ずかしいのかい?」

「僕は好きだよ、でも……」

「でも?」

「同級生たちは金髪と蒼い目の方がかっこいいって」

「かっこいいかどうかを決めるのは君自身だよ」

 私は男同士のやり取りを黙って聞いていた。そんな私にマッティアが静かに言う。

「ごめんママ、このことを言うとママが悲しむと思って言えなかった」

「そんなの私は大丈夫よ。売られた喧嘩は買ってやるわ」

 私は腕まくりをして部活で鍛えた腕の力こぶを息子に見せつける。


「いやそうなるのも困るんだけど……」

「アハハ、そりゃそうだ」

 困るマッティアの顔を見てマッテオが笑う。

「今度からかわれたらちゃんと言うよ。この黒い髪と目は僕の誇りだって。誇りを馬鹿にするつもりならいつでも受けて立つって」

「それでこそわが息子よ」

 こうして息子のプチ反抗期は終わりを告げ、この後もたまに衝突しながら十八年子供と格闘してきたのだ。


 かくして、私は近くに住むことは決めたものの、この先どのように母親と関わっていけばよいのかよくわからなかった。要するに親孝行の仕方がよくわからないのだ。

 “孝行をしたいときには親はなし”なんて言葉もあるとおり、いかに元気な親でもいつまでも元気でいるわけではない、元気なうちに親が喜ぶようなことをしてあげたい。そんなことを思いながら日本で過ごしていたがある日、思いがけない再会を果たしたことで親孝行作戦のとっかかりをつかむことができた。

 あれは日本に帰ってきてから一か月ほどたったころ、バイトで働いていたカフェの仕事終わりの帰り道で見覚えのある人物に遭遇した。


                                            続く


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