怪文書系聖女様
おっかしいなぁ……前回お風呂入ってないなぁ……。
今回はお風呂入りますよ、多分。
流石にもう隠し立てはできない、というかしたら本当に殺されると悟った僕は、聖女に詰められるまま全てを白状した。
僕が元ニンゲンであること、何者かに殺され、何故か魔法界に流れ着いた死体をフリント博士が拾って改造したこと。現在は狐のモンスターと偽って暮らしているアンデッドモンスターであること。
そして───勇者の存在と、おもてなし政策の本当の狙いが来年に来る勇者を穏便にニンゲン界へ帰すためのものであるということも。
もしかしたら勇者のことまでは言わなくてよかったのかもしれないが、でも「なんで陛下は元ニンゲンなんて怪しいモンスターをわざわざ親善大使なんて大役に据えたのか」なんて聞かれたら話さざるを得なかったのだ。
そりゃそうだ、普通のモンスターの感覚ならそんな怪しい存在研究所にふん縛って野に放つな!って思うのが当たり前だ。
いくら元ニンゲンだからニンゲン界の文化に明るいと理由を付けたとしても、たったそれだけの理由で危険モンスターを旗頭に立てるなんて正気の沙汰ではないと思うだろう。
そもそも教会は陛下が国民に語って聞かせた「フリント博士によるニンゲン界との異世界間通信」すらも懐疑的に見ていたようだから、変に誤魔化すよりも勇者の危険性と魔法界が辿る未来を訴えかけた僕の存在に陛下が有用性を見出した、と語った方が信じてくれるのではないかと判断したのだが。
ううん……これ不味ったかなぁ……。
正座状態で銀の鎖によって拘束された僕は、まるで不発弾のような様子の聖女を戦々恐々と見上げていた。
「な、な……っ!これだからあの蜘蛛は!!命を何だと思っているのです!?」
「いやもうそれに関しては本当にごもっともで……」
「陛下も!!こんなニンゲンの言うことを鵜呑みにするだなんて、一体何を考えているのです!?」
「う、ううん……」
聖女の絶叫が脱衣所中に響き渡る。騒ぎを聞きつけて誰か駆け付けて来やしないだろうなとハラハラしながら聖女の言葉に頷くが、しかし向けられる敵意は一考に緩められる気配がない。
第零なりユリナなりに救難信号を出したいのだが、しかし生命線のバイタル計測器はロッカーの中だ。マギホも同様。
魔法で逃れようにもこの鎖の拘束に向けて放てば僕ごと燃えそうだし、剣も腕が拘束されていちゃ意味がない。
絶対絶命……っ!と喉を鳴らすと同時に、身動きが取れない僕の襟ぐりを聖女が掴み上げた。
「勇者……そんな恐ろしい存在を、王城が秘匿していたとうのも信じ難き事ですが、まずはお前の言葉の真偽を問うべきですね」
「はい……!?」
「『聖き御声よ、偽りを沈め真を顕せ。御前にて語られるもの、光に映し真ならしめよ』」
間近に迫った聖女の薔薇色の瞳に銀色の光がチラつく。精神魔法のようだがなんだか雰囲気が違う。
一体何を、と問う前に聖女が厳かに口を開いた。
「親善大使。私の質問に答えなさい」
「は、はい!?」
「『お前の本当の目的は、この魔法界を破滅に導くことですか?』」
「うぇ!?違います違います!」
「『お前は陛下やリライヴェッジの所長に対し、嘘を語っていますね?』」
「語ってません!」
「『勇者なる存在とお前は繋がっていますか?』」
「繋がってたらこんなことせんわぁ!!」
繋がってたら普通に命乞いしてるわ!!自分の命が掛かってるから必死に水上パレードの準備に奔走したし、敵地と言っても過言じゃない聖霊教会に来てるんでしょうが!
やけくそな心境で答える。すると聖女は暫く無言で何かを探るように僕の顔を凝視していたが、やがてぽいっとばかりに襟ぐりから手を離した。
「……『聖霊の御目に偽りなし』……ですか。チッ。いいでしょう。お前の心に嘘は無い」
「え?ま、マジです?信じてくれるんですか!?じゃ、じゃあ無罪放免ということで命だけは……」
「ダメです殺します」
「なんでぇ!?」
何したか知らないけど今ので僕の言葉信じてくれたんじゃないのぉ!?
「今は嘘をついていないとしても、今後もそうとは限りません。モンスターの安寧を祈り、守る者としてお前という危険分子は見過ごせません。ここで果てなさい」
「堪忍えええええええ!!!!」
高く澄んだ音を立てながら聖女の手元に現れる司教杖。向けられた切っ先には今からビームとか出しますと言わんばかりにとんでもなく眩い光が収束し始めている。
嫌じゃ嫌じゃ死にとうない!!誰か助けてええ!!ジタバタと拘束された状態で暴れる僕に照準を合わせる聖女は、余りにも聖女らしからぬ危ない笑顔でブツブツと呟いた。
「ふ、ふふふ……まさかベルリアナ様に群がるウジの正体が元とはいえニンゲンだったとは……滅する大義名分ができたというものです。ああ、可哀そうなベルリアナ様、こんなニンゲンに騙されてしまって……このシエルリーファが今救い出して見せますから……」
「な、なんでここでベルの名前……ヒギャアッ!?」
バギョンッ!ともバギュンッ!とも聞こえる轟音と共に司教杖の先から細いレーザーが撃ちだされる。必死に顔を振って避けるも逃げ遅れた髪の毛数本が焼き切れた。焦げた臭いにちびりそうになっていると、聖女の足によって再び壁に追い込まれる。
「……今、ベルリアナ様の事を愛称で呼びましたか?お前如きが?あの至高の存在であるベルリアナ様を?共に写真を撮るだけでは飽き足らず?街で並び立ってイチャイチャしながら歩くだけでなく?愛称で?死にたいようですね?」
「あれぇ!?なんかいらん地雷も踏み抜いた!?」
さっきまでおめめ綺麗な薔薇色でしたよねぇ!?なんか真っ黒なんですけど!?がっくんがっくん首を揺らすの怖いからやめてよぉ!
「決めました。お前には永遠の責め苦を味わってもらいましょう。こんな魔法で一瞬で殺すなんてそんなの救いでしかありませんから。自ら死を懇願するまで終わらない地獄の業火で焼き続けて差し上げます。感謝なさい」
「うわあああんっ!アジェルゥゥ!アジェル助けてあじぇるうううう!!」
本気で泣きながら必死に助けを叫ぶ。しかし何やら外に音が漏れないように魔道具だか魔法だかを使われているらしく、これだけ大きな音を立てているにも関わらず不自然なまでに誰も現れない。
もう駄目だ、死ぬ……っ!思わずぎゅっと目を瞑って来る苦痛に怯える。
───だが、待てど暮らせど衝撃は訪れず、体感で5分を過ぎても何も起こらなかった。
恐る恐る目を開ける。依然杖の切っ先は僕に向いたままだ。しかしそれを差し向ける聖女の目は何故か驚愕に見開かれており、床の一点を見つめていた。
視線の先を辿る。どうやら先ほどの足ドンの衝撃か聖なるレーザービームのせいかは分からないが、ロッカーに入れていた僕の化粧品が転がり落ちてしまったようだ。ポーチからはみ出た赤色に金色のロゴが入ったミニボトルがころりと僕と聖女の間で所在なく横たわっている。
「……これは、何です」
「はぇ……?」
「これは何だと聞いているのです。このロゴはベルリアナ様が手掛けているブランド『アルカナージュシリーズ』のものでしょう。ですがこんなボトルは見たことありません。限定品?いえ、例え地方限定の商品でも全て網羅していますがこのデザインのものは……。コラボ品?それともオンラインストア限定品とか?いやそんな筈は……」
その目はもはや僕を映してはおらず、一心不乱にボトルの正体についてブツブツと呟き始める聖女。
これだ!と唯一の活路を見出した僕は床に落ちた化粧ポーチを顎で指し示した。
「シエルリーファ様!!これはベル……リアナ様から頂いた試作品、発売前のサンプルなんです!実はベルリアナ様からモニターになってほしいと頼まれていましてですね!?」
「発売前の……サンプル……っ!?」
雷に打たれたような衝撃に打ち震える聖女シエルリーファ様。手ごたえあり!行けるぞこれは!!
「そうなんです!そのポーチの中全部そうでして!」
縛られているので碌な身動きができないながらも、必死に目線と顎で化粧品たちをアピールする。
トップモデル魔導士であるベルリアナは、その斬新なセンスと類稀なる美貌を広告にアパレルブランドや化粧品ブランドを多数立ち上げており、ティーンエイジャーを始め様々な層に支持される大人気プロデューサーでもある。
このサンプルは化粧品ブランド『アルカナージュ』の市場に出る前の商品であり、先日ベルリアナから「感想聞かせなさい」と押し付けられていたものだった。
受け取った時は正直ちょっと面倒くさいなぁって思っちゃっていたが、まさかそれが僕の命を救う蜘蛛の糸になるとは……っ!
「どっどうですか!?もしよければシエルリーファ様も使ってみません!?モニター数は多ければ多いだけいいとベルリアナ様も仰っていましたし!是非使用感をお聞かせいただければ……っ!」
発言の端々から察するに聖女はベルリアナの大ファンのようだし、ここでこのサンプルを元に上手く取り込めれば延命も目ではない!営業マンもかくやという必死さで手持ちの化粧品を紹介していく。
「使い方は僕が教えますから!ね!?」
「………………………………いいでしょう」
ぱちん、と聖女が指を鳴らした途端に僕を拘束していた銀の鎖が光の粒子となって消失する。自由になった体で見上げれば、非常に、とんでもなく不本意そうな顔をした聖女が仁王立ちで僕を見下ろしていた。
「使用方法を教えなさい、親善大使」
「サーイエッサーッ!!」
ありがとうベルリアナ様ァーッ!!!
───とまあ、そんな決死のネゴシエーションの末になんとか一命を取り留めた僕な訳ですが。
「はあ……なんと上品で美しい香りなのでしょう……まるで花束のような豊満で香しく、どことなくベルリアナ様を彷彿とさせる香り……。テクスチャーも最高です。髪を優しく滑らかに包む泡、優しい手触りながらも艶やかさを残す洗い心地。シャンプーだけでこれなんて末恐ろしいですね。この後にヘアパックとコンディショナーもあるだなんて正気ですか?どれだけ私の髪をツヤツヤにする気です?」
「…………」
ワッシャワッシャワッシャ。
「ああ最高、もはやこれはベルリアナ様に包まれていると言っても過言では無いのでは?いやいっそ私がベルリアナ様になっていると言っても差し支えないのでは無いでしょうか。何と素晴らしい。やはりベルリアナ様は聖霊様の遣いなのです。聖女が言うのだから間違いありません。ベルリアナ様には教会より新たな称号を与えるべきだと思います。……そうは思いませんか?親善大使」
ワッシャワッシャワッシャ。
「ソッスネ」
好きにしたらいいと思います。
問答無用で耳に流し込まれるベルリアナを讃える美辞麗句を逆の耳から流し出しながら、僕は死んだ目でバスチェアに掛ける聖女の髪を丁寧に洗い上げていた。
どうしてこうなったんだろう。確かに使い方教えますとは言ったけれども、まさか一緒に入れと言われるとは思わないって。
本当は化粧品その他諸々押し付けて部屋に戻るつもりだったのに「正しく使わないと折角のサンプルが無駄になるでしょう。直接使用方法を聞いているお前が実演しなさい」と言われ無理やり大浴場に連れ込まれたのだ。
ただのシャンプーだっつの……。なんで自分を殺しかけた相手と一緒にお風呂に入らにゃならんのだ……。バスタオル一枚というセミヌード姿のシエルリーファ様の背後でこっそりため息をつく。
「聞いているのですか親善大使」
「ハイ勿論」
くそう、生殺与奪の権は向こうにあるので反抗的な態度を出すわけにはいかない。引き攣った笑顔で頷くと、鏡越しに僕を睨んでいた聖女は満足したように瞑目した。
怪文を解読して分かったことだが、どうやらシエルリーファ様にとって、というか教会にとってこういった化粧品は嗜好品という扱いらしく、清貧を是とする聖霊教会の聖女として好き放題買い漁るのはご法度なのだとか。特別な日に理由を付けてこっそり一つ二つ買うのが精々であるため、滅茶苦茶テンション上がって怪文を垂れ流しているらしい。テンション上がっている割には相変わらず表情筋は仕事してないけど。
流石にそんな話を聞けば無碍にもできず、っていうか無碍にしたら今度こそ殺されそうなのでやむを得ずご命令を受け入れているという次第だ。
こうなりゃもうさっさと終わらせてしまおう。シャワーを手に取って銀髪を包む泡を洗い流していく。っていうかシエルリーファ様めっちゃ髪も肌も綺麗じゃない?たった2歳しか変わらない筈なのになんでこんなに差が?うぬぬ許せぬ。
「次はどれですか?」
「あー……濃いピンクのやつです」
「これですね」
鏡の前に並べられた色とりどりのボトルからヘアパックのボトルを手に取り差し出してくるシエルリーファ様。こうしてれば普通の女の子なんだけどなあ……。でも何が地雷になるか分からないからずっとハラハラしてて心臓に悪いよこの状況。いやまあ心臓は止まっているんだけども。
益体も無い事を考えながら手渡されたボトルの中身を手に出す。
「はあ……最高です、ベルリアナ様……」
「ははは……シエルリーファ様は本当にベル……リアナ……様のことが大好きなんですね」
うっとりしている聖女に乾いた笑いを上げる。
この世界の生き物って、何て言うかみんな愛情深いよね……例えば弟の隠し撮り写真を見てニヤニヤするアンデッドとか、亡き妻の抱き枕抱きしめて轟音号泣する国王とか、僕の体を舐め回すように観察してくるアルラウネとか、そのアルラウネをデレデレな顔で眺める虎とか、更にその虎を盛った目で見つめてる犬とか……。
あれ?どうしよう僕の周辺ヤバいのしか居ないな?ベルもベルで男同士の恋愛に関しては世間様には到底お見せできないネチョい表情するし。唯一の良心がパーシーだけとかこの世界やばいよ。なお兄を全肯定しているときのパーシーは見ないものとする。
どうにかしてベルリアナに夢を見てるらしいこの聖女に、あのネチョネチョトッ腐モデルの姿を見せられないかな……と長い銀髪にヘアパックを揉み込みながら画策していると、怪文を垂れ流していた聖女は僕の言葉にふとその動きを止めた。
「……憧れなんです。ベルリアナ様は」
「憧れ、ですか?」
鏡に映る薔薇色の瞳が揺れる。思わず手を止めて尋ねれば、胸元のタオルをきゅっと握りしめるのが見えた。
「ベルリアナ様は、いつだって堂々としていて……自分の道は自分で決めて生きていらっしゃいます。……常に誰かが用意した道を歩いて生きている私とはあまりに違います」
湯気が満ちる大浴場に聖女の───シエルリーファというモンスターの独白が響く。
達観、諦観、自嘲。おおよそモンスターを導く象徴とは程遠い色を滲ませた自己分析は、薄らとした嘲笑と共に吐き出される。
「教会に勤めることも、聖女たらんとすることも、誰かが決めた私です。私が望んだ私ではありません。……今の私が嫌な訳ではありませんが、しかし自らの意思で生きているベルリアナ様と比べると酷く幼稚に思えて仕方がない」
「誰かが決めた、私……」
それは僕にも思い当たる言葉だった。
博士の娘になることも、親善大使になることも、究極的には僕は誰かの言葉に従っているだけで、そこに殆ど僕の意思はない。
確かにいつだって大事な選択は自分の命との二択で、従う以外の余地が無かったのは確かだけど……しかし僕は第三の選択を考えることも無く、差し出された命を守る方法をさも自分が選んだかのように掲げているだけだ。
そんなの、大人に甘える子供となんら変わりは無い。
「……でも、それでもいいじゃないですか」
「え?」
喉から捻り出した言葉に、シエルリーファ様が顔を上げる。
鏡越しに僕を見つめる気配を感じるも、何となく目を合わせ辛くて目の前の艶やかな銀髪を見つめながら口にする。
「誰かに用意された道だとしても、それを続けるかどうか決めているのは自分です。その道を選んで、その道を用意した誰かの期待に応えようと思考を続けているのならそれは立派な選択の筈です。思考停止せず、常にこれで合っているのか考え続けられている。……いいじゃないですか、それで。ちゃんとそれは自分の意思です。責められる謂れは無い」
まるで言い訳だ。分かっている。シエルリーファ様の言葉を否定することで、今の自分を肯定しようとしている。
僕の行動指針は『生きる為』だ。例えフリント博士の娘になることがフリント博士の用意した道で、親善大使を務めることが陛下の用意した道だとしても、その道を歩く理由は僕が決めた。その道を全力でひた走ることが魔法界を救う一助になると思考してる。
だから僕はちゃんと自分の意思を持っている。だから責めないで。
思考停止だって詰られたくない。僕はちゃんと───
やっぱ入ってなかったわ。




