勇者のようなモノと、『勇者』ソノモノ
王城の次に……いや、不敬を恐れずに言うのならば特定のモンスターにとっては世界一の権威を持つ聖霊教会の本拠地大聖堂が、殺意マシマシびっくりトラップハウスだったなんで誰が予想できようか。
「か゛え゛り゛た゛い゛っっっっ!!!」
晩餐会の為に整えてもらった髪も服もぐっちゃぐちゃのヨレヨレにした僕は、通された教会の客室で全力で帰宅希望を訴えかけていた。
目が、目がチカチカする!開けてても閉じてても銀色の光が煌めいて見える!異常事態です!
そう半べそで訴えかける先は───。
『いやぁ素晴らしいデータが取れたねえ!ちゃんとパパにも見えるようにビデオ通話繋いだままトラップにかかりに行くなんて親孝行さんなんだからっ』
『ぎゃーはははっ!!ラウお前さん椅子座った瞬間ロケットみてえにぶっ飛ぶのは反則だろ!!うひゃひゃひゃひゃ!』
『こ、このフロッグル親子……大丈夫ですかぁ?お怪我は無いですかぁ?ああっお洋服もヨレヨレに……なんて可愛い……可哀そうですぅ!』
まともなモンスターがひとりも居ない第零研究室と、
『大使……っ!!なんてお労しい!おのれ教会……ラウ大使をこんなになるまで痛めつけるなど……許すまじ……』
静かに殺意を滾らせるカルベン主要街のホテルに待機中の親善大使筆頭補佐官と、
『うぬう……だから拙者が先に入って異常が無いか確認すると言ったのに……ってあああ!また画面が消えたでござる!どこを押せばいいでござる!?』
僕とは別の客室に通された機械音痴虎侍であった。
「夜だってのにカオスすぎる……僕の状況も含めて……」
持ち運び型ノートマフォコンに映し出される各所の状況に頭を抱える。
結局あの胃の痛くなるような晩餐会の後、聖女に脅され……もとい、押し切られた僕らは聖霊教会大聖堂の客室に通された。
本来であれば、晩餐会が終わり次第僕らはリライヴェッジ研究所に戻り、本日の報告兼、明日以降の対策会議を行う予定だったのだが、帰宅が叶わなくなったために急遽ビデオ通話会議を行うことになった、のだが。
「まさか入った瞬間滅殺トラップの嵐に見舞われることになるとは……」
一歩足を踏み入れたが最後、どこに隠していたのかすごく見覚えのある銀矢が雨あられと降り注ぐわ、必死に避けた先に何故か設置されていた全開で中身を晒しているアイアンメイデンに抱き込まれそうになるわ、天井裏から壁から大量の聖水入り爆弾を投げ込まれるわ、突如床に銀色の魔法陣が浮かび上がったかと思えば謎にチリチリする光に一斉照射されるわ、etc.etc……
極めつけは迫りくる歓迎の催しを腕力で全て黙らせ、這う這うの体でビデオ会議に参加すべくデスクチェアに掛けた瞬間、座面が爆発し天井の照明に頭から突っ込んだのだ。
しかも身動き取れずに藻掻いてる最中にまたも銀矢に狙われるし……本当に今生きているのが不思議なくらい濃密なトラップだった。聖女の本気度が見て取れる。
とりあえず一切心配する様子を見せないパパとお兄ちゃんは後で〆ると心に決め、見るも無残な感じになった部屋を背景に改めてマフォコンに向き直った。
「はああ……本当もう散々な一日だったよ……アジェルが居なかったら僕多分20回は死んでる……」
『拙者はアレが怖かったでござる……ほら、後ろを歩いていた筈のお主が何故か大広間のシャンデリアから簀巻きにされて吊るされた時。流石に終わったと思ったでござるよ……』
アレね……教会案内してもらってる最中のことを思い出す。
飾られてた宗教画見上げてたらいつのまにか背後に立ってた聖女に羽交い絞めにされて、魔法で創り出した鎖でぐるぐる巻きにされてシャンデリアに吊るされたんだよね……怖かったなぁ……。
しかもその時聖女なんて言ったと思う?凄い速さでアジェルの元に戻っていったかと思うと「アアッ親善大使殿、何故ソンナ所ニ~今スグオ助ケシマス~」って超棒読みで言いながら槍投げ選手もかくやな美しいフォームで僕に司教杖ぶん投げようとしてたからね。吊るした張本モンスターが何言ってんだよ本当に。
幸いにもアジェルが決死の救出劇を繰り広げてくれたお陰でその時は何とか事なきは得たものの、その後も留まることを知らない聖女の猛攻に対処し続け、僕もアジェルももうヘトヘトである。今すぐ寝たくてしょうがない。
しかしながらそうも言っていられない。教会の言うことが本当であれば明日は大本命教皇領主様がお戻りになる。何とか時間を作ってもらい、お見舞いとお土産話、そしてお願い事をしなくてはいけないのだ、が……。
『……フリント博士、状況だけ見れば確かに現状大使は教会内に入り込めていますが、このままでは命が危ういです。我々影と交代するべきかと。大聖堂地下図書館には許可さえ得られれば私が大使の代わりに行って資料を持ってきますし……』
「ユリナ……っ!」
心底心配そうな表情を浮かべるユリナが博士へと進言する。
ユリナは大使室メンバーの中で唯一おもてなし本部の真の理由も勇者の存在も知っているため、お使いをこなすことができる。僕を守ろうとするその姿勢に感激する。
しかしモニター向こうの博士は何が楽しいのか。ニコニコとした笑顔で「うーん」とわざとらしく唸った。
『いや、もう少し頑張ろうか。ここで引いたら教会の思う壺だろうし。「ここまでしてるのに諦めないなんて、どれだけ陛下は本気なんだ」と教会に思わせたいからね、せめて教皇と面対までは持っていきたい。……とはいえ、確かに聖女の妨害は中々過激なようだから、いつでも救援を出す用意はしておいてくれ、ユリナくん』
『……はい』
『ラウ、バイタル計測器はちゃんと肌身離さず持っておくんだよ』
「あいあい……」
まあそうだろうな、と諦めの心境で左の二の腕に触れると固い感触が返ってくる。
ボレロの下に隠すように装着しているアームバンドは、僕の体の中を流れるユウキエネルギーの活性化率を始めに、体温、発汗量、エネルギー中酸素濃度等を測るバイタル計測魔道具だ。
日々の検診とロイドとの訓練で分かった事なのだが、どうやらユウキエネルギーは生命の危機に瀕すると活性化し体内魔力量を僅かに増量したり、身体能力を僅かに上げたりするらしいのだ。
ただしそれは一過性のものであり、また僕が感じている危機度によって活性化率は大きく前後するために大幅パワーアップ、とはいかないようなのだが。
このバンドはそんなユウキエネルギーの活性化率が基準値を超えた瞬間、ユリナと第零研究室へと救難信号を発信するよう設計されている。
位置情報の記録・発信機能も備わっているため、僕に何かあればすぐに憲兵を呼んだり助けに入ったりできるようになっているということだ。文字通り僕の生命線である。
難点は水気に弱い為に浴室には持っていけないことだが……そんな助けを呼ぶような事態に陥りませんように、と願っていると、音痴すぎてもはやオレンジの虎耳しかモニターに映していないアジェルが『ところで』と声を上げた。
『勇者の資料が大事なのはもちろん理解しているのでござるが、そこまでして5代目勇者の情報は必要なのでござるか?』
『いい質問だね、アジェルくん。そうとも、私の見解としてはこの5代目勇者の能力こそが来年の勇者発生に対する鍵になると踏んでいるんだ』
『鍵、ですか?確か5代目勇者は4人のニンゲンを率いた剣士だと伺っていますが……』
アジェルとユリナの問にニンマリと笑みを深めた博士は、コツコツと机を指で叩きながら他の腕でマフォコンのキーボードをカタカタと鳴らし始めた。しばらくして第零研究室を移していたモニターの表示が切り替わり、何やら古びた紙の資料へ差し替えられた。
第5次ニンゲン侵攻記録と銘打たれたそれは、カチ、カチというマウスの音と共に項が進められていく。
『これは第5次ニンゲン侵攻の際に王城がまとめた資料だよ。大した情報は書かれてないんだけど……ああ、ここだね』
やがてとあるページで止まった画面。びっしりと隙間なく紙面を埋める細かい字を目で追う。
『弓士が天へ向けて一本の矢を射った瞬間、天より無数の光の矢が降り注いだ』だとか『神官が祈った瞬間、僅かな時間だが完全にこちらの魔法を遮断する光の膜が張った』だとか、とてもニンゲンとは思えない御業の数々が書かれていてとっても気になるが、しかし博士が指し示したのは別の記述であった。
「……『剣士が剣を掲げると、魔女の魔法は威力を増し、弓士の射る矢は唸りをあげ、戦士の体はより屈強に、神官の祈りは万物を癒す力へと強化された』……?」
『そう。ところでラウ、ユウキエネルギーの特性は覚えているかな?』
「へ!?え、えーとえーと、確か修復と強化、だっけ?」
突然の質問にワタワタしながらなんとか答える。
確かとても口にするのも憚られる状態になっていたという僕の体を修復させるために、ユウキエネルギーぶち込んだってこの世界で目覚めて2日目にロイドから聞いた気がする。
本来『修復』と『強化』という力しか持っていない筈のユウキエネルギーが、僕の体をモンスターへ『変質』までさせたもんだがら博士が大混乱大歓喜事態に……ん?修復と強化……強化?
『気付いたようだね。そう、この5代目勇者は自分の仲間にユウキエネルギーの特性である『強化』を付与しているんだ。そもそもこのパーティーメンバー達までニンゲン離れした力を持っている理由も、勇者からの『強化』によるものだと考えていてね』
「え、ええ……?」
5代目勇者は超最強バッファーってこと?一人でも魔法界を蹂躙し得る力がある勇者の力を仲間にも分配できるって?それなんてチート?とんでもない話に思わず言葉を失う。
『とはいえ、記録を見る限りこんな芸当ができるのはこの5代目勇者くらいだがね。7代目は軍隊を率いて発生したが兵士に強化を施していたという記述は無いし、3代目、4代目、6代目、8代目は単身で発生しており、しかもそれぞれ皆微妙に異なる特性を見せていた。例えば数多の属性魔法を駆使していたり、防御に特化していたりと、ね』
パッと画面が切り替わり、不健康そうな顔色をしたフリント博士が再び画面に映る。怪しげな光を宿した目を細めた博士は、テンションが上がって来たのか楽しそうに肩を揺らしてはじっと僕らを見据えた。
『そんな個々の特性を調べていく内に、私は勇者という存在に対して一つの仮説を立てた。すなわち、勇者たちにはユウキエネルギーがもつ修復・強化という特性以外にも、独自の特性を備えている。そしてこの5代目勇者は、他者への強化───即ち『加護』とも呼ぶべき特性を備えているということだ』
「加護……」
博士の言葉を口の中で復唱する。勇者にはそれぞれに特性があって、5代目勇者にはユウキエネルギーの強化の力を仲間に分け与える特性があった。だから仲間のニンゲン達は勇者顔負けの強大な力を振るうことができた、と。
勇者の恐ろしさをゲームで知っている僕は、その余りにも規格外な力がどれほどの脅威であるかが理解できてしまった。
9代目勇者であるサーシャに敵うモンスターはただのひとりも居なかったというのに、そんな存在が複数も作れるだなんて、そんなのあんまりにもあんまりすぎる。
いや、しかしこの『加護』を持つ勇者は過去の存在であり、そしてサーシャはゲーム通りであれば一人でこの世界に現れる。サーシャが同じ『加護』の特性を仮に持っていたとしても、5代目勇者の時のように仲間がいる訳ではない。
だから、きっと大丈夫……と思うのは、楽観的すぎるだろうけど。
『そして、この特性を解き明かし、再現することができたら……投与すれば最後、モンスターを死にたらしめるユウキエネルギーだが、例えば適合している奇跡の検体であるラウを経由して多数のモンスターにこのエネルギーの強化を付与することができたらどうだろう?』
名を呼ばれ、思考の海に沈んでいた意識を浮上させる。
アジェルもユリナも呆気に取られて口を噤む中、徐々に口調に熱を込める博士は大仰に3対の腕を広げ、まるで演説でもするように高らかに持論を繰り広げていく。
『多数のモンスターが勇者の力を持つ。ニンゲンよりも強靭で、強力な魔力という武力を持つモンスターが、更に勇者の力をも得るのだ。それは勇者にも匹敵し得る力となるとは思わないか?魔法界を蹂躙する勇者の力は、君という礎の元、魔法界を守る導きとなるのだ。分かるかね?そのための資料だ、勇者に対する情報が欲しい。余すことなく勇者を研究し尽くす、それこそがこの世界を救う手立てとなるのだ!』
「…………」
ようやく、博士が僕を───最終防衛ライン:ラウ案を唱え、推し進めようとしているのか。思惑の一片にたどり着く。
かつて騎士団長が僕に言った言葉を思い出す。「そいつは、勇者と同義じゃないか」と。
魔導士団長が博士に言い放った言葉を思い出す。「勇者作っといて」と。
そして博士は答えた。「それの何が問題が?」と。
「モンスターが対抗できないのであれば、勇者に対抗できる存在をこちらでも作ればよい」と。
その時は、モンスターの強化がならないのであれば、勇者に対抗し得る力を持つ可能性がある僕を前面に置くと語っていたが、しかしそれは正しくは無かった。
博士は、僕を使って5代目勇者と同じことをしようとしているのだ。
僕に『加護』の特性を獲得させ、モンスターを強化する最終防衛ラインにしようとしている。
つまり、博士は本当に勇者を作ろうとしている。
「……僕に、勇者になれっての……?」
自分を殺す存在に、自分自身がなれ、と。
そう語り高笑う創造主に、まるで背筋に氷でも入れられたかのような冷たさと気味の悪さを覚えた。




