聖女「あー手が滑りましたー(棒)」
少々短いです。今週中にもう一話上げ(たいとおもってい)ます。
「……なるほど。騎士様がお若くして王国騎士団の第二部隊長に抜擢された理由が理解できました。その高潔な騎士道、感服いたします」
「いやはや、そんなに褒められるようなことではないでござるよ。それに若いと言ってももう三十路近いでござるし……」
僅かに微笑みを浮かべて相槌を打つ聖女と、ハハハと照れたように頬を掻く騎士。いくつもの長テーブルが並ぶ広々とした食堂に和やかな会話と控えめな笑い声が響く。
そんな中、恐らく主賓であったはずの僕は、誰にも話を振られること無く蚊帳の外な感じでやけにキラキラしい晩餐を死んだ目でもそもそと口に運んでいた。
いやぁ節制を是としている組織だとか聞いてたからてっきり食事は質素めというか、正直お肉とかは出ないと思っていたんだけど、ところがどっこいポテジャの冷製スープから始まった教会の食事は、僕のだけ異常にキラキラしい事を除けば非常に豪華で美味であった。
お皿に美しく盛られた輝かしい牛型モヴ肉のフィレステーキを見下ろす。この輝かしいキラキラしいってのは見た目が綺麗っていう意味じゃないぞ、物理的に輝いていてキラキラしてるということだ。星のエフェクトがお肉の周りに見えるの。おかしいね、アジェルのステーキはいたって普通なのに。なんでこうなってるのでしょうか……。
全然関係ないんだけどシエルリーファ様が使う光魔法ってアンデッドモヴに対して滅茶苦茶特効で、使うと滅茶苦茶キラキラするらしいんだよね。目の前のお料理とは全く関係無いとは思うんだけど。
ナイフとフォークを構えると、アジェルとお話ししていたシエルリーファ様がわくわくと目を輝かせる。きっと用意した食事に僕が喜ぶのを期待しているのだろう。うん、決して聖水&光魔法入りの食事によって親善大使滅せないかなって期待しているわけではない。うん。
しかしながらそこまで期待されているのに食事の感想を僕が述べるのは許されない。何故ならば喋れば聖女によって空気が氷点下にまで落ちるので。もはや僕は振られたときしか言葉を発さないタダ飯食らいとなっていた。何この会。
「教会騎士団の団長も、王国騎士団の第二部隊長とはいつかお手合わせをと申しておりました。もしお時間がございましたらお声を掛けてやってください。飛んで喜びましょう」
「なんと、あの教会騎士団長殿がでござるか!?なんと光栄なことか……」
そういえば教会には専属の騎士団があるんだったな。切り分けたキラキラ肉を口に運びながら今回カルベンに来るにあたって詰め込まれた知識を記憶の底から引っ張り出す。
件の五代目勇者侵攻の後から設立されたそれは、純粋な強さでは王国騎士団に劣るものの、魔法も扱える魔法騎士団として名を馳せており、カルベン憲兵隊と共にカルベンの治安維持に励んでいるらしい。王国騎士団ともよく親善試合を行うとかで交友があると聞いている。
なるほど、つまりは王都並みの防衛力がカルベンにはあるという事か。……あれ?それって教皇領主様の私兵と同義じゃない?王城的に一領主がそんな武力を持つのオッケーなん?
いやそれ言えば僕の提案した事業によって生まれたウェルデゴンドラ部隊も、武力という面で見ると結構アレ……いやいやゴンドラ乗りの方々は一般モンスターだし所属的にはおもてなし本部だし普段は武装展開できないように安全機構取り付けてるからセーフセーフ……多分……。
若干うすら寒くなった腕をこっそり摩る。と、とりあえず他所の騎士団にまで名が通ってるアジェルってやっぱりすごいんだなぁ、と現実逃避気味にアジェルを伺えば、実はロイドと同い年らしい虎顔の彼はまるで少年のように目を輝かせていた。教会騎士団長に褒められたことが相当嬉しかったらしい。
じゃあ明日少し早めに教会に行って教会騎士団に顔出せるようにしてあげた方がいいかな、なんて考える僕の生暖かい目と、聖女の微笑ましそうな微笑にハッと我に返ったアジェルは、誤魔化すようにごほんっと咳払いをした。
そして露骨な話題返還を図るが如く「ところで」と切り出す。
「聖女殿、あの無より杖を生み出す技は例の安寧魔法なのでござるか?」
「いいえ、これはただの光魔法です」
カトラリーを置いたシエルリーファ様は、テーブルナプキンで口元を拭っては徐に空いた右手に魔力を集めた。眩い銀色の光はやがて棒状に伸び、太陽と翼を模したモチーフの司教杖が現れる。先ほど僕に向けられたそれより半分ほどの長さであるものの、放たれるプレッシャーに一切の陰りは無い。
長さは自在なのか。もしかしたら形も自由なのかもしれない。メイスというよりかはステッキという表現の方があっていそうな長さになったそれを「あー手が滑った~」とか言って生み出した司教杖をぶん投げて来やしないだろうな?と若干ビクビクしながらも観察していると、シエルリーファ様は右手のそれを軽く振るった。
すると、音もなく食堂の天井より銀色の光の粒が無数に降り注ぎ始めた。ふわりふわりと音もなく柔らかに降ってくる、まるで輝く雪のようなそれに思わず感嘆の声を上げる。
「教会所属のモンスターは殆どが聖霊様からの親愛の証である光魔法の適性が有りますが、安寧魔法は他の神官の光魔法とは少々異なります。通常、魔法とは体内の魔力を事象に還元することを指しますが、私の魔法は祈りを通すことで事象ではなく現象として発現させます」
「祈りでござるか?」
「はい。古くは祈祷師と呼ばれたモンスターが行う魔法の発現方法です。祝詞を上げることで聖霊様へ感謝と願いを捧げ、悪しきものを祓い清めたり、守や力を一時的に授けたりするものとなります。聖霊様の代わりに生きとし生きるものを導き守り世界の安寧を祈る魔法ということで、光魔法の一部でありながらも安寧魔法と区別されています。……とはいえ、安寧魔法は直接的な攻撃手段にはなり得ませんから、これこのように基本的な光魔法も会得しておりますが」
つまりシエルリーファ様が散々僕に差し向けてきた銀の矢や、今しがた披露した司教杖生成魔法やこの銀色の光は基本的な光魔法で、それとは別に聖霊にお祈りすることで使用できる魔法が別にあるってことか。
防御力・攻撃力を一時的に高めるということはゲーム的に言うならばバッファーということになるのだろう。何となくチクチクチリチリする銀色の光の粒子を浴びながら興味深いなぁと頷く。
「……安寧魔法か」
リリィの聖剣には出てこなかった魔法だ。というか実はリリ剣では聖女シエルリーファが属するこの聖霊教会すら会話の中で名前が出るくらいで、直接ストーリーに関わってくることは無かった。
教皇や聖女という肩書のモンスターがサーシャの前に現れることも無い。
それってよく考えればおかしい話だ。こんな大きな組織が、しかもニンゲン絶許を掲げる過激な組織(僕目線)が、現れたニンゲンに対して不干渉を貫くとはとても思えない。あくまでゲームだから、と言われてしまえばそれまでだが……特に王城側が聖霊教会に干渉したという描写も特になかった筈だ。
今思えば恐ろしいほどにゲームの中の聖霊教会は静かであった。
何故だろう。なんだか違和感を感じてしまう。
自分に水を向けられないことを良いことに、このカルベン行の話が出てからこの方ずっと胸に引っ掛かっていた疑問に思考を加速させる。
そもそも前々から思っていたが、リリ剣で語られる魔歩界と実際の魔法界には少々剥離がある。
例えば魔法界では常識である『モヴ』の存在が名もなき雑魚敵として扱われていたり、一大主教であるはずの教会がまるで無きもののように扱われていたり。
もっと身近な例で言えば、主要キャラクター達の性格は全員どことなく違うのだ。
例えばゲームでのロイドは、皮肉屋じみた所が有りながらも面倒見の良い兄貴分なモンスターとして描かれており、あそこまで異常なブラコンや鬼畜具合を主人公であるサーシャに見せることは無かった。
それに最大の攻撃手段である『近衛顕現』もゲーム内で描写されていない。
ロイドだけじゃ無い。ミモザもあんなにハアハアしてセクハラ連発する変態じゃなかったし、フリント博士に至ってはもう全然違う。リリ剣では少々冷酷な面は在れどあんなに倫理観欠如してなかったよ。気持ち悪い笑顔浮かべたり気持ち悪い動きしたりもしなかったし。
正直理知的で冷静な天才研究者って誰の事?って思ってるし、ワンチャン僕が接してる博士は替え玉かなんかで、本物の博士がいつかラスボスみたく姿現すんじゃ無いかとまで睨んでるよ僕。
第零の面々だけでは無い。ベルやパーシー、アジェルや陛下もゲームと現実じゃ微妙に印象が異なる。
違和感、というほど受け入れがたいものを彼らに感じている訳ではないが、正直リリ剣での彼らと実際に接している彼らは別者として僕は見てしまうほどに違うのだ。
何が違うのかと聞かれれば言語化が難しいのだが……実物の彼らはニンゲンではないが人情味があるというか、より血が通っている気がする。
そして実際の彼らと接した上でリリ剣ストーリーに登場するキャラクターを振り返ると、なんというかリリ剣で語られる魔法界やモンスター達は、まるで誰かのフィルターを通して見てるよう───
「シエルリーファ様、申し訳ございません!」
突如切羽詰まった声と共に食堂の扉がドンドンドンッと勢い良く叩かれる。ひとり思案に暮れていた僕は思わぬ大きな音にギクッと体を強張らせた。
見れば、神官服を纏ったモンスターが血相を変えて扉を開け放った所だった。返事も待たずに現れた神官に、シエルリーファ様の目の温度が下がる。
「何事ですか。お客様がいらっしゃっているのですよ」
「あっ……も、申し訳ございませんっ!」
流石に不味いと思ったのか、僕やアジェルに慌てて頭を下げる神官。
問題ない、と言うように微笑めば、神官はシエルリーファ様の耳に口を寄せた。
「───……、そうですか、分かりました。後ほど私が向かいますので待機するよう伝えなさい」
「承知しました」
平均25歳で大人として扱われるモンスターの基準で言えば、また成年前であるにも拘らず既に上に立つ者としての覇気を纏ってそう指示を出すシエルリーファ様。
ほっとした様子で部屋を辞する神官を見送ると「騒がしくして申し訳ございません」と彼女は静かに目を伏せた。
「いいえ。……何かトラブルですか?」
「些細なことです。失礼いたしました」
「些細、というには中々に焦っていたようだが……先ほどエントランスで『大神官が意識不明』という話を小耳にしたのでござるが、それと何か関係が───」
「いいえ」
ぴしゃりとした否定の言葉にアジェルが言葉を詰まらす。それにハッと我に返ったシエルリーファ様は暫く口を閉じたものの、やがて自分を落ち着かせるようにため息をついた。
「……来月の復活祭にて、『赤の都市』の聖堂で祭事を執り行う予定だった神官が体調を崩したというだけです。疲れが溜まっていたのでしょう、休めば治る程度の用ですのでご心配なく」
「えっと、それは……」
ニンゲンよりもずっと頑丈なモンスターが体調不良だなんて、到底休めば治る程度とは思えないが……しかしこれ以上立ち入るなと言外に言われてしまえば、教会運営の部外者である僕らが何を言える訳もなく。
「……一刻も早い回復をお祈りします」
「うむ。拙者らにできることがあればいつでもお知らせくだされ。きっと力になれると思うでござる」
「お心遣い、痛み入ります。……ところで話は変わりますが」
詮索は止め、無難なお見舞いの言葉を口にした僕らに頭を下げた聖女は、先程までの張り詰めた緊張感から一転、何やら使命感を帯びた目で僕を真っすぐに見据えた。
その薔薇色の目にここ数時間で培われた対聖女用危険予報が脳内で鳴り響く。
だが逃げられない!何故なら僕はこの晩餐会の主賓なので!たとえ会食らしい会話を一切していないタダ飯食らい親善大使だとしても!僕は主賓なので!主賓がまだデザートも来ていない状況下において帰る等許される訳がないので!いや逃げれるなら逃げたいけども!逃げたい!!!
「おふたりは本日どちらでお休みになる予定で?まさかこんな夜更けに王都に戻られる訳ではないですよね?」
「エッ!?あ、いや、ええと、戻ろうかなーと思っておりま……」
「そうですかお戻りにはならずカルベンで宿を取る予定なのですねならば是非ともこの大聖堂にお泊りになってくださいとっておきの部屋を用意しておりますのできっとお寛ぎいただけるはずです」
「すっごい早口ィ……」
逃がす気ないじゃぁん……。とっておきという言葉に嫌な予感しか感じない僕は、僕という名の聖敵を闇討ちする気満々の聖女に死んだ目を晒し、アジェルは本日何度目とも知らないため息交じりの苦笑をするのだった。
って、あっ!?ちょっ、すみません逃げません逃げませんから銀矢と杖ぶん投げてくるのやめてください!ちょ、やめ、アーッ!?




