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さながらその殺気は暗殺者が如く

そうして始まった聖女シエルリーファによる国王陛下の遣い歓待の儀という名の教会案内は、一言で申し上げるのなら───地獄であった。


「全く、数百年という長き年月に渡っての憎き宿敵であるニンゲン相手に和平条約を結ぼうだなんて。しかもその前段として相互理解の為ニンゲン文化を魔法界に取り入れる?ハッ、ニンゲンに媚を売るも同然の行為ではないですか。陛下は一体何を考えておいでで?和平条約締結の根拠もあの蜘蛛の発明による異世界間交信だけというのも片腹痛い。あんな倫理観の欠片も無い極悪モンスターの言うことを全て信じているだなんて愚の骨頂。いつから王城は無能モンスターの集団となったのです?挙句の果てには魔法界の存続に関わる政策だと言いながら、その旗頭に据えるのはこんな下等なアンデッドなぞ……騙されている国民が哀れでなりません」


「下等……」


「何か?」


「いいええ……」


つらつらつらつら、くどくどくどくど。耳にタコができそうなくらい長々と苦言を呈する聖女。その後に付いて歩きながら、堪えきれなかったため息をこっそり零した。


この世界に来て散々いろんなこと言われたが、こんなに面と向かって下等生物と言われたのは流石に初めてです。余りにも長すぎるお気持ち表明にアジェルをこっそり仰ぎ見れば、彼も彼で困り果てた顔で僕を見下ろしていた。

本来であれば騎士であるアジェルは王城や国王陛下を侮辱するなと咎めるべきなのだろうが、真っ向から聖女を咎めれば「じゃあ政策に協力しませんお帰り下さい」と言いかねない。


それに長すぎるが故に辟易としてしまっているが、聖女の語る内容はきっと聖霊教会や聖霊教を重く信仰するモンスターの意見であろうから、うるさいと切捨てることもできない。身につまされる思いで耳を傾ける。


とはいえ流石にもうボロクソ言われすぎて疲れてきた。なんとかしてくれ、という意味を込めて聖女を親指で指示すと、アジェルは難しい顔で唸り、恐る恐る聖女に声を掛けた。


「あー……そういえば聖女殿はどうやってラウ親善大使に掛けられた認識阻害を突破したでござる?この面はかなり強力な魔道具であるのだが……精神鑑定魔法を行使した跡も見られなかったでござるし」


「いいえ、騎士様。私は別にそちらの下等生物に掛けられた認識阻害魔術を突破したわけではありません」


「え?」


帰ってきた言葉に目を見張る。最早この際下等生物扱いは目を瞑るとして、認識阻害魔術を突破したわけではないだと?一体どういう事だと詳細を促すと、銀髪の聖女はジロリと肩越しに振り返り薔薇色の瞳を僕に向けた。


「私の目にはこの女はしっかり生きた狐獣人に見えております。ただしかし、生者にはない不浄な空気……言うなれば死臭のようなものを感じました。あの蜘蛛の元に居る下劣な少年姿のアンデッドと同じ臭いです。そしてあのリライヴェッジ研究所所長の娘ときたらもうおのずと答えは見えます」


「し、死臭……」


蜘蛛の元に居る少年姿のアンデッドってロイドの事だよなぁ。どうしよ兄様、僕ら揃って臭いって言われてるよ。

自分の種族を下等だ下劣だと言われしょんぼりしながらくんくんと体の匂いを嗅ぐ。ちゃんとお風呂入ってるし洗濯もしてるんだけどなぁ……。

臭い?と視線でアジェルに問えば、小さく首を振られた。嗅覚の鋭い獣人が感じ取れないということは、多分匂いというか気配に近いものをこの聖女は一目で見抜いたのであろう。恐ろしすぎる。死者に対抗する聖職者の頂点だからきっとその辺鋭いのだろうか、そうだと思いたい。


とはいえ、聖女の目には僕がニンゲンに見えていないのであれば一応安心だ。きっと彼女はこの認識阻害を『アンデッドに見せないようにする魔術』と勘違いしている。であるならばその勘違いはそのまま継続させておこう。アジェルのとりなしによって一先ずは問答無用で即滅殺の方向は無くなったわけだし───


「そういえば、以前あの倫理観欠如蜘蛛と共にあの下劣アンデッドがこの教会に来た際にも聖水を盛ったのですが効きませんでしたね……。その辺のアンデッドモヴであれば一発で地に還る超強力聖水でしたのに。腐ってもモンスターということですか。忌々しい。チッ」


「……」


前言撤回、全然安心できません。なんなの、聖水盛るってなに?怖いんだけど。毒と同じ扱いなの?教会って暗殺者ギルドとかなのか?いやアンデッドに限って言えば暗殺者であるのは間違いないのか……。

何となく先ほど聖水ぶっかけられた顔面が痒い気がしてくる。この聖女と一緒に居たくないなぁ。


しかしそうは言ってもこれは仕事である。逃げることはできない。ビクビク怯えながらも会話を続けながら見事な建築様式の教会を見て回る。一般公開されているという小聖堂や聖遺物や祭事用の道具が納められいる聖物殿等、聖霊教会大聖堂の名所を一通り見学させてもらい、一時間後、僕らは今度こそ来客対応用の応接間に通された。


磨き上げられた大理石のテーブルに掛ける。いや本音としては「もう十分です今日の所はこれで失礼します」と今すぐ教会を辞したい気持ちでいっぱいなのだが、折角聖女シエルリーファ枢機卿が出張って来たのに聖水ぶっかけられてチクチク嫌味を言われただけで帰って来ましたじゃ陛下に詰められてしまう。

政策の話はできないでも、せめて大聖堂の地下にあるという大図書館の見学と資料の貸出についての話くらいはせにゃならんだろう。


棘のありすぎる聖女の対応に既に疲労困憊なれど、腰を落ち着けた今なら切りだせそうと判断した僕は、疲れを押し隠して口を開いた。


「案内ありがとうございました。非常に貴重な経験をさせていただきました。……時にシエルリーファ様、本日は教皇様のお見舞いもさることながら、別件で聖霊教会にお願いし」


「お断りします」


「用件も聞かずに食い気味否定……だと……っ」


澄まし顔でカップを傾ける対面の聖女の一刀両断ぶりに愕然とする。余りにも取り付く島の無い態度に後ろに控えたアジェルと共に狼狽していると、チラリと片眼で僕を射抜いたシエルリーファ様はふん、と鼻を鳴らした。


「教皇よりリライヴェッジからの要求は全て突っぱねるように言われておりますので。特に貴方の父である所長は過去に一度教会に来た折、研究に使用したいと教会に安置されていた始祖聖霊様の聖遺物を無断持ち出しするわ、地下図書館に入り浸るわ、安寧魔法を研究したいと私を追い回すわと散々でしたからね。本来であればあの蜘蛛に連なる者として貴方も出禁にするところですが……今回は陛下の遣いという事でしたので渋々通しました。そのことをゆめゆめお忘れなきよう」


「あの……その……う、うちの父が大変なご迷惑を……」


あンのクソマッド何してくれてんねん!犯罪行為してんじゃねえ!!

ジトっとした目で見つめられソファーの上で小さくなりながら、帰ったら博士はボッコボコにしてやると心に決める。

っていうか僕に向けられる殺意の内何割かは博士所以のものと発覚した今、教会にリライヴェッジ所属の僕がお願いを口にできる気がしない。またしても助けを求めるようにアジェルを振り返る。疲れた様にため息をついた彼はおずおずと小さく手を上げた。


「聖女殿。実はこのお願いというのは陛下からの依頼でもあるのでござる」


「陛下からの?……聞きましょう」


「かたじけない。我々はとある資料を……約300年前の聖戦の記録を探しているのでござる。当日の聖霊教会が主力としてニンゲンと交戦したあの戦争の記録なのだが、こちらの大聖堂地下の大図書館にて保存してあると伺っている。図書館の見学並びに資料の貸出しをお願いしたいでござるよ」


「聖戦の……?」


予想外だったのか、デフォルト固定されていた聖女の無表情が僅かにキョトンとしたものに変わる。何故、と先を促されたアジェルはこくりと頷いた。


「我々おもてなし本部はニンゲン文化を魔法界に広め、ニンゲンに対するモンスターの意識改革をという目的のほかに、勇者派と呼ばれる反モンスター的思想を持つニンゲン一派が万が一にも攻めてきた場合に備え、武力対抗手段を取る準備もしているでござる。その準備に多くのニンゲンとの交戦記録が必要なのでござるよ。特に、恐ろしく強かったと言われる5人組のニンゲンパーティーの情報が欲しいのでござる」


「……」


「我々としても、長きに渡って敵であったニンゲンを手放しで信じるわけではないということでござる。ニンゲンからモンスターを守るためだ、協力してくれないでござるか?」


上手い話し方だ。教会は『ニンゲンは危険な存在である』として聖敵認定をし、和平を結ぶためのおもてなし政策を突っぱねるような姿勢を見せている。

そんな教会がニンゲンへの対抗手段の為に協力してほしいという言葉すらも突っぱねてしまえば、それはいよいよ子供の癇癪と同じになり、教会はモンスターを守る気がないのかという反発を生む原因になってしまう。国民から反発の声が上がるような事態になれば、教会の威光も翳りを見せてしまうだろう。教会としても表立って断れない内容だ。


こんな言い回しができるなんて、アジェルって実は頭良い?いや騎士団の部隊長に任命されるくらいだからバカでは無いでしょうけど、でもとんでもない方向音痴のヘタレ虎なのに……。

何となく信じられない思いでアジェルを仰ぎ見ると「お主、何か失礼なことを考えておるな?」と訝し気に睨まれた。とんでもないですわおほほほ。


そして聖女と言えば、恐らくこの申し出を断った際に発生しうるデメリットについて検討しているのか、じっとアジェルを桃色の瞳で見つめて動かない。

静かに次の言葉を待っていると、不意にふう、とため息が部屋の中に落ちた。


「……申し訳ございませんが即答はできかねます。その件は私から明日教皇に申し伝えますので、回答は少々お待ちいただきたく」


「勿論でござる。こちらとしても無理を言っている自覚はあるでござる。大聖堂地下図書館は基本的に教会関係者以外立ち入り禁止であることは周知の事実でござるからな」


「恐れ入ります」


ニカッと歯を見せて笑うアジェルに聖女は僅かに目元を和らげる。アジェル相手だと滅茶苦茶すんなり話進むなぁ。もうやっぱり僕ユリナと交代した方が良いんじゃ……遠い目でやり取りを眺めカップを傾けた瞬間、ブォンッと右耳を銀色の何かが凄まじい速さで掠めていった。

直後、背後のアジェルが「ぬぉぉっ!?」と叫び、壁に何かが激突したような凄まじい音が響く。

嫌な予感にザアッと顔からエネルギーが引いた。


「チッ、気が緩んだ今ならいけると思ったのに」


「……っ、……っ!」


「失礼しました親善大使殿。でかい虫がいたものですから」


冷え冷えとした目でそう宣った聖女は、自らの頭上に展開していた銀の矢を消し去る。

ガクガクブルブルとソファーの上で身を縮める僕は「……イイエ」と、笑顔にヒビを入れ目尻に涙を浮かべながらも、なんとかそう答えたのであった。


まさかとは思うけど虫って僕のことじゃないよね?






◆







すっかり太陽が傾き薄暗くなった宗教都市を、橙色の街灯が照らし始める。

石造りの建造物から漏れる明かりは、街が纏う荘重な雰囲気をより一層濃くしている。ヴィオレットやアルバストスの夜とはまた違う美しさを前に、しかし僕の心はずーんと沈んだままであった。


「……帰りたい」


「ううむ……」


午前中にこの都市に入った筈なのに、夕暮れを過ぎた時刻になっても僕らはまだこの都市に留まっている。

何故かといえば、件の聖女に「是非晩餐も」と晩餐会に招待されてしまったからである。


ため息が止まらない。絶対あの聖女ワンチャン狙いで僕にも聖水盛る気だもん……こんな恐ろしすぎる晩餐嫌だよぉ。こんなことなら大使室で残業しながらカップ麺啜ってた方が絶対マシだった。

けど断ろうものなら今ここで殺したろうか?みたいな顔されたら死にたくない僕としては頷くしかない。何としてでも事故装って殺そうとする聖女に涙が止まらないよぉ。


「ユ、ユリナ達に待機してもらってて良かったでござるな……」


「本当だよ。ユリナが爆速でドレス調達してくれたから何とかなったけど……」


落ち着いた色味のミモレ丈ドレスの裾を摘まみ上げる。

聖霊教会の枢機卿に招待された晩餐会に制服のまま出席じゃあ陛下の遣いとして少々格好がつかない。しかしながらお見舞い兼仕事の話をしに来たのに、ドレス等持ち合わせ等ある訳がなく、仕方なく僕らは一旦教会を辞し、ユリナ達『影』が待機しているカルベン内のホテルに戻ってはバタバタと慌ただしく準備をすることとなった。


そのついでに影役である大使室メンバーには、おもてなし政策の事業案については話ができなかったが、陛下のお使いについては一考してくれることになったことと、聖女に晩餐会に招待されてしまったことを、

僕のバックアップチームである第零研究室の面々と大使室のメンバーの中で唯一僕の正体を知っているユリナには、それに加えて僕がアンデッドであることがバレたことを伝えた。


「僕に聖水は効かないって博士からお墨付きもらえたのは良かったけどさぁ……」


『聖水?効かない効かない。君もロイドくんもアンデッドモヴとは生き物としての基盤が違うからねぇ』とコーヒーを啜る博士が語るところによると、アンデッドモヴとは生前の怨念やら苦痛、恐怖等負の属性的な感情が蓄積した死体が空気中の魔力を取り込むことでモヴとなる為、ゲーム風に言うならば死をHP0と定義したときにHPがマイナスで固定された存在なのだという。

その為聖職者が祈りを捧げて作った聖水や、聖女が扱う光系統の回復魔法、通称『安寧魔法』と言った生者に対する祈りが込められHPやら気力やらを回復させるようなものに触れると、自身のアイデンティティーである負の属性が浄化されマイナス値である体力が0(死)に近づいてしまい消滅してしまう。


対して僕やロイドは言うなれば生き物としての属性が『死』であるだけで、HP自体は普通の生き物と同じプラス値である。その為回復魔法や聖水は普通の効果を発揮するので、仮に食事に聖水盛られたところで気力が回復するだけだという。死属性っていうのが抽象的すぎてイマイチ理解が難しいが……。


そもアンデッドモヴと同じであれば、先日行われたハナガタミ流トレースによる脳破壊の際に摂取したポーションすらも、体力を削る劇物となり下がる。そんな劇物であるなら接種を私が許すわけないだろう、と博士は得意げにしていたが、そのポーションを摂取しなくちゃいけない事態に陥る原因となった元凶はアンタだろうが。


「っていうか今回の仕事の難易度上がってるのもそもそも辿れば博士のせいじゃん……本当に許せない。帰ったら絶対ボコす」


「ううん……ほどほどにしておくでござるよ……」


報告の際に過去に博士が教会に対して行った狼藉を問い詰めた所、ドヤ顔から一転滅茶苦茶焦った顔で『え?あ、あー?なんか通話状態が悪いなー?あれーラウの声が聞こえないなー?あれー』とか棒読みで抜かしては一方的に通話を切りやがった義父を思い出して笑顔で拳を鳴らす。覚えておけよマッドがぁ……。


と、怒りを募らせる僕と僕を宥めるアジェルが聖霊教会に再び足を踏み入れたその時、バタバタと奥から数名の神官達が焦った顔で横を走り抜けていった。

それだけではなくエントランスにも多くの神官達が忙しなく走り回っており、静謐な教会にそぐわない張り詰めた空気が漂っている。僕らが入ってきたことにも気づいていなさそうだ。


思わずアジェルと顔を見合わせる。何かトラブルだろうか、と近くの神官に声を掛けるべきかと悩んでいると、聴覚の鋭いアジェルがその虎耳をピクリと揺らして眉を寄せた。


「『大神官が昏睡状態』……?」


「え?何それヤバくない?」


神官達の会話の内容を小声で口にしたアジェルにギョッと目を見開く。大神官と言えば枢機卿に次ぐ権力を持つ教会のお偉いさんだ。確か各都市に置かれている教会の運営は大神官に任命されたモンスターが担っており、来月開催予定の教会主催の復活祭においても各都市教会にて国民の前に出て、祭事を執り行うという大事な役目があった筈だ。


この復活祭を目前に控えたタイミングでそんな重要な役職に就いているモンスターが昏睡状態なんて、とんでもない一大事ではないか。

そもそも昏睡状態って、いったい何が───


「親善大使殿、騎士様」


「ヒッ!!!」


思案に暮れていると、突如真後ろから静かな声が聞こえた。慌てて後ろを振り返れば、超至近距離に無表情の聖女シエルリーファがいつの間にか立っていた。余りにも近い距離とアジェルすら感知できない押し殺された気配に、動いていない心臓が縮む感覚を覚える。


盗み聞きを咎められるかと思ったが、どうやら僕らの会話は聞こえていなかったようだ。聖女はドギマギする僕の様子に少し訝し気に目を細めつつも、先ほどよりも少しだけ華やかな法衣を揺らし楚々と頭を下げる。


「お待ちしておりました。もう準備はできておりますからこちらへどうぞ」


「あ、は、はい……」


相も変わらず感情の浮かばない顔で僕らを奥へと誘う彼女は、まるで他の神官の焦燥など気にした様子もなくカツカツと靴音を鳴らして歩き始めた。





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