『黄の都市』カルベン
転移門。
それはロイドの時間魔法を元にフリント博士が考案した、色を冠する6つの都市と王都を繋ぐ超大規模魔道具───厳密には『道具』ではなく『設備』と言った方が正しい───であり、現在の魔法界において主流の移動手段である。
各都市の主要街に設置されたものを含め、観光地や遠方地等にも行けるよう都市ごと4つから6つ程設置されているそれは移動手段としても物流の手段としても魔法界に根深く確立しており、もはやモンスターはそれなしには生きられないだろう。
かつて暮らしていたニンゲン界では絶対に実現し得ないであろう技術に、そしてそれを作ったのが義理ではあるが自分の父であるという事実に、僕は車窓の外の景色を眺めながら嘆息した。
「車用の転移門もあるんだ。本当、博士って倫理観無いくせにとんでもない発明するよねぇ」
「いっそ倫理観が欠如している故ではないでしょうか」
「身も蓋も無いでござるよ、ユリナ……」
4にん乗りの車の後部座席に座る僕の呟きに、運転席から別視点からの同意が、隣から苦笑交じりの窘めが飛び交う。
きっと今頃第零研究室では倫理観欠如博士がくしゃみをしていることであろう。そんな想像に小さく肩を竦める。
真顔で酷いことを言う筆頭補佐官が運転する王城から貸し出された公用魔導車は、親善大使と王国騎士団部隊長を乗せて宗教都市『黄の都市』主要街のメインストリートをひた走っていた。
勿論用件は教皇領主様のお見舞い兼、ニンゲン文化のご提案のためである。
宗教都市として名高い『黄の都市』主要街の街並みは、活気はあるもののどこか厳かな雰囲気漂うというか、荘重という言葉がぴったりな空気が流れていた。
その要因の一つはそこかしこにそびえたつ石造りの建物であろう。壮麗な意匠が彫り込まれた石柱によって聳え立つ建造物が立ち並ぶ街並みは、まさしく異国の情景。見慣れない景色についつい目線が引き寄せられてしまう。
徒歩用の転移門よりも数倍大きな魔導車用転移門を使用して都市間移動を果たすこと10分。早くも前方に一層背の高く格式高そうな建物が見えてきた。運転手であるユリナの肩越しからひょいと首を伸ばす。
幾重にも重なる円環とそれを包む大きな翼というエンブレムを頂くそれは、『黄の都市』都市庁舎兼聖霊教会大聖堂。こここそが本日の目的地だ。
「王城並みの大きさじゃん。すっごいね……っていうかこの距離なら別に歩いて良くない?」
「今回はおもてなし本部である前に陛下の使者という側面が大きいですからね。使者が歩いてきたというのはあまり箔がありませんから、少しの距離でも公用車を使用した方がいいんですよ」
「へー」
流石は元陛下付きの敏腕内政官。こういった交渉ごとにおける常識というのにも詳しくいらっしゃる。
なるほど威光ね、一国の王が舐められているという事態である訳だしそりゃ大事だわな。きっと陛下直下の騎士団員であるアジェルが今回の同行者に選ばれたのもそういった側面があるからだろうし。
甲冑こそ纏っていないものの、相も変わらず暑そうな騎士服を纏う隣の虎獣人をチラリと横目で見遣ると、視線に気づいたアジェルは首を傾げた。
「なんでござる?……っていうかよく見たらお主、クマえぐいでござるな。大丈夫か?」
「あー……陛下ブートキャンプのせいでちょっと寝不足でね。でもこの位ならまだまだ全然余裕なのは先月実証済みだから心配しないで」
「お、おお……」
地獄というのも生ぬるいあの水上パレード準備期間を思い出してへへへ……と力なく笑う。
アレに比べりゃ寝る間も惜しんで陛下と額突き合わせて事業考えてたこの三日間は全然軽いもんだって。ついでに独自進化を遂げてるらしい教会式の礼儀作法叩き込まれたり、教会が信仰する聖霊の知識詰め込まれたり、聖霊教会の教義やら聖典の内容押し込まれたりしたけども、でもたった三日間だけだったし本当に大したことない。
ねえ?と顔を見上げればミラー越しに見えるユリナも目からハイライトを決して微笑んでいる。地獄を乗り越え面構えが違う僕らの雰囲気に、アジェルは軽率な言葉を吐いてしまったと静かに口を噤んだ。
「とはいえ今回は相手がニンゲン嫌いな教会だから、ウェルデ程手の込んだ事業は提案しないつもりなんだけど」
「む?何故だ?利益でぶん殴って渋々認めさせるのが目的なのでござろう?」
「言い方ね。そりゃ勿論そうなんだけど、教会は清貧を重んじる組織だから初っ端から大きな金額が動く事業を提案するのはちょっとなぁって思って。金で釣ろうとしてるなんて印象付けられたら絶対話聞いてくれないでしょ。だから今回に限っては表立って提示するメリットは金銭面以外のものにする」
例えば威光とか権威とか。「このニンゲン文化を取り入れれば聖霊教会さんのご威光にますます磨きがかかる上に金銭的メリットもあるんですよ~」というスタンスで臨もうということだ。そっちの方があちらさんとしても飲みやすいだろう。
ガサゴソと事業案が詰め込まれたカバンを漁りながら、今回の訪問の狙いについて説明をする。
「うぅむ。難しいな」
「難しいよねぇ。という訳で今回は元々あるカルベンの特産にひとエッセンス加えたお土産と、既にあるイベントに少し手を加えたご提案をお持ちしました。こちらをご覧ください」
冗談めかしてアジェルへと事業提案書と手のひらサイズの小さな紙包みを手渡す。
あくまで親善大使の護衛であるアジェルに事業内容を話すような場面は無いだろうが、しかしながら彼もおもてなし本部の一員であるので知っておいてもらって損は無いだろう。
興味深げに資料をめくり、そして訝し気に包み紙を開けたアジェルは中身を見てほう、と感心の声を上げた。
「なるほど、面白いでござるな」
「僕としては魔法界に似たような文化が無い事に驚いたけどね。なんでだろ、衛生面?」
急ごしらえであるものの、しっかりと体裁の整えた中身を色んな角度から眺めるアジェル。パーシーの手を借りて作った薔薇の形を模したそれは、この時期の『黄の都市』ではありふれた存在にとある要素を足した特別製である。
これなら受け入れやすいだろう……とは思うけど、いかんせん相手は陛下の命にすら真っ向から反抗する教皇領主様である。「ふざけるな」と一蹴されて粉々にされそうな気もしちゃう今日この頃です。嫌だなぁ怖いなぁ。
まあそうなってもいいように大量に持ってきているけども。日持ちするから早々腐りようもないし、最悪長期戦になっても何とかなる、だろう。多分。
教会が近づくにつれ募る緊張感を宥めるようにあれこれ考えに頭を巡らせ百面相していると、遂に車が緩やかに停車した。
「到着しました」
「おーう、ご苦労様。そんじゃ影役よろしくね、ユリナ」
「お任せください。他のメンバーも丁度今カルベンに到着したようですので、合流して情報収集にあたります」
「うん。んでもそもそも僕が失敗したらそれどころじゃなくなるだろうからのんびりでいいよ」
「承知です」
頼もしいユリナに早くも痛み始めた胃を抑えながら頷く。
すると先に降りて僕の降車をエスコートするアジェルが僕らの会話に首を傾げた。
「影とはなんでござる?」
「僕と一緒に現地入りして、万が一の事態が起きた時に対応できるように待機するチームの事。内政官ってこういう交渉に入るときは絶対に二チームで行動するんだって」
いくら事前知識を詰め込んで多岐にわたる想定をして臨んだとしても、権力者相手に相手ホームで相対する以上不測の事態というのはいくらでも起こりうる。
ましては今回は絶対に僕のことを敵対視している組織との交渉だ。どう相手が出てくるか測りかねる状況下に置いて僕だけで対応するのは余りにも無理無謀、っていうかそもそも門前払いの可能性だって大いにある。
そうした場合に臨機応変に対応できるよう、常に最新の情報を得ながら待機するのが影役だ。
万が一僕がコケた場合、元々王城の内政官として働いており経験豊富な大使室の面々にバックアップとして代わりに交渉に入ってもらい「落とし所」を決めてもらう。大事な役割なのである。
では最初からユリナ達敏腕大使室メンバーにも着いてきて貰えば、という話なのだが、ただでさえ僕らおもてなし本部に不信感を持っているであろう教会に大所帯で出向いてはいい顔はされないだろう。
そもそも今回の訪問理由は一応お見舞いだ。お見舞いにそうゾロゾロと行くのもおかしい話である。
そしてお見舞いである故、初っ端から大使室のメンバーだけに丸投げというのも難しい。陛下から直々にご指名賜ったのが僕だし、それに親善大使が顔を見せないなんて誠意がないと捉えられるかもしれない。
という訳で、命を狙われているかもしれないってのに同行者はアジェルのみという手薄も手薄な布陣で僕はこの強敵に挑まざるを得ないのだ。
ちなみに影役のリーダーであるユリナには、僕の命に危機が迫ったら速攻で憲兵呼ぶように準備してもらっている。
「僕が出禁になったらユリナ達にバトンタッチする予定。ただまあそうなると今回の本分であるお使いが果たせないから、何としてでもそうならないように気をつけなきゃ。てな訳で!」
影役チームと合流するべく戻って行ったユリナを見送った僕は、聖霊教会正門前、美しい芝と色とりどりな花をつける生垣によって形作られる庭園に足を踏み入れる前に、アジェルに人差し指をピッと突きつけた。
「別に今に限った話ではないけど、僕がロイドと同種族っていうのは絶対に他言無用でお願いね。ただでさえ研究所嫌い、ニンゲン嫌いでリーチ掛かってるのにそれまでバレたら終わる」
主に僕の命がな。
きっとそうなれば憲兵呼んでもらう間もなく滅されることは想像に難くない。事業どころではない事態になるのは必至である。マジで怖い。
いっそ伏魔殿にすら見えてきた聖霊教会にぶるりと背筋を震わせると、アジェルは何故か得意げにどむっとその分厚い胸板を拳で叩いた。
「それは勿論でござる。決してポロリなどせぬよ。まあ最も、ミモザ謹製のその超強力認識阻害面があれば滅多なことが無い限りバレようもないでござろうが。わはは」
「……そっすね」
まさかそれフラグではあるまいな、と口をついて出そうになった言葉は、なんだかあまりにも不穏で飲み込むことにした。
とりあえず、約束の時間はもうすぐそこまで迫っている。アジェルを伴って庭園を横切り翼を広げた女性の絵が彫られた巨大な石門を開けると、厳かな雰囲気漂うエントランスにて、白地に黄色に装飾の入った法衣を纏うモンスター数名に出迎えられた。
僅かに微笑む彼らはきっとこの教会の来訪者対応担当の神官達だ。首に掛けられたロザリオに先日の謁見の場に居た神官ほどの細かい意匠が施されていないことを確認しながら、敵意がないことを示すよう微笑み返す。
「お名前を」
「モンスター・ニンゲン友好条約締結対応対策委員会おもてなし本部、親善大使のラウと申します。本日11時よりカルベン領主様……聖霊教会教皇様とお約束をさせていただいております」
まさか領主教皇様が入るや否や「帰れ聖敵ー!!」と塩投げつけてくる展開になったらどうしよう……と、あり得ないと100%言い切れない展開を想像し内心震えながらいい加減慣れた口上に訪問理由を添える。
するとにこやかだった受付神官は突如目元をピクリと震わせた。その後ろに控える他の受付神官も大きく表情こそ動かさなかったものの、どこか穏やかではない雰囲気を漂わせ始める。
一気に重くなった空気にアジェルが息を詰めた。アジェルは王国騎士団所属の騎士として何度も教会に訪れているらしいので、普段の対応との剥離に驚いているのだろう。
しばし無言の時間が流れる。微動だにせず言葉を待っていると、懐疑的な視線を隠そうともしない受付神官はゆっくりと口を開いた。
「……申し訳ございません。本日教皇は急遽外出しており不在にしております。明日の午後には戻る予定でございますが」
「な……っ!」
慇懃無礼、という言葉がぴったりな態度で深々と頭を下げられる。それを聞いたアジェルは思わずという風に怒りの声を上げた。
今回の表向きの訪問理由は体調不良が続くカルベン領主の見舞いであり、僕らは陛下の代理である為アポイントは陛下がとっている。
日付も時刻も間違えていないというのに不在にしていると言うことはつまり、陛下との約束を反故にした、ということだ。
一国の王相手にとんでも無い事である。陛下に忠誠を誓うアジェルにとってみれば侮辱にも等しい行為だと憤るのも仕方がない。
しかしながら僕はいきり立つアジェルを片手で制し、あえて微笑みを浮かべてみせた。
「そうでしたか。教皇様はカルベン領主業との兼任でお忙しくいらっしゃるのは重々承知しておりますのでお気になさらず」
正直このくらいの妨害は想定内だ。相手はニンゲン大嫌い聖霊教会だ、一筋縄でいかないのは覚悟してる。
むしろあれこれ理由をつけて何日も面会できない事態すら想定していたので、明日戻ってくると素直に教えてくれることに驚いたくらいだ。
連日通い詰める羽目になるかもしれないと思っていたが、この調子なら案外早く終えられるかもしれない。不謹慎にもウキウキしながら僕は続けた。
「それでは明日また伺います。そうですね、もし教皇様のご都合さえ合えば例えば15時頃にでも……」
「いいえ」
しかし新たな約束を、という僕の言葉は強い口調に遮られた。思わず「んっ?」と奇声を上げる。
「わざわざ足を運んでくださった国王陛下の使いの方をお帰しする訳にはまいりません。せめて歓待の意を示させてほしいと枢機卿が申しておりますので、ご案内いたします」
「す、枢機卿が?」
それはちょっと想定外なんですけど?え?枢機卿ってあの教皇の次に偉い役職だよね?謁見にもこなかった枢機卿がなんで?
教皇と比肩する超お偉いさんからの思わぬ申し出に混乱した脳が停止する。その間にもあれよあれよという間に妖精の羽をもつモンスターが先導すべく僕らの前に立ち、教会の奥へと続く通路の奥へと手を指し示した。
「親善大使様。聖霊教会大聖堂の担当枢機卿がお待ちです。どうぞこちらへ」
否やを言わせず細められる緑の瞳には、金色の光が浮かんでいた。




