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成長する疑念

「絶対許さない……後で絶対ボコボコにする……」


「その時は拙者も手を貸そう」


「おいおい、アジェルにまで殴られたら俺死ぬって」


「自業自得過ぎる死因ですねぇ……」


ロイドの悪ふざけ、もとい種族特性実験に付き合わされ怒りに打ち震える僕の呟きに私怨を込めて同意するアジェル。正気に戻った僕の拳骨によって頭の上にたんこぶを作ったロイドは、アジェルの本気の顔に口の端を引き攣らせた。ミモザがすごく白けた目でそんなロイドを見ている。


全く、敵前だというのに何させるんだ。お陰で恐怖心は収まったけどさぁ……。

とりあえず直視はできるようになったので、ため息をつきつつ気を取り直してアジェルと近衛3体の横に並ぶ。目の前には一定距離を保ったままゆらゆらと揺らめくソウルレスたちが並んでいた。


「……今の一連の茶番中も襲ってこないとは、実は影のくせに紳士道とか重んじるタイプ?ソウルレスって」


「ううむ、いつもはそんなこと無いのでござるが……」


片手で持ち上げた大剣を構えるアジェルと共に首を傾げる。

隙を伺っている、という訳でも無さそうだ。なんというか……何となく困惑しているっぽい?感じがする。表情は見えないのであくまで佇まいだけでの判断だが。


アレ今の茶番見て「これ攻撃していいの?平気?」って悩んでる態度じゃないの?なんか平身低頭して震えてる個体もいるし。あれは何なの、もしかして爆笑してる?


この奇妙な状況、研究者組なら何か知っているかとチラリと肩越しにロイドとミモザを伺えば、彼らも困惑……というか何か思案するようにジッとソウルレス達を真剣な眼差しで観察していた。


「……?まぁとりあえず、攻撃してこないならこっちから行くよ?」


先程までのふざけた雰囲気が霧散し、張り詰めた緊張感が場を支配する。異様な反応を見せるソウルレスと後ろふたりに疑問を覚えながらも、僕は右足を引いて上段に剣を構えた。

左足を前に、顔の横で両手で持った剣の切っ先を正面に向ける。いわゆる『霞の構え』と呼ばれる構えをとった僕は、腰を落として全身に身体強化を施しいつでも動けるよう体に力を蓄える。

その様子に傍らのアジェルがほう、と感心したような声を上げた。


「何も間違っていないし堂に入った構えなのでござるが……どことなく素人臭い。何ともよくわからん構えでござるな。何をどう指導すればいいのか迷うでござる」


「すみませんねどことなく素人臭くて」


何分剣を持ったの昨日初めてなんでね!!知識だけはピカ一の素人ですよ!!すごいなぁと感心しているアジェルにむくれながらソウルレスを見据える。


僕のが構えるのと同時に、両脇を固めるドライとフィフの持つ武器には薄っすらと濃い青色の魔力が纏い始めた。アジェルが握る大剣にも橙色の魔力が見える。

なるほど、思念体であるソウルレスに物理攻撃が通用するのか不安だったが、ああやって武器に魔力を通せば魔法攻撃みたいになるのか。博士がゴンドラレースでやっていた蜘蛛糸に魔力を通す芸当と同じだろうか。


残念ながら僕には自分以外の物に魔力を通すという高等技術はできないので、今日の所は戦闘のイメージトレーニングしながら撹乱を頑張ろう。

そうひっそり気合を入れて顔を上げた瞬間、今の今まで様子を伺うような動きをしていたソウルレスたちがずるりとこちらへ迫り始めた。どうやら向こうも戦闘開始と悟ったようだ。


「一歩目で近づいて二歩目、三歩目で右か左に抜けつつ背後に回るような動きを心掛けるでござる。攻撃は近衛がするでござるから、お主はひらすら撹乱しつつ回避行動をとることに専念だ。危ないと思ったらすぐに声を上げるように」


「了解」


顔を真っすぐに向けたまま頷く。踏み込み足である右足全体に更に身体強化を重ね掛けし、静かに息を吸った。


ハナガタミ流には基本の心構えとして「常に平静を心掛けるべし」というものがある。

いかに危険を顧みずに前進あるのみという狂戦士も真っ青な剣術であれど、その心は高揚も畏怖も抱かずに常一定であること。

それこそが勝利へと至る道である、と。


しっかりとした教育も訓練も受けていない素人で正直見様見真似であるけども、しかし僕はそれを実行すべく数度深い呼吸を繰り返した。


逸る気持ちと僅かに残る恐怖心を押さえつけ、精神を揺らさないように集中する。

幸いアジェルの言う通りソウルレスの動きは遅い。接敵まで十分に距離はあるし、連携を取る様子もないから焦る必要はない。


距離を測るようにじっと敵を見据え───そして、右足を踏み出した。


「……っ」


前傾姿勢で飛び出す。地面に足が触れる瞬間、足裏、足首、ふくらはぎに魔力を通す。目指すは群れから一番離れた個体。目標に向かって地面を踏みしめると同時に、僕の体はゴッと空気が割れるような音と共にソウルレスの目の前に移動していた。


「よっしゃ成こ……アッ!?」


眼前に不気味な影が現れたことで腹の底から生理的な恐怖心が首をもたげるが、それを必死に抑え込みながら左足にも同じように魔力を通す。地面に着地、同時に敵の左側を抜けるように重心を傾け……すぎた。


「うああああああっ!!!」


グギィッと左足首が折れ曲がる。支えが無くなった体ががくんっと倒れそうになるも、前進のために足に掛けた身体強化魔法が中途半端に発動しその勢いのまま左前方へ体が加速。不格好な体勢で明後日の方に体が飛んでいく。


やばい転ぶ!!と思わず体を強張らせ───しかし、その勢いは突如正面の現れた甲冑によって強制的に止められた。

ドガシャンッと音を立てて固いものに顔面から激突する。


「あててて……危なかった……ありがとフィーア」


「……」


潰された鼻を摩りながら自らを受け止めた者を見上げる。するといつの間にか傍らに控えていたらしいフィーアが「ナイストライ!」とでも言わんばかりにサムズアップを返してくれた。やだぁイケメン……。


抱き合う僕フィーアの後ろでは突然目の前に敵が現れたかと思ったら、次の瞬間には明後日の方向にぶっ飛んで行ったせいで混乱してるっぽいソウルレスの首を大槍で跳ね飛ばしたドライと、僕に迫って来ていた別個体のソウルレスを大槌でぶっ潰すフィフが見えた。


どうしよう近衛たち強すぎ……?きゅんきゅんしすぎて恋愛サクセスストーリー始まっちゃいそうですぅ……。


「ラウちゃ~ん、大丈夫ですかぁ~?怪我は無いですかぁ~?」


「大丈夫!ありがとう!」


自分を守る近衛たちにトキメキながら背中にかかるミモザの声に応える。捻った足首は身体強化で保護していたお陰で怪我まではしていないようだ。軽く振って痛みがない事を確かめ、腰のポーチに手を伸ばす。


ドライとフィフによって倒されたソウルレスは、急所を破壊されたことでヒト型を保てずに地面にジワジワと溶け広がり始めていた。うわぐろい、と顔を顰めながら取り出した試験官の口を慎重に開ける。

そして自分に掛からないよう細心の注意を払って中の青い液体をポタ、ポタ、と数滴落とした。


すると、目の前のソウルレスだったものに劇的な変化が訪れる。液体というか緩いスライムのような半固形状の黒い物体が凝固薬を駆けられた場所からどんどんと縮んでいき始めたのだ。ピキピキッと音を立てて収縮していくそれは真珠大くらいにまで縮み、最終的にパキンッと高い音を立てて固まった。

歪な形の黒い石を摘まみ上げる。


「……なんか僕の知ってるユウキエネルギーと違うんですけど。黒いんだけどこれ平気?」


「俺らからしたらそっちの方が普通だったんだけどなぁ。正直お前さんに投与したエネルギーが赤く変色してる方が意味不明だ」


「うへぇ……」


遠くから苦笑い気味の声が飛んできて顔を顰める。自分の体に流れるエネルギーの相変わらずの得体の知れなさにげんなりが止まらない。

っていうか一歩間違えたら僕の体にこんな黒いものが流れてたってこと?地球外生命体と融合したヒーローもドン引きな黒さですが?


しかしながら言ってても仕方がない。ドライが討伐したソウルレスにも凝固薬を掛け採集した僕は、自分を囲む近衛たちの肉のない顔を見回した。


「とりあえずこの調子で『無拍子』しながら採集していこう!いくぞラウちゃん近衛部隊ー!!」


「……」


おー!と拳を振り上げる僕に、無言の同意が続くのであった。






◇








東の空にあった太陽も天辺のオーリライトを纏うようになった頃。

森の中では長らく戦闘音が響いていたが、今は非常に嬉しそうな感嘆の叫びが響くばかりとなっていた。


『いやぁ大量だねぇ!20体くらいって話じゃなかった?』


「それが片付けた端からワラワラ追加が発生して……最終的に60体くらい討伐したでござる」


「凝固薬多めに持ってきておいてよかったよ」


ロイドの右手に持つマギホに第零研究室でひとりでハフハフ興奮する博士が映っている。地面の上で山盛りに積まれた黒い石に喜ぶ余り、テレビ通話越しであろうともその狂喜乱舞ぶりを伝えてくる白衣のマッドは、しかし疲労を滲ませるアジェルとロイドの声に感心したように頷いた。


『最高だね!でも60体なんて騎士団と魔導士団で混成チーム組むレベルじゃないか。よく君たちだけで片付けられたねぇ』


「憑依前で一体一体の討伐の手間がそこまで掛からなかったのと、あとはラウが頑張ってくれたでござるよ。慣れないなりに撹乱と採集役を頑張ってくれたお陰で早く終わったでござる」


『そうかいそうかい。で、そのラウは?姿が見えないけど』


「魔力枯渇と足の使い過ぎで今寝込んでる。向こうでミモザと近衛に介抱されてるよ」


肩を竦めるロイド。アジェルも苦笑いで背後のレジャーシートの上でミモザに膝枕され近衛に扇がれぐったりしているラウを振り返る。


流石に常に身体強化魔法を重ね掛けしつつ、更に爆発的な推進力を発生させるような繊細な魔力操作に参ってしまったようだ。青い顔で「足……捥げる……」とプルプル震えているのが見える。


しかしながら、初めての戦闘とは思えないほどに戦場の場に物怖じせず、的確に敵の意識を攻撃手から逸らして回るセンスには舌を巻くものがある。

来週から始まる本格的なラウの戦闘訓練の監督を務めるアジェルは、もしや大物になるやもと期待に思わず笑みを深めた。


「じゃ、ラウの枯渇治ったら帰るわ。よろしく……」


『ああいや、ロイドくん。待ちたまえ』


報告は以上だと通話を切ろうとするロイドにフリント博士が待ったをかける。

先ほどまでの玩具を買い与えられた有頂天な子供のようなテンションを潜めては、まだ報告は終わっていないだろうと言わんばかりに自らを見返すその光の無い目に、ロイドはすこぶる嫌そうな顔を返した。








◇





「……────だ。一応記録は取った。後で共有する」


『なるほどなるほど。つまり……想定していた中でも最悪な事態ということだね』


「……まだそうと決まった訳じゃない。可能性が高まっただけだろ」


『そうだね。しかし、我々の立場では常に最悪を想定しておく必要がある』


最悪な、と口にしながらもどこか楽し気な上司に眉を顰める。何が楽しい、と口をついて罵倒したくなるがしかしそうした所でこの頭のネジが飛んでるマッドサイエンティストにはなんの痛痒も与えられないことは長年の経験から理解している。

やるせない気持ちはため息に込めて吐き出すに留めた。


『どうだい?彼女は自分がそうであると自覚している素振りはあるかい?』


「無いだろうな。そもそも自覚があるならあんな話にはならないだろうし」


『そうかね?案外我々を欺く為に何も知らないフリを───分かった分かった。冗談だよ、そんな顔しないでくれ』


全く入れ込んじゃって、と肩を竦める博士を睨みつける。不愉快な冗談だ。仮に博士の言う通り俺らが全員彼女に……ラウに騙されているとしたら、もはやこの魔法界は終わりだというのに。


そうならないようこの数ヶ月俺はずっと彼女を見張っていた。その監視の目を信用していないと言われているようにも聞こえて腹が立つ。

というか一番最初に『その可能性はゼロに近い』といった事を言ったのはお前だろうに。


『いやはや、こりゃ何者かが裏で手を引いているね。余りにもこの状況は作為的だ』


「……このことが陛下に知れたら」


『まず間違いなくラウの処分を命じられるだろう』


事もなげに、冷静にそう告げる博士は、椅子の背もたれに深く腰掛け音を鳴らしては、手近にあった資料───ここ数ヶ月取り続けたラウの記録をペラペラとめくった。


『ラウが殺されることだけは絶対に避けねばならない。彼女が死ねばこの研究は一生立ち行かなくなる。そんな恐ろしい事態にだけはさせてはならない。このことは第零だけに留めておくこと。他言は許さないよ』


マギホ越しに、じっとりと感情の見えない闇を含む目がゆっくりと細められた。


『我々リライヴェッジの悲願の達成のためにも、ラウを殺させるわけにはいかない』


「……」


無意識にマギホを握る手に力が籠る。

ふと、背後からアジェルとミモザがラウを心配する声が聞こえ振り返ると、燦々と照り付ける太陽の下で力なく手を振るラウの姿が見えた。


楽しそうにモンスターと笑い合うラウ。その表情には俺らモンスターを害してやろうと言った魂胆なんて見えようもない。しかし───


あっちは目が眩むほどに眩しいのに対して、自分が立っているここは泥の中のように暗く感じた。

思わず深く吸った息を吐く。


『じゃ、引き続きラウの世話役と監視よろしくね。何かあった時にラウを制圧できるのは君くらいだろうし』


以上、よろしく。と一方的に告げた博士が通話を切った。無機質に通話終了を告げるマギホを耳から話してポケットにしまう。


「……やっぱり、アンタは昔からなんも変わらねえな。所詮ごっこ遊びって訳だ」


ラウを溺愛しているかのように振る舞うくせに、その内心はどこまでいっても研究のことだけ。

研究の為、悲願の為、自身の尽きせぬ好奇心を満たすため。

ラウを殺させないなんて言うけれど、あの男の心には一片たりともラウ自身への心配は存在しない。あくまで目的は彼女の体に流れる『ユウキエネルギー』である。

必要であるから生かす。平然とそう言ってのける創造主にせせら笑う。


───しかしながら、それは自分も同じことだ。


「……多分、今の俺を見たら怒るだろうなぁ」


ポケットの中でマギホと共に揺れるタバコを弄ぶ。

『彼女』のお陰で心を学んだと思っていたが、所詮は上辺をなぞっているだけで何一つとして理解等出来ていないのではないかと思ってしまう。

紛い者。モンスター未満。そんな自虐が心内に沸いてくる。


だって、もしラウが殺されるようなことがあっても俺はきっと「仕方がない」で済ましてしまうことは容易に想像できてしまったから。


ここ数ヶ月ずっと一緒に居たことで情は芽生えたと思う。同じ境遇にあっている彼女に共感も同情も覚えている。

だがそれだけだ。ラウを殺すことが世界を救う唯一の手段だと言われたら、必要な犠牲であると言われたら、仕方がなかったと自分に言い聞かせて最終的には納得してしまう。


なんて薄情なのだろう。博士に怒りを募らせる資格なんて俺にはない。

ごっこ遊びに興じているのは自分も同じだ。妹などとうそぶきながら、いざ彼女が死に目に会ってもきっと俺は止められない。


「ロイド~?電話終わった~?お弁当食べようよ~」


「……ああ、今行く」


ミモザの回復魔法と近衛の介抱によって幾分元気を取り戻したのか、上体を起こしたラウがぶんぶんと大きく手を振っている。

相変わらず食欲に忠実なその様子に微笑ましさ半分、苦い気持ち半分で小さく噴き出し、俺はその場から踵を返した。


「……救えねえな、どいつもこいつも」


せめて、そんな後味の悪い結果にならないように最大限のフォローをしよう。そうひっそりと心の中で誓う。


『彼女』に貰った自分の心は、決して紛いものではないと証明するためにも。




◆





酷使しすぎてパンッパンッに腫れるふくらはぎにミモザからもらった湿布を貼っていると、博士への電話を終わらせたロイドが戻ってきた。


「二歩目までなんとか行けるようになったんだけどね〜……あ、ロイドおかえり……どしたの?疲れた?」


「疲れた。帰って寝てえ」


数時間みっちり練習したにも関わらず一向に上達しない技に口を尖らせてアジェルに相談という名の愚痴を吐いていた僕は、心無しか暗い表情のロイドに首を傾げた。


僕の問いに大きなため息をついたロイドは、ぽいぽいと行儀悪く靴を脱ぐや否や近衛の顕現を解いては地面に敷いたレジャーシートの上にごろりと体を横たえた。どことなく不機嫌そうである。

よく分からんけど元気出して、とふわふわの卵サンドが入ったランチボックスを差し出すと、僅かに表情が明るくなるった。


「あー……今日もうこのまま帰っていい?ミモザ」


「ダメですよぉ。研究所戻ったら集めたエネルギーの処理しないといけませんしぃ」


「っていうか別にお主は動いてないでござろう……」


「きふふぁれふぁよ(気疲れだよ)、きふふぁれ(気疲れ)。……むぐ、ああそうだ。アジェル、ラウ。博士から伝言」


早退希望を口にするロイドをミモザがはんなりと窘め、その隣で胡坐をかくアジェルが呆れたように半目を向ける。

しかしそんな同僚や友の様子に頓着せず行儀悪く寝っ転がりながらサンドイッチを口に運ぶロイドは、全身の倦怠感に襲われ死にそうな僕と横目でミモザをチラチラ伺っている煩悩丸出し虎騎士を指差した。


「お前さん達、二日後に謁見だってよ」


「「は??」」




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