やっぱり倫理観ゼロ
遅くなって本当に申し訳ございません!!!こんな筈じゃ……っ!!
なぜ僕らの生みの親共はこんなに倫理観に欠けているのだろうか。膝の上でガクガクと震える可哀そうなエイデルを撫でながら、僕は床に正座する諸悪二名にため息をついた。
「確かにね、ウェルデのゴンドラレースではエイデルも好き勝手してたからいつか叱らなきゃとは思ってたけどさ……ちょっとお尻の毛毟るのはどうかと思う。謝ってふたりとも」
「う、うう……反省してますぅ。ごめんなさぁい」
「尻の毛が一番毟りやすかったんだよ」
「倫理観もなければ心も無いね博士」
こんなんが権威ある研究者として魔法界に名を残してるとかどんな悪夢だよ。ジロリとてへぺろする蜘蛛男を睨むと、視界の端でエイデルの尻の毛から生成されたという『親善大使専用瞬時収納転送システム』の媒介たる白い花紐飾りが揺れた。これ付けてるのもなんか罪悪感あるよ僕。
仮にも女の子だというのに尻を暴かれてしまったエイデルはすんすんと悲し気に鼻を鳴らしている。ああなんて可哀そうに……。
すぐに反省の様子を見せたミモザは兎も角、未だに悪びれない博士に僕は腕を組んだ。
「博士?……実験体への待遇改善しないと僕反抗期になるけど」
「エッ!?」
「当たり前でしょ。僕も何されるか分かったもんじゃないもん。とりあえずエイデルに謝らないんだったら今後の検査は博士立ち合い禁止にする」
「うわああああ後生だからそれだけはやめてくれラウ!!ラウのユウキエネルギーの活性率と日に日に増える含有量を見て成長を感じるのが最近の私の楽しみなんだよぉぁ」
「うわ……きも……」
ド変態じゃん。エイデルに謝罪しながら足に縋りついてくる義理の父に侮蔑の表情を浮かべる。すると僕の後ろで黙っていたロイドがううむと唸った。
「ラウ、やっぱり第零に常駐してくれねえか?博士がこんなに言うこと聞くのお前さんしかいねえ」
「この流れで僕が快諾すると思ってるんなら見込み違いだよロイド」
見て見なさいよアジェルの顔を。ドン引きじゃないの。こんなんに毎日纏わりつかれたら僕発狂します。
とりあえずエイデルもドン引きの顔で『も、もういい……』と謝罪を受け入れたので、この話は終わりとポンッと手を叩き空気を切り替える。
「それで?結局なんでアジェルは呼ばれてんの?」
「うん?ああそうそう。悪いねアジェルくん、放置しちゃって。君にはラウの剣術指南をお願いしたいと思っていてね。本職の騎士に習うのが一番いいだろう?」
「剣術指南でござるか?確かに拙者の獲物は剣でござるが……」
困惑と疑問が綯い交ぜになった表情で僕と博士を見比べるアジェル。その顔にはありありと「本気か?」という言葉が刻まれている。
そりゃそうだ、アジェルは大柄の獣人だ。いくら僕の腕力その他諸々が一般モンスターを大きく凌駕し、武器として渡された剣も通常の剣よりも長物であるとしても、アジェルには到底及ばない。
アジェルが持つ大剣のような騎士剣を振るうことは不可能。そうなれば立ち回りも剣の扱い方もまるっきり変わってくるであろうことは素人である僕にも分かる。
もしかして刀とか軽い武器を扱うような騎士を紹介してくれ、という話なのかとアジェルと共に首を傾げる。
しかしそうではないと博士は首を振った。
「剣術指南という言い方が悪かったね。ラウの訓練相手をしてほしいんだよ。剣術はどうにかするから」
「は?」
「ちょ、ちょっと待って博士?何言って……」
どうにかするってなんだ、そんな一朝一夕に身に着けられるものでは無いだろうが。
そう言い募ろうとする僕だが、しかし何故か内心では非常に、非っっっっ常に嫌な予感を覚えていた。
博士やこの第零研究室の面々と出会ってまだ三ヶ月足らずである僕だが、博士を筆頭にこの研究室が『ヤバイ』のはもう身に染みている。胸中に生まれたざわめきに冷や汗をだらだらと流していると、何やら博士がゴロゴロと音を立てて隣室の実験室から大きな器具を持ってきた。
まるで一昔前の美容院に置いてあるパーマ機のような、椅子にヘルメットみたいな円形の機器が取り付けられているそれ。それを見た瞬間、本能が今すぐ逃げろと警鐘を鳴らした。
僕の様子に怪訝な顔をするアジェルはまだしも、その傍らでうわーマジかーみたいな顔をする研究員ふたりの顔が更に不安を煽る。
「ご、ごめん僕やらなきゃいけない仕事思い出し……」
「どこいくんだい?ラ・ウ?」
「ヒイイイイイイッ!」
ぽん、と肩を叩く手に絶叫する。嫌だ嫌だ何されるか全然分からないけど怖い!帰らせて!ここが僕の家だけども!
ジタバタと大暴れする僕を上機嫌の博士が糸でぐるぐる巻きにする。拘束するってことは良くないことってことですよねぇ!?ロイド!ミモザ!助けて!と必死に訴えるがふたりは揃って気の毒そうな顔でそっと僕から目を逸らした。
この装置が何の装置なのか知ってんなお前らあああっ!!
「ふ、フリント博士?この物々しい装置は一体……?」
「これはねぇ、まだ認可が下りてない私の発明品なんだよ。時にアジェルくん『ハナガタミ流剣術』はご存じかな?」
「ぬ?ああ……確か過去のニンゲンによる魔法界侵攻の折、特に甚大な被害を出したニンゲンの剣士の動きを参考に生み出された流派でござるな。細身の片手剣を主とする剣術で……」
「流石だね。その通りだ。どうやら王城に残っている史実によるとね、その甚大な被害を出した剣士というのは第4代目勇者だったそうなんだ。たった一人で魔法界に降り立ち剣一本で夥しい数のモンスターの死体の山を築き上げた極悪人。それが扱う剣術をモチーフに更に改良を加えて一流派としたのがハナガタミ流剣術だ。で、この装置はというとね」
質問の意図が分からないなりに回答するアジェルに満足そうに頷き、更に講釈を垂れる博士。彼はそのまま満面の笑みを浮かべ、必死に拘束を逃れようとする僕を装置に座らせ頭にガポッとヘルメットを取り付けた。
「そのハナガタミ流剣術の心得から動き、奥義の極意まで全てをデータ化し、対象者の脳に刻み付けるトレース装置だ」
「は?」
「脳改造じゃねえかあああああ!!」
ふざけんな何そんな恐ろしい装置作ってんだコラぁ!!倫理観!!モンスターの心!!基本的モンスター権の尊重はどうしたぁぁあ!!
ジッタバッタと全力で藻掻き暴れるも、博士は更に笑顔を深めて続けた。
「勇者が来るまで一年切ってるのに今から一から習う時間は無いからね。とりあえずこの装置で剣術の動きやノウハウを脳に刻み付けて実戦経験を積んでいこうかと!君にはラウが剣術を物にできるように訓練相手を務めてもらいたいんだよ」
「ええ……」
「いこうかと!じゃねえええ!とりあえずで僕の脳を改造するなああああっ!!」
「騎士団長には話通してあるから安心してね。とりあえずロイドくんの魔法訓練と並行して行ってもらう。報酬はこんなもので、シフトはこんな感じに組んでみたんだけどどうかな?」
「話を聞けこのクソマッドオオオオオ!!」
僕を無視して平然とアジェルに決定事項のようにその後を相談する博士。ドン引き通り越して恐怖すら顔に浮かべたアジェルが止めるべきかオロオロとしている。
ミモザは「もう見えられませぇん!」とワッと手で顔を覆い、ロイドは「どうか安らかに……」と祈るように両手を組んだ。僕死ぬの!?
「博士!!やめて本当に!!お願い!死ぬ!死ぬのだけは嫌だ!!」
「だーいじょうぶだよぉ。痛くないし死なないよぉ。ちょっと気分悪くなるかもしれないけどね」
「それだけで済むとは思えない!!!マジでやめ……っ」
「そーれぽちっとな」
「ぎゃああああああっ!!」
気負いなくぽちっ☆と装置のボタンを博士が押し込んだ瞬間、頭上でバチバチバチッと凄まじいスパーク音が発生した。本気で泣きながら暴れるも拘束は解けず、そのまま僕の視界は真っ白に塗りつぶされた。
脳天にぶん殴られたような衝撃が走り、同時に眼前に見たことも無い様々な映像が超猛スピードで走馬灯のように浮かんでは消えてと忙しなく明滅する。
永遠にも思える時間が流れ───やがて、装置はボシュウウウと音を立てて停止した。
体を拘束していた蜘蛛糸がはらりと解かれ、よろりと立ち上がる。
「ら、ラウ……!?」
「ラウちゃぁん!」
『ななななんかラウビカビカしてた……ッ!!』
「ふふふ、さてどうかな?ロイドくん、私たちを訓練室に『移動』してくれる?」
「ご、極悪……」
アジェルとミモザとエイデルが慌てて僕に駆け寄り、ふらりと崩れる体を抱きとめられる。好奇心にワクワクと目を光らせる博士に命じられたロイドは、引き攣る顔のまま第零研究室の全員を訓練室に『移動』させた。
「ラウ?意識はあるだろう?君が覚えたことを見せてくれたまえ」
「……」
非常にマッドな笑みを浮かべる博士の手が肩に乗る。床にへたり込み、無言で俯いていた僕の右手に例の長剣が音もなく現れた。
僕を抱えていたアジェルとミモザ、エイデルが慌てて離れる。
前髪の向こうに訓練にも使われる球体関節人形、サンドバッグ代わりの自動人形が陥没した床から現れるのが見えた。ロイドが召喚するアンデッドモヴより数段は弱いが、自立して自動で攻撃してくる。
電源が入った自動人形のガラス玉のような目に光が宿る。対峙するそれを見据えて、僕は剣を支えに立ち上がった。
「ら、ラウ……?」
「……」
恐々と僕に声を掛けるアジェルを無視して、剣を両手に持ち下段に構える。足を前後に開いて腰を落とし、ひたりと照準を揺れながら自らに向かってくる敵に合わせる。
ごくりと誰かが生唾を飲む声が聞こえた。
すう、と息を吐き、はっと短く吐いて───僕は地面を蹴った。
「……ハナガタミ流、奥義」
二歩で敵と距離を詰め、右足で強く床を踏み締める。同時に敵を下から上へと下段に構えた剣でかち上げた。
無様な格好で真上に錐もみして飛んでいく自動人形を追うようにその場に跳躍し、背中を晒して落ちてくるその首に剣の刃を当てる。
「───『チリツバキ』」
上から押し付けるように剣に体重を掛け、自動人形と共に重力に従って地面に向かって落ちる。床に到達する寸前に断ち切るように剣を引けば、ドゴォォンッという衝撃と共に自動人形の首が分かたれた。
命を終えた椿の花のようにごろりと床を転がる自動人形の首。無機質なガラス玉のような目から人工ならぬモン工的な光が消え失せ、首を失った胴体はバチバチッとショートするような音を立てた。
自動人形の心臓とも言える、胴体の動力部に内蔵されているモン工魔力核が床に叩きつけられた衝撃で破損し、ボンッと胸部が爆発した。
見るも無惨な自動人形の亡骸の前で、ゆらりと立ち上がり残心の姿勢をとる。
誰もが息を飲んで無言で見守る中、納刀の要領で剣を腰高に下げ───そして足の力を失った僕は、その場にグシャリと潰れた。
「お、おえええええ……」
「『「「ら、ラウーーッ!?」』」ちゃんー!?」
脳に情報をぶち込まれるというとんでも蛮行に遂に脳が限界を迎え、『見せられないよ!』の看板を持った自主規制くんが登場する惨状となる。
「だ、大丈夫でござるかあああっ!?」
「うわああ!!メディック!!メディーックッ!!」
「きゃあああっ!!ラウちゃんしっかりいいいいっ!!」
『ラウびっくんびっくんしてる!!やばい!!』
「ふははははっ!!素晴らしいいいいいいいっ!!期待以上だよラウうううっ!!わーはははははははっ!!」
慌てて駆け寄ってくる観客達の絶叫と、マッドの狂気に満ちた高笑いに訓練室が混沌に陥った。
今まで生きてきた中で感じたことのない頭痛と気分の悪さに全身が震える。
揺れる視界の中、息も絶え絶えになりながら僕は呟いた。
「か、肩……あと……右足……」
「どうした!肩と足がどうした!?」
「しょ、衝撃で……関節、外れた……」
「医務室-----ッ!!」
なんとかそれだけは告げて、僕はがくーっと意識を失ったのだった───。




