親善大使専用瞬時収納転送システム
今日から『黄の都市』カルベン編です。よろしくお願いします!
皆さんこんにちは☆新人アンデッドモンスターのラウです!
ひょんなことからモンスターとニンゲンの和平を目指す親善大使に任命されてしまい、てんやわんやなモンスターライフを送る羽目になった僕ですが、この度無事に悪徳狸領主が治める『緑の都市』の活性化に向けた事業も成功で終わらせることができました!
はげそうなくらい忙しい日々を乗り切り、これでようやく穏やかな日常が戻ってきた……
───と、思ってたんですが。
「うぅぅぇぇぇぇ……」
「吐くなら外で吐けよ~」
「この……鬼畜……アンデッド……おぇぇ」
第零研究室フロアの一室。大きな訓練室のど真ん中で僕は四つん這いでえづいていた。
その傍らにしゃがみこんで魔力枯渇による猛烈な空腹と空腹による体調不良に苦しめられる僕をつんつん突くのは、世話係にして同僚にして義理?の兄のロイド。
彼は僕をこの苦しみに叩き落とした張本モンスターであるにも関わらず、僕ではなく床の心配をしていた。
夏真っ盛りの8月、年中雪が積もっている『紫の都市』であってもこの季節は夏らしい太陽の日差しが照り付けている。
この地の夏はとても過ごしやすく、避暑地としても人気が高い。涼しい風がリライヴェッジ研究所にも吹き付け、清々しい青空にオレンジ色のオーリライトが素晴らしい情景を作っている。
……だというのに、照り付ける太陽の日差しも涼しい風も青空とオーリライトが織りなす夏らしい情景も何一つ届かない地下の訓練室で、僕はロイドと共に戦闘訓練に勤しんでいた。
「僕にも夏を満喫させろ……うぷっ」
「バカなこと言ってねえで早く飯食え。置いてくぞ」
「具合悪そうな女の子が相手なんだからもう少し労われ?」
床に倒れ伏す僕の前に置かれた大きなおにぎりによろよろと手を伸ばしながら記録を取るロイドを睨みつけるも、心底疑問を覚えたような顔で「女の子……?」と首を傾げられた。目の前に居るでしょうがよ!
「にしてもとんでもねえなぁ。モンスター化して2カ月半で一般モンスターを大きく上回る身体能力と魔力保有量とは。しかもその内1カ月は碌に訓練してねぇのに伸びてるし。戦闘能力も高い。200体組手始めて一週間なのにもう記録167体か」
「努力のたまものですね。もっと褒めていいよ」
苦笑するロイドに死にそうな顔で得意げに胸を張る。
水上パレードの準備に追われる前にやっていた身体強化魔法の訓練もようやく及第点をもらえ卒業した僕は今、ロイドが大量に召喚するアンデッドモヴをひたすら倒し続け継戦能力を鍛えるという地獄のような訓練を行っていた。
200体倒すことができればクリアという内容なのだがこれがまた鬼畜で苦戦している。今までの訓練ではスケルトンしか相手にしていなかったのだが、この『ロイド流200体組み手』ではスケルトン以外のアンデッドモヴも出てくるのだ。
例えばゾンビ的なのとか、骨の犬?狼?とか、果てはデュラハンとか。
特にデュラハンはマジでヤバイ。馬も騎士も首ないくせに正確に僕の位置を補足してくるし「お前も仲間にしてやるよぉ!」と言わんばかりに首を執拗に狙ってくる。マジで殺されるんじゃないかと思ったのは一度や二度じゃない。
そしてそのアンデッドモヴを僕に嗾けるアンデッドレクス様はまたもや高みの見物である。デュラハンに追われて泣き喚く僕を骨身櫓で高笑いで見ているのだ。本当にムカつく。
いつか引きずり降ろしてぎったんぎったんのぎっちょんぎっちょんに……。
「んーでもなぁ……もう徒手空拳じゃ頭打ちなんだよなぁ」
「んえ?」
脳内でロイドをギタギタに打ちのめし、「ラウ様申し訳ございませんでしたぁ」と泣きべそ掻かせる想像をしてうへへ、と笑っていると、そんな不穏な言葉が聞こえた。
なんて?と顔を上げれば何故かロイドが哀れなものを見るような目で僕を見ていた。
「一応聞くんだけどさぁ、シューティングゲームとか射的とか得意?」
「はい?いやそういう系は苦手だけど」
「だよなぁ。お前さんの戦闘スタイル基本的に脳筋だもんなぁ」
「殴るぞ」
とっても残念そうに大きなため息をついては失礼なことを抜かすロイドにこぶしを握る。脳筋な戦い方しか教わってないんだから脳筋になるのは当たり前だろうが。僕だってできるなら魔法で無双してみたいわ。未だに魔法の遠隔操作は苦手なので魔法で無双は夢のまた夢だが。
そしてそれと関係しているのかは分からないが、昔からお祭りの射的とかシューティングゲームとかは苦手な部類である。FPSゲームとかもってのほかだ。
なんていうか距離感掴むのが苦手なので、狙ったところに当てられないのだ。的が動くとなるともう全然当たらない。先日のクラーケン戦は的がバカでかかったからなんとかなったが。大体アクションゲームとかでは近接武器を選びがちだ。
「やっぱ博士案か……うん、とりあえずそれ食ったら一旦研究室戻るぞ。博士が呼んでる」
「ふぁーい?」
何かを諦めたような顔をするロイドに、僕はおにぎりをもぐもぐと頬張りながら首を傾げるのだった。
◆
「たっだいまー……あれ?アジェル」
「おー、お前さんも来てたのか」
疲労で重たい体を引き摺りながら第零研究室に戻ってきた僕らは、こちらに背を向ける見覚えのある虎獣人に声を上げた。
呼びかけられた虎獣人───王国騎士団の騎士であり、陛下と博士率いるおもてなし本部の一員であるアジェルは「おお」とその大きな体で僕らを振り返った。
「ラウ、ロイド。おはよう。訓練終わりか?」
「うん。今日は三日に一回の検査と訓練日なんだ~」
勝手知ったる我が家のように研究室に足を踏み入れる。初めて手掛けた事業が終わったことで親善大使としての仕事は一旦ひと段落した今、僕は三日に一度午前休を取っては定期健診と訓練を行うスケシュールを立てている。
流石に一応名ばかりとはいえ一部署の長を務めているモンスターが毎日午前休じゃ示しが付かないので、この頻度が丁度いいだろう。
最も、再び新しく事業が立ち上がって忙しくなればそんなことも言ってられなくなるだろうけども。もうあの地獄のような日々は来ませんように……と死んだ目でアジェルが見守る先に目を向ける。
「アジェルは今日は何しに来たの?」
「フリント博士に呼ばれてな。頼みごとがあると言うことなのだが……」
「あっ!!ラウ!!」
呼ばれた本モンスターも用事は分かっていないようで首を傾げられる。すると研究室奥、謎の薬品やら書類やら実験器具やらが詰みあげられている禍々しい雰囲気を醸している山から、蜘蛛の巣のフェイスペイントが施された黒髪黒目の不健康そうな男が顔をのぞかせた。
僕を見つけた途端喜色満面の笑みを浮かべる男───この研究室の、いやこの研究所の最高責任者であり、一応、名目上、形式的に、不本意ながら僕の父であるアラクネ、フリント博士に、僕はげんなりしながらも手を振った。
訓練前の検査にも立ち会っているというのに僕に会うのそんな嬉しいかね。
「丁度良かった!!今ようやく完成したんだよ、ちょっとこっち来て!」
「こっち来てって自主的に来させるような言葉口にしながら問答無用で縛り上げて引っ張るのやめてくれなーい?」
否を唱える前に体に巻き付いた糸を手繰り寄せられ、強制的に博士の元へ引きずられる。言っても無駄だとは思うけど、一応主張は口にしないと調子乗るからなぁ。もはやこの二カ月半で慣れてしまった博士の奇行にあきらめの境地になる。
山の向こうをひょい、と覗き込むとそこには隈だらけの目でエナドリを決める研究員、アルラウネのミモザが居た。ふわふわに巻かれた新緑色のショートボブが心なしか萎々している。
しかしながらその目は爛々と危なく光っており、僕はつい先日までゴンドラに狂っていた第一研究室の研究員達を思い出して口を引き攣らせた。博士にガッと肩を掴まれながら恐る恐るミモザに声を掛ける。
「あーっと、ミモザ……?」
「ラウちゃぁん!!待ってましたよぉぉおお!!さあさあさあさあとりあえず早くコレ付けて見てくださぁい!」
「おああ?」
博士に負けず劣らずの狂気を携えるミモザがぐいぐいと僕の手に何かを押し付けてきた。見れば何やら白い紐飾りのようなものが握らされていた。付ける?と首を傾げると「狐面にでもつけておこうか」と博士に取られる。
「何これ」
「よくぞ聞いてくれました!これぞ第零研究室の集大成、『親善大使専用瞬時収納転送システム』!!」
「はあ?」
訳が分からず疑問符を飛ばす。親善大使専用、瞬時収納……?聞きなれなさすぎる名前に、思わず博士の手によって狐面の紐に括りつけられた白い花を模した紐飾りに手で触れる。
これがなんだって?と博士とミモザの顔を交互に見比べると、にんまりと笑みを深めたふたりによって山から押し出された。研究室のど真ん中に立たされる。
「百聞は一見に如かずだからね。見てもらった方が早いだろう。手を前に出して、ラウ」
「はい?」
全くついていけない状況に、しかしワクワクギラギラと目を輝かせる限界研究者ふたり(と、同じく状況が分かっていない虎騎士と半目の研究員)の視線にたじろいでとりあえず言われた通り手を前に突き出した。
「うんうん。そしたら念じる」
「なんて?」
「武器よ出ろって」
「武器ぃ?何言って……」
博士の言葉に眉を顰めた瞬間、音もなく僕の手の中に長い棒状のもの───とてつもなく長い刀身の剣が現れた。
「どわあああああ銃刀法違反んんんんっ!?うっおお重!?」
「よっしゃ成功ーーーっ!!」
「やったああああですぅぅ!!」
「ええええ!?な、何でござる今のはあああ!?」
思わず握った瞬間、その重みにがくんと腕が下がる。取り落しそうになって慌てて両手でつかみ直した。
目を白黒させる僕の様子に博士とミモザが「いっえーい!」とハイテンションでハイタッチし、背後のアジェルが驚きのあまり絶叫を上げる。
「な、なに!?なんで!?っていうかこれ、え!?刀!?」
「そう!ラウに前に教えてもらったニンゲン界の武器、カターナ!『灰の都市』の職人に作ってもらったんだ!どうどう?」
「いやどうってか……な、長すぎ……」
床に立たせたら僕の背丈位にでかすぎる刀、いやもはや太刀と言っても過言ではない長大な獲物を両手で持ち上げてフラフラ所在なく持てあます。
確かに前に何となく博士に僕の故郷に古くから伝わる武器の特徴を語って聞かせたことはあるが、なんで今急に?なんで?何用?
「護身用だよ、ラウのね!」
「こんなバカみたいにでかい武器で護身するやついないよ多分」
「だからそのための『親善大使専用瞬時収納転送システム』だよ!」
僕の疑問の眼差しに、答えになっていない答えを告げる博士。彼は一向に理解を示さない僕にチッチッチッと非常に腹立つ仕草でゆびを振った。
「私はね、あのクラーケンの一件を受けて考えたんだよ……。うちの娘はお転婆だと、いやもうもはやじゃじゃ馬娘だと」
「え?ムカつく」
「また同じようなことがあればきっと制止も聞かずに飛び出す。君の身体能力じゃきっと並のモンスターじゃ止めることもできない。だからせめて自分で身を守れるように武器を持っていてほしい。でも親善大使とは平和を、和平を謳う使者だろう?その使者が暴力の象徴たる武器を携帯するなんて和平する気有りませんと言っているようなものだろう?」
「うん……?」
分かるような分からないような理屈を語られ半目になる。とりあえず続けて、と促すと博士はんばっと両手を広げて大仰に叫んだ。
「ということで考えました!携帯している所を見られるのがよくないのなら見えないように持てばいいじゃない!そして作りました瞬時収納転送システム!エイデルの『時空渡り』の発動の際に発生する時空の歪みに収納スペースを作り固定し、使用者の任意の位置・タイミングで収納物を取り出せるという素晴らしいシステムだ!『時空渡り』の研究にも最適!素晴らしい!非常に素晴らしいよ!」
「最強ですぅ!魔法少女変身バンクもコレのお陰で夢じゃなくなりましたぁ!」
「はあ……」
大興奮のふたりにドン引きする。っていうかミモザ、その狂喜乱舞ぶりバッチリ愛しのアジェルに見られてるけど大丈夫そう?流石のアジェルもそんな燥ぎよう目にしたら引いてしまうのでは……あっ大丈夫そうですね。「大喜びするミモザ……か、可愛い……」とか言ってるし。その隣のロイドはしっかりドン引きしてるけど。
折角長い自分探しの旅に出ては久しぶりの対面を果たしたのに、まだ告白していないアジェルに白けた目を向けながら改めて刀を観察する。
片刃の刀身には美しい刃文が浮かんでおり、まさしく刀と呼ぶべき様相だ。しかしながら持ち柄部分には西洋剣のような鍔とナックルガードが付いている。
どことなく壮麗で女性的なシルエットのナックルガードは刀の刀身とうまい具合にマッチしていて綺麗だ。柄尻にはこれまた白い花を模した紐飾りが垂れている。
だが長い。余りにも長すぎる。大体目算で全長150㎝はある。こんなの振り回せるとは思えない。なんでこんな長くなっちゃったの。これを僕に持てと言うのか?っていうか剣なんて扱ったこと無いんだけど……と不安と疑問でいっぱいになる。
「まあまあ、そんな顔しないでラウ。これすごいんだよ、ちょっとこの机の上置いてみて」
「おん?」
博士がバッサーッと自分の机の上の者を全て床にぶちまけることで創り出されたスペースに、長剣を恐る恐る置く。すると今度は研究室の出入り口まで離れるように指示された。
何事かと眉を顰めながらもとりあえず言われた通りに動く。
「そしたらまた念じてみて」
「なんて?」
「こっち来いって」
「ええ?またまたそんな……」
瞬間、机の上に置いた長剣が間髪入れず僕の手の中に再び現れた。
「「す、すっげえええええ!!」でござるううう!」
「そうだろうそうだろう!もっと褒めたたえよ!!」
手品のように一瞬で移動した長剣にアジェルと共に目を輝かせる。
なにこれめっちゃカッコいい!すごい!これすごい!!アジェルと博士と一緒に離れたところに置いては手元に移動させるを繰り返してキャッキャッと遊んでいると、ロイドがミモザにすすすっと寄って行った。
「どうやったんだ?時空の歪み内に収納スペースを作って固定するところまではできたって聞いてたけど、対象物と使用者の紐づけができなくて任意の場所に転送できないって言ってたろ」
「……物理的な紐づけで解決しましたぁ。対象物と使用者間に目印をつけることで迷うことなく対象物が使用者の下に転送される仕組みですぅ」
「目印ぃ?」
怪訝な顔をしたロイドに、冷静になったミモザが少し気まずそうな顔をし始める。
「つまりですねぇ、対象物が転送先を見失ってしまうためにエラーが出てしまっていたのでぇ、対象物と同じ目印がついたものの元へ転送すると言うプログラムを組んだんですぅ。その目印があの白い紐飾りでして……」
狐面に取り付けられた白い紐飾りを指差すミモザ。
なるほど、この刀は僕を、というかこの紐飾りめがけて転送されているという仕組みらしい。
ということは、狐面付けてないとこの刀は手元に呼び寄せることができないってことか。まあ基本的に狐面はいつも付けてるから問題ないな。
ふむふむと頷いていると、ミモザは何故かゴニョゴニョと口籠もりながら言いづらそうに続けた。
「それで、そのぉ……その目印となる物も何でもいいわけではなくて、この親善大使専用瞬時収納転送システムの元となった技術と親和性がいい素材でないと精度が悪くてですねぇ、そのーええとぉ……」
「え?」
まるで罪の告白をする犯罪者のような顔でチラリと部屋の隅へと視線を走らせるミモザ。その視線を皆が追う。
そこには、僕のデスクの下で前足で目と耳を塞ぎ、すんっと気配を消しているエイデルが居た。
その真っ白な体毛はどことなくボサボサしており───お尻周辺の毛は、無残に毟られたような跡があった。
『……エイデル、もうお嫁行けない……』
「え、エイデルううううぅぅう!!?」
あんまりにもあんまりすぎる哀れな姿に、思わず剣を取り落して絶叫するのであった。




