幕間【緑】筆頭補佐官の胸中 其の一
幕間話です。ぶっちゃけリリ剣関係者以外のモンスターはラウちゃんの事どう思ってんの?的な内容です。
「ユリナには言っとくね。僕本当は狐のモンスターじゃなくてアンデッドモンスターなんだ」
「……は?」
約1ヶ月半ほど前、モンスター・ニンゲン友好条約締結対応委員会おもてなし本部親善大使筆頭補佐官に任命された私はここ毎日行動を共にしている新しい上司、ラウ親善大使の言葉にぽかんと呆けた。
ユリナ・バーント。親善大使執務室に配属される前は王城で内政官として国のため奔走していたバーント伯爵家の長女。父はインキュバス、母はサキュバスの生粋の淫魔でありながら、王城の内政官なんて言うお堅い職に就いた一族きっての変わり者。それが私だ。
毎日目まぐるしく朝早くから夜遅くまで、日夜国の為に奔走しそれをやりがいと感じていたある日、陛下より直々に施行予定の新政策について説明がなされた上で『政策実働隊の長になる親善大使の力になってほしい』と私は筆頭補佐官に任命された。
光栄なことだったが、しかしその親善大使の正体がかの有名で偉大な科学者フリントの義理の娘で、その下に着かされると知った当初はなんの冗談かと思った。
親善大使という役職を賜ったとはいえ、今まで政治に触れたこともない娘。すぐに私はお飾りでしかないお姫様の世話をさせられるのだと理解して落胆した。
箱入りのお姫様が碌な事業案を出せるとも思えない。実働隊と言いながら実際のところは陛下や陛下周りの内政官が事業を打ち出し稼働させるのだろうと、親善大使はあくまで象徴でしかない役職なのだろうと、そう思った。
そして貴族の娘は仕事なんてせずに子供のお守りでもしてろと、そう言外に言われたのだと一度は内政官を辞することすら考えた。
しかしながら、その実態は予想を遥かに裏切るものであった。
まずそもそも、ラウ親善大使はお姫様なんかではなかった。とにかく行動的で、何かあればすぐに自らの足で動こうとする。交渉事、実地調査、近隣住民への周知、果ては大使室のゴミ捨てまで。
あまりにも何でもかんでも自分でやろうとする彼女に私は思わず『私たち部下がいるのだから割り振れ』と諌める言葉を口にしてしまったくらいだ。
そしてもって彼女は誰よりも働く。『緑の都市』活性化事業が本腰入れて始動し、現在我々親善大使執務室の面々は戦争のような忙しさに見舞われることになったわけだが、一番忙しく動き回っているのは彼女である。
親善大使執務室が籍を置くリライヴェッジ研究所に自室があるというラウ大使だが、正直ここ最近帰っている所を見ていない。死にそうな顔で「シャワー浴びてくる……」と退室することはあっても数十分で戻ってくるし、食事も適当、睡眠も大使室の仮眠室で取っている。っていうか寝ていない。アレは倒れているというのが正しい。
色んな意味で身を削って『緑の都市』活性化事業及び『おもてなし政策』の為に働く彼女は、曲者ぞろいの事業関係者相手にも(彼女自身も曲者の部類とはいえ)一歩も引けを取らずに交渉に臨む。時に発狂し、時に憤激し、時に諂いながらも必死に事業を形にしようと奮戦している。
今まで一切社交界はおろか政界でも名前の出なかった、綺麗すぎる経歴を持つ狐のモンスター。『使えるものは何でも使え』をモットーに親善大使としての職務を全うしようとする姿に、私は心配と少なくない好感を抱いていた。
───この時までは。
「僕実は2ヶ月前にフリント博士に拾われたニンゲンの死体でさ、実験に使われた末にアンデッドモンスターとして蘇ったんだよねぇ。……だから僕のご飯に虫を混ぜようとするのはやめてほしい。折角用意してくれたところ申し訳ないんだけど。食べないから」
「何言って……冗談ですよね?」
もう日付も変わろうかという夜更け。大使室で大使とふたり『緑の都市』水上パレードの開催に向けて残業に勤しんでいた時のことだ。
狐系のモンスターが好んで食すというバッタ虫の粉末スパイスをそっと押しやった親善大使は、とんでもないことを何でもないように言いながら夜食のラーメンに手を付け始めた。グラブサンドを口に運ぼうとしていた私はその言葉に隈だらけの目を上げる。
質の悪い冗談だ。寝てなさ過ぎておかしくなってしまっただろうか。休息を提案しようとする。しかし彼女は困ったように微笑んで私の言葉に首を振った。
「残念ながら冗談じゃないんだな、これが」
「……っ!?」
白い狐耳を持つ狐獣人はそう言って徐に自らの顔面に手を当てる。何事かと見守っていると、突如彼女の容貌が目の前で変化した。
焦げ茶色の長い髪に焦げ茶色の瞳はそのままだ。しかしその頭頂部から狐耳は消え去り、顔の横に丸い耳が現れる。狐の半面を手に微笑むその姿は忌まわしき宿敵、史実に残るニンゲンのそれそのもので。
至近距離に現れた恐ろしい生き物に思わず椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、いつでも外に逃げ出せるように身構え警戒心と敵意をむき出しにする。
しかしながらその対象である彼女は私の様子にラーメンを啜りながらケラケラと軽く笑った。
「大丈夫大丈夫、元だから。ごめんね驚かせて。っていうかやっぱりそれが普通の反応だよね?ベルとかアジェルとか受け入れんの早すぎだよなぁ……」
「な、なんでニンゲンがこんな所に……?」
「うーん、成り行き?」
手を振って再び狐面を顔面に装着する大使。どうやらその面は強い認識阻害が掛かった魔道具のようだった。彼女の正体を知らない者の認識を捻じ曲げ、その姿をモンスターに誤認させるというもの。
正体を知ってしまった私の目にはもうラウ親善大使の姿は狐面を付けたニンゲンにしか見えなくなってしまったが。
ふーふーと必死に麵に息を吹きかけて冷まし、メンマを齧るその敵意を微塵も感じない姿に、私は今すぐ襲われることはないと理解して未だ恐怖を覚えながらも恐る恐る席に戻る。
陛下は知っているのだろうか。……いや、知らない訳がない。かの偉大な王はきっと全てを知った上で彼女を親善大使にしている。
元ニンゲンの彼女を。
「……何故元とはいえニンゲンのあなたが、モンスターとニンゲンの友好条約を……不戦条約を結ぼうとしているのですか?」
疑問は、問という形になって私の口から零れ落ちた。隈に縁どられた目を半月の形に歪めた元ニンゲンは行儀悪く頬杖をついて私に問いを返す。
「ま、気になるよねぇ。知りたい?もはや国家機密並みの内容なるけど」
国家機密を抱える覚悟はあるか、と言外に問われる。僅かな逡巡が生まれるものの、しかし国家機密など王城の内政官として勤め始めた頃から取り扱っているのだ、今更過ぎる。それよりも私はこの女の思惑を、この女を親善大使に据えるおもてなし本部上層部の思惑を知らねばならない。
体の芯を震わす怯えを飲み込んで「教えてください」と私は彼女と向き合った。
「ふふふ、肝据わってんねぇ。流石僕の情報を得るために王城のデーターベースに不正アクセスしたり第零研究室に忍び込もうとしただけある」
「……なぜそれを」
「こう見えても国王陛下とフリント博士が後ろ盾なんでね。ああ安心して、不正アクセスと不法侵入を罪に問うつもりは無いって。むしろ優秀さと豪胆さを評価してたよお二方」
私が犯した罪を全て把握されていたと知り驚愕する。不正アクセスの痕跡は全て消した筈だし、第零研究室にはそもそも忍び込めていない。あの強力な生体認証システムを突破できず泣く泣く諦めた経緯が思い出され思わず苦い顔をする。褒められたようだが全く嬉しさは込みあげて来なかった。
何故そんなことをしたかと言えば、この女が語るように『ラウ親善大使』の情報を得る為である。今まで全くと言っていいほどに表舞台に出てこなかったというのに、その経歴は恐ろしいほどに綺麗だ。あまりにも綺麗すぎる一部の隙も無い経歴に私は違和感を感じてしまった。
過ぎたる好奇心は猫をも殺すのは重々承知ではあるが、しかしながら公正明大を是とする私の性分はその違和感を詳らかにしなくては気が済まなかったのだ。
明らかに何者かに創り出されたものであろう親善大使の経歴、そしてその経歴を創り出したであろう者に心当たりがあった私は真の情報を得るべく動いてしまった。そしてその行動力は正しく私を殺さんばかりに追い詰める。
「そしてそのお二方から言われてるんだよね。余計な事される前に全部語って聞かせて、優秀なモンスターをこっちに引き込めってね。僕も同感」
ユリナのことは信用してるから、と気負いなく言う彼女に素直に頷けずに押し黙る。ラーメンを食べ終わりどんぶりを机の隅に押しやる彼女は私の様子に頓着した様子も見せず、懐から棒状の魔道具を取り出して起動した。
赤い光が部屋の中を照射する。あの魔道具は私もよく知っている、盗聴や覗きの魔道具の存在を明らかにする超高級品の魔道具だ。
大使室の中に怪しいものがない事を確認した狐面の女は満足したように頷き、そして真正面から私を見つめ返した。
「さて、今から語ることは一切他言無用。知ってるのは陛下、騎士団長、魔導士団長、そしておもてなし本部幹部メンバーだけだ。他言したら多分即処刑だから気をつけてね」
「……っ」
公務の時に浮かべるような笑顔ではない、素に近い笑顔を浮かべる上司に私は末恐ろしさを覚えた。
そして彼女は語る。彼女がこの世界に来た経緯、そして彼女が知る未来のことを。
絶望を覚えた。合点がいった。そして自分の仕事に誇らしさと強い使命感を覚え───同時に、なんてことないように語る彼女を驚異だと、私は認識した。
この女が悪意を持って言葉を発せれば、たった一つ嘘をつけばこの魔法界は容易く滅びる。勇者なんて待つ暇もなく。
自らがやってきた行い、そして今現状行っていることを生きる為としていると主張する彼女だが、しかしその実態は元ニンゲンだ。何をその腹に抱えているか分かったものではない。
見張らなくては、私が。きっと陛下はその為に私をこのモンスターの直下につけたのだ。貴族家の長である父は自他ともに認める陛下の側近。私が彼女の危険性を見つけ、父に訴えれば陛下に伝わる。
監視役。それが私に与えられた真の役割なのだ。
───そう思っていた、その時までは。
「させっかああああああっ!」
「───」
『緑の都市』水上パレードの最中、突如現れゴンドラレース優勝者を狙うクラーケンから身を挺して庇った姿は、来場客の避難誘導をする私の目に輝いて見えた。
戦う力を持っているのは知っていた。危険だと思っていたから。一般モンスターを容易く上回る魔力・身体能力を我々モンスターに振るわれたらたまったものでは無いと私は危惧していた。
しかし彼女はその力を余すことなくモンスターを、街を守るために奮った。
「────」
モンスター心掌握のための行動かもしれない。危険を顧みず脅威を退けようとする姿を見せて私たちモンスターを絆そうとしているのかもしれない。あるいはあの突然現れたクラーケンすら彼女の仕込みで……とか、色々考えるものの。
素直な気持ちで言えば、私はあの時、クラーケン相手に啖呵を切るその姿に魅せられてしまっていた。
◇
「なーにしてんですかっ?ユリナさん?」
「……ルイエル補佐官」
柱の影に隠れて標的を観察していた私に声をかけたのは、同じ親善大使執務室に所属する補佐官、ドラゴン族の男だった。
えんじ色の短い角を額から二本生やすおしゃべりな男の登場に、面倒なのが来たなと内心でため息をつきながらそっと視線を戻す。
「……強いて言えば敵情視察、ですかね」
「敵情視察ぅ〜?誰見て……あ、ラウさんじゃん!」
「声が大きい」
ドラゴンのくせに犬のような満面の笑みで大使の後ろ姿を見つける彼の頭を抑える。この彼も当初こそ大使に対して猜疑心を抱いていた者のひとりだが、自ら率先してがむしゃらに働く姿と、ウェルデでのクラーケン特攻から今や彼女に心酔している。
彼だけではない、大使室の大半は稼働から約2ヶ月だというのにそのほとんどが彼女に掌握されている。皆信仰心に近い忠誠を捧げ、彼女に尽くそうとしている。
果たしてそれは彼女の思惑通りなのか。それとも彼女の常に全力な姿勢とモンスター柄が為した業なのか。真のところを私には測りかねている。
しかしながら私は、大使室で唯一彼女の正体を知っている私は油断しない。何か裏があるはずだと表に出さないようにしながらも、彼女を疑い続ける。それが私の仕事だから。
頭を押さえつけられたルイエル補佐官は、ぐへ、と情けない声を上げてながらも私に倣って柱に身を隠した。
「え〜?ラウさんが敵……ってことはユリナさんってばロイドさんが好きだったの!?」
「違います」
まあ確かに彼の顔はサキュバスの美観的に見てもとても良いと思うけれど。先日食べ損なった高級焼肉店の焼肉弁当を持ってウキウキと研究所敷地内の食堂に向かう大使の隣で、苦く笑うアンデッドの綺麗な顔も見遣る。
だがしかし、淫を司るサキュバスであっても私は爛れた一族のモンスターとは違う。好みの顔ならとりあえず性行為、みたいな品のない行動は取らない。むしろ唾棄すべき行いである。秩序あるモンスターとして生きると自らに課しているのだ。
自らを諫めるようメガネをくい、と上げて腕を組む。
彼がフリント博士の手によって生み出されたアンデッドモンスターというのは有名な話だ。そして同じような境遇であるからか、大使は彼にとても懐いている。
彼からなら大使のモンスターとなりを聞き出せるだろうか……いや、彼が一番絆されているのできっと彼女が悪意あるニンゲンである証拠のようなものは聞き出せないだろう。
「えっじゃあロイドさんの方が敵……?やだユリナさん、そっちだったんですか……?」
「ルイエル補佐官。貴方はラウ親善大使の事をどう思ってますか?」
戯言をすっぱり叩き切って制服を着崩す部下に問う。無視されたことにしかし彼は気を悪くした様子もなくううん?と首を捻った。
「いい上司だと思いますけど。オレらの事よく知ろうとしてくれますし、上にオレらのことちゃんと正しく報告して評価してくれようとしてくれてますしね〜。まあ少々自分で何でもやろうとするきらいはありますが、そこはユリナさんがうまくカバーしてくれてますしぃ?」
「確かに。上に立ったことがないからどこまで割り振ればいいのか分からない、とは以前言っていましたからね。でもそれはいずれ慣れるでしょう。……いや、そうではなく」
彼女のこと、悪いモンスターに見えませんか。
そう聞けたら楽なのだが。でもそれは仕事上での彼女しか知らない私はルイエル補佐官が分かる訳もない。仕事上の大使はルイエル補佐官の言う通りよき上司であろうとしているし、現に仕事を振れないという上司としての欠点と、口が悪いという親善大使としての欠点はあるものの、場の雰囲気を常によく保とうと努力する彼女の下は働きやすい。一生懸命さもあってとても悪いモンスターとは言えない。
何かあるとしたらきっとプライベート。しかしながら大使室と第零研究室(と、何故かロイドさんの家)だけ行き来する彼女のプライベートを探ることは難しい。彼女の周りのモンスターから話を聞こうと思っても、プライベートでの親交があるモンスターは皆彼女側だ。私が求める話が聞けるとは思えない。
「ユリナさん、もしかしてラウさんとお近づきになりたいんですか?」
「は?いえ、そう言う話ではないんですが」
「仲良くなりたいんなら方法は一つしかありませんよ!」
「は?」
どうしたものか、と考えあぐねる私の様子を見ていたルイエル補佐官は、ニンマリと笑ったかと思うと突然私の手を引いて柱の影から飛び出した。
「ラウさ〜〜〜んっ!!ユリナさんが飲みいきましょうって〜!!」
「はあっ!?ちょ、ルイエル補佐官……っ!」
グイグイと私の手を引いて振り返る大使へと歩み寄るルイエル補佐官を必死に制止する。しかしながらバッチリ私たちの存在に気づいてしまった大使はキョトンとした顔をした後、後ろに満開の花を幻視するほど嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「ええ!?ユリナ飲みに行ってくれるの!?」
「うっ……いや、その……」
「ラウさんのこと知りたいんですって!パレード事業も終わって業務落ち着いてますし、定時で上がって行ってきてくださいよぉ。明日休みですし」
「ルイエル補佐官……!」
勝手に話を進めるルイエル補佐官を睨みつける。元ニンゲンと飲みなんて、しかもふたりでだなんて!何をされるか分かったものでは無いだろうと忙しさを理由に断ろうとするも、先回りして逃げ道を潰される。しかも嬉しそうな大使がニコニコと笑って「そうだねえ」と賛同の意を示してしまった。
もうこうなれば拒否などできない。不幸なことに特に業務後に予定があるわけでもない私はガックリと項垂れて頷いた。
「ルイエルくんも来る?」
「あ〜残念ながらオレは今日ロイド幹部と男同士の飲み会♡なんです〜」
「は!?……ああ、うん、まあ……」
腕を取られギョッと目を剥いたロイドさんだが、大使に見えないようにパチリとウインクしたルイエル補佐官の意図が汲めてしまったようで、困惑顔のまま頷いた。
まあロイドさんもちょくちょくラウ大使の様子を見に大使室に顔を出しているので私達とは初対面ではないし、相手はコミュニケーション能力が天元突破しているルイエル補佐官だから問題ないだろうが。
「楽しみ〜!何食べ行く?ユリナ」
「……大使のお好きなもので」
問題はこちらだ。ニッコニコの笑顔でお店を探す大使に、私は内心でこっそり、盛大なため息をついたのだった。
ユリナ筆頭補佐官は今後も出てくるので早めに掘り下げておきたいなと思った次第。ルイエルくんは知らん。
続きはGW前には投稿します。鋭意GWに向けて新編作成中ですので今しばらくお待ちくださいませ。




