『緑の都市』水上パレード 其の十
「……妙でござるなぁ」
「妙?」
ゴウゴウと唸る風の音と、空中に体を放り出そうとする重力に顔を顰める僕の耳にアジェルの怪訝な声が届く。
凄まじい勢いで空中を駆け、クラーケンの攻撃をひたすらに躱し続けるエイデルの背にいるとは思えないほど揺れない声色に、現役王国騎士団のエースであり一個小隊の隊長を務めるモンスターは伊達ではないなと感心しながら問い返す。
真っすぐにクラーケンを見据え、たまに襲い掛かってくる足を剣でいなすアジェルはふうむ、と余裕な様子で顎を撫でた。
「拙者らへの執着が異常でござる。いくら足を落とされたからといっても、あんなに餌となるモンスターが街にいるのにそっちには見向きもしない。まあ助かるが。それにあの目……」
『精神干渉を受けてるわね、あのイカ』
「ベル?」
通信で僕らの会話に割り込むベルの言葉。驚いて思わずインカムに手を添える僕に、アジェルは「やはりな」と頷いた。
「精神干渉系の魔法というのは高度で複雑な魔法故、多かれ少なかれ対象者に痕跡を残してしまうものでござる。よく見受けられるのは瞳に金色の光が発現する現象でござるな」
『あらぁ、よく勉強してるじゃない。方向音痴のくせに』
「方向音痴は今関係ないでござろう!!」
茶化すベルの声に憤るアジェル。気の抜けたやり取りに戦闘中だというのに脱力しかけてしまう。
しかしながら言われてみればクラーケンの濁った目にチラつく金色の光は、ベルが初対面の僕に精神鑑定を掛けた時や魅了の魔法を使う時に瞳に浮かべる光と一緒である。
その事実が示すことは、と僕は最悪な結論に行きつく。
「……あのクラーケン、自然発生したわけじゃなくて誰かに嗾けられてる……?」
「うむ。そも、クラーケンはこんな浅瀬にいるモヴではないでござる。何者かに無理矢理連れてこられた可能性がある。もっというとあのクラーケンはお主をずっと狙っている。街に行かないのもそのせいでござろうな」
「っ」
ゾッと背筋が凍る。
つまり、ウェルデ活性化事業───おもてなし政策の第一回目の事業であるこのパレードが開催される日に、僕にクラーケンを嗾け殺そうとする何者かがいる。
ゴンドラレースのゴール直後、僕が結界の近くに来るタイミングで結界を壊して待機させていたクラーケンを襲わせた。僕を事故を装い殺そうとしたのだ。
警備の目を抜けて結界装置の破壊をしてのけたことと言い、きっとこれは綿密な計画の下行われている。
ただでさえ冷たい指先が、氷のように冷えて固まる感覚を覚えた。
……現実を叩きつけられた気分だ。周りには僕に対して友好的なモンスターばかりで、表舞台に出てから浴びせられた批判的な視線や言葉もそう大したものでは無かったから、正直こんなものかって思ってた。
もっと罵詈雑言を投げかけられると思っていたのに拍子抜けだ、なんて安堵していた。
舐めてた。罵詈雑言どころではない、モンスターの中には僕のやっていることが許せず、殺したいと思っている者がいる。
その事実と遠まわしに向けられた明確な殺意に喉が引き攣りそうになり、ぎゅっとアジェルの腰を掴む手に力が籠る。平凡な一般人として生きてきた僕に、本気で死を願われた経験なんてない。
怖い、今すぐにでも親善大使なんてやめたいと言ってしまいたくなる。僕の意思じゃないと言い訳したくなる。
───でも、だからといって
「今更引き下がることなんてできないんだよ……!」
「ラウ?」
「ベル!!そっちの準備は!?」
歯を鳴らして怯えを飲み込み、インカムでベルに問う。アジェルが怪訝な顔で振り返るが、僕は無視して右手に紫炎を展開した。
ニンゲンには戻れない。モンスターとして生きていくしかない。でもモンスターとして生きていくには勇者を何とかしなくちゃいけなくて、勇者を何とかするために僕は親善大使になった。生きる為に。
もう死にたくない。僕が死なずに生きるその障害になるものは、何が何でも退けてやる!
僕とアジェルが考えた計画の成功は、今回のパレードの為、というか陛下の護衛の為にウェルデ主要街に配置されていたベルが率いる王国魔導師団第一部隊の力量に掛かっていると言っても過言ではない。
責任重大な役目であるが、しかし部隊長であるベルは自信満々に僕の確認に応えた。
『準備オーケーよ。離脱できそうなタイミングで指示しなさい、ラウ』
「よっしゃぁ!エイデル!」
自らを鼓舞するように声を上げる。僕の声にクラーケンに纏わりつくエイデルがさっと身を熟して戦線から離脱、間髪入れず右手に灯した紫炎をクラーケンの九本の足の内一本に投げつけた。ロイドとの訓練のお陰である程度の遠隔操作ができるようになった紫炎は狙い違わず足にぶつかり、ゴオッと音を立ててイカの足を燃え上がらせる。
しかしながら、僕の紫炎では燃えはしても大したダメージは与えられない。たった一ヶ月ちょっとしか訓練していない僕の魔法なんて、あの魔法耐性のある巨躯の前では線香花火みたいなものだ。そんなことは分かっている。
それでいいのだ。だってこれはただの合図だから。
『撃て!』
同時にインカムからベルの鋭い号令が響き、アーチ橋の上に横一列で整列した魔導士団が杖を掲げる。夏場だというのに黒いローブを纏った魔導士たちが詠唱すると共に、大量の大きな火球が空気を燃やして放たれた。
クラーケンに向かって一直線に飛来した火球は、しかしながらクラーケン本体にはぶつからず、露出する外套膜を守るように掲げた足を避けてそのまま水の中に投げ込まれた。
ボジュウウウッと凄まじい音を立てて消火される火球。消化される端から次々と投げ込まれる火球によってクラーケンの周囲の海水温が急激に上昇する。海を泳いでいた何の罪もない大量の魚たちが急激に上がった水温によって煮られ、白目を剥いて海面に浮かぶのが見えた。
環境破壊に内心でごめーんっ!!と誰に言うでもなく謝罪しながらも僕は紫炎を次々と投げ続ける。何度か外したものの何とか九本の足全て紫色に染め上がった。
苛立ったように紫炎が纏わりつく足を海に沈めるクラーケン。確かにそれで火は消えるが、しかしながら沈めた海はごく僅かな時間だけとはいえ熱湯とは言わないまでもそこそこ熱くなっている。
予想通りの行動を取ったクラーケンに僕はにんまりと笑った。
「イカは直火で長時間熱したら固くなるからね。さっと湯通しするのが大正解!」
僅かに透明かかっていたクラーケンの体が白く変色する。熱さゆえかバッシャンバッシャンと大暴れするクラーケンに、大きく咆哮したエイデルが駆け出した。
その背の上で騎士剣を上段に構えるアジェル。自分に向かってくる脅威に咄嗟にクラーケンは足を構えるが、しかし叩きつけた騎士剣はクラーケンの足をズッパリと両断した。湯がいたことで肉質が柔らかく変質した足がドボンッと音を立てて水に落ちる。
「これなら通るでござる!エイデル!」
『がってん!』
『時空渡り』発動。僕らもろとも時空の裂け目とでもいうべき暗闇に飛び込んだエイデル。一瞬のうちに視界が暗闇から切り替わり、クラーケンの反対側に出る。
ロイドの『移動』とも違う感覚、しかし感想を述べている暇はない。再び構えたアジェルはまさに快刀乱麻を断つという言葉がぴったりなほど次々とクラーケンの足を切り落としていく。
クラーケンが残る足を振るってもエイデルが『時空渡り』で回避する。都合4度の『時空渡り』を経て、クラーケンの足は全て切り落とされた。
全ての足を失い、忌々し気に僕らを睨むクラーケン。そのまま逃げてくれないかと祈ったものの、しかし僕を殺せという命令に精神を侵され正常な判断ができなくなっているクラーケンは攻撃手段も防衛手段も失ったにも関わらず戦意を途切れさせることはなく。
ならば仕方あるまい、と僕はあの武装に狂った彼らに後を託す。
「後は頼みますよ、ゴンドラ乗りの皆さん!」
インカムを通して勇ましい雄たけびが上がる。それを合図にエイデルがクラーケンの目を街から逸らすために背後に回った。追従するようにクラーケンが反転し、街に背を向ける。
それと時を同じくして、水を掻き分ける音と共に何やらジジジッ!とかゴトンッ!とかウィィィッ!とか物々しい音が聞こえてきた。
クラーケンの背後に展開されるそれらに自分で合図を出したものの、凶悪具合に思わず顔が引き攣る。
クラーケンの弱点は、脳や内臓が詰まっている外套膜の部分だ。そこを守る足を封じた上で高出力の攻撃でぶち抜ければ倒せる。
高出力の攻撃、といえば魔導士団が撃ち放つ大魔法があるが、しかし流石に街中のアーチ橋から放てばどうしても距離による威力減衰が発生する。
ならば海に出れる兵器を使えばいいじゃない。そんな声が上がったのは至極もっともな話だった。
……のだけど、これ、やっぱり僕判断誤ったかなあ。
ゴンドラレースに参加した皆様が、獰猛な笑みを浮かべて各々ご自慢の武装兵器───レールガンやら、大口径魔法砲台やら、超巨大バリスタやらを構え、魔力枯渇から復活したらしいドルニカさんのウォータードラゴンの超圧縮水レーザーとKING・UNDEAD号に乗るパーシーの超巨大『氷杭』と共にぶっ放す光景を尻目に『時空渡り』で退避する僕は、今後の『緑の都市』が武装都市として発展しないことを切に願うのであった。
───とりあえずレース時以外の武装の使用制限と制限機構について、帰ったらよくよくウェルデ都市庁舎と第一研究室と話し合うことにしよう。
◆
オーリライトと同色に輝く夕日に当てられて、最初に来たころと比べて随分水嵩が増えた運河が橙色に染まっていく。
街中に飾られた花飾りと相まって、夕方のウェルデ主要街は幻想的な雰囲気を醸し出していた。
メインイベントであるゴンドラレースが終わったと言えども、まだまだ水上パレードは続く。
ワッと水上演劇に沸く観衆の声や、楽し気に街歩きを楽しむ声、自分の商品を声高らかに紹介する出店の売り子の声、そして海に浮かぶクラーケンの死体を回収しようと奮闘するウェルデ都市庁舎職員と、それに協力するおもてなし本部のモンスターの声がここまで聞こえる。
平和の象徴のような喧騒に、今日まで全力で頑張って来た自負のある僕は「よく頑張ったなぁ」と思わずふっと笑った。───土下座の状態で。
「おい何笑ってんだラウこの野郎。聞いてんのか」
「勿論ですごめんなさい」
おもてなし本部用のテントの中。僕は椅子に足を組んで掛けるロイドの足元で強制的に土下座のポーズをさせられていた。
何故かって?勿論ロイドの制止も聞かずにクラーケンに特攻したからです。かれこれ一時間ほど僕はこの状態で説教を受けていた。
いやぁ~久しぶりに『王命』使われたけどこれやっぱ抵抗できる気がしませんわぁ。多分使用者と被使用者のメンタルとかも関係してそうですけどね。今のロイドに僕頭上がりませんもん。
怒気を放つ種族的な王に内心でガタガタと震えながら現実逃避のごとく自分の状況を顧みてみたりする。でもそろそろ足痺れて来たので誰か助けてくれませんかねぇ。
「なんで行った」
「か、体が勝手にと言いますかぁ……折角頑張って作ったパレード滅茶苦茶にされるって思ったら頭に血ならぬエネルギーが上ったと言うかぁ……」
「思考する脳がねえのか?お前さん実はアンデッドモヴだったのか?うん?」
「ひいん……」
容赦ない口撃に情けない声が出る。普段ならそんなこと言われようものなら取っ組み合いの喧嘩待ったなしなところであるが、今回ばかりは自分が悪い自覚があるので言い返せない。
世話係としてロイドの心労がいかようなものか想像すれば、彼が抱く怒りも当然なところであるので黙って受け入れる。
触手足を切り落とされ、武装ゴンドラと凶悪魔法をその身に一身に受けたクラーケンは、無事に倒れた。
『時空渡り』でゴンドラ部隊の後ろに退避した僕らが次に目撃した時には、外套膜に巨大な風穴を開けられたクラーケンがゆっくりと海に沈むところで。あまりにも恐ろしすぎる威力に僕とアジェルは言葉を失った。
しかしドルニカさんを始めゴンドラの本気の攻撃で脅威を退けてみせたゴンドラ乗りの皆さんや、避難せずに戦いを見守っていたウェルデ領民達は大盛り上がりで勝利に喜んでいた。
あれだけ大きなモヴを相手にしたというのに犠牲者ゼロ、物的被害もほぼゼロで場を収められ、ウェルデ領民は大喜び。ゴンドラ乗りの皆様は正しく英雄として囃し立てられた。
破壊された結界装置もミモザと第一研究室研究員達、そして駆けつけてくれたウェルデの魔道具師たちのお陰で早々に応急処置も完了し、モヴがまた街を襲う可能性も無くなった。
念のため再び結界装置を狙う者が現れないよう、ウェルデ憲兵隊が24時間体制で警備をしてくれているが。
そんなこんなで一応の安全を確保できたため、陛下より危機は去ったと声明を出してもらった上でパレードは再開。予定通りドルニカさんの優勝凱旋も無事に終わらせることができた。
避難していた来場客も戻ってきたことで再びウェルデ主要街に祭りの喧騒が戻ってきている。一先ずは一安心だ。残念ながら僕は今も現在進行形で絶体絶命ですが。
「まあまあロイドくん、ラウも反省していることだしもう許してあげても……」
「うるせえ黙ってろネグレクト親父。もとはと言えば父親の教育不足のせいだろうが」
「ひ、ひどいっ!?」
取りなそうとした博士が一刀両断に切り伏せられ僕の隣に崩れ落ちる。父娘を足元に平伏せさせたロイドははんっと鼻で笑った。あはは、これいつまでも終わらないのではぁ~?
一考に怒りが冷めやらない様子のロイドさん。永遠とこの折檻は続くのではないかと透き通った表情で絶望を受け入れたその時、どやどやと複数のモンスターがテントに入ってくる気配を感じた。
「おや、やってるねぇロイド研究員」
「ろ、ロイくん……やりすぎではぁ……?」
「ぶはははっ!!ラウ何その体勢!?自主的に!?自主的にやってんの!?ねぇ!!」
「親善大使にそんなことさせるのもお主くらいでござるよ、ロイド……」
「な、なんでフリント博士も倒れているんです?兄様」
ガヤガヤと一気に騒がしくなったテント内。口々にこの状況に所感を述べるモンスター達にロイドは盛大にため息をついた。
途端に体を地面に押し付けていた目に見えない強制力が消え失せる。
「お?許された?」
「許してねえよ。要反省だ。次やったら締め落とした上で身動き取れないようにお前さんを猫で囲む」
「恐怖の罰すぎる……」
白目を剥いた状態で恐怖生物猫に取り囲まれる自分を想像しゾッと怯えながら体を起こす。眉を顰めるロイドにごめん、という意を込めて苦笑いすると、これまた大きな大きなため息が返ってきた。以後気を付けまぁす。
「さて、ラウくん。お説教が終わったばかりなところ済まないが、報告を頼もうか」
「はい。まず負傷したおもてなし本部員はですが、幸い軽傷であったため治療院で治療を受け既に復帰しています。結界装置を破壊した狙撃手については、ウェルデ憲兵隊が行方を追っていますが今現在も確保の報告は上がっていません。監視カメラの映像や目撃者の証言など出せる情報は全て提供しましたが……」
立ち上がった僕は、厳しい顔で椅子に掛けた陛下と共に眉根を寄せる。無事にパレードは再開の運びにはできたものの、今回の事件の犯人の行方や身元については未だ分かっていない。
レース前に目撃された悪戯犯と狙撃手は同じ犯行グループであろうというのが憲兵隊の見解だ。そしてアジェルの推測通り、僕を狙った犯行であろうとも言われた。
水上で一度は飲み込んだ恐怖を思い出し、悪戯犯と狙撃手の顔が映った監視カメラ映像のスクリーンショットが保存されたマギホを握る手に知らず力が籠る。
今憲兵隊が追っている容疑者は、ベルと共に街歩きをしている際に僕を罵倒した獣人ふたり組であった。もしかしたらあの時一度去ったように見せかけて、実はずっと僕を監視していたのかもしれない。
そう思うと背中に氷を入れられたような寒気を覚えた。
「ご苦労。……ここまで大きな事件を起こす犯人だ。大きな組織がバックについている可能性もある。ゆめゆめ警戒を怠らないようにね」
「……はい、気を付けます」
しばらくはひとりで出歩かないように、等諸注意を言い渡され頷く。
と、シリアスな雰囲気をぶち壊すような間抜けな音がテントに鳴り響いた。
思わずバッと発生源である自分のお腹を抑える。
「……え、へへ。……お腹空いちゃったみたいで……」
気まずいやら恥ずかしいやら、消え入りたいような気持ちで誤魔化し笑いを浮かべる。そういえば僕今日シュークリームとドーナツ一個しか食べてないのにあれだけ動けばお腹も空くわな……。
四方八方から向けられる生暖かい眼差しから逃げるべく、ぺこぺこしながら陛下の前から辞そうとして───突然、視界がぐらりと回った。
「お、わ?」
「ちょ、ラウ!?」
スイッチが切れたように力が抜け、なんの抵抗もなくばったーんっと床に転がる。
傍らのロイドが大慌てで僕の肩を掴んで揺り起こそうとするが、しかし猛烈な睡魔に襲われて瞼が重りでもつけられたかのように下がってきた。
───あー、そうだ。僕かれこれ数日寝てないんだったな……。
きっと緊張の糸がぷっつんと切れたせいで空腹と共に思い出された睡魔が襲ってきたのだ。今日エナドリ飲んでなかったしなぁ。
ああ、まだパレード終わってないし焼肉も食べてないのに、と目をこじ開けようするも流石に数日間休むこともなく酷使させられた体はいい加減寝かせろと意識を強制的にねじ伏せてくる。
すまん、あとよろしく。と、頭上でわあわあ大騒ぎするみんなに呟いて、僕は意識を手放すのだった。
これにてウェルデ水上パレード編完結です!
幕間を数本挟んだのち、黄の都市カルベン編へと続きます。天使系聖女(性格が天使とは言っていない)が登場します。




