『緑の都市』水上パレード 其の八
大変お待たせいたしました!短編書いてたら一週間以上たってしまった……。
ようやくパレードも終盤です。
「───掴んだ」
モニター越しのドルニカさんがそう呟くのと同時に、ゴール付近を爆走していたパーシーとエイデルの絶叫が会場に響き渡った。
画面がパーシーとエイデルの様子に切り替わる。原因を目の当たりにした僕も、その規格外の光景にテントの中で絶叫した。
「は、はあああああ!?水の、何あれ……ドラゴン!?」
運河と海がぶつかる地点、街が途切れ拓けた水上に悠々と聳え立つもの。
それは水でできている巨大なドラゴンであった。
運河脇の4階建ての建物とほぼ同じ大きさのドラゴンは、足元で目を剥くパーシーとエイデルを威圧するように大きな口を開け、ゴロゴロゴロッと水が震えるような独特な咆哮を上げる。
大きな膜翼を広げ、長い首をもたげる様子はまさにファンタジー。凶悪な尻尾が水面に叩きつけられる度に大きい波が発生した。
その見たものを威圧し、恐れを抱かせる様相に観客席から悲鳴が聞こえる。シルクハット司会者が『なななななんじゃあれー!?』と驚きの声を上げた。
「何あれマジで!?解説のロイドさん!?」
「解説はサーマル博士だよ。いやでもアレすごいな、『水流操作』で形成されてるドラゴンだ。ドルニカさんの魔法か?」
「か、過去の私はなんてモンスター相手に……ヒイ……」
遂に気絶したウェルデ領主様を支えながら顔を引き攣らせる。
確かによくあんな無体を働いてたのに領主様あれ嗾けられなかったね、よかったね……。
苦しそうに肩で息をしている様子から恐らく易々と、という訳でもないのだろうが、それでもあの短時間で離れた場所にあんな大きな物体を創造して見せたドルニカさんの技量に恐れおののく。
「くっ、エイデル!あれ崩せるか!?」
「ガオオオンッ!!」
勇ましすぎるエイデルの咆哮。同時に彼女の周囲に大量に発生した風の刃が水ドラゴンに殺到する。先ほどの水レールと同じようにボバッと音を立ててドラゴンの体に穴が開くが、しかし今度は崩れることなかった。
器を満たす水のようにその穴が見る見るうちに塞がれていく。
しかし明確なダメージこそ与えられなかったものの、真の目的を忘れていなかったパーシーとエイデルは既に動き出していた。
ドラゴンを回り込むように駆け出したエイデル。それと同じくして、またもパーシーが『凍土形成』を発動しドラゴンの足元を周囲の水ごと凍らせて見せた。
「う、ぐ……」
『パーシー、大丈……ッ!』
流石に大魔法をこの短時間で何度も行使するのは厳しかったのか、パーシーがエイデルの上で苦しそうに呻いた。
走りながらもパーシーを労わる言葉を掛けようとするエイデルだが、しかしその体を打ち据えるように長く太い尻尾が振るわれる。
進路を塞ぐように動くそれを必死に回避するエイデル。水とはいえ凄まじい質量だ、当たればただでは済まない。
「ぁ…………っ!」
魔力が枯渇に近いのであろう、手に力が入らない様子のパーシー。必死にエイデルの毛並みを掴んで耐えている様子だが、激しい回避行動によって遂にその体がずるりとその背から落ちかける。
観客席からまたも悲鳴が上がり、ロイドが焦燥を滲ませた顔で立ち上がった。僕は焦りそうになる内心を抑えてゴンドラ班に指示を出すべくインカムを起動する。
まずい、あのまま落ちたらドラゴンの尻尾攻撃に巻き込まれ───
「───おっと危ない。大丈夫かね?パーシーくん」
「フ、フリント博士……っ!」
宙に放り出されたパーシーの体に、突如銀色の糸が巻き付いた。そのまま凄まじい勢いで巻き取られた糸によってパーシーの体がエイデルの体に戻ってくる。
ぐるぐる巻きに体を固定されたパーシーが驚いた顔でエイデルの横腹に張り付く博士を振り返った。
咄嗟の救出劇におおおおっ!と観客が沸く。それを受けた博士は身動きが取れないながらもフッと前髪を振り上げてキメ顔をした。
「いやぁ、最初の激突で意識を飛ばしてしまっていたよ。すまないね」
「か、かっこいいですフリント博士えええ!!ありがとうございますうううっ!!」
感極まった様子のパーシー。そういえば博士いたな……静かすぎて忘れてたわ。
とはいえグッジョブである。ナイスなタイミングで目覚めた博士にホッと胸を撫で下ろす。隣のロイドは「遅ぇんだよ役立たずマッドが……」とか青筋浮かべて切れ散らかしてるけども。
しかし安心するのはまだ早い。依然尻尾の攻撃は続いているし、物理的にドラゴンを足止めしていた氷は流石にその巨体を長時間拘束し続けることはできないようで、ビキビキと嫌な音を立てている。
掘削機で氷を割り進む後続のドルニカ号も順調に近づいてきており、あともう僅かで氷ゾーンを抜けるところだ。早々にこのドラゴンの妨害を抜けないと逆転されてしまう。
っていうかあの巨体を維持して動かし続けられるドルニカさん凄くない?もうドルニカさんとロイドが居れば勇者関係どうにでもなるんじゃないの?ダメ?
凄すぎる技能を前に、またも『ラウ親善大使』と政策の存在意義を疑いそうになる。
突然目が死んだ僕を、首を傾げながらも背中をポンポン叩いてくれる何だかんだ優しいロイド。ありがとうね、君も僕の心労の一つなんだけどね……。
「さてパーシーくん。あのドラゴンだが、見たところ『水流操作』の魔法を応用したものと見える。通常『水流操作』の魔法は術者もしくは魔石を核として発動するものなのだがね、術者であるドルニカ氏は未だ後方。ということは魔石に準じる核を無理やりドラゴンの体内に作っているのだろう。この核というのは魔力の塊のようなものなのだがしかし体組織は水であることを考えると水そのものが魔力を通す媒体の可能性がありそもそも水とは魔力の親和性が良いことで有名で───」
「フリント博士!難しくてわかりません!もっと端的にお願いします!」
「ドラゴンの体の中で一番密度が高いところを探したまえ。そこを破壊すればこの魔法は崩壊する」
「分かりました!」
ブツブツと考察を楽しもうとする博士にパーシーが丁寧に一喝する。短く攻略方法を告げるフリント博士に、パーシーはグイッと博士から手渡された試験管を煽りながら頷いた。
ヤバイ薬でも飲まされてるんじゃないかと一瞬焦るも、よくよく見ればゴンドラレース開始時に各ゴンドラ1本ずつ配給されている魔力を僅かに回復させる魔力回復ポーションだった。
『黄の都市』カルベンに本拠地を構える聖霊教会製のこのポーションは、飲むと魔力を回復させてくれるすごいアイテムだ。
だがしかし、高価な上に回復量も微々たるものなので基本的に一般流通していないちょっと残念な貴重品アイテムでもある。
今回、レース中は魔力を回復する手段がないだろうと陛下より差し入れという形で配給されたのだ。まあぶっちゃけそれだけ盛り上げに期待してますよ、という激励を込めたアピールである。
しかしながらそんなこと知らない参加者たちは陛下からの下賜品だと非常に喜んでいた。
そんなポーションによって魔力(微)と気力(大)を回復させたパーシーが再びステッキを構える。
ヌッと長い首を巡らせてパーシーの緑の目と睨みあうドラゴン。博士の指示通り密度が高い部分を探るパーシーに、ドラゴンが怒ったようにその腕を振るう。
避け続けるエイデルがまたしても咆哮を上げながら風の刃を生み出しドラゴンに殺到させようとするが、しかしその二者の間に乾いた破裂音と魔力弾が割り込んだ。
「ッ!まさかッ!」
「足止めご苦労ウォータードラゴン!ゴールはもらったぁぁぁっ!!」
遂にドルニカ号が氷ゾーンを抜け、拓けた最終ステージに飛び込む。ゴンドラから身を乗り出した同乗員の水夫さんが獰猛な笑みを浮かべながら魔法銃を連射しており、エイデルは攻撃をキャンセルして無数に飛んでくる魔法弾の対処に回った。
しかしその隙を逃すドラゴンではない。水に沈めるべく氷の拘束から逃れた後ろ脚で踏みつぶさんとタップダンスを踏み始める。
前門のドラゴン、後門のドルニカ号という状況にエイデルが苛立ったように歯噛みする。
「大丈夫だエイデル。後ろは私が対処しよう」
『フリント?』
はらりと自らの体をエイデルに縛り付けていた蜘蛛糸の一部を解き、右手を振るう博士。すると突然エイデルを包む魔法障壁に這うようにして銀色の蜘蛛糸が展開された。まるで銀色の繭のように障壁を包むそれにパーシーが目を白黒させるのが見える。可愛い。
何を、と誰もが訝しむ博士の行動。だがその蜘蛛糸製の銀の繭の効果は絶大であった。
引っ切り無しに飛来する魔法銃の弾丸が魔法障壁に衝突する。しかしエイデルの魔法障壁のHPが減ることは無かった。
それどころかドルニカ号から放たれた魔法弾はそのまま反射したように逆戻りする。
「な、ああああ!?」
「蜘蛛の糸というのは弾力があってね、ある程度の物理攻撃であれば弾くことができるのだよ。それに魔力を通せば魔法に対しても耐性が生まれる。とはいえそこそこ、だがね」
「やだ……ちょっと博士カッコイイ……」
義理の父が珍しく役に立っている所を見てドキドキする。こらロイド、パーシーからも羨望の目向けられてるからって博士に中指立てないの。
博士関係になると途端に素行が悪くなる兄を嗜めながらモニターを見守る。跳ね返された魔法銃の攻撃によってまたしてもHPを削られるドルニカ号。
しかしパーシーたちを妨害する水ドラゴンはドルニカさんの魔法だ、勿論ドルニカ号を妨害することはない。
ドラゴンの股の下を潜り抜けようとするドルニカ号と、なんとか追従しようとするエイデルがデッドヒートを繰り広げる。
手に汗握りまくる展開だ。思わず領主様の体を支える手に力が籠る。
ドルニカ号の後ろから氷魔法を放とうとするパーシー。その頭上でドラゴンがまたもあの独特な咆哮を上げ始めた。
なにやらドラゴンの口の中に巨大な水球が発生している。まさか、と目を見開く。何とか攻撃を抜けてゴールを目指そうとしていたエイデルも、危機を察知したのか進路を大きく変え回避行動に移る。
次の瞬間、ドラゴンの口から飛んでもない質量の水レーザーが撃ち放たれた。ドォォォオオンッと凄まじい音と共に運河の水がまたしても爆ぜ、余波でドラゴンの足元の氷が一部割り砕かれた。
エイデルが必死にその場で踏ん張るように脚に力を込める。
「ぐうううっ!すごい衝撃……っ!」
『ヤバイ、波……ッ!』
「う、ぐぐ……揺れが……酔う……」
エイデルの危機察知により直撃こそ避けられたものの、今までにない位荒れに荒れる水面にエイデルが『飛翔』の魔法の制御に苦悶の表情を浮かべる。
巻き上がる水飛沫にパーシーが腕で顔を庇い、博士が具合悪そうに口を手で覆った。
その間にもドラゴンの股下を潜り抜けたドルニカ号はゴールに向かってひた走る。肩越しにエイデル号を振り返ったドルニカさんが勝利を確信した目を投げた。その視線にカッとパーシーの目が見開かれる。
『ッ!パーシーッ!早くドラゴンを……ッ』
「いや!ドラゴンを相手にしている暇はない……っ!く、あああああっ!!『凍土形成』!!!」
エイデルが鋭く声を上げるが、否を唱えたパーシーは再び水にステッキを向けた。都合三度目の大魔法の行使に観客から悲鳴じみた歓声が上がる。
魔力ポーションを飲んだとはいえその回復力は微々たるもの。既に枯渇寸前なのにそれでも気力を絞るように裂帛の叫びをあげるパーシー。
その叫びに呼応するように、ドラゴンの足元の氷がビキビキビキッと音を立ててゴールに向かうドルニカ号へ凄まじい勢いで伸び始めた。
「ドルニカッ!!」
「分かってる!!これが全力だ……っ!!!」
後ろから迫る氷の追っ手に同乗者が悲鳴を上げる。全力の『水流操作』でゴンドラのスピードを上げるドルニカさんの額に汗が浮かぶ。あと数メートル、追いつかれる───ッ
「と、ど、けええええええっ!!」
パーシーの絶叫が響く。ドラゴンが主人に迫る氷を割り砕こうとまたも水レーザーを放とうと予備動作を行う。
エイデルが回避ではなく突撃を選択し、フリント博士が無言で蜘蛛糸で魔法障壁を強化する。
観客が息を呑み、会場から音が消え、そして───
『───決着ゥゥゥウウウッ!!なんと、なんとエントリーナンバー1番、ドルニカ号!!氷の追撃を逃げ切り、ゴーオオオオオルッ!!!』
ウェルデの街が、歓声で爆発した。
会場中で割んばかりの拍手と歓声が上がり、絶叫が響き渡る。
レーザーを放とうとしたドラゴンは突如力を失ったようにその体を崩れさせ、ドボォォンッと大きな音を立てて運河に戻った。ゴールへ一直線に伸びる氷もその生長を止め、うんともすんとも言わなくなる。
「……はあああああ、なんじゃこりゃ……」
「ははは……すんごいなぁ……」
疲れたようにため息をついたロイドの横で、僕は引き攣った笑いを浮かべてゴンドラ班へ回収の指示を出し始める。
パーシーの魔法はドルニカ号の船尾に届いていた。しかし、それよりも早くドルニカ号がゴールテープを切ったのだ。あと少し魔法の展開が早ければ、あともう少しパーシーに魔力が残っていればきっとあの氷はドルニカ号を呑み込んでいただろう。
とんでもないレースをしてくれたな、と思わず苦笑いを浮かべる。まさに歴史に残る名勝負だった。魔力枯渇でエイデルの上でぐったり伏せるパーシーと、同じく魔力枯渇でゴンドラの中で気持ち悪そうにしているドルニカさんに心の中で賞賛を送る。
「やっぱ貴方しか居ませんよ、ドルニカさん」
レース前の『見た奴全員の記憶にハッキリくっきり残るような刺激的なレースにしてやる』という言葉を体現して見せたドルニカさん。
これからの水上パレードを、『緑の都市』の発展を担うのはやはり彼しかいない。彼にお願いできてよかった。
きっと安泰であろうウェルデのこれからに胸を撫で下ろしながらも、指示を出し終わった僕はドッと疲れた面持ちで陛下の元へ行くべくテントを後にするのだった。
多分次話か次々話で『緑の都市』編は終了です。




