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『緑の都市』水上パレード 其の七

開始の号砲とほぼ同時に、轟音が運河中に響いた。

固い物質同士が豪速球でぶつかったような凄まじい音に観客から悲鳴が上がる。十隻のゴンドラが並んでいたスタート地点には巨大な水柱が立ちあがり、今まさに発進せんとしていたゴンドラとその乗員の姿を水しぶきが覆い隠した。


『な、なんと!!スタートの合図と共にとんでもない衝撃ィィイイ!!一体何が……ええ!?今ので2番と7番ゴンドラが戦闘不能ーッッ!?何があったのでしょうか!』

『ふむ……どうやら一歩先んじた2番と7番の後ろから4番が最大出力レールガンを撃ち込んだようですね。背後からの容赦ない一撃、いっそ殺意すら感じますねぇ』

『殺意!?そんなの許されるのですかサーマル博士ぇ!!』

『いいのです。何故ならここは相手を叩き潰さんとする武装と武装に魅せられた戦士たちの戦場なのだから!!』


いい訳ないだろ。インカムでおもてなし本部ゴンドラ班に戦闘不能のゴンドラの回収を指示しながら、シルクハット司会者の隣で解説に興じる白衣姿のモンスター───リライヴェッジ研究所第一研究室室長、サーマル博士の熱の入った演説に白けた目を向ける。そんな狂った戦場にした覚えはないぞ。


「うわぁ初手ブッパ……よくみたらあの4番第一の研究者じゃねえか。遂に自分で乗り回し始めてんのかよ」

「やっぱ第一頭おかしいよ。室長からしてアレだしさぁ……」

「リライヴェッジ怖いリライヴェッジ怖いリライヴェッジ怖いゴンドラ怖いゴンドラ怖いゴンドラ怖い……」


ドン引きのロイドと共に今の一撃でトラウマが再燃してしまった哀れな領主様の背中を撫でる。サーマル博士は第一研究室の室長でありながら第一研究室ゴンドラチームの長も兼任している。ぶっちゃけ長なだけあってあのモンスターが一番武装狂いである。ゴンドラ制作をお願いしに行った初対面時こそ温和で柔和な顔をしていたサーマル博士だが、ふたを開けてみれば僕の喉破壊の元凶その2だったという。


そんでもって僕の戸籍上の父となったフリント博士とすこぶる仲が悪い、というかフリント博士を凄い敵対視しているので微妙に僕への風当たりも強いのだ。正直やり辛くてしょうがないが、こればっかりは恐らくフリント博士が何かやらかした結果なのだろうな、と甘んじて受け入れている。


『君の御父上には本当に、本当~~~~~に、色々と、それはもう様々な場面でお世話になっているよ。よろしくね、ラ・ウ・くん?』と笑っていない笑顔で握手を求められるという恐怖体験を思い出して身震いしていると、シルクハット司会者の喜声が聞こえてきた。中継モニターを見上げれば、二隻のゴンドラが立ち上がる水柱からボバッと猛スピードで脱出するところだった。


『2番と7番を墜としたレールガンによって運河が荒れに荒れています!波を制御できず上手く発進できないゴンドラ多数!そして二隻を墜とした4番はまさかのエンストを起こして立ち往生しているー!!しかしそんな荒波も物ともしない二隻のゴンドラが先頭に躍り出ましたーーッ!!』


ドギュルルルッとえぐい音を立てながら運河を爆走する鋼鉄のゴンドラ。そしてそれにぴったり並走するのは運河の上を滑走する白いモフモフのゴンドラだ。言わずもがなドルニカさんとパーシーである。

不敵な笑みを浮かべる彼らは、そのままぐんぐんとスタート地点でもたつくゴンドラを引き離してデッドヒートを繰り広げていた。


「あ、あのラウ親善大使……?先頭の羊獣人が乗ってるゴンドラ……ゴンドラ……?って……その、ゴン、ドラ……?」

「領主様。世の中には気づかない方が幸せなこともある。そうは思いませんか?」

「いやあの、はあ……」

「おい、エイデルすげー咆哮してんぞ」

「そういう機能です。咆哮機能」

「咆哮機能……?ゴンドラに……?」


キメ顔で領主様の肩をぽん……っと叩いて気にすんなと遠まわしに伝えてみるものの、中継モニターどころかテントの外から非常に覚えのある咆哮が聞こえてきて顔が引き攣っちゃう。

あんの色ボケ犬、自分で言ったゴンドラ設定忘れて楽しんでんじゃねえ~~~っ!!


いやまあ確かに僕がウェルデ活性化事業に掛かりきりになる前は一緒に遊んでたりしてたのに、最近僕が全然第零に顔出さないからフラストレーションが溜まってるのかもしれないけど。でも往来でモヴだってバレるような行動するんじゃない!現に咆哮聞いた観客から「え?モヴ?とか」「あれ生き物じゃ……」って声がチラホラ上がってるじゃんか!


エイデルの甘すぎる擬態(?)にビキビキと口の端が強張る。なんかロイドが諦観の眼差しを向けてくるが無視する。もう誤魔化すの無理じゃないかなってのは僕が一番わかってらぁ!!


レース後の対応について頭を抱えている内に先頭を走る二隻は第一コーナーに差し掛かった。インコースを走るドルニカさんがエイデルに向かって容赦なく機関銃をぶっ放す。しかしすかさずパーシーが張った氷の障壁によって鉛玉は全て受け止められる。


パキィンッと甲高い音を立てて割れた氷の盾。その向こうからお返しとばかりに多数の氷の槍がドルニカさんのゴンドラに飛来した。エイデルの上でステッキ片手に詠唱するパーシーカッコいい……っ!ロイドと共に中継モニターの映像をマギホで撮影する。


流石に近距離から放たれた魔法攻撃の対処は難しかったようで、数本の槍がドルニカさんと同乗員を守るゴンドラ障壁に突き刺さった。苦々しくも楽しそうなドルニカさんの頭上に表示されたHPバーがごりっと削れ、歓声と悲鳴が響く。


「容赦ねえなぁパーシー君!!お兄さんによく似てる!」

「お褒めに預かり光栄ですドルニカ協会長ッ!ですが止まってもらいます!」


いつの間にやら顔見知りどころか好敵手としてお互いを認識しているらしいドルニカさんとパーシーの視線が交差する。次の瞬間、立ち上がったドルニカさんがゴンドラの船底を足で踏み鳴らし、パーシーがステッキを頭上に高らかに掲げた。


「『水流(コントロール:)操作(ウォーター)』!!」

「『氷杭(アイスパイル)』ッ!!」


ふたりの詠唱が重なる。次いで運河にもたらされた変化はあまりに劇的であった。


最初に異変が起きたのはパーシーの頭上。ビキビキビキッと硬質な音を立てて空中に巨大な氷の杭が出現した。それも一つや二つではない、パッと数えるだけでも10個はくだらない杭がパーシーの頭上で浮遊している。とんでもない現象に目玉が飛び出そうになった

勇ましく笑うパーシーが慈悲もなくステッキを振り降ろす。いやそれ直撃したら死……っ!!?とドルニカさん達目掛けて降り注ぐそれに流石に焦って止めるべくインカムに手をやるが、しかしドルニカさんが起こした現象も負けていなかった。


突如ノーモーションでドルニカさんが乗るゴンドラが加速する。ゴンドラに取り付けられた推進力を生むジェットの力だけではない、ゴンドラが浸る水そのものがゴンドラを前に前にと押し出している。その速さたるや、先ほどですら爆走という言葉がぴったりな速度を出していたというのにそれすら比にならない速度だ。まるで戦闘機のような速さのそれに今度こそ目玉が飛び出た。


パーシーの生み出した氷杭がドルニカ号の進行方向を塞ぐように撃ち落される。しかしドルニカ号の超絶技巧はこんなものでは終わらない。進行方向に撃ち落され進路を塞ぐ氷塊。それを跨ぐようにゴンドラが宙に浮かび上がった。


『飛んだーーーッ!?!』

「飛ぶなって言ってんだろうがドルニカァァアアア!!」

「いや待てラウ、あれ飛んでねえぞ。()()()()()()()()()

「は!?!?」


青筋浮かべて絶叫する僕にロイドが冷静に待ったをかける。領主様は素の僕の様子にギョッと目を剝いた。何事かと目で問うと、引き攣った笑みを浮かべたロイドが中継モニターを、否、ドルニカ号の船底を指さした。


「水系統の魔法『水流操作』はその名の通り水を操る魔法だ。普通は流れる水の方向を操作したり荒波立てたりくらいのことしかできねーが……はは、すげーなあのモンスター。ゴンドラの下の水を操って空中に水の道を作ってる」

「……ドルニカ氏はああ見えて精細な魔力操作を得意としてますからな。必要な量の水に必要な分だけの魔力を浸透させ、まるで自分の手足のように水を操ります。魔法の才が無い私からすれば雲の上のような話ですよ」

「は、はあ……?」


ロイドと領主様の賞賛に目を白黒させる。その間にもドルニカさんとパーシーの攻防は続いており、容赦なく創り出されては撃ち落される氷杭に対して、まるでジェットコースターのような軌道で避け続けるゴンドラが映し出されていた。落ちたら結構ヤバイ高さであるが、まるで死など恐れんと言わんばかりに中空に作り出した水のレールの上で加速を繰り返している。

アクロバティックな動きに観客から一際大きい歓声が沸き起こる。


後続のゴンドラたちもスピードを上げて追従するが、しかしコーナーを曲がった途端進路を塞ぐそびえ立った氷杭に猛スピードで突っ込んだり、余波で滅茶苦茶に荒狂う波にさらわれて転覆したりしてその数をどんどんと減らしていた。


『5番戦闘不能、3番転覆より失格!!残り六隻です!!』

「あああああ5番んんん!?ふざけんなこんな序盤で墜ちるんじゃねえ返せ僕の5万イェルー!!」

「ラウちゃん?ちょっと後で世話係の兄からお話があります」


単勝賭けしていたゴンドラが脱落しキレる僕の肩にロイドの手が乗る。凄まじい圧にビクッと肩が跳ねるが口笛で誤魔化した。妹は話すことありませんので拒否します。


ギリギリと痛む肩を無視して中継モニターを見上げる。こうなったら大穴の6番くんに勝ってもらわねば、頑張れ6ば……あああああ沈んだぁぁっ!?

10番人気のエントリーナンバー6番のゴンドラが、言ってる傍からパーシーの氷杭の直撃を受けて大破した。まさかの大破にインカムの向こうのゴンドラ班が絶叫し、そして間髪入れず決死の救助劇が始まる。


いや怖、今ほぼ減ってなかったHPバー一瞬で吹き飛んでたぞ。パーシーの魔法怖すぎる。身内の攻撃力に動かない心臓をドキドキさせながらインカムの向こうの状況を聞いていると、しばらくして『船長、同乗員共に無事ですーッ!』という報告が上がった。よかったぁ、6番くん無事でよかっ……いやよくないわ!返せ僕のお金ぇ!


財布的に大敗を喫している事実に両手で顔を覆って膝をつく。ロイドからゴミを見るような眼差しを頂戴するがちょっと今それどころじゃない、明日からどうしよう。


しかしそんな僕の絶望も先頭をひた走る彼らの爆走を止めるには至らない。なおも加速し逃げるドルニカ号にエイデル号が追従する。

後続の四隻をぐんぐんと引き離し、第二、第三コーナーを猛スピードで通過する先頭二隻。前をひた走るドルニカ号向けて、グルァッ!!と吠えたエイデルの口から風を圧縮した砲撃が放たれた。


「っ!?くそっ!」

「いいぞエイデル!!『凍土(メイキング:)形成(アイスフィールド)』!」


風弾によって水のレールに穴が開く。すると『水流操作』の魔法を維持していた魔力が霧散したのか中空の水のレールが弾け、ドルニカ号がバッシャンっと音を立てて運河の水面に落ちた。船底から落ちたためドルニカさんも同乗員も無事、転覆判定も出ていないが、しかしパーシーの凶悪な例の氷系大魔法によって運河の水の温度が氷点下にまで急激に下がり、ドルニカ号の船底が運河の水と共に凍りついた。


氷海のような有様の運河にドルニカさんが歯噛みする。その隙にエイデル号は氷の上を滑走してドルニカ号を追い抜いた。


「ドルニカ!もう最終コーナーだぞ!掘削機能で進むにしても間に合わねぇ!」

「くっ……!」


同乗員の水夫の言葉の通り、ドルニカ号とパーシー号は後続を大幅に引き離して最終コーナーに差し掛かっていた。そして最大の妨害手であったドルニカ号を封じたパーシー号は順調にコーナーを曲がり、ぐんぐんとゴールへ突き進んでく。


というかゴンドラに掘削機能ってなんだよ。胡乱な目でモニターを見上げ内心で突っ込みを入れる。まず間違いなくパーシーのあの魔法対策に取り入れられた機能だろうけど。苦い顔で掘削機能なるものを起動させたドルニカ号だがしかしその歩みは先程に比べて格段に遅い。とてもパーシー号に追いつけるスピードではない。


しかしまだドルニカさんの目は死んでいなかった。ゴンドラの操縦を同乗員に任せ、彼は徐に運河へ拳を突き入れた。まるで浴槽にためたお湯の温度を確かめるような仕草に、僕を含め中継モニターを見る全員が首を傾げる。


まさか本当に温度を確かめているのではあるまいな。そう思ったその時───ゴール付近から、パーシーとエイデルの絶叫が響いた。




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